穿つ

「近いわよ、もうすぐだと思う。」

「そうか、ならば敵の攻撃も激しくなってくるだろう、各自気を引き締めろ。」

 戦闘を繰り返しながら街を歩いていると、ピノがもうすぐマナの源流のある場所に着くだろう、と予測する。

 だから戦闘が激化しているのか、とウォルフは納得しながら、遠くからこちらを狙っている敵をスナイパーで撃ち抜く。

「ホントに、ウォルフさん何処撃ってんだ?俺達全くわかんねぇぞ?」

「お前達にもわからんと困るがな、まあ俺の領分だ。」

「魔力探知してる訳ではないんですよね?ウォルフさん、そう言うの使えないって言ってたし……。って事は、殺気とか気配で敵かどうか判断してるんですか?」

 修平の答えはおおむね当たっている。

 というのも、ウォルフは殺気や気配、そして戦場で培った勘で敵を認識し、攻撃をしていた。

ここにいる者というのが基本的に敵だという事もあるが、ウォルフにとっては、嗅覚の様な感覚で敵味方を判断している、というのが正しいだろう。

「ウォルフ殿は、凄いのだな……。」

「感心するのも良いが、敵を捌いてからにしろ。油断や慢心は死を呼び込む。」

 もう、今回の戦闘に入ってから、100人は倒しただろうか。

魔法使いがメインで攻撃してくる中、近接戦闘がメインの四神の使い達にとっては、少し苦戦する戦闘だ。

 敵の機動力がそこまでない為、接近して倒す事が出来ているが、接近すら許されない敵が現れてしまった時には、勝てないというのと同義だ。

「ふむ、敵が減らないな。強行突破の方が良いか。」

「どうするんです?」

「竜太を先頭に置いて、俺が殿を務める。敵を蹴散らしながら、島の中心まで突破する。」

 陣形としては、竜太が先頭、5人がピノを囲う様に守り、そしてウォルフが殿。

この陣形で戦闘を突破し、マナの源流に辿り着いてしまおう、という話だ。

「では、行くぞ。」

 そういうと、8人は走りだす。

 飛んでくる魔法を弾きながら、島の中心へと向けて駆けていく。


「そろそろだな、気を引き締めろ!」

「はい!」

 3時間ほど走って、攻撃を蹴散らして、襲い掛かる敵を倒し続けて、そろそろ疲弊の色が見え始めた頃。

 ウォルフは、強大な力の持ち主とでも言えば良いのだろうか、こちらに殺気を飛ばしてくる強敵を肌で感じていた。

「攻撃だ!」

「蓮!アブねぇ!」

 蓮が反応出来ない速度で魔法が飛来する、それを俊平が弾き、何処から飛んできたのかと飛んできた方向を見るが、何も見えない。

 街の建物は抜けていて、岩場から撃ってきているのは間違いないだろうが、豆粒ほどにも敵が見えない。

「全員迎撃態勢、俺が仕留めなきゃならんな。」

 ウォルフがスコープを覗いても、何も見えない。

しかし、確かにそこにいる、とウォルフは確信していた。

 隠匿魔法だとか、そういったものではない、スコープにすら映らない程遠くから、狙撃してきたのだと。

「ウォルフさんが集中出来る様に、僕達でなんとかします!皆さん!」

「うむ……!」

「あたしは邪魔ね!悪いけど隠れてるわ!」

 ピノは、自分の周囲に木を生やして隠れて、6人がウォルフを囲んで迎撃態勢を取る。

 集中力を極限まで高めて、ウォルフは敵の位置を正確に理解しようとする。

殺気、それはもう隠す気はないのだろう、むき出しの刃の様に肌で感じるそれを、繊細ともいえる気配を感じ取る感覚で捉え、敵の位置を探る。

「また飛んできた!」

「今度は別の方向!?」

 先ほどは北東からの魔法だったのに対し、今度は南西からの攻撃。

一見違う敵の攻撃の様に思えるが、しかしウォルフは確信していた、これは1人の敵が行っている攻撃だと。

 魔法の質、などというものを理解出来る回路があるわけではないが、ここまでの膨大な魔力と鋭い殺気は、そうそう並大抵の人間が発せられるものではない。

「魔法をコントロールして撃っている、か。」

 ウォルフの出した答えは、魔力を以て魔法の発射位置をコントロールしている、または複数の魔法陣か何かを展開し、それを不規則に発射してきている、というものだ。

