玖章 時の監獄にて
時の監獄へ
「なぁディン、おめぇは鉱石の声とか聞こえねぇんだよな?」
「あぁ、聞こえないぞ?」
「じゃあなんで、プリズってとこに行くってなったんだ?」
「勘、かな。あそこは無人地帯というか、マグナの島流しの場所なんだけどな、どっかで良質な鉱石が、って言う文献を見た気がするんだ。それに、無人なら荒らされてない、と言えるな。ルべが色々と探す時間ももう少ない、勘に頼って行動するくらいしか、遺されてないとも例えられるな。」
プリズに向かう小型船の中で、セレンとディンは食事を取りながら二人で話していた。
セレンは、何故ディンはそこまでいろいろな事がわかるのか、と疑問を持っていたが、勘と言われてしまったら、それ以上は聞きようがない、といった所だろう。
「って言っても、あてはある程度あるけどな。」
「そうなんか?」
「賢者の石の製造方法が、ルベの世界と一緒だったのなら、多分だけど沢山賢者の石がある、はずだ。それを基に武器を作ってもらえれば、恐らくこの世界の神々にも通用するはずだ。」
「賢者の石、かぁ……。これもそうなんだろ?俺の体もそうだ、って言ってたけどよ、賢者の石ってどーやってつくんだ?」
「……。今はまだ教えられない、ルベにとってそれはショックな事だと思うから。ショックで武器が作れない、なんて事になったら、どうしようもなくなっちゃうからな。」
賢者の石の製造法、それが世界を隔てても同じかどうか、まではディンは知らない。
ただ、同じである予感はあった、セレンのつけているピアスや、セレンの体から発せられる独特な気配、それと同じものがプリズから感じられるのだから。
「そう言えばそのピアス、結局武器としては使ってないんだな。」
「使えるっちゃ使えるけどよ、あんま使いたくねぇんだ。鍛冶用って決めてるってのもあるけど、武器として使っちゃいけねぇ気がするんだよ。」
セレンのつけているピアスは、端的に言えば伸縮自在のピアスだ。
槌の形をしていて、真ん中に赤い賢者の石が填っているのだが、それの影響か、セレンが思った通りの大きさに変化し、鍛冶仕事をする時に用いている。
何故そう出来るのか、はセレン自身わかっていないが、しかし何故か、そう出来ると知っていた。
ディンが思うに、セレンの体に使われている鉱石に呼応して動いている、と予想しているが、それにしても賢者の石以外の部分まで伸縮自在だというのは、少々理論的には弱いだろう。
「感覚的に操れる槌、なんて聞いた事もないからな。俺の知らない世界って言うのも、まだまだ多い。でも、ルベの使いたいように使えるのなら、それでいいと思うぞ?」
「謎なまま、ってのもこえぇけどな。でもなんでか、捨てようとかは思わねぇんだよ。捨てちゃいけねぇって思うし、これが大事なもんだと思うって言うのは、なんでだろうな?」
「さあな、それは俺にもわからない。でも、大事にしていたいのなら、大事にするのが良いと思うな。」
不気味に思った事もあるが、自分で作ったものでもあるし、何故か捨ててはいけないと使命感の様な何かに駆られる、そんな不思議なピアス。
賢者の石の秘密と、何か関係があるのだろうか、とセレンは考えながら、しかし今知るべき事ではないというディンの言葉に従って、その思考に蓋をした。
「この船は狭いわね、トレーニングも出来ないって言うのは、結構苦痛なのね。」
「リリエルさん、体動かしたいんだ?」
「鈍ると困るのよ、私。ただでさえ、この世界に来てから少し鈍ってると思っているのに、これ以上衰えたら、復讐も遂げられなくなってしまうわね。」
食事を終えて、甲板で海を眺めていたリリエルと明日奈、リリエルは体を動かせない事が不満な様子だ。
明日奈は武闘派ではない、肉弾戦は苦手な為、体を動かせない苦痛というのは感じていないが、リリエルは基本接近戦がメインで、身体能力が生死に直結する為、体が鈍ってしまうというのは、苦痛であり危険なのだ。
「ディンさんに言えば、ちょっとくらいなら動けるんじゃない?」
「彼、今はセレンに気を使ってるから、あまり我儘は言いたくないのよ。誰も見ていないのだし、他世界に行ってこようかしら。」
「許してくれるかなぁ?」
「どうでしょうね。ディン君は決まり事には厳しいものね。言ってみたはいいけれど、許してくれるかどうかはわからないわ。」
もう、船に乗って三日が経った。
なかなかの速度で動いているこの船だが、しかし到着まではもう少しかかる、とディンは言っていた。
