ウィザリア上陸
「警戒を怠るな、ここからは戦場だと思え。」
ウィザリアに船が到着し、南端から上陸する8人。
暗雲立ち込める大地は、港というよりはギリギリ船が横付けになれる程度のもので、他の場所は見る限りは断崖絶壁だった。
ウィザリアは、東西南北に一か所ずつ船の発着場があり、それ以外は崖に囲まれた島だ。
地理の関係で常に雨が降っているか曇り空で、晴れる事は滅多にない、というのも、おどろおどろしさに拍車をかけているだろう。
「見張られている、な。」
「え?」
「俺達がここに到着した瞬間から、何者かが俺達を見張ってる、と言っているんだ。各々、警戒の糸を切らさない様にしろ、さもなくば死ぬぞ。」
普段のウォルフの様子はどこへやら、ガラリと雰囲気を変えて、ウォルフは声の圧を強める。
ウォルフの戦闘を見た事がある修平でさえ、ここまで張り詰めたウォルフの姿は見た事が無い。
ウォルフは、いつでも銃を撃てる様に、とこの世界では使うつもりがあまりなかったマクラミンをケースから取り出し、手に握る。
「あれ、ウォルフさんそれ使わないって言ってませんでした?異世界の事を知らせる事になるからって。」
「そうも言ってられんのだよ、修平。俺の勘が正しければ、俺と同じかそれ以上の使い手がいる。お前達より強いだろう、竜太が勝てるかどうか、というレベルの敵だ。」
いつもの様なおどけた口調とは違い、ウォルフの言葉は厳しく、棘がある。
それだけの相手を想定したのだろう、気配を察知出来てしまう程、強い相手がいるのだろう、と竜太は理解したが、他の6人はウォルフの纏う空気の変化に戸惑っていた。
竜太も、ここまで余裕のないウォルフは初めて見た、と若干驚いてはいるが、ディンが戦闘の際にはガラリと雰囲気を変えるのに慣れていた為、気配に変化はなかった。
「ピノ、お前のマナの探知に成功可否がかかっている、集中しろ。」
「あ、うん。マナの流れを見れば良いのよね?えーっと……。」
ウォルフの一言で、ピノはハッとさせられ、マナの流れを感じようとする。
入り組んでいて、すぐにはわからなそうな流れをしていたが、ピノは伊達にディンに選ばれたわけではない、方角程度ならすぐわかるのだろう。
「北の方……、多分、島の中心かしら……?すっごいおっきなマナの塊みたいなのがあるわ。多分、それがマナの源流じゃないかしら……?」
「北だな。俺の感じている敵がいるのも北の方角だ、間違っていないだろう。各々、気を引き締めろ。いつ何時、敵が襲ってくるかはわからんのだからな。」
「はーい!」
5人は、修行した内容を思い出しながら、魔力探知を発動する。
すると、確かに北の方から、強大とでも言えば良いのだろうか、何かを感じる。
ピノの様にはっきりとマナの流れを探知出来る訳ではないが、ウォルフとの修行の中で成長した探知能力は、マナの流れをぼんやりとだが探知出来る様になっていた。
「本当ですね、北の方から、何かを感じます。それと、強い魔力の持ち主が……。」
「俺達を狙ってるのはそいつだろうな。竜太、結界を何時でも張れる様に構えておけ。いつ何時、襲われるとも限らんのだからな。」
「はい、わかってます。」
竜太にはわかる、というより竜太でさえわかる、強大な魔力の持ち主。
探知に気づいて気配を殺したのか、正確な位置はわからないが、周囲を纏わりつく様に、強大な気配が探知出来る。
意図的に周囲に分散しているとしたら、相当な実力の持ち主であろう事が伺えるが、ウォルフはその殺気を感じ取っていた。
殺しきれていない、というよりはウォルフが殺気に過敏すぎるだけなのだが、微かに残っている殺気から、攻撃の手段は読めるだろうと考える。
「清華、お前の方向から撃ってくる、迎撃だ。」
「え……?は、はい!」
船を降りてすぐだというのに、攻撃を予見するウォルフ。
清華は太刀と脇差を抜くと、西の方向から何かが飛んでくる。
「魔法!?」
清華が驚きながら反応し、炎の魔法を弾く。
魔法は複数発飛んできていて、俊平の使うスパイラルリヴォルバーである事が伺える。
「ウォルフさん、良く気づきましたね……。」
「殺気が漏れているからな。これくらいは前座だ、進むぞ。」
清華が全ての火炎弾を防いだ事を確認すると、ウォルフは北に向かって前進する。
7人は、それぞれの役割を思い出しながら、それについて行く。
「何者か!ここは部外者が立ち入っていい場所ではない!」
「敵だな、構えろ。」
少し進んだ所で、ウォルフは複数の殺気を感じる。
殺気の持ち主の1人の声が響き、人影が見える。
ここはまだ中心部ではない、集落のようなものが外側にあるとはディンが言っていたが、それすらない岩の大地だ。
岩場に隠れていた刺客が、姿を現す。
「フェルンから来てるな、奴らは妖精だろう。武器を構えろ、殺さないなんて甘っちょろい考えは、今ここで捨てろ。」
「……、はい……!」
今の今まで、殺さずとも済む方法を模索していた清華や竜太は、それが甘い判断だと思い知らされる。
殺気とは無縁の場所にいたはずの自分達でさえ、感じ取れる程の殺気。
それは、殺さなければ殺される、という現実を、痛いほど突きつけてくる。
「敵は……。25、30といった所だろう。竜太、俊平、修平は迎撃、大地、蓮、清華は攻勢に回れ。俺が援護する、負傷は気にするな。」
「はい!」
刺客が動き出した瞬間、戦闘が始まってしまった。
黒いローブに身を包んだ妖精達が武器を持って襲い掛かってきて、それを迎撃する。
ウォルフはスポーツサングラスをかけると、スナイパーを構え、照準を合わせてまずは一撃。
BANG!