 事実、殺気の発せられている方向は変わっていない、しかし魔法の威力も変わっていない。

どちらかが正解だろうが、攻撃に専念する以上はそんな事を考えている余地はない。

「……。」

「ウォルフさん!危ない!」

 修平が捌ききれなかった魔法が、ウォルフのすぐ真横に氷柱となって砕ける。

しかしウォルフは動じない、敵を補足するという、ただ1つの目的に集中力を全て使っている。

 それは、仲間を心から信頼していないと出来ない行動だろう、それだけ、子供達の実力を買っているという証左だ。

「いっぱい来てるよぉ!」

「泣き言は後です!蓮君!今はウォルフさんを守る事に集中してください!」

 次々と撃ち込まれる魔法に、迎撃が追いつかない。

周囲は凍っていたり、燃えていたり、帯電していたりと、散々な状況だ。

 撃ち込まれる魔法は、何とか弾けるレベルの物ではあったが、しかしそれもいつまで体力が続くかはわからない。

ウォルフの狙撃に、全てがかかっているのだ。

「……。」

 ウォルフは集中する、狙撃相手を見つけ出すという、ただそれだけの為に、全てをなげうって。

 相手は、少なくともスコープで視認出来る距離より遠くにいる、なれば後は感覚と経験、勘に任せる他ない。

 集中する、それこそ周囲の全てが気にならない程に。

「見つけた。」

 殺気の放たれている元、スコープでは見えない先に、その相手を見つける。

 5キロ程あるだろうか、その相手は複数の魔法を同時に展開していて、ウォルフの推測通りに魔法陣を展開していた。

「……。」

 構える。

「……。」

 引き金に指を置く。

「ウォルフさん!避けて!」

 BANG!

「ウォルフさん!」

 ウォルフが撃ったのと同時に、鋭い雷がウォルフの腹部を貫通した。

「……、撃ったな。」

 口から血をこぼしながら、ウォルフは呟く。

「止まった……?」

「攻撃が止まりました、ね……。ウォルフさん、撃たれたのですか!?」

「俺は平気だ、竜太、結界を張ってもらえるか?応急処置の時間が稼ぎたい。」

「はい、すぐに!」

 攻撃が止み、ウォルフが静かに口を開く。

 竜太はすぐに五重結界を発動し、ピノも木の中から出てきて、駆け寄る。

「あんた、大丈夫なの!?」

「oh!これくらいの傷、大丈夫さ。ただ、内臓を貫通しているから、血を吐いたってだけだ。なあに、少しの間戦線を離脱する程度だ。竜太、鞄から包帯を出してくれたまえ、応急処置は自分で出来る。」

 いつもの調子になったウォルフが、竜太から包帯を受け取ると、ダッフルコートとインナーを脱いで、腹部の傷を応急処置し始める。

7人は少し安心しつつ、ここからはウォルフの力が借りられない事に対する危険、が脳裏に浮かぶ。

「……、良し。これで歩けるだろう、ピノちゃんよ、マナの源流はどこだ?」

「感じてるのは、丁度この下なんだけど……。でも、なんだか違う感じがするのよね……。」

「地下、或いはここではないか、だな。さて、竜神王サンはグローリアグラントという国にマナの源流は流れていた、しかしデスサイドという地になりその流れを竜神達が変えた、と言っていたが。恐らく、デスサイドに赴く事になるのだろうな。」

「じゃあ、ここでの事は、意味がなかったって事ですか……?」

 デスサイドの事は初めて聞かされた7人は、ではなぜ最初からそちらに向かわなかったのか?と疑問を浮かべる。

「竜神王サンの指示に意味がないとは考えられんしな。はて、推測だがお前さん達の覚悟の程を確かめたかったか、ほんの少しの希望があってこの地に赴かせたか、だな。」

「人間と戦う覚悟、ですかね……。確かに、そのままマグナに行ったら、僕達人間相手に戦えなかったかもしれないですしね……。」

「じゃあ、お兄ちゃんは僕達に人と戦う事を教えたかったのかなぁ?」

「……。どうしても、人間と戦わなければならない。それを理解していたから、ディンさんは私達をここに送った、という事でしょうか。確かに、人間相手に戦う覚悟は出来ていませんでした……、それを得てこい、というのは筋が通っていますが……。」

