降り立つ
「見えてきたな、あの島がプリズだ。」
「なんか、赤い氷が浮いてんのが物騒だな……。」
「時の監獄、その呪いによって海は紅く染まる、と文献にはありましたが、正確には紅い氷なのですね。」
「あれが呪われた島なのね。人の気配がしない、というのも納得だわ。」
「初めて来たけど、なんだか背筋が寒くなって来るよ?」
三日が経ち、プリズのある諸島まで到着した船、甲板に出ていた五人は各々感想を述べる。
リリエルは、時の監獄という呪われた島、なのだから人間の気配がなくても当然か、と想い、セレンと明日奈は何処か怯えた表情をしている。
外園は、自分だけではこれなかったであろうこの島に、興味が尽きない様子だ。
「ここからは船頭さんが呪われちまうから、飛んでくか。」
「飛ぶって、どうやってだ?」
「簡単な事だよ、俺の魔法で全員飛ばせばいいんだ。飛行魔法なら、この世界にも存在するからな、世界の心配もせずに済む。」
ディンが魔力を練り、全員に風の魔法である清風をかける。
「うわ!浮いてる!?」
「すごーい!」
「これはまた不思議な感覚ですね……。」
「皆、頭の中で行きたい方向を念じてくれれば、そっちの方向に行けるから、試してみな?」
ディンの言葉に、各々言われた通りに行きたい方向を念じてみる。
すると、スーッと体がそちらの方向を向き、風を切って進みだした。
「すげぇ!こんなん体験した事ねぇよ!」
「便利ね、私と戦っていた時に使っていたけれど、他人にも付与出来るのは便利だわ。」
すいすいと適応するリリエルと外園、少しぎこちない明日奈とセレン。
しかし、慣れてしまえば楽なものだ、とディンは笑っていて、少しの間そのまま楽しませておこうか、と黙っていた。
「そろそろ行くぞー?」
「はーい!私ももう慣れたよ!」
「俺も慣れたぜ!」
5分ほど遊ばせていたディンだったが、そろそろ行くぞと号令をかける。
慣れてきた4人は、ディンの傍に滞空し、ディンが先頭を行く事になりそうだ。
「プリズに着いたら、セレンを中心に動く事になる。それは、皆承知しておいてくれ。もうあまり時間は残されてない、鉱石の情報、ないし鉱石を見つけ次第、ここを抜けてジパングに戻る。」
「承知しました。ディンさん、貴方の見立てでは、間に合うと思いますか?」
「どうだろうな。マグナの神って言うか、その地下にいる神の気配はどんどん強くなってる、それを何とかしないと、世界は正常な状態には戻らないだろうな。」
「世界の地下……。マグナの地下には、タルタロスという神を幽閉する場所があるのだとか。デイン様に聞いた事がありますが、その神が?」
「記録によると、豊穣の神クロノスだったか。恐らく、その神だな。」
「クロノス……?それって、私の追っているクロノスと同一の神なのかしら?」
プリズへ向けながら飛んでいる中、ディンと外園が話していると、リリエルが入ってくる。
クロノスという存在が、自分の運命を狂わせた、と聞いていた。
そのクロノスが、この世界の神だというのなら、それは自分が殺さなければならない、と。
「違う神だよ、リリエルさん。同じ名を騙ってるだけで、リリエルさんの追いかけてるクロノスは別の世界にいる。この世界に干渉してるってだけだ、多分、同じ名を持つ事で力を与えている、って所だろうな。」
「……。どうして、クロノスはその神に力を与えているのかしら?私の様に、運命を狂わせる事も出来るのでしょう?なら、何故それをして世界を滅ぼさないのかしら?」
「推測、だけど良いか?」
「えぇ、貴方の意見を聞かせて頂戴。」
ディン自身、ウォルフの存在を知るまでは知らなかった事実、そしてそこから出来る推察。
それは、リリエルにとってはどういう作用をするのかはわからないが、恐らく今すぐに破壊の概念のいる世界を探し始めたりはしないだろう、と考え、言葉を口にする。
「クロノスは以前、デインに憑りついていた。憑りつきながら、世界の異分子を排除しようとしていた。そして、デインは陰陽師によって封印されていた。その封印の制限があって、人間一人二人の運命程度はいじれたとしても、それ以上は出来なかったんだろう。竜神王である俺にまでは、手を出せなかったみたいだしな。」
「それで、デイン神という存在が闇から帰還して、今度はこの世界のクロノスに目を付けた、そんな所かしら?それと同時に、蓮君にも。」
