世界とは

「良し、次は竜太が休息を取れ、俺達が周囲の探知だ。」

「うむ……。竜太、少し休め……。」

「ありがとうございます、少し休ませて貰いますね。」

 5時間程休憩をした7人は、今度は竜太を囲んで探知をし警戒する。

 竜太の結界は防御の要になる、つまり竜太のコンディションは、ミッションクリアにとって重要な要素だ、とウォルフは考えていた。

倒れられてしまったら戦力が減る、そして休息をろくに取れなくなる、それは今回の作戦にとって大きな打撃になってしまう、と。

「結界を張ってから、周囲の人間の気配が消えたな。諦めたか、それとも……。」

 市街地、というにはお粗末な雰囲気の、町はずれの様な場所に、今8人は居る。

空を見上げれば暗雲が、前を見れば巨大な建築物が、ひしめき合っている様にも見えなくはない。

 ディンの言っていた中心部、マナの源流があるであろう場所、そこは建物が密集している地域だろう、と予測が出来る。

「ほら、撃ってきた。」

「攻撃、ですね……。あちらの方から来た様です。」

「北西だな、どれ。」

 氷の魔法が飛んで来て、清華がそれを弾くと、ウォルフはやはりかと思いながら、スコープを覗く。

「清華が反応出来る程度の魔法って事は、そこまでの使い手じゃないな。さて……。見つけた。」

 BANG!

