捌章 ウィザリアという戦場
戦場の心構え
「さて、チームとしての心構えってやつを教えないかんな。」
「ウォルフさんが一緒なのー?」
「oh!そうだぞ、蓮。俺達はチームだ、チームにとって大切なのは一つ、何があっても見捨てないって事だ。メンバーの弱点を補いあい、互いにカバーしあう。それを、今から叩き込まにゃいかん。と言っても、連携は取れてきてる様だ、あまり必要のない事かもしれんがね。」
ドラグニートの宿にて、明日それぞれの船が出発する。
ウォルフは、宿のロビーに四神の使い達を集め、話をしていた。
ピノもその場にいて、ウォルフと協力して使い達を育てよう、という事らしい。
「私達の連携と、戦場でのチームというのは、違うのでしょうか?」
「厳密には違うな。戦場でのチームってのは、死線を潜り抜ける事になる。ウィザリアってとこは、戦場だと考えた方が良い、なんて竜神王サンが言ってたからな。気を抜いたら即座に死、ってとこも理解してもらわんと困る。」
「えーっと、戦場で必要な事って、何ですか?なんだか、ホントに俺達の今までの修業とは違う事が必要、って気がするんですけど……。」
「そうだな。まずは睡眠、これは交代で取り、基本的には仮眠になる。今までの様にがっつり寝る、って事が出来ないと思った方が良いな。次に食事。リリエルちゃんは知っているだろうが、レーションでの簡易的な食事が基本だ。これは、竜神王サンに用意してもらう事になってるな。後は陣形だな、察知能力の高いピノを基本として、陣形を組んで移動する事になる。」
ウォルフは元来スナイパー、後衛部隊に配属されるのが基本だった。
前線に立つ事はほとんどなく、少し後ろから支援や狙撃をする、それがウォルフの基本的な役割だ。
だが、戦場においての戦略や、基本的な立ち回りというのは、少年時代から線上にいるウォルフは良く知っている。
それを守らなかったから死んでいった人間も、それを守っていても死んだ人間も、守らずとも生き残った人間も、たくさん見てきた。
「陣形は、また明日にでも決めるとするが、基本はこれを覚えておけ。戦場では、油断した奴から死んでいく。一瞬の油断を敵に察知された瞬間、死ぬ事になる。それだけをまず頭にたたき込め。」
「修行の方法も、明日からはウォルフさんが組むんですよね?僕、何か出来る事はありますか?」
「竜太、お前さんにも修行を受ける側になってもらうぞ。戦場でのイロハなんてのは、お前さんも知らんだろうからな。戦闘のイロハとは、ちと訳が違う。」
「了解です。修行だなんて久しぶりですけど、頑張ります。」
それでは解散、とウォルフは話を終える。
それぞれ、戦場とはどんなところなのか、どんな戦闘があるのか、と不安を抱きながら、部屋に戻っていく。
「竜神王サン、お前さんは戦場に立った事があるのか?」
「立った事がある、っていうか、乗り込んだ事ならあるぞ?」
「それを竜太には?」
「話はしたな。実践では教えた事はない。」
宿の食堂でワインを飲んでいた外園と、その外園と話していたディン。
そんな二人の元に、話を終えたウォルフがやってきて、ふと問いかける。
基本的に守護者を育てるのが役目だと言っていたディン、そのディンが何故戦場であんなにも簡単に指揮をとれたのか、とサウスディアンでの事を思い出した様だ。
「銃を握った事は?」
「あるよ。スナイパーとアサルトライフル、持ってるし。米軍から支給された奴、アサルトライフルはMP5って名前だったかな。改造して、魔力を発射する様にしてあるよ。実弾は撃てない。」
「竜神王サンは銃に頓着が無いのか?」
「ディンさんがウォルフさんの様な銃をお使いになられる姿は、想像が出来ませんね。戦争、というものとも程遠い方の様に見えますし。」
ウォルフが話を振ると、ディンは物質転移でMP5を取り出す。
「Umm……、これは……。」
魔力を弾丸にしている、という事だったが、とウォルフは唸る。
ディンの持つアサルトライフルは、弾倉自体は普通の形をしていたが、持ってみると確かに弾の重みがない。
弾倉を外して中身を見ても、何も入っていない。
「俺のエンチャントとは違う、って事だな?」
「ウォルフさんは実弾に魔力を籠めるんだろ?ちょっと仕組みが違うな。その銃、俺自身の魔力を媒介にして、弾になって発射するから。他の人間には一切使えない様になってる、ある意味特別なもんだよ。」