「流石に気づくか。蓮は今、クロノスに支配されかけてるんだ。それを、デインの力と皆の光で止めてる状態だよ。食い止めてる、って言い換えてもいいな。蓮は今、心の六割くらいをクロノスに捕らえられていて、四割くらいをこっちに引き戻せてる状態だな。」
「クロノスって、ディンの敵の事だろ?なんで蓮がそんな奴に目ぇつけられてるんだ?」
話を聞いてこなかったセレンが、至極まっとうな疑問を口にする。
ディンは、破壊の概念が誰かを乗っ取ろうとする時の、ある共通点と、何故そうしなければならないのか、という疑問の答えを導き出していた。
「蓮は、島の人々の闇を抱え込んでいる状態だった。デインは、千年前人々の闇を一心に抱え込んでいる状態だった。そして豊穣の神クロノスは、マグナの神々や人々の闇を抱えさせられている。この共通点は、他者の闇を持っている、って事なんだ。クロノスが何で直接俺と戦おうとしないのか、はまだわからないけど、少なくとも今は、誰かに憑りつく事でしか活動を出来ない。だから、他者の闇を抱えている存在を使役しようとしてるんだ。」
「じゃあ、蓮君を斬る可能性がある、って言ってたのって、そういう事?」
「そうだな。もし蓮がクロノスの闇に支配されてしまったら、俺は蓮を斬らなきゃならない。それは、竜神王にしか出来ない宿命の様なものだからな。俺と、俺が力を与えた者がもしかしたら、渡り合えるかもしれない、だからリリエルさん達を呼んだんだ。あの子達が豊穣の神クロノスと戦っている間、何かあったら食い止めらえる様に、な。」
「指南の為だけに呼んだ、訳ではなかったのね。でも、その方が私は気が楽だわ。私は私の手で復讐を遂げる。なら、その方が有難いもの。」
リリエルはそう言いつつも、そのこだわりを捨て去ろうとしていた。
というのも、ディンが言っていた、竜神王しか相対する事が出来ない可能性がある、という言葉を、何処かで覚えていたからだ。
竜神王が力を与えた存在ならばもしかしたら、とディンは言っているが、リリエルの直感が、それは不可能なのではないかと囁いている。
そして、それを是としようとしている、リリエル自身がいる。
復讐を遂げる事よりも、世界を守りたいと願い始めている自分がいる、と。
旅に出よう、と考え始めた頃から、クロノスに対する感情も変化し始めていた、復讐を遂げる事よりも、この負の連鎖を止められたら、と。
「そういやさ、ディン。俺の家族がここに関係してるって言ってたろ?ありゃなんでだ?」
「そろそろ話をしてもいいか。セレンの事を見つける時に、クロノスの気配を追ったんだ。そしたら、セレン自身じゃないけど、クロノスの残滓みたいなものが感じられた。恐らく、失踪した家族の人達が、クロノス絡みなんじゃないかなって、推測を立てたんだよ。」
「クロノスってのが、俺の家族が消えちまった原因って事か?」
「確か、セレンのお父さんは旅に出て片腕を欠損した、って言ってたよな?その頃に、何かがあったのかもしれないな。それが引き金になって、家族全員が消えた、のかもしれない、って俺は推測を立てた。セレンの家も優秀な鍛冶屋の家系だから、もしかしたら自分の脅威になりうるのかもしれない、と思ったのかもな。」
「……。じゃあよ、クロノスっての倒したら、家族は帰ってくるのか?」
セレンは、幼少の頃から家族以外と接した事があまりない。
病弱とでも言えば良いのだろうか、虚弱体質だったセレンは、幼少期は車いすで生活していて、家から出る事がほとんどなかった。
それが、父が突然に旅に出て、帰ってきた頃には、槌を振るえる程度にはなっていたのがだ、元々が父に鍛冶仕事を依頼する人間を、母が対応していたのを見ていた、程度にしか、世間とのつながりはなかった。
セレンの世界は何処か歪で、断片的に他世界の事をテレビが放映していた、それも世界を渡る力と関係があるのかもしれない。
「……。それはわからない、セレンの家族が今どうなってるのかは、俺にもわからないから。でももしかしたら、家族の手がかり位は見つかるかもしれないな。」
「そっか……。じゃあよ、俺も頑張んなきゃならねぇな。世界が滅んじまったら、俺の家族も消えちまうわけだろ?俺戦えるわけでもねぇけどさ、出来る事はしてぇ。」