ウォルフの正確無比な狙撃が、1キロ先の襲撃者の頭蓋を撃ちぬく。

「ウォルフさん、何処撃ったんですか?」

「北西の方だ、まだ1人だったから問題はないが、これから先押し寄せてくる可能性もあるな。各自、警戒を緩めるな。竜太が回復するまでの1時間、結界は使えないと思え。」

 修平達には、襲撃者の姿は見えなかった。

それだけ遠い敵を狙って撃った事にも、そんな遠くから魔法をあてに来ている敵にも驚く。

「ウォルフさん、すごーい!」

「感心は後だ、蓮。今は警戒をする時間だぞ。」

「あ、はーい!」

 伊達に戦場を渡り歩いてきたわけではない、しかもガンナーという専門職の様な立ち位置にいたのだ、狙撃は凄まじい精度を誇る。

セスティアの人類が成しえた最高記録、3,5キロ狙撃を超える狙撃は、ウォルフなら容易だろう。

 英雄とは、それだけの事を成し遂げられる逸材ではないと務まらない、そして英雄同士の戦いとなると、それ以上のパフォーマンスを要求される。

1キロ程度の狙撃、当たって当たり前なのだ。

「竜太、動きながらの回復は可能か?」

「はい、激しい動きさえしなければ、結界を使うだけの体力は回復出来ると思います。」

「では、進軍だ。各自、竜太をカバーしながら動く様に。」

「はい!」

 竜太はそこまで消耗している訳ではないが、やはり実践となると緊張はあるのだろう。

結界を張れる様になるまでのインターバル、それは確実に存在する。

 しかし、その度に立ち止まっていたら、いつまでも目的地に到着する事は出来ない。

休息を取りながら、しかし進軍をしなければ、時間が足りなくなってしまう。

「北に向かうにつれて、攻撃は激化するだろう、覚悟を決めておけ。」

「うむ……。」

 5人の魔力探知にも、北の方から強大な力の持ち主がいる事がわかる。

 戦わなければならないだろう、恐らく和平は結べないだろう。

覚悟を決めておけ、というウォルフの言葉は、間違いはないだろうと直感していた。


「また敵襲!?」

「泣き言は後だ!今は迎撃すっぞ!」

「うむ……!」

「竜太君はもう少し休まれてください!ここは私達が行きます!」

 3時間程進んでいる中で、3度目の襲撃に会う。

ウィザリアはそれだけ外敵に敏感で、各自の目的がはっきりとしている、という事なのだろうが、これは若干うんざりする頻度だ。

 ウォルフも、これは竜太が結界を張っている間しか休息は取れない、と直感しながら、迎撃の手を緩めない。

「ピノちゃん!危ない!」

「え?きゃあ!」

「大丈夫ぅ!?」

「平気!あたしは自分守るのに集中するわ!竜太を守って!」

 ピノに飛来した魔法を蓮が弾く。

ピノは、自分の身くらいは自分で守らなければ、と魔力を練り、地面に手を当てる。

すると、周囲にマナを帯びた木が生えてきて、ピノと竜太を覆う。

「これが、ピノさんの力なんですか?」

「そうよ!あたし、なんでかは知らないけど、木を生やしたり出来るのよ!」

 聞いてはいたが、見た事はなかった、ピノの能力。

それは、マナを帯びた木を生やしたり、今現在生えている木をマナの力を以て操る能力。

 使用する大地のマナの量や、マナの質によって強度や頑強さは変わってくるが、この土地はマナが豊富な為、強靭な木を生やす事が出来る。

そこいらの魔法使いの魔法程度なら弾く事が出来るし、上級魔法まで程度なら何とか防御も出来る、といった所だろう。

「竜太の事はあたしに任せて!あんた達は迎撃に専念して!」

「わかった!ピノちゃん、無理しないでね!」

「わかってるわよ!」

 中級魔法が様々な方角から飛んでくる中、ピノの生やした木は防御的に崩れる気配がない。

 ウォルフはそれを確認すると、外敵に意識を集中し、50程度いる敵を殲滅しにかかる。

「ふむ、敵が強くなってきているな。弾丸を防御するとは、中々の使い手だ。」

 他の魔法使いが倒れていく中、弾丸を当てても倒れない敵がいる。

スナイパーライフルの火力を以てしても倒せない、となると。

『Shotgun』

 ウォルフが呟くと、マクミランの弾倉が一瞬光る。

 狙いを定め、銃身を固定し、ウォルフが一撃弾を撃つ。

 バン!