 それ以外の目的はなかったのだろうか?と清華と竜太は考える。

 ディンの事だ、何か隠していてもおかしくはないし、この地に送った理由も複数ありそうな気はする。

「取り合えず、触れられないって現実があるのなら、戻って対策を立てないとです。デスサイド、って所に行かなきゃいけないとしても、父ちゃん達を待たないとですし……。」

「帰り道はある程度は安全だろう、何しろ島一番の気配の持ち主を倒したんだからな。」

 ウォルフが応急処置を終わらせると、8人は動き出す。

帰り道、敵襲に合っても良い様に、ウォルフとピノを真ん中に行かせて、6人が周りを警戒しながら、船が待つ場所へと向かっていった。


「ホントに何事もなくって感じだったね。あんなに戦ったのに、それが嘘みたいだ。」

「それだけ、ウォルフさんが倒した方が強かったのでしょう。もしかしたら、ここを統治されている方だったのかもしれませんね。」

「でもよ、ここって色んな国の奴らがいただろ?統治できんのか?」

 帰りの船の中、気が緩んだ一行は、口々に疑問を吐き出す。

 帰りの道中、一度竜太の結界で休憩を取ったが、それ以外の時も襲われる事が無かった。

それだけ、ウォルフの倒した敵というのが強大だったのか、それとも何か別の理由があってなのかはわからないが、とにかく襲われずに済んだというのは有難い。

「ウォルフさん、傷はどうですか?痛みませんか?」

「oh!大丈夫だ、この程度の傷、幾度となく経験してきたからな。腹に穴が開くのも、もう何度目か。」

「戻ったら、お兄ちゃんに治してもらおうよ!」

「Umm,それは有難い提案だが、お断りしよう。竜神王サンの魔法ってのは、俺に聞くかはわからん、それに何が起こったとて対処を出来る人材がいないからな。俺の世界の理からすれば、竜神王サンの治癒魔法ってのは異質だ。」

 間近で移癒を見ていたウォルフは、これは自分が使われたら異変が起こる、と感じていた。

 異なる世界の異なる種族が使う魔法、それだけでも危険かもしれないが、そもそもウォルフは年輪の世界の外の人間だ。

ウォルフの言う神がそれを許さなければ移癒は使えない、というより効果がないだろう、とウォルフは踏んでいた。

「でも、他に回復が出来る人もいないし……。ウォルフさんが欠けるって、結構きつくないですか?」

「大丈夫だ、お前さん達は強くなった。それに、覚悟をした。覚悟をした人間ってのは、強いもんだからな。だから大丈夫だ、俺からお前さん達に教えられる事も、もうないな。」

「……。ウォルフさんは、戦場での生き方を教えてくださったのですね。ディンさんも、それを教えて欲しかったのではないでしょうか?私達は拙い、それを危惧されて……。」

「そうかも、しれんな……。儂達は、まだ何も知らぬ……。」

 戦場での生き方、戦況から戦術を組み立てる方法、それを修行でしか知らなかった四神の使い達は、戦場で人間を相手にするという事を知った。

それだけでも、負傷した甲斐があったな、とウォルフは笑った。


「あの、ウォルフさん。」

「なんだね?修平君よ。」

「前話した、ホントに助けて欲しいと思うって事……。」

「そんな話もしたな。それで、答えは出たかね?」

 夕食を船の中で食べ終わり、修平は1人銃を磨いていたウォルフに話しかける。

これは今話すべきか、話して良いものかと悩んでいる様子だったが、ウォルフは聞くつもりの様だ。

「結局、何が綾子の為になるかがわかんないんです。応援してあげれば良いのかもしれないけど、でも……。まだまだ、綾子は1人で生きて行くには大変だと思うんです。」

「ふむふむ、それで?」

「だから、綾子に聞こうと思うんです。どうして欲しいのか、なんて聞いた事もなかったから……。だから、知りたいんです。綾子の事、これからどうしたいか。」

 成長したものだな、とウォルフは笑う。

 精神的成長、それは期待こそしていたが、ここまで漢になるとは予想がつかなかった、というのがウォルフの感想だ。

「お前さんの気持ちは、きっとわかってくれるだろう。そうしたら、本当に助けて欲しい時に教えてくれるだろう。」

「はい、その時まで、頑張ろうと思います。」

 はにかみながら、修平は答える。

綾子にまた会えるのが楽しみで、今どうしているのかが心配で、しかしこれからの希望をもって。

 修平は、改めて世界を守ろうと決めた。


「そういやさ、オヤジ達はこの世界の事知ってたんだよな。俺、何も知らねぇで反抗ばっかしてさ、だせぇよな。」

「私も知らされてはいませんでした。俊平さんは、どうして反抗をされていたのですか?」

「弟子の人達によ、才能がねぇって言われたんだ。俺はずっと頑張ってきたんだけどよ、忍者として一番大事なものが欠けてるんだと。んで、ダンス始めたら楽しくてさ。頑張ろうってオヤジにビデオ見せたら、お前は後継者なんだから修行しろ、なんて言われちってさ。それが中二ん頃だったかな。」

