到着前夜
「そこ!」
「清華ちゃんも、だいぶ慣れてきたんじゃない?」
「弾丸のスピード上がってっけど、多分ダイジョブだろうな。」
3日が経ち、明日にはウィザリアに到着する。
そんな中、7人は順調に修行を続け、今ではウォルフはグロッグではなくマクラミンを発砲していた。
清華は反応出来るが、蓮と大地はギリギリ反応出来ない、という速度での修業の中、集中力を保つコツというものを、無意識に共有して獲得している様子だ。
「竜太君の結界も、6時間は持つ様になりましたし、竜太君に結界を張っていただいて、私達が休む、そしてその後竜太君が休憩を取る、というのも出来るかもしれませんね。」
「しかし……、それでは竜太が、ゆっくりと休めないのでは、無いだろうか……?」
「僕は大丈夫ですよ。皆さんが気を張ってるのなら、ゆっくり休めますから。ですから、遠慮なく休んでください。」
そういうと、竜太は7人を囲う様に五重結界を展開し、集中する為に目を瞑る。
ウォルフの目論見とは少し違うだろうが、弾丸を弾く結界を展開出来る、というのは竜太にとって自信に繋がっているのだろう。
呼吸一つ乱さず、集中の糸を切らす事もなく、結界を張り続ける。
「はぁ、集中力、だいぶ鍛えられたと思うけどさ、疲れたね。」
「僕、こんなに集中したの初めてかも!」
「俺も、昔稽古つけてた時だって、こんな集中しなかったぜ?」
結界の中で、気が緩んでしまう6人。
それもそうだ、この3日間、集中を切らさずに、休憩をしながらとは言えずっと弾丸に警戒をし、弾いて来たのだ。
そんな事をした事が無い四神の使い達や蓮からしたら、だいぶん気力を持っていかれるだろう。
「竜太の結界、それは俺には突破出来ない技だ、お前さん達が休憩するには、丁度いいだろうな。」
「ウォルフさん。すみません、明日には到着だと思ったので、皆さんに休憩して欲しくて。」
「いや、丁度修行を終わりだと言いに来た所だ。お前さん達、今日はゆっくり休むと良い。明日にはウィザリアに到着する、それ以降休憩なんぞ取れないと覚悟は必要だがな。」
ウォルフの言葉を聞いて、竜太は結界を解除する。
6人は、休憩が3日ぶりに取れる、と少しホッとした表情をしていた。
それだけ張り詰めていたのだろう、実弾を使った失敗の許されない修行なのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
それだけの事をしていたのだ、それこそ実践では過剰な程に。
「ふぅ、じゃあゆっくり休んで、明日から本番、ですね。」
「無事帰らねば、ならぬな……。」
気を引き締めなけらばならない、実践は生ぬるくはない、それはソーラレスで良く理解したつもりだ、と大地は呟く。
その眉間には深い皺が寄っており、これから起こりえるであろう戦闘の事を考えている様子だ。
「でも、俺達も強くなったからね!頑張れば、きっとうまくいくよ!」
「そうだよ!僕達頑張ってるもん!」
修平と蓮は、意外と気楽に物事を考えている様子だ。
人間と戦う事になる、という事を忘れているのか、覚悟が出来ているのか、それはわからなかったが、大地よりは物事を簡単に見ている。
「人と戦う事になったら……。私は、どうすればいいのか。まだ、答えは見つかっていませんが……。」
「気絶させる、って感じでいいんじゃねぇか?殺す以外の方法探すって、リリエルさんに言ったんだろ?」
「そんな生ぬるい事、言ってられるかどうかも怪しいけどね。あたしの住んでるノースディアンまで、ウィザリアの事は伝わってくるくらいだし、あそこは過酷よ?人が死ぬなんて当たり前、死体の処理が追いつかない、って噂があるくらいなんだし。」
物事を重く捉えている清華と、何とも言えない俊平、それにウィザリアの事を風の噂程度に聞きかじった事のあるピノ。
それぞれの反応が、正しいとも間違っているとも言えないが、とウォルフは不敵に笑った。
「とりあえず、今日の所はじっくりと休息を取って、飯をたらふく食うと良い。明日からが本番だ、ここで根を上げれても困る。」
「はーい!」
ディンがウォルフを選出した理由について、深く考える時間もなかった、これから実践になる為、考える時間もあまりないだろう。
相手がどういった形態の組織なのか、どんな属性の存在がいるのか、についても。
「俺も風呂に入るとするか、シャキッとする。」
「一緒に入るー?」
「Oh!ご相伴に預かろうか。」