銃声が響き渡る、それはフェルンの刺客達は聞いた事が無い音だ。
音に怯んでいる間に、頭を撃ち抜かれた仲間の姿に驚いている間に、3人が距離を詰める。
「躊躇えば死ぬ、それがこの世界の理……。私は、抗おうと思いましたが、ごめんなさい。」
清華が、刺客の1人に斬りかかり、刺客が悲鳴を上げて絶命する姿を見て、言葉を口にする。
リリエルにかつて問うた、殺さずとも済む方法があるかもしれない、と。
しかし、戦場とはそんな甘い考えでは生きて行けない。
それは、リリエルに嫌という程教えられて、今現実として突きつけられた。
「済まぬ……。」
大地も、殺生とは無縁の人生だと思っていた自分が、人を殺す事になるとは思わなかった、と感じながら、六尺棒を振るう。
めきめきと頭蓋の砕ける感覚が伝わってきて、一瞬吐き気を催すが、そんな事をいちいち気にしていたら、自分が死んでしまう。
それ即ち、世界の滅亡を意味する、世界を守る為には、ここで躊躇っている場合ではないのだ。
「僕、頑張るもん!」
蓮は、餓鬼を倒したのとそう変わらない感覚で、刺客に斬りかかる。
本能的な自己防衛、虐待を受けていた事から目を背け続けていた蓮は、そういった負の感情から目を背ける事に慣れていた。
しかし、人を殺めている事に変わりはない、それはワインの澱の様に、心の中に沈殿していく。
「俺達!何とか出来るかな!」
「なんとかするっきゃ!ねぇだろ!」
修平と俊平は、ウォルフやピノに向けられた魔法を弾きながら、怒鳴りあう。
自分達がしている事は、戦闘だ。
それは覆らない事実、そして相手は生きている存在だ。
戦場に着いたら、嫌でも人間と戦う、それはわかっていたつもりだ。
しかし、今ここでこうして人間や妖精と戦わなければならない、それは心に負担を与える。
「今は戦闘に集中してください!泣き言は後です!」
竜太は、殺さずに済めば良かった、と思いながら、しかしそれも仕方のない事なのだと考えていた。
相手を戦意喪失させ、戦闘不能にして生かす、という方法を自分達は知らない。
ならば、殺すか殺されるかどちらかしかないのだ、と。
「……。」
竜太達の援護を受けながら、無言でマクラミンを撃ち続けるウォルフ。
本来マクラミンーTAC50は、対戦車ライフルだ。
持って撃つ、などという利用法は考えられていない、地面に固定して撃つのが基本だ。
しかし、ウォルフはそんな事をしている内に負けてしまうと知ってから、持って発砲する様になった。
反動がきついのなら筋力を鍛えれば良い、それがウォルフの出した答えであり、その鍛錬の結果が今のウォルフの肉体だ。
「僕も前に出ます!お二人は援護を!」
「わあった!」
「竜太君、気を付けて!」
竜太が前線に出て、修平と俊平がウォルフとピノの護衛に回る。
大地と清華、蓮は竜太が前に出てきてくれた事に少しホッとするが、すぐに気を引き締める。
「貴様ら!何者だ!」
「聖獣の守り手、世界を守る者だ!」
「ばかばかしい!その様な御伽噺の存在がいるわけがない!」
刺客の統領と思しき人物が、怒鳴りながら攻撃を仕掛けてくる。
竜太は、それを捌きながら答えを返すが、統領はそれを信じていない様子だ。
千年前の大戦は語り継がれてはいる、がもう一度起こるとは伝えられていなかった、その為だろう。
「信じる信じないではないのだよ、君。ここは戦場、それだけが全てだ。」
「がっ!?」
「油断しているから死ぬ、そう言う事だ。」
打ち合いをしている所に、横からウォルフの正確な狙撃が飛来する。
脳天を撃ち抜かれた統領は倒れ、竜太は次の敵に向かっていく。
「温い、温すぎる。戦場はこんなもんじゃ済まない。それは中心部の話か?」
ウォルフは、的確な狙撃をしながら、つまらないと呟く。
ここで感じる空気は、正真正銘戦場のそれだ、それを感じ取れない程温い場所ではない、とウォルフは考えていた。
しかし、まだ島の入口だからなのか、敵が弱いというか、構え方が温いと感じる。
島の入口で燻っている様な連中では、子供達の本気はいらないだろうと。