 ウォルフ達とは少し離れた場所で、俊平は物思いに耽っていた。

意味のない反抗期、ではなかったと今でも思っているが、父親はこの世界や戦争の事を知っていて、修行を厳しくつけていたのだな、と。

「私も思った事があります。女である私が、剣道の道を進むのはおかしいのではないのか、と。華道の道を歩むのが、鈴ヶ峰家の女性の生きる道だ、と母から伝えられていましたから。しかし、後継者は私しかいなかった、だから父は剣道を教えてくださったのだろう、と。」

「大地さんは知ってましたよね?僕が迎えに行った時、何か知ってる感じでしたし。」

「うむ……。儂は、伝承として聞き及んでおった……。」

「じゃあ、大地さん以外はみんな知らなかったのぉ?でも、僕もお兄ちゃんが迎えに来てくれた日まで何にも知らなかったよ!」

 蓮が力を持ったのは、ディンが迎えに行ったその日だ。

 正確にはディセントに来る直前で、蓮の闇が暴走をしかけた後に、デインが力を与えてディンが迎えに行った、というのが正しい時系列だ。

 そもそも蓮に親和性、デインとの関係性があったのだが、デイン自身がそれに気づいたのは、あの日秋の暮れの蓮が両親を殺した瞬間だった。

「オヤジ、今頃どうしてんだろうな。俺が戦争駆り出されたって知ったら、心配すっかな。」

「それはそうでしょう。私の父もご存じの様子でしたが、まさか私がとは思っていなかった様でしたし。……、心配を、掛けてしまっているかもしれませんね……。」

「そう言えば、父ちゃんが何か言ってた様な……。」

「どうしたの?竜太。」

「えーっと……。でも、父ちゃんが他世界に行って帰ってくるのって、基本的に一晩か一瞬なんですよ。行った途端に帰ってきて、また年齢重ねちまったよ、なんて言ってるんです。最初は冗談だと思ってたんですけど、父ちゃんちょっとずつ年齢が増えてる様な気がしたんですよね。それに、世界が沢山あって、本当は1つの世界に1人の竜神がいるって、デイン叔父さんも言ってて……。」

 ディンが他世界に行ってきて、帰ってくるまでは、本当に長くて一夜か翌朝までだ。

世界の移動にはルールがある、とディンが言っていた気がするが、そのルールが何だったか、を思い出せそうで思い出せない。

「えーっと、うーんと……。」

「何か思い出せそうでしょうか?」

「あ!そうだ!えっと、他世界で過ごした時間って言うのは、基本的に帰った時には反映されないそうです。あんまり長いと少しずつセスティアでも時間が過ぎていくって話ですけど、基本的に2,3年過ごすくらいなら、セスティアに戻った時は時間が経過しない、って。」

「じゃあさ、俺達が戻ったらあん時の時間に戻んのか?でも、蓮は時間経ってたろ?なんでだ?」

 俊平の疑問は尤もだ、蓮がいなくなってから半年とニュースをやっていたと修平が言っていたし、そう言えば行方不明の少年が、と半年前からニュースが時々やっていた。

 蓮がこちらに来た瞬間に戻るのなら、何故それが反映されていないのか?と。

「なんででしょう……。何か、別のルールがあるんですかね……。」

「ディン殿は、知っているのだろうか……?」

「多分、知ってるとは思います。世界のルールは熟知してるので、でも蓮君は例外なのかもしれませんね。デイン叔父さんの力を使ってる事もそうですし。」

「そうなのかなぁ?でも僕、お友達もいなかったし、時間が過ぎててもなぁ……。」

「私達は友達ですよ、蓮君。仲間であると同時に、友達です。だから帰ったら、私達が会いに行きますよ。」

 やった!と蓮は喜んでいる。

 そんな蓮を見ながら、竜太は何故蓮だけが特例なのかを考える。

もしかしたら、デインが選んだ戦士という事と、ディンの言っていた可能性が関係しているかもしれない、と。

「帰ったら、蓮君の事待ってるからね。蓮君だけが時間かかっても、僕は忘れないから。」

「うん!」

 今はそれより、世界を守らなければならない。

竜太は、何処かで疑問を感じながら、その思考に蓋をした。

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