という炸裂音が鳴り、敵の防御を貫通した弾丸が、散弾銃の弾の様に破裂し、敵を穴だらけにする。

「あれ、どーいう原理だ!?」

「わかりません!が、弾丸が破裂するという事は、近づいてはいけないという事になります!ウォルフさんの狙っている敵には近寄らないでください!」

 何も話を聞かせれていなかった5人は、清華の指示に驚きながら、その言う事を聞く。

ウォルフの撃つ弾が散弾の様になっている、というのは清華も銃に詳しくなくわからなかったが、炸裂する弾、という時点で近寄ってはいけないと理解したのだろう。

「ふむ、状況適応能力が上がってるな。これは安心して撃てる。」

 そんな清華の怒鳴り声を聞きながら、ウォルフは次弾を撃つ。

 敵の魔力による防御を貫通し、炸裂する弾丸、それは的確にダメージを与える手段になる。

味方を巻き込んでしまう可能性もあるが、しかし理解さえしていれば回避は出来る。

「っ……!」

「大地君!下がって!」

「済まぬ……。」

 大地が魔法に被弾し、左腕に炎が付着する。

炎自体はすぐに鎮火し、洋服が燃えるなどという事にはならなかったが、手を火傷してしまった様子だ。

 まだ戦える、と大地は六尺棒を握ろうとするが、初めての負傷に思った以上に混乱している様で、力が入らない。

そんな大地を庇う様に修平が攻撃を捌き、大地は一歩後ろに下がる。

「俊平さん!私より大地さんについてください!蓮君と私が攻撃に回ります!」

「わあった!」

 清華がそれを見て、指示を飛ばす。

 ウォルフは、中々的確な指示を飛ばすな、と感心しつつ、しかし攻め手だけでは勝ち筋は見えてこない、と清華と蓮のバックアップの為に銃口を向ける。

『Rifle』

 散弾から狙撃弾に切り替え、清華達の近くに敵がいても事故が起こらない様にする。

 的確に、1人ずつ仕留めていく、それがウォルフの戦闘の美学だ。

持っている技としてはそれに限った話ではない、銃弾の軌道を曲げたりする事も出来るが、それは美学に反する行為だ。

「あと少し!」

「蓮君!気を抜かないでください!」

『いくぞぉ!雷咆斬!』

 蓮が瞬時に魔力を溜め、雷咆斬を放つ。

 魔法使い達は魔法に対する耐性、魔法防御を習得しているのだが、蓮の技の威力が勝った様で、それを貫通して体を引き裂かれる。

「これで、お終いです!」

 清華が最後の1人を倒し、とりあえずの静寂が訪れる。

「ピノ、竜太、出てきてダイジョブだぞ?」

「はい、って大地さん、怪我してるじゃないですか!大丈夫ですか!?」

「大地、火傷の状態を見せたまえ。対処療法だが、応急処置程度は出来るだろう。」

 竜太が木の中から出てきたと思ったら、大地の怪我に驚いている。

ウォルフは冷静に火傷の状態を観察して、どの程度の負傷かを確認する。

「これはさして問題にはならんな。お前達には自然治癒能力の強化が施されている、と竜神王が言っていたからな。数時間で治癒するだろう、その間は前線には立つな。」

「うむ、済まない……。」

 大地の火傷は、手に水ぶくれが出来ている程度で、痛みはあるがそこまで後には影響を出さないだろう、とウォルフは判断した。

 実際大地としては、痛みはあるが六尺棒を握れない程でもない、といった所なのだが、如何せん初めての負傷だ、慎重にならざるを得ない。

「竜太、結界を張る体力はまだ戻ってきていないな?」

「は、はい。もうちょっとだけ休ませてください。」

「承知、では進むぞ。竜太と大地をカバーしながら行く。」

 警戒を緩めず、しかし大地を庇いながら、8人は進んでいく。

 行く先に、強大な気配を感じていたウォルフだったが、歴戦の戦士として、負けるわけにはいかない、と考えながら。


「ここいらは街になっている様だな、宿を取るのは難しいだろうが、ほれ、そこのベンチにでも座って休めるだろう。」

「ホントに、ウォルフさんってオンとオフの切り替えが凄いんですね……。びっくりしっぱなしですよ。」

「なあに、戦場を歩くという事は、そういう事なのだよ、修平君。大地君、怪我は癒えたかね?」

「うむ、痛みも、無い……。」

 暫く進んで、街の中に到着したところで、竜太の五重結界を展開して休憩を取っていた8人。

 大地の火傷もだいぶ癒えており、ディンがウォルフに伝えていた治癒能力、というのもだいぶん能力としては強力なのだろうという事が伺える。

 街の中は無人、というよりは皆建物にこもっているのか、人の気配があまりしない。

しかし、気配と研ぎ澄ませれば戦闘をしているのがわかる、島のあちこちで争いが起きているのが、肌でわかる。

「俺達を狙わないのか、それとも例の奴に一任しているのか、はてさて……。」

「どうか致しましたか?何かお考えが?」

「何故俺達を狙った連中がパタリといなくなったのか、だな。竜太の結界を恐れて、なんて安直な理由じゃあないだろう。となると、この島の一番の使い手が俺達を狙っていて、それを邪魔すれば死ぬ、と考えるのが妥当だろう。」

 島一番の使い手、というのがどれだけの実力なのか、はウォルフにもわからない。

しかし、気配を探っている事に瞬時に気づき、殺気を殺したという点から考えるに、相当の使い手である事は間違いないだろう、と推測が出来る。

 こうしている間にも、ウォルフは戦場の気配を探り続けており、あちこちで起きている戦闘の気配を感じているのだが、肝心の最初に殺気を飛ばしてきた人物の気配が読めない。

歴戦の戦士であるウォルフにでさえ気配が感じ取れない、という事は、リリエル程ではないが、戦場に慣れている手練れなのだろう。

「あたし達じゃ気配すら読み取れない、なんてのがいるの?だって、皆結構鋭いわよ?」

「例えばリリエルちゃんの気配は、彼女が本気で殺せば竜神王サンでさえその居場所を探る事は出来ない。それに及ばずとも、気配を遮断する能力があれば、お前さん達の探知にも引っかからんのは道理だろう?」

「俺達、まだまだって事か。ウォルフさんがわかんねぇのに、俺達がわかるわけもねぇけどさ。」

「リリエルさんは、まるでそこにいらっしゃるのに気配を感じ取れない、という事をディンさんが仰られていた様な気がしますが、それ程の使い手だとしたら、私達では太刀打ち出来ないのかもしれません……。」

 清華にとっては、リリエルはまだまだ超えられない存在だ。

そんなリリエルと同じか、それより少し下のレベル、の敵に勝てるのだろうか、と少し弱気になっている様だ。

「清華ちゃんよ、何の為に俺が同行しているか、忘れたか?」

「え……、いえ、でもウォルフさんは、私達のサポートが役回りなのではないでしょうか?」

「そうだな。しかし、サポートと一口に言葉にしたとして、何をするかは決められていない。竜神王サンからは、出来るだけ子供達を主体に、とは言われているがな、俺は勝てない相手に突撃させる様な真似はしない、という事だ。」

 それは、ディンの思惑とは違うだろう。

ディンはあくまで、守護者を育て戦わせる者、自分は基本的に表舞台には立たないのが主義だ。

 しかし、指南役達は一枚岩ではない。

リリエルの様に元々興味がなく、しかし今では過保護とでも言えば良いのだろうか、そういった感情を持っている者がいれば、ウォルフの様に指南すると同時に共に戦場を戦う仲間だと認識している者もいる。

 また、セレンの様によくわからない、と思っている者がいれば、外園の様に世界の為に死んでは欲しくないと願っている者もいる。

「俺達は確かに、竜神王サンに集められた指南役だ。だがな、それと俺の意思決定権の放棄は、また違うのだよ。まあ、そのうちわかるだろう。今は仮眠を取ると良い、時期に街の中心部に到達する、そうしたらもう、仮眠も休憩も無しだ。」