「これで終わりだ。」
最後の1人が逃げようとしたところに、ウォルフが弾丸を撃ちこみ、戦闘は終了する。
「お前達、やれば出来るな。俺はてっきり、もっとしり込みするもんだと思っていたが。」
「……。僕達だって、覚悟してるんです。人を殺さずに済む方法があれば良かった、出来れば誰も殺したくはなかった。でも、僕達がそう言ってばかりじゃ、世界は守れない。だから、覚悟を決めたんです。」
それは、修行中の事だった。
竜太の結界に入っている間、話をしていた。
戦場に赴くという事は、誰かを殺すという事に他ならない、躊躇っていては、世界は守れない、と。
「成程、良い事だ。しかし、まだ覚悟は足りてない。お前達は、世界を守らなきゃならない、竜神王程の覚悟ではないが、それ相応の覚悟と決意を持っていないとだめだ。それは、自h分達を守るためにもな。」
「俺達を?」
「戦場では心が腐っていく、それは人間を殺す事に慣れてしまうからだ。誰かを殺し、仲間を殺され、そして人間は兵器へと変わっていく。お前達の覚悟と決意は、誰かを守るというものだ。それを忘れてしまったら、お前達は兵器と何も変わらなくなるだろう。」
感情を失った、兵器になってしまった仲間を、ウォルフは幾度となく見てきた。
最初はそれを何とかしようと、感情を取り戻させようとしたのだが、一度そうなってしまった人間は、もう戻る事は出来なかった。
世界を守る、それは大変なことかもしれない、大きすぎる、膨大過ぎる話かもしれない。
しかし、その想いがあれば、その想いが無ければ、心を保てないだろうと、ウォルフはそう言いたいのだろう。
「では、進むぞ。ここから先、いつ何時敵に遭遇してもおかしくはない。最初に感じた殺気の持ち主は、お礼状の使い手かもしれんしな。」
「はい。」
蓮でさえ、真面目に話を聞いて、構えている。
普段の明るくおどけた顔をひっこめ、戦士の顔をしている。
それだけ、ここが厳しい土地であるだろうと、本能的に察しているのだろう。
8人は、警戒を緩めずに、ゆっくりと進軍を始めた。
「このあたりで休息を取る。竜太、結界を。」
『陰陽術、五重結界。』
夜まで進んで、しかしまだそこまで進めていない中、竜太が結界を張る。
7人は少し気を緩めて、竜太も結界を張るのはそこまで意識を集中しない為、少し気を抜いている。
「お前さん達は、良い戦士になる。いや、竜神王サン的には守護者と言うべきか。」
「ウォルフさん、ちょっと怖かったですよ……。」
「それは済まんな、俺も気を張らないと生き残れない場所だ、今は竜太の結界がある、少しは楽だな。」
先ほどまでとは打って変わって、いつもの調子のウォルフに、7人は驚く。
戦場というのがそれだけ過酷で、気を張り詰めなければならないのだろうが、その変化には驚かされる。
「ウォルフさん、かっこよかったけど、怖いなぁ……。」
「oh!怖がられるのは悲しいな、恐れずとも良いんだぞ?蓮よ。俺は俺だ、それでしかないんだからな。」
「ウォルフさんの纏われる空気は、厳しいものを感じます。それだけ、戦争を生き抜いてきたという証なのでしょうか。私達も、意識を切り替えなければなりませんね。」
リリエルも、戦闘になると空気が変わる、ディンも修行の時は纏う空気が変わる。
戦争に身を置く、それは意識を変えないといけないのだろう、と清華は考えた。
事実、戦闘においてはリリエル達の方が経験豊富で、場数の踏み方やその総数が違う。
ディンはまだ本気を出していない、つまりまだ変わる事があるのだが、竜太はそれを覚えていた。
「父ちゃんも、あの時はちょっと怖かったですよ。それだけ、気を締めなきゃいけないって事なんですけど、僕はまだ経験不足だから……。」
「竜神王サンの本気、それは見てみたい様で見たくないな。あれの本気という事は、世界の滅亡がかかっているという事だろう?この世界を知り尽くしている訳じゃないが、世界ってのは美しいからな。」
「ウォルフさんの居た世界ってのは、そんなに戦争ばっかなのか?」