プリズがどんな所か、にはあまり興味はなかったが、こうも退屈だとその手の話を聞くのもありかもしれない、と思わされる。
「外園さんは今何してるのかな?」
「お酒でも飲んでるんじゃないかしら?」
「ウィスキー、私は飲めないからなぁ。付き合ってあげるのも大人だよ?ってクェイサーが言ってたけど、難しいや。」
甲板は心地良い風に流されていて、なびく髪の毛が目の端に映る。
リリエルは、そう言えば墓参りにピノから花でもと思ったな、と思い出したが、ピノは今いないわけで、結局やる事がないな、という結論に至った。
「プリズ、またの名を時の監獄。あの島は呪われているというお話でしたが、はてさて。」
一人ウィスキーを傾けていた外園は、古い記憶を引っ張り出していた。
プリズとは、マグナの神々に逆らった人間達の流刑の地、確か、石化の呪いが島全体に掛けられている、という事だったと。
「ディンさんは大丈夫なのでしょうが、我々は……。」
竜神の王たるディンには、その呪いは効果はないだろう。
しかし、一妖精である外園や、人間であるリリエルや明日奈には、その呪いは効力をもたらす可能性がある。
ディンが知らないという事はないのだろうが、どうやって対策をするのか、という所が疑問だ。
「まぁ、同行させたという事は、大丈夫という事でしょうが。」
外園は、ディンに全幅の信頼を置いているかと言われると、ノーと答えるだろう。
それはディンに限った事ではない、むしろデインに信頼を置いていること自体がおかしい程度には、外園は他人を信じない。
だが、そんな中で、ディンはある程度信じても良いと思っている、それはディンの強さと、その発言の一貫性からだ。
ディンの強さを直に見た事は少ないが、あのデインが全幅の信頼を置いている強さ、そして心の強さ、発言の矛盾の無さ。
それらが、外園に信じても良いと思わせる材料になっている、むしろ、信じる他世界を救う方法はないのだ。
「ふむ、吸いますか。」
パイプに葉を詰めて、指先から火を灯し、吸い込む。
煙を吐きながら、これからの事を少し夢想する。
「もしセスティアに行けたのなら、それとも私は……。」
セスティアに行きたい、それは一つの願いだ。
しかし、ダークエルフの迫害の歴史を終わらせる、それも一つの夢だ。
どちらかを選ぶのであれば、どちらかを捨てなければならない。
「キュリエ、貴女ならどうするのでしょうかね。」
ダークエルフの少女、キュリエ。
共に旅をした、そして自らの手で命を終わらせた、永遠に忘れる事の無いであろう少女の名前。
彼女だったら、いったいどちらを選ぶのだろうか。
自分らしくあれ、と最期に言い残した彼女なら。
「……。」
「そう言えばディン君、ウォルフさんに任せてしまっているけれど、あっちは大丈夫なのかしら?」
「ん?今の所問題はないな。ウォルフさん、いい特訓方法を取ってくれてるよ。あれなら、あの子達の力も強くなるはずだからな。それに、俺も連携って意味では未熟な所がでかいからな、戦場って言うチームプレイに慣れてるウォルフさんに任せるのは、ある意味妥当だろ?」
「貴方が未熟な事だなんて、ないと思っていたけれど。まあ、ウォルフさんの方が最適だという意見には、賛成だわ。でも、彼の事信じても良いのかしら?彼、貴方の知らない世界からやってきた、宇宙人の様な存在なんでしょう?」
リリエルが言いたいのは、つまりそういう事なのだ。
未だに得体のしれないとでも言えば良いのだろうか、存在の全容がわからないウォルフに、子供達を任せてしまっても良いのだろうか、という事だ。
夕食を食べながら、リリエルはその危険性について憂う。
「ディンさんはウォルフさんを仲間と仰られていましたからね、仲間は信じる、それがディンさんの信条でしょうし。」
「そういやウォルフって、俺達とはちげぇ世界から来てるんだっけか。ディンは、何かそこらへんは知ってんのか?」
「知らなかったら子供達を預けたりしてないよ。リリエルさんは宇宙人みたいな、って言ったけど、竜神王の遺した文献には存在しない世界の人間ってだけで、あの人は確かに人間だよ。魂の構造も、俺達とほとんど変わらない。ただ、この世界群の外側にも世界があって、人間がいて、神と呼ばれる存在がいて、ってだけの話だ。」
「ウォルフさんって、語りたがらないよね。この前子供がいるって言ってたから、どんな子なのかなーって聞いたら、秘密だって。全部がそうってわけじゃないんだろうけど、そういう人なんじゃないかな?」
厳密にいえば、魂の構造はリリエル達この世界群の人間とは違う。