「ウォルフさんって、優しいですよね。修行付けて貰ってる時も、銃使われてたら俺、死んでましたもん。」

「手心を加えるのも、吝かではない、という事だよ。さ、仮眠を取りなさい、竜太はちときついが、踏ん張ってくれ。」

「はい、僕は大丈夫です。」

 ピノと蓮は、もう手頃なベンチで仮眠を取っている。

四神の使い達も、それに倣い仮眠を取り始めた。


「ウォルフさんは、年輪の世界の外からいらっしゃったんですよね?」

「ふむ、これまた唐突な問いだな。それがどうかしたか?」

「……。そこには、竜神や世界を生み出した神様もいるんでしょうか?父ちゃんは、初代竜神王は一千万年前の存在だと言ってました。なら、それ以上前に存在した神様もいるのかなって。」

「そうだな……。俺は与り知らない所だが、存在するかもしれないな。ある時、世界が1つ産み落とされた。混沌に沈むはずだった世界を終わらせる為に、1柱の神が破壊を生み出した。それを良しとしなかった別の何かが、その世界に守護者を産み落とした、という伝説があるからな。もしかしたら、その最古の守護者ってのが、竜神王の事かもしれん。」

 ウォルフの居た世界の伝説、云わば御伽噺の様なものだ。

ある世界の創造と、破壊、そして守護者と言うのは、子供心にとても響いた。

 そんな世界が実在する、と知った時には、年甲斐もなく心躍った、とウォルフは記憶している。

「ウォルフさんの生まれた世界、ちょっと気になりますね。いけないだろうって、父ちゃんは言ってましたけど……。」

「そうだな。この世界群の理として、他世界への干渉は出来ない仕組みになっているからな。今回の俺が、特例の様なもんだ。本来なら、俺のいる世界からも干渉は出来ないって言う理だったはずだからな。」

「じゃあ、どうしてウォルフさんは……?」

「俺の従ってる神サマってのがな、何やら竜神王と縁のある存在って話だ。その縁を辿って、俺がこの世界に入る隙間を作った、だとか。」

 これは、ウォルフも使役している神から聞いた話でしかない。

ひねくれ者で、しかし世界を守らんとする神が、本来干渉できない他世界に口を出した、その意味は。

「俺も、その隙間ってのがどうやって作られたか、何故神サマがこの世界に執心してるのか、なんて事は与り知らんがね。しかし、あの神サマのいいぶりからするに、恩でもあるんだろうさ。この世界を創造した神サマ、それが今どこで何をしてるかはわからんが、もしかしたら、この世界と俺の神サマは、同じ存在に生み出されたのかもしれないな。」

「神様を生み出す神様……。なんだか、何処まで辿れば一番最初に行きつくのか、わかんなくなりそうですね。でも、嬉しいです。世界を知るきっかけをくれたのは、ウォルフさんですから。きっと父ちゃんは、死ぬまでその事を話すつもりはなかったと思います。でも、ウォルフさんが来てくれたおかげで、僕は世界を知るきっかけを貰いました。」

「子を想う親の心ってやつだ、それは俺もよくわかる。子供達に、戦争には行って欲しくはないからな。しかし、俺の子供達の事だ、俺が死んじまったら、跡を継ぐなんて言い出すだろう。それを止められない、それはとても悲しいのさ。竜神王サンは、お前さんより長生きする気でいる様だがな。」

 ディンは今では混じりっ気のない竜神、その長だ。

人間と竜神の魂が融合している竜太より、長く生きるであろう事は十分考えられる。

 竜太が人間の寿命でこと切れるか、それとも竜神の寿命まで生きてしまうのか。

それはまだディンにさえわからないが、ディンとしては竜太に自分より後には死んでほしくはないのだろう。

それは、愛する者達との決別、際限のない孤独を意味するのだから。

「……。僕も、皆と一緒に生きたいと願いました。でも、父ちゃんを独りっきりにするのも嫌なんです。我儘かもしれないですけど、でも……。でも、父ちゃんが独り生きて行かなきゃならないのなら、せめて僕だけでも傍にいてあげたいんです。」

「子の心親知らず、というやつだな。お前さんは優しい、それは竜神王サンが、世界群を守る為に切り捨てちまった感情だろうさ。大事に取っておくと良い、きっとそれは竜神王サンの心の支えになるさ。」

 結界の中、座ってスナイパーライフルを肩に掛けながら、ウォルフはそういった。

 自分の子供達に対して思っている事、子供達が自分に対して思っている事。

そういった事が、想いの積み重ねが、世界を守る力になるのだろう、と。

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