「ディンさんの魔法は四属性あると仰られていましたが、全属性使えるのでしょうか?そうなった場合、どの属性にどの様な効果がみられるのでしょう?」
「そうだな……。例えば炎なら、相手を浄化する能力、とかだな。」
浄化、というのは竜神術の中でも、炎の性質だ。
ディンの使う竜炎も、真竜炎も、業竜炎も、基本的には魂の浄化や物質化が目的とされる魔法だ。
正確には癒しの魔法なのだが、業竜炎だけは、罪を燃やすという使い方をされる。
対象を赦し、その魂の闇を払う魔法、それが業竜炎の本質だ。
弾丸に籠めている魔力、それは大概敵対する相手に使うものであり、そもそもが闇に呑まれている事がほとんどだ。
ディンはそんな相手を憐み、赦し、銃の引き金を引くのだ。
「とてもじゃないが、戦場で使える魔法ではないな。竜神王サンらしいと言えばらしいが、なんで一番火力になりそうな炎がそんなもんなんだ?」
「そもそも、竜神の魔法がそうってだけだよ。竜炎って言うのは見せた事があると思うけど、あれは本来攻撃用の魔法じゃないんだ。魂を癒す炎、それが竜神の扱う炎なんだよ。」
「確か、エドモンド達の遺体に使っていましたね。魂を宝玉に変える、それは癒しなのでしょうか?」
「それは人それぞれの解釈って所かな。竜神としては、そうってだけで。」
かつて、真竜炎を使った時は、まだ不完全な竜神王だった為に、完全な状態では使えなかった。
竜炎で一人の魂を宝玉と化し、安らぎを与える事は出来るのだが、そもそもそれは、墓に埋葬する様な用途がほとんどだ。
そうして長い時を経て魂を癒し、次の肉体に転生するまで待つ、というのが元来の使用用途だ。
ディンがかつて悠輔に使った竜炎、それは悠輔の魂を普遍的な魂の記録から外してしまったが、それはディンの望みであった事、悠輔が陰陽王という特別な存在の転生者だから、というのもあっただろう。
「Umm、お前さんの魔法ってのにも興味はあるが、先立ってはまず子供らを無事に生還させる事だな、俺がするべき事ってのは。」
「頼んだよ、ウォルフさん。こっちも急いで、セレンに鉱石を探させないと。」
「あてはあるのか?」
「正直ない。でも、なんとなくプリズに何かがある気がするんだ。ただの勘だけど、恐らくね。」
確信があるわけではない、というディン。
その言葉の真偽のほどはわからないが、現状そうするしかない、というのも事実だ。
不信感があるわけではないが、ディンは色々な事を黙っている、というのが共通認識だ。
そんなディンが勘と言ったのは、何かあるのかそれとも本当にそうなのか。
知る由もない、と外園とウォルフは顔を見合わせた。
「……。」
リリエルは、海辺にある宿の中でも、潮風が当たる月の見える部屋で、考え事をしていた。
「リリエルさん、ただいま戻りました。」
「おかえりなさい。ウォルフさんから、話は聞いたのかしら?」
「はい、明日から修行だそうです。」
「そう。」
潮風に銀灰色の髪の毛をなびかせながら、リリエルは考え事の種をしげしげと眺める。
リリエルが考えていたのは、清華達の事だ。
行く先は戦場だ、と聞いていたから、大丈夫なのかどうかと心配しているのだろう。
「清華さん、貴女、人間と戦う事になったら、戦えるのかしら?」
「えっと……。そうですね、マグナに到着した際には、人とも戦わなければならないと聞いていました、それが出来るのかどうか、は……。まだ、答えが見つかっていません。」
「殺さなければ殺される、そういう世界なのよ?戦場って言うのは、何処であっても。」
気構えが出来ていない、まだ温い、と感じてしまうリリエル。
清華らしいと言えば清華らしいが、優しさは、時として残酷に命を奪う。
他の四神の使いや蓮だってそうだ、甘っちょろくて、戦争や戦場というのを正しく理解していない。
竜太でさえ、人間相手には躊躇う、と言っていたし、しかしこれから行く先は、そういう所なのだ。
自分がついて行けば守れるかもしれないが、リリエルは多人数での戦闘というものを知らない、下手に知識がある自分がついて行ってしまったら、かえって足手まといになるであろうと考えていた。
それを知っているから、ディンもパーティにいれなかったのだろう、と。
「……。もし、人間相手に戦わなければならなくなったとしたら、殺さずとも済む方法を探していければ、と思っています。きっと、命を奪わずとも済む方法が、あるはずですから。」