とりあえず、と8人は修行場を出て、風呂に向かう。
男女で風呂は沸かれていた為、ピノと清華、他の6人に分かれた。
「そういやさ、ウォルフさんとかリリエルさんとかセレンさんって、他の世界の人間なんだろ?なんで言葉通じんだ?」
「hahaha,それを知らずにコミュニケーションを取っていた、とはまたおかしな話だな。」
「でも、なんでなんです?確かに、俺達疑問もなくこの世界の人とも喋れてますけど……。」
湯船に浸かりながら、そう言えばと至極まっとうな疑問をぶつける。
それは、ウォルフにとっては当たり前の事だった為、今更なのかと大笑いをしている。
「俺の場合は別だがな、リリエルちゃんやセレンと話が通じるってのは、竜神王サンの仕業だ。この世界の言語はお前さん達の居た日本という国の言葉だ、だから通じる。だが、リリエルちゃんやセレンは、また別の世界からやってきた。ならば何故言葉が通じるか、それに気づくのに、幾分か遠回りをしたもんだな。」
ウォルフの肉体は、良く鍛え上げられていて、ディンや竜太の様に接近戦をメインにする様な筋肉のつき方ではなかったが、無駄のない肉体をしていた。
そんな事を竜太は思いながら、そう言えばディンが何かしていた様な、と記憶を辿る。
「父ちゃんが、異世界で言葉を通じる様にする為にある魔法がある、って言ってた様な気がします。それを常時発動して、言葉を通わせてるんだって。って事は、皆さんにもそれをかけてるんじゃないでしょうか?それか、リリエルさんとセレンさんに掛けている、とか。」
「oh!ご明察だ。俺は立場上、異世界に行くってのは慣れてるもんでな、俺の世界の理によって他世界の存在との交信が出来る様になってる、それが無いリリエルちゃん達には、それに似た魔法を竜神王サンが掛けた、って事だ。この世界の様に言語が統一されてる、ってのはなかなか珍しい事だからな。」
「って事は何か?例えば英語なら、自動的に日本語に翻訳されてる、って事か?」
ディンのパッシブで発動している術の中に、他世界の言語の自動翻訳、というものがある。
それはディンの意思で他人に付与出来るもので、本来竜神と人間は話す言葉が違う、それを補完している、というのもある。
竜神の書く書物は竜の言語という、セスティアにはない言語であり、それを脳が日本語として処理している、というのが、ディンが完全な竜神王になる前の処理方法だった。
完全な竜神王となってからは、竜の言語を読める様になった為ディン自身は異世界に行く時に使う程度だが、セスティアのディンの私室には、様々な世界の魔術魔法や術の類の書物があり、ディンはそれを読む為に時折発動している、というのが現在だ。
「じゃあ、お兄ちゃんはフェルンのよくわかんなかった文字も読めるのかなぁ?」
「読めなくては、動けないだろう。それはつまり、読めるという事だ。ただし、あれは本来かなりの量の魔力を消費するはずなんだが、まあそこは竜神王サンの竜神王たる所以だろうな。」
ウォルフが年輪の世界の外の世界の存在である事は、竜太しか知らない。
近代的な技法を使った戦闘スタイル、マクラミンやグロッグといったセスティアにも存在している銃を使っているのだから、それは気づけという方が無理だろう。
「ウォルフさんの居た世界、それは父ちゃんでさえいけない世界。どんなところなんです?」
「Umm,人間がいる世界ってのは、どこも似通った世界の本質ってのがあるんだろうな。お前さん達の居たセスティアと、そう変わらん世界である事が多いな。どちらかといえば、技術面ではセスティア以上である事が多いが。」
実際の所は、ウォルフの行く先々の世界というのは、混沌に満ちている。
英雄を必要とする世界達、それは戦争が常に起きているという証左だ。
ウォルフの様な「英雄」の役割を持った存在が何人も存在していて、それぞれが適任者である場合に戦場に駆り出される。
基本的にウォルフはスナイパーの役割を持っているが、それが世界によってはマスケット銃だったり、レーザー銃だったりと、様々だ。
その中でのお気に入り、というのが今愛用しているマクミランとグロッグなだけであり、何かが違えば、ウォルフはビームライフルなどをここに担いで来ていたかもしれない。
「その世界それぞれの理に属して戦う。父ちゃんとウォルフさんは、やる事が似てるんですね。ただ、戦争を終結させるか、世界を守護するかの違いがあるってだけで。」