しかし、ほとんど変わらないというのは、どちらが先に人間を生み出したかによって話は変わってくるが、どちらかが真似たのだろうと、想像するのは難しくない。
そもそもがセスティアの様に猿人類が進化して人間になったのか、それともキリスト的アダムとイヴがいたのかはわからないが、それはさして問題にはならないだろう。
自身も神と呼ばれる存在ではあるが、生命を生み出す神というのは、何をしたがるのかはわからない、というのがディンの感想だ。
46億年前にビックバンが起きた、という説はあるが、ディン的には神が世界を興した、の方がまだ納得がいくというか、ならば神は何処から生まれたのか、という話にもなってくるが、そこまでは膨大過ぎて考えるのをやめた記憶がある。
ただ、竜神王が一千万年前に存在していて、世界を守る為に破壊の概念と戦ってきた、それだけ理解していれば問題はないだろう、と。
「ディン君がそういうのなら、信頼しても良いのだろうけれど。でも、私はあの人、何処か……。」
「リリエルさんのお気持ち、少しわかりますねぇ。世界群と言われた時、私も怪しいと感じましたし、その外側となると、ますますという事でしょう。時折、あの方はあの方の仰る神と交信をしている様子ですが、その神というのは、ディンさんには接触をしてこないのでしょうか?」
「基本的には不可侵の領域、だからな。今回が特例中の特例、って印象が強いかな。なんで特例なのか、って聞かれると、多分俺が異世界の住人であるセレンやリリエルさんを招集した、だから向こうも特例としてウォルフさんを使いに出した、って所かな。詳しい事は実際俺も聞かされてないけど、ウォルフさんは信頼出来る人だよ。安心してくれ、リリエルさん。」
ディン自身、未だにウォルフの全容を掴みきれてはいない。
竜神王は年輪の世界と言われているこの世界群の守護が目的なのであって、その外側の事に関しては一切の情報はなかった。
ただ、年輪の世界と呼ばれている、という事から、その外側にも世界は存在するだろう、程度の推測は出来るが、という話だ。
「貴方の言葉なら、信頼に値すると思うわ。でも、忘れないで欲しいわね。彼だってそうだけれど、私達だって、敵対する可能性がある事を。そんなに信頼していては、世界を守れないかもしれないわよ?」
「リリエルが敵対って、なんでだ?」
「まあ、可能性の話よ。」
「そうだな。もしかしたら、俺が全ての世界にとって敵になりうる可能性だってあるんだ。その時は、全力で止めないと世界が滅ぶぞ?」
ディンが言っているのは、もしも自分がデインの様になってしまったら、という話なのだが、セレンや明日奈はその話を聞いていない為、疑問符を浮かべている。
「ディンが世界を敵に回すって、信じらんねぇけどな。」
「私も。ディンさんが世界を滅ぼすって、絶対想像つかないや。」
「可能性って言うのは色々あるんだよ。もしかしたら、またこうやって集まる事があるかもしれないしな。」
そうならないだろう、とは思ってはいる、今回が例外というだけで、基本的に世界の守護者と言うのも一つの世界に1人だ。
今回の様に複数人の守護者がいるケースというのは稀で、大体の世界は守護者とその従者や仲間、といった形式だ。
セスティアの裏側の世界、というのも、何か特別な要因があるのだろうが、そこまではディンも理解していない。
「こうやって集まるとしたのなら、私はそこにはいないのでしょうね。私はディセント世界の住人、他世界に渡る力というのは持ち合わせがありませんから。」
「それは寂しいね。でも、私も世界を渡る力なんて持ってないよ?」
「明日奈は持ってるよ、正確には明日奈の一族の力、だけどな。明日奈自身が持ってるかどうかと言われれば、ないんだけどな。でも、素質自体はあるぞ?」
「俺も世界なんて渡れねぇぞ?」
「セレンは特殊ケースだな。出自の関係か、何の因果か、世界を渡らせるのに苦労はしなかったよ。」
セレンが世界を渡っても問題ない理由は、その体に要因があるだろう。
賢者の石、と言われる特殊な鉱石は、無理を可能にするだけの魔力を秘めている、とディンは考えていた。
正確にこの世界の賢者の石と同列の物であれば、生命に似た何かを生み出す事も可能だろう、と。
では、賢者の石とは一体何なのか。
この世界における賢者の石は、神の権能によって生み出され、そして誰も使う事は出来ない。
それがあるとしたらプリズだろう、とディンは予測していて、それでセレンをプリズに同行させたという理由があった。