「甘いわね。そんな事で済んでいたら、戦争なんて最初から起きていないのよ。戦争はね、政治的な理由があれど、理屈は人の殺し合い。命を奪って奪われて、勝者だけが生還を許される。それが、戦場というものなのよ。殺さずに済む、なんて本当に稀有な例になのよ?」
「それでも……。私は、私達は、人の営む世界を守る為に戦っているのです。今までのリリエルさんのご存じの戦場では通用しない理屈なのかもしれませんが、私達は信じたいのです。」
それで死んでしまったら、元も子もない。
甘ちゃんな事を言って死んだ人間を、何人もリリエルは見てきた。
それこそ、エドモンドは甘い事を言って死んだのだ、それを想起させてしまう。
「……。貴女の信念は理解したわ。でも、戦場はそう簡単なものじゃない。それは念頭に置いていて頂戴。貴女が死んでしまったら、この戦争を止められる人間は居なくなってしまう、ディン君が言うには、全ての世界が滅んでしまうのだから。」
「全ての世界が……。セスティアとは密接に繋がっている、とは聞いていましたが、他の世界も滅んでしまうのですか?」
「らしいわよ。ディン君が世界を守る守護者を育てるのは、その世界だけでは滅びは済まされないから、っていう話らしいわ。」
清華は、それを聞いて驚いている。
セスティア、自分達の住んでいた世界が滅ぶというだけでも大事なのに、まさか他の世界も滅んでしまうとは、と。
厳密には、その世界の人間が滅んだ時点で世界滅亡、というわけでもないが、守護者が存在していて、それと相対する巨悪があった場合、他の世界に影響を及ぼしてしまう。
特に、破壊の概念が関わってしまっている以上、一つの綻びからすべての世界の破滅は免れないだろう。
「貴女達は、自分達が思っている以上に、大きなものを背負っているのよ。それを踏まえたうえで、行動しなさい。」
「は、はい……。」
重くのしかかる重責、しかしそれを知らずに戦うのも違うだろう、とリリエルは言葉を告げる。
清華は、それでも人間を殺したくはない、と思ったが、それが出来るのかどうかさえ分からない、と気を引き締めなければと考えるのであった。
「ウォルフさん、聞いても良いですか?」
「なんだね?」
「いつだったか、車いすの女の子と会った時に言ってた事、綾子の為に本当に何をするべきか、って。」
「答えは見つかったか?」
部屋に戻ったウォルフと修平、修平は前々から話そうと思っていた事を口にする。
ウォルフは、そう簡単に答えにはたどり着けないだろうと考えていた為、少々驚いている様だ。
「いや……、まだ答えは見つかってないんです。綾子の為になる事が何なのか、本当に支える為には何をすればいいのかも……。でも、見つけたいんです。ずっと苦しめてきた、そのお返しの為にも。」
「何をすればいいか、なんてのは、その相手によって変わって来るもんだ。妹さんが何を望んで、何を手伝ってほしいか。それを知らん事には、何も出来んだろう。」
「綾子は、自分で立ちたいってずっと言ってたんです。でも俺、そんな事出来ないんじゃないかって、決めつけて、綾子はずっと俺が守んなきゃって思ってて……。綾子の事守ってるつもりで、何にも出来てなかったんだと思います。本当なら、応援してあげなきゃいけなかったのに。」
ウォルフは、修平が大人になった様な気がしていた。
修行を通して、実践を通して、色々な人間と関わって、変わってきたのだと。
それは喜ばしい事だ、良い変化だ、と目を細める。
「俺の子供ってのは、お前さん達より小さいんだがな。それでも、健気にやってるよ。きっと、修平君にも出来るだろう。」
「そう、ですかね。出来ると良いなぁ、って思ってます。」
修平は、褒められた事が嬉しくて、たれ目な目を細めている。
「そういえば、ウォルフさんってずっと戦争に参加してたんですよね?」
「そうだな、俺は英雄だから、色んな世界に赴いては、戦争に明け暮れてたな。今みたいに、チームを組んでいた事もある。」
「それで……。やっぱり、人を殺してしまう事もあるんですか?」
修平は、ずっと疑問に思っていた事を口にする。
英雄だ、とは聞いていて、スナイパーライフルを使う事も知っていた。
ならば、人間を相手にする事もあったのか?と。
「そうだな。俺みたいなのは、リリエルちゃんと何も変わらないのかもしれない。人殺しである、っていう所ではな。お前さん達とは、相容れない存在かもしれんな。」
「あ、いや、そう言う事じゃなくて……。人を殺すのって、怖くないんですか……?ウォルフさん、良い人だと思うので。」