「英雄が何十人と必要なくらいには、戦争だらけだな。だが、世界ってのは何故か美しく見えるもんだ、だからこそ守り甲斐ってのがある、それだからこそ世界は愛おしい。」
英雄は、世襲制ではない。
だから、ウォルフが死んだらウォルフの子供が、というわけではないが、ウォルフが死んでしまったら、新しい「ガンナー」の英雄は選出されるだろう。
それを良しとするしないではなく、ウォルフを使役している神がそうするのだから、それに従うしかないのだ。
戦死するのか、はたまた引退するのか、それはウォルフ自身にもわからないが、遠からずその日は訪れるだろう。
「ウォルフ殿は、世界を、美しいと……。そう、思っておるのか……?」
「あぁ。世界はいつだって残酷で、冷酷無比だ。しかし、世界は美しい、それこそ、命を賭けて守りたい程にな。お前さん達もそうだ、お前さん達の生き様ってのは、愛おしいと俺は思っとる。それは、竜神王サンも同じだろう。」
前竜太が言っていた、ディンが人間である自分達に優しい理由。
それは、守護者だから特別扱いしている、という言葉だったが、実際は違うのではないか?と大地は感じていた。
ならば、子供を保護する必要はないし、強い負の感情が魔物になったとしても、ディンが負ける事はない。
それなのに子供を保護し、守っている理由は、愛おしいと感じているからなのではないか、と。
「ディンは、あんなにつんけんしてるけど、ツンデレなんでしょうね。人間嫌いって言いながら、人間の可能性に希望を持ってる、みたいな。どう?竜太。」
「うーん……。確かに、父ちゃんは子供には優しいですからね。化け物と言われたとしても、保護する子は保護しますし。でもわかんないです、父ちゃんが人間を見捨てない理由って、どんな事なんでしょうね。」
竜太は、ディンとアリナの約束を知らない。
精霊と人間の混血だったアリナの、最期の願いを知らない。
人間を守って、人間を愛して。
そんな希望を託された事も、ディンがそれを守っているから人間を守っている、という事も知らされていない。
ただ、ディンには世界分割をした先代以上の力があり、新しい世界や秩序を造る事が出来る、がそれをしていない、としか。
「うーん、お兄ちゃん、優しいよ?だって、僕だって助けてくれたし!」
「そうだな、彼は優しい。何故、世界群なんていうバカげた数の世界を守れるか、わからん程にな。常人の精神だったら、崩壊しているか兵士になっているだろう。しかし、竜神王サンは兵士でもなければ、神サマの様に無慈悲でもない。奇跡の上に成り立っている、稀有な存在だ。」
ウォルフからしたら、ディンの精神状態は異常ともとれる。
数千ある世界を守りながら、しかし精神が崩壊していない、そして神の様に世界を切り捨てて他を守る、という事もしていない。
ディンは本来、理を変える事が出来るはずだ、とウォルフを使役している神は言っていた。それは、1つの世界が滅んだらすべての世界が滅ぶ、という不都合なシステムを変える事が出来るという事だ。
しかし、ディンは頑なに今ある世界群を守ろうとしている。
その真理がどこにあるのか、その意思は何を以てして今の世界を守ろうとしているのか、などという踏み込んだ話はした事が無いが、ディンには何か、捨てきれない情の様なものがあるのだろう、とウォルフは推察していた。
「まあ、おかげでお前さん達が戦場で死なない様に訓練を付けてくれているんだ、感謝して損はないだろうさ。」
「……。」
竜太は改めて考える、ディンが世界を見放さない理由を。
約束がある、という前提を抜きにしても、それだけではない何かがある。
ディンは、世界をどう思っているのだろうか。
竜神王として世界を守る、それを成し遂げる為には、何が必要で何を考えれば良いのか。
次世代の王に成りうる者として、考えなければならないだろう、と。
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