「そう言えばディンさん、時の監獄には呪いがかけられている、というお話を聞いた事があるのですが、それに対する対策はあるのでしょうか?石化の呪い、それは私やリリエルさん、明日奈さんにはかかってしまうと思うのですが。」
「おっとそうだった。」
「石化の呪い?ずいぶん物騒な島なのね。」
「神に反旗を翻した、神の意向に逆らった人間の流刑地、それがプリズと呼ばれる島です。なんでも、神の権能を祀った宝物があり、それが石化の呪いを発しているのだとか。」
外園は、ウィスキーを傾けながら思っていた事を話す、ディンはそう言えばという顔をしていて、これは外園が話すのを忘れていたら、もしかしたらという可能性もあったかもしれない。
『竜神の加護』
「ん?今ディンなんかしたか?」
「竜神の持ってる、魂を守護する力を皆に渡したんだよ。これで、この世界の呪いの類は効かなくなる。」
ディンが人差し指と中指を立てて呟くと、他の4人の体が一瞬光る。
光が収まると、何処か温かい何かに包まれた様な感覚があり、それが竜神の加護なのだろうという事が推測出来た。
「私に使っても問題がないのね、てっきり私はそう言ったものは受け付けないと思っていたわ。」
「普通の竜神が同じ事をしても、リリエルさんには効かないだろうな。リリエルさんの持ってる星の力って言うのは、それだけ強力な加護であると同時に呪いでもある。」
「そう言えば聞いてなかったわね。私の力は、何処から来ているの?星の力を使っているのはわかっているのだけれど、誰が何の目的で私にその呪いをかけたのか、までは知らないのよね。」
「うーん……。宇宙のどこかの神か、それとも年輪の外側の世界の何かか、いくつか推測は出来るけど、どれも確証には至らない、って所だな。俺も、宇宙の果てなんかには行った事が無いから、地球以外に知的生命体がいるのか、なんて事は門外漢なもんでな。俺の探知もせいぜい地球一周発動出来る程度だし、宇宙の事となるとわからないな。」
「宇宙、とは?」
外園が、宇宙という単語に反応する。
「そっか、この世界は未だ宇宙については開拓されてないのか。宇宙、それは天体を覆う膜の様なものだ。太陽も地球も、彗星も何もかもが、宇宙に存在していて、言わば浮いてる様な状態だな。星空を眺める事があるだろ?星空ってのは、恒星って言う太陽みたいに光を発している天体の事なんだよ。或いはそれは、超新星爆発を起こした名残、とも言われてるな。」
この世界は、セスティアでいえばまだ中世か宇宙開拓の手前あたりの発達具合だ、科学としては未だセスティアには遠く及ばない。
宇宙を観測する者がいなければ、定義をした者がいない、とそう言えばクェイサーがぼやいていた事を思い出す。
近代の発達を見て、羨んでいたクェイサーからしたら、それはもったいないと感じているのだろう。
この世界には北極星の様に常に北を見る星もない、とぼやいていた覚えがある。
「宇宙、ですか……。空の彼方には、その様な名前があったのですね。月や太陽が動いているのだと、遠い昔に習った覚えがありますが、それは違うのでしょうか?」
「天動説なんか?この世界。俺の世界は、確か地動説だったぜ?って言っても、俺の世界もよくわかんねぇ発達の仕方なんだろうし、何とも言えねぇんだな。」
「星が煌めく理由、それは星の終わりだと聞いていたけれど、それもまた違う解釈があるのね。」
それぞれの世界で、それぞれの認識がある様だ。
リリエルにとって星の輝きとは、その星の終焉であり、セレンのいた世界は、セスティアと同じ地動説が主流な様子だ。
外園は、興味深いと眼鏡を構えなおし、話を聞こうとしている。
「宇宙、という所に行く条件の様なものはあるのでしょうか?」
「宇宙には酸素がない、つまり酸素を確保出来なきゃ生命体は活動が出来ないって事だ。後は、その天体によって重力だとかそう言ったものが変わってくるから、それに適応出来るかどうかが関係してくるな。セスティアだと、月には人間は降り立ってるよ。」
「月に人間が……?セスティアは本当に、興味が尽きない世界ですね。明日奈さんは、ご存じでしたか?」
「えーっとね、幼稚園でちょっとだけ話題になった事があるかな。月に行きたい!って言う子がいた気がするよ?」
これなら、少しは道中の退屈を紛らわせられそうだ、とリリエルは一人心の中で呟く。
この復讐を終えたら、旅に出ようと思っている、色々な世界を見て、色々な知識を得て、そう言った事をする前準備の様なものだ、と。
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