「そんな感情、どっかに捨てちまったな。英雄として素質を見出されて、駆り出されるようになって。最初の方はどう思ってたか、なんてのは覚えてすらいない。俺にとってはな、戦争ってのは日常だ。当たり前の様に敵を倒して、当たり前の様に帰還する。それがいつか、俺自身が殺される事になったとしても、それは仕方のない事だ。」
死生観の違い、というよりは、経歴の違いとでも言えば良いのだろうか。
ウォルフは、若い頃にウォルフの言う神に見初められ、年輪の世界の外に属する世界の英雄として、数多の戦場に赴いた。
勿論人間を相手にする事も当然のごとくあり、むしろ他世界の知的生命体を相手にする事の方が多い。
リリエルの様に、ではないが、与えられた役目として他者を殺している、それはいつか他者に殺されても仕方がない、という境地にウォルフを連れて行った。
「俺、よくわかんないですけど……。でも、ウォルフさんは、優しい人だって、思ってますよ。」
「そうかい?そりゃ、お前さんが平和だからだろう。俺が殺した相手の家族からすれば、俺は憎き敵、なんてところだ。戦争なんてのはな、誰が初めて誰が終わらせるかなんてわからんのだ。しかし、役目を与えられてしまった以上は、その役目をこなすしかない。ならば、それを人生と割り切った方が楽、ってだけだ。お前さんは平和なままでいい、その姿こそ愛おしい。その為の汚れ仕事をしてる、なんて恩着せがましい事を言うつもりもないが、お前さん達がそうして生きていける世界、ってのは美しいからな。」
きっと、理解されない感情なのだろう。
戦場に立ち続け、英雄という立場を享受し、それに誇りすら持っているウォルフの感情は、きっと理解出来ないものだろう。
しかし、選択しなければならない日が来る、それが人を殺す事なのかどうかはわからないが、いつか誇りの為に何かを失い、そしてその為に何かを得る日が来る、それがウォルフの宗教だった。
神に縋るわけではなく、己の意思で戦い続ける。
それが、ウォルフの選んだ道なのだ。
「さて、講義の時間はここまでとしよう。今日は寝ると良い、明日から暫く、満足に寝る事も出来なくなるからな。」
「はい、おやすみなさい。」
修平は、ウォルフの話を真剣に聞いていて、それを理解しようとしている様だった。
ベッドに入ってしばらく、眉間に皺を寄せて考えていたが、眠気には勝てなかったのか、寝息を立てて寝始める。
「……。俺みたいなのが、講釈を垂れる日が来るってのも、歳を取ったな。可愛い子供達の為に取っといたつもりなんだがな、お前さん達は愛おしい。」
ケースからマクミランを取り出し、磨きながら物思いに耽る。
そういえば、ルーキーだった頃、やたらと説教臭いベテランがいたな、と。
今に思えば、先達の英雄が新人の頃のウォルフに色々と教えようとしていたのだろうが、その教え方が一方的で、ウォルフは昔辟易していた。
しかし、今になって思えば、それも自分の習慣や思考に影響を及ぼしている、あのロートルの言葉は間違っていなかった、と思わされる。
自分がそちら側になる歳になるまで英雄を続けているビジョンは当時なかったが、気が付けば50になろうとしている。
教鞭をとる側になったのは、いつからだっただろうか。
「ふむ、美しい。」
英雄、それはウォルフに与えられた固有の名称ではない。
ウォルフの言う神の管轄している世界達に、無数に存在する言わば群だ。
世界の秩序を守る者、その総称を英雄と言い、ウォルフはその中でのスナイパーという役割を持っている。
他の英雄にあった事もある、共に戦った事もある、役割を果たせず死んでいった仲間もいた。
「こっちも磨いておこう。」
今度は、グロッグをスホルターから取り出し、磨き始める。
潮風は銃を痛める、と窓を閉めていたが、外をちらりと見れば満月が美しい。
これから先赴く場所は戦場、ウォルフとて油断していたら死んでしまう。
気を引き締めながら、四神の使い達を守り、導く。
それが出来ると思ったから、ディンは任せたのだろう。
「ふむ。」
グロッグを磨き終え、スホルターにしまう。
近頃は銃から手を放していた、それはディンの世界に沿うという意向があったからだ。
しかし、ここから先はそうも言っていられないだろう、とウォルフは直感していた。
何か、狙撃を行う場面がある、と、そう考えを纏めた。
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