家族に対する執着心、これは愛情と言っても差し支えはないだろう。
セレンは、なんやかんや家族を愛していた、取り戻せるのなら、取り戻したいと願っていた。
その手掛かりがあるというのなら、どんな事でもするだろう、それが自身の命を危険にさらすとしても。
それだけ、セレンにとって家族とは大切な存在なのだ。
「雪……?」
「薄紅色の雪、ですね。プリズの方から降ってきているのでしょうか?」
「呪いの影響だろうな。ここいらに見える紅色の氷河ってのも、この雪が原因だろ。」
島が見えてきて、ぱらぱらと雪が舞っているのがわかる。
しかし、その雪は薄紅色をしていて、普通の雪ではない事が伺える。
ディンが感じ取っていたのは、これを媒介にして島に呪いを振りまいている、つまりこの雪に触れると石化が始まってしまう、という事だ。
今の5人はディンの加護を受けている為、並大抵どころかこの世界群のほとんどの呪いの類を受け付けないが、しかしそれがなかった場合、リリエル以外は影響を受けていただろう。
セレンはそもそもが肉体が鉱石で出来ているから影響はない、かもしれないが、内臓は人間のそれなのだから、内部から侵食されてしまうかもしれない。
「敵は……、いないな。そもそも、ほとんど生物の気配がないな。」
「一応安全って事か?」
「呪いがあるから、安全とは言えないけどな。まあ、接敵する事があったとしても、俺とリリエルさんでなんとかするさ。」
島の端に到着し、降り立つ5人。
明日奈は、本能的にこの場所は危険だと感じていて、外園は初めて降り立つ地に興味がある様子だ。
島の表面は薄紅色の雪が降り積もっていて、ここ最近誰かが出入りした様子はない。
他人や生物の足跡がない、つまりそれは誰もこの地に降り立っていないという証左になる。
それだけ雪が降り続けているという可能性もあるが、踏みしめた感覚としては足首程度までしか雪は積もっていない、恐らく氷河になって溶けだしているのだろう。
「鉱石の声、聞こえるか?」
「ちょっと待ってくれよ……。えーっとな、聞こえるっちゃ聞こえる、でも普通の鉱石じゃねぇ。なんか、ちょっと悲しいって言うか、これに似た声が聞こえんだ。」
「賢者の石か、やっぱりそうなるよな。」
「やっぱりディン、聞こえてんじゃねぇのか?」
「なんとなく発せられてる気配が似てたってだけだよ。島全体の纏ってる気、っていうのが、セレンの体とかピアスと似てるなって。」
セレンは、ディンが自分と同じ能力を持っているのではないか、と前々から思っていたのだが、厳密には違う。
ディンは生物や物質の持つ「気配」を読み取る力を行使していて、セレンは物質の中でも鉱石に限定された「声」を聞く事が出来る。
似た様な使い方は出来るだろうが、その性質や、効果の及ぶ範囲が大きく違うのだ。
「奥の方から聞こえてこないか?俺の感じてる気配はそっちの方向からだけど。」
「そだな。奥の方から、沢山聞こえてくるぞ?なんつーか、ホントに悲しい声だけどな。」
「じゃあ、そっちに向かうか。セレン、先導してくれ。」
「おいよ。」
セレンが声の聞こえる方向へ向かい始め、4人はその後ろをついて行く。
生物の気配がしない、とはいえ、何かがいるかもしれない、と警戒を緩める事はしない。
いつ何時、何が現れてもいい様に、と構えながら。
「向こうはどうなってるのかしらね。」
「ん?向こうか?……。ウォルフさん、実弾を使って修行してるな。まあ、誰の目にも触れなければ問題はないよ。」
「実弾なんて、あの子達に捌けるの?拳銃よりも早いのでしょう?彼の撃つ弾丸。」
「問題ないよ。竜太と修平君、俊平君が反応出来る速度まで成長してる、それに清華ちゃん達も戦略の立て方がわかって来たみたいだな。竜太の結界を張る強度も上がってきてる、丁度いい修行になってると思うな。」
「ん?どした?」
「向こうはどうしてるのか、だよセレン。」
リリエルが蓮達の事を心配する素振りを見せ、ディンは飛眼を使って確認をする。
向こうもあと一日でウィザリアに到着する、修行も最終段階といった所だろう。
ウォルフはハンドガンを使って射撃をしており、竜太達がそれを弾いている。
「そういやディン、離れたとこの事も見えるんだっけか。便利だよなぁ、そーいう能力。」