「hahaha!その通りだ。俺には世界の守護なんてたいそうな役回りは回ってこない、ただ単に戦争を終わらせる為に呼ばれるってだけだ。」
どちらかといえば、世界の破綻に関与する事の方が多いウォルフは、一方を勝利させ一方を敗北させる、その結果として世界が破綻する、という事が何度かあった。
苦い思い出、とでも言えば良いのだろうか、英雄として呼ばれたはずが世界を崩壊の方向へ進ませる、という事に疑問と懸念があった時期もあっただろう。
湯船で肩に湯をかけながら、そんな事を思い出す。
「ウォルフさん良い人だから、戦争なんてわかんない!」
「良い奴に見える、ってのは俺が味方だからだろうな。敵になっちまえば、後は殺しあうしかない、それが戦場だ。昨日はバディだった戦友が、明日には敵の英雄として呼ばれているかもしれない、そんな世界だからな。」
「なんか、悲しいんだな。仲間だと思ってた奴が、明日には敵かも知んねぇなんて。」
それが当たり前なのだ、とウォルフは気を緩めている。
ここにいる子供達からすれば、味方が敵になるというのは悲しい事だろう、受け入れがたい事だろうが、ウォルフにとってはそれが当たり前なのだ。
戦場とはそういうもので、英雄とはそういう在り方なのだ、と。
かつては、憤った事もあった、悲しんだ事もあった、躊躇った事もあった。
しかし、自分が生き残る為には、撃つしかなかったのだ。
「今更何を言われようと、俺は俺の生き方を変える事は出来んがな。そう思う心ってのは、大切なのかもしれないな。」
「儂達も、いつかは敵になってしまう、のだろうか……?」
「それはないと断言しよう。俺がここにいるのは、特例中の特例だ。この戦争が終わったら最後、会う事も一生ないだろうからな。」
「会えないのぉ?僕、ウォルフさんの所の子達と遊びたかったなぁ。」
蓮は悲し気な顔をしている、それもそうだ。
ウォルフとも交流を続けたいと願っていたし、ウォルフの子供達にも興味があって、遊びたいと思っていたのだから。
しかし、ウォルフがこの年輪の世界にいる事自体が、おかしい話なのだ。
ウォルフは年輪の世界とは違う世界の英雄、年輪の世界にはウォルフの言う神は不干渉だったはずだった。
それが、何を思ったのかウォルフを派遣し、ディンの手助けをしろ、とウォルフに命じたのだ。
「ウォルフさんは、本来はこの戦争には関わらないはずだった、って言ってましたもんね。でも、世界を渡る力は持ってるんでしょう?」
「俺が持ってるわけじゃない、俺を派遣してる奴ってのが、気まぐれを起こしてるってだけだ。お前さん達は世界を渡る力を持っていないだろう。だから、会う事は出来ないってこった。」
ウォルフ自体は世界を渡る力を、ましてや隔絶された年輪の世界に渡る力を持っていない。
だから、この戦争が終わってしまえば、二度と会う事はないだろう。
ディンでさえ、年輪の外側の世界は認知はしていても、渡る事は出来ないのだから、ディンに頼んで、というのも無理だろう。
「寂しいですね、せっかく会えたのに……。」
「そう悲観するな。俺達の縁ってのは、結んで離れて終わり、ってもんでもないからな。会えずとも、相手を想う事は出来るだろう。」
「相手を想う、か……。それは、悲しいのでは、無いだろうか……?」
「縁ってのは不思議なもんでな、一度結んじまうと、忘れがたいものがある。お前さん達の事は忘れんだろうし、お前さん達も覚えているだろう?それだけで、十分って事だ。」
ウォルフにとって、敵になりえない縁というのは、珍しい。
英雄同士でさえ、次に会った時には敵である可能性がある以上、守護者という敵になりえない存在というのは、本当に稀なのだ。
ただし、ウォルフを使役している神が、年輪の世界を滅ぼせと言えば、ウォルフはそれに従ってディンと戦う事になってしまう、という思考は頭の片隅にあるが。
「ふぅ、だいぶん慣れてきましたが、やはり疲れますね……。」
「そうね、あたしはこんな事した事ないから、あんた達より慣れないわ。」
「ピノさんはノースディアンという国で暮らしていらっしゃったのですよね?戦った事などは、無いのでしょうか?」
「ないわよ?ノースディアンって、戦争とは無縁だし、先住民と移民できっちり領土分けてるから。」
ノースディアンは、人間の先住民のみが暮らす北側と、移民などが暮らしている南側に分かれている。