「竜神という種族固有の能力、とディンさんは仰られていましたねぇ。守護神と言われるだけの魔法力、というのも備わっているのでしょうか。竜神様方は、皆同じ魔法をお使いになれるので?」
「俺だけしか使えない魔法も割とあるけど、まあ飛眼位なら誰でも使えるんじゃないか?デインは、確か魔法を使うのが少し苦手だって話はしてたし、竜太もそうだな。デインの方が魔法は得意だったけど、まあどっちもどっちだ。」
「クェイサーが時々、神殿からは出てないはずなのに、色んな所のお話してくれてたのって、その魔法を使ってたのかな?」
「クェイサーは魔法が得意な方だからな、他世界の状況まで見える、って話は聞いた事がある。まあ、セスティア限定だとは言ってたけど。あいつらは本来、この世界の守護を目的に生まれてきてるから、どの世界までも、って言うのは無理なんだと思うぞ?」
ドラグニートの八竜は、竜神の住まう世界にすら行く事が出来ない。
特別な存在、先代竜神王ディンが、裏側に世界を作ると決めた時に、裏側であるからこそ盤石な守護を、と八竜をそこに縛り付けた。
ディンの契約召喚によっては別世界に行く事は出来るが、テンペシア以外はセスティアとディセント以外の世界は見た事もないだろう。
テンペシアは、先代の莫竜が死んでしまった後に生まれた莫竜の為、竜神の世界にいた事があるが、それも一年程度の短い期間だ。
「八竜は特別な存在だ、とデイン様が仰られていましたが、他の竜神様とは何かが違うのでしょうか?」
「一つ、10代目竜神王ディンとディセントの八竜は契約によって召喚を可能とする、それはどの世界であろうとだ。二つ、先代はこの世界を重要視してて、八竜は基本的にこの世界から動けない様になってる。100年前、レヴィノル率いる人間殲滅に参加していなかったのも、その意味合いがあるだろう。三つ、デインがこの世界に送られた事で、歴史が変わった。デインを守護するって言う意味合いを俺が付け足したから、余計にこの世界から動けないんだ。」
時空超越、それを使った事により、歴史が変わった。
だが、何故ディンが使った時には世界軸が変わってしまい、デインの時には歴史が変わるにとどまったのか、という疑問が残るだろう。
それは、ディンが完全なる竜神王であったかどうか、に起因する問題だ。
ディン自身が時空超越を使った時、ディンはまだ人間と竜神の間の存在で、不完全な発動だった。
それが、デインに使った時には完全なる竜神王であった為、世界軸の移動にならなかったのだ。
つまり、今ディンが時空超越を自身に対して発動したとしても、世界軸は移動しない事になる。
「難しい事はわかんねぇけど、テンペシア達はこの世界守るためにいんだろ?」
「そう言う事だな。今じゃ他の全ての世界は俺が守ってる、この世界だけ特別って事だよ。」「ふむ……。世界を裏表に分けた理由、それを知りたいものですね。」
「私達のいた世界が、無数に存在する世界の一つだなんて、最初は信じられなかったわね。世界を渡る力というのを発現して初めて、世界が複数ある事を知ったくらいだもの。そしてその直後にディン君が現れて、クロノスの事を告げられた……。確か、デイン神をこの世界に送った直後に、私達と接触したのよね?なら、それも関係があるのかしら。」
「ないとは言い切れないな。もしかしたら、デインを過去に送った事が、色んな事のトリガーになったのかもしれない。」
デインを過去に送ってから、ディンが皆を招集するまでにかけた時間は、約一か月。
その一か月の間に、セレンの家族は行方をくらまし、ウォルフが現れ、リリエルは世界を認識した。
もしかしたら、という可能性の話ではあるが、デインを過去に送った事で歴史が変わり、何かが起こったのではないか、という想像の余地はあるだろう。
しかし、ディンも過去を読み取る力はない、憶測でしかものを話せない。
可能性だとしたら、違うかもしれない。
だから、黙っていたのだろう。
「俺の家族がいなくなって、次の日にディンが来たからなぁ。なんかあんのかも知んねぇな。」
「そうですねぇ。私の所にいらっしゃったのも、きっと偶然ではないのでしょうね。」
各々、歴史の改変について考えるが、答えは出ない。
結局は、今世界を守るしかない、という結論しか出てこなかった。
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