何か問題があってそうなった訳ではなく、単純に区別をしているというだけなのだが、先住民側から、時折移民の事は話題になる。
ピノの様に外国に出かける人間はそもそも多くなく、あまり外国との交流もない、という国だ。
「ノースディアンとは、どの様な国なのでしょう?争いのない、平和な国なのでしょうか?」
「そうねぇ、戦争だとかとは無縁だけど、ちょっとあたしみたいなのは周りの目が痛いわよ?外国に出る子が少ないから、お土産話とかせがまれるしね。」
「旅行をする方が少ない、という事でしょうか?しかし、輸入などはされていらっしゃらないのでしょうか?食料など。」
「基本的に、国の中で完結してるわね。南側の人達がどうかは知らないけど、あたし達北側の人間って言うのは、基本的に自給自足よ?中には、他の国の物は絶対に食べない、なんて人もいるくらいよ。」
ノースディアンは鎖国をしている訳ではないのだが、滞在が許されるのは南側だけ、北側のグリーンフィールズという都市などは、移民の立ち入りは許されていない。
貿易に身を置く者でさえ、国外からは基本的に輸入をしない、国内貿易がほとんどだ。
色物として、国外の物を置く店もなくはないが、ほとんど買われない、本当にマニアがたまに買っていくくらいだ。
そんな中、国外と交流のあったピノは、珍しいだとか頓智気だとか、そういった目で見られる事が多かった。
「あたしは、ノースディアン以外の国も見てみたいと思ったから、たまに出かけてるんだけどね。それに、ディンに言われたし。」
「何をでしょう?」
「きっと、あたしの力が必要になるから、国を出る準備をしておけって。元々明日奈とは仲が良かったんだけどさ、あたし以外に木を操る力なんて見た事が無いし、ちょっと疎外感とかもあったのかもね。」
ピノの苦悩、それは他に同じ能力を持っている人間がいなかった事。
ノースディアンから旅を始めて、フェルンやドラグニート、ソーラレスには出かけた事があるが、同じ能力を持っている人間は居なかった。
そんな中で、同じ様な悩みを持っていた明日奈というのは、大切な友人なのだろう。
「明日奈さんとは、仲がよろしいのですね。お付き合いも、長いのでしょうか?」
「明日奈がこっち来て5年くらい経ってからだったわね、初めて会ったのは。不思議な力を感じてクェイサーの所に行ってみたら、修行してた明日奈がいたのよ。で、なんでかクェイサーはあたしの事知っててね、仲良くなったのよ。」
ディンは、ディセントに一度赴いた時にピノの存在を知った。
それより早く、クェイサーはピノの存在を知っていて、悪用されないのなら平和に生きる道を、と何も話さなかった。
今回、ディンがピノの存在を探知して、初めてディンに話した位には、誰にも言っていなかったのだろう。
「なんでこんな力も持ってるのか、すら知らないあたしだけどさ、ディンはその力が必要になるから、なんて言ってくれてさ。得体のしれない相手じゃない?でも、ディンは何か知ってるのかもね。」
「ディンさんの事ですから、その可能性もありえそうですね。あの方は、秘密の多い方ですから。」
「でしょ?ディンならなにか知ってそうな気がするのよねぇ。でも、言わないって事は、言えないって事なのかもね。」
それは、自身の出自に関する事かもしれない、とピノは予感していた。
ディンは何か知っていて、自分をこの戦争に加えたのではないか、と。
ディンは様々な世界を回っているとは聞いていた、なのだとしたら、ピノの様な力の持ち主にもあった事があるのではないか?と。
明日奈の家族然り、ピノの力の正体然り、ディンは知っているのではないか、と。
「今度、お聞きしてみるのは如何でしょう?もしかしたら、今なら言える事もあるかもしれませんよ?」
「あの頑固なディンが、話さないって決めたら話すなんて事も無いと思うけどね。あーあ、あたしみたいな力の持ち主、なんてほんとにいるのかしら。」
「私達の世界は、そもそも魔法を使えるのはディンさん達だけですから、何とも言えませんが……。幾千と世界があるのならば、ピノさんに似た力の持ち主もいらっしゃるのではないでしょうか?」
「だと良いんだけどねぇ。」
湯船に肩を沈めながら、ピノは悩んでいる様だ。
清華は、仲のいい明日奈がいてくれたら、と思ったが、いないものは仕方がないと割り切って、話をしていた。
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