次なる目的地は

「では外園君、またいつか会おう。」

「はい、またどこかで。」

 ドラグニートに船が到着し、外園と美咲は別れを告げる事になった。

もう戻ってこないかもしれない、と外園は告げるか悩んだが、それもどうなるのかはわからない、と告げない事を選んだ様だ。

 美咲が馬車を連れて船を降りていくのを、何処か寂しそうな表情で見送る。

「外園さん、良かったのかしら?大切な人なんでしょう?」

「はい、私にはなすべき事があります。ここで彼女と生きるのも悪い選択肢ではありませんが、しかしそれはまたいつか、です。」

 声をかければ、いつもの調子で返してくる。

ディンに見せた様な寂しげな顔も、子供達の前では見せないのだろう。

 しかし、その視線は船を降りて走っていく美咲の馬車を見ていて、その瞳は何処か寂しそうだった。

「さぁ、次はウィザリアとプリズですね。ディンさん、道行の分担は決められていますか?」

「そうだな。考えたんだけど、ウィザリアには子供達と竜太、ウォルフさんとピノに行ってもらおうと思う。」

「oh!その心は?」

「あそこは基本的に戦場だ、あんまり数多くで行動するのはかえって危険だし、ウォルフさんは戦争慣れしてるだろ?ピノは、マナの流れを感じ取るのに長けてるから、そっち方面でな。俺達は、プリズに鉱石の情報を探しに行くよ。」

 ウィザリアは非独立国家で、国家というよりは島だ。

その島にはマナの源流が流れているとされていて、それをフェルンの妖精とマグナの使徒達が奪い合う為に争っている、のだとか。

 ウィザリア自体はそもそも何もない島だったのだが、1000年前に竜神達とフェルンの精霊、サウスディアンとノースディアンの王が会合をし、マナの源流の流れを変えた、とドラグニートの書物には書いてあった。

その前には、グローリアグラントという国にマナの源流は流れており、それが戦争によって闇に侵され、流れが穢れて世界が変質してしまう所だった、とも。

「さ、今日はここに泊まって、明日からまた移動だ。ウィザリアとプリズには船が出てないはずだから、個人で借りないとだな。」

 ディンの一言で一行は帆船を下り、宿へと向かった。


「うーん……、まだ難しいなぁ……。」

「どした?」

「ほら、魔力の制御。俺、まだ出来てないんだろうなぁって。」

 宿の風呂に入っていた俊平と修平は、お互い同じ悩みを持っている事を認識した。

俊平も、まだ魔力の制御をきちんと出来ていない、清華と大地、蓮が魔力を制御出来ているのに対して、まだ自分は出来ていないと思っていた。

 事実としては、風や炎の魔力は水や土の魔力と違い、感情に左右され揺れやすい。

だから、感情的な2人が制御が難しいのは、ある意味必然とでも言えば良いのだろう。

「でも、頑張らないとだよ。出来るってディンさんは言ってたし、きっと出来る様になるよ。」

「そだな、信じねぇと出来るもんも出来ねぇわな。」

 湯船につかりながら、2人は語り合う。

それぞれの将来を、それぞれの課題を。


「竜太よ、少し良いか……?」

「はい、なんでしょう?」

「ディン殿は、何故儂らを気遣うのだ……?人を嫌っている、と言っておったが……。」

 なぜ自分達を特別扱いしているのか、が疑問な大地は、風呂上りに部屋で竜太に質問をしていた。

竜太は少し悩んだ後、何を話せばいいのやら、と困った顔をする。

「父ちゃんは、守護者には甘いんですよ。色んな世界で、色んな守護者と出会ってきて、恋をした事もあるって言ってました。守護者が人間じゃない場合もあるらしいですけど、基本的に父ちゃんはその世界の守護者を大切に想ってる、って言ってましたよ。」

「守護者……。儂達は、守護者と言えるのだろうか……?儂達だけでは、何も出来なかっただろう……。」

「守護者、それは世界が決めた、世界を守護する為に生まれてきた存在。守護者を守護者たらしめるのは、その魂の在り方、だったっけな。僕も詳しい事は知らないですけど、大地さん達はちゃんと、守護者だと思いますよ?」

 竜太は嘘は言っていない、本心からそう思っている。

何故なら、竜太自身もディンがやってくるまでの2か月は何とか1人で戦ったものの、その後はディンに修行をつけてもらっていたからだ。

 修行が必要で、他者の関わりが必要=守護者ではない、というのなら、竜太も守護者ではないと言えてしまうだろう。

自分に誇りを持っているから、というのもあるが、似たようなものだと竜太は感じていた。

「守護者は、その考えや行動が守護者たらしめるんだ、って父ちゃんが言ってました。魂の在り方って言うのはよくわかんないですけど、でも、大地さん達は、確かに守護者だと思いますよ。」

「お主は、凄いな……。儂は……。」

「自信がないのは、僕も一緒ですよ。僕だって、まだまだ修行中で、半人前ですから。」

 初めて、大地の心境を竜太が察した様な気がする。

大地が竜太の心情を察して声をかける事はあったが、竜太が大地の心境を察して何かを言う事は、記憶にある限りでは一度もなかった。

 竜太もこの旅の中で成長している、それは身体的にでもあるが、精神的な部分が大きいのだろう。

初めて会った時の幼い表情はどこへやら、頼りがいのある漢にになっていた。

「まだまだ修行が足りない、それは僕も一緒です。もっと強くなって、父ちゃんと悠にぃと肩を並べて戦える様になりたいんです。でも……。強くなるって、難しいですよ。」

「そうだな……。強さとは、力だけではない……。しかし竜太よ、お主は、十分心が強い、儂はそう思うぞ……?」

 ディアーヌとのやり取りを聞いていたから、大地は竜太の発言に驚く。

まだ自分を弱いと思っている、というのに違和感を感じるし、今の時点で心が十分強いと思っているからだ。

 竜太からすれば、まだまだ足りない、ディンの心の強さには及ばない、という意味なのだが、大地からすれば、という事だ。

「まだまだ足りませんよ、2人には敵わないってわかってますけど、それでも僕は一緒に戦いたいんです。」

「そうか……。ならば、共に励もう……。」

「はい。大地さん、今日は寝ましょう。明日から、また移動です。」

 随分と大人びた様な気がする、と大地は感じた。

最初に会った時の自信の無さそうな顔というか、少し手間取っていた竜太は何処へやら、いつの間にかこんなにも強くなったのだ、と。


「清華さん、貴女も随分強くなったわね。探知のコントロールも上手に出来ているし、もう私から教える事もないかしらね。」

「そんな……。まだまだ、教えて頂かなければならない事は多いと思います。リリエルさんはお強いですし、心構えも持たれていますから。」

「そうかしらね。私、今は弱いわよ?昔に比べて、の話だけれど。」

 清華は驚く、リリエルから自身を弱いという言葉が出てくるとは毛ほども思っていなかったからだ。

リリエルの言う弱さとは、1人で戦えるかどうかの話だ、実力自体が衰えたわけではない。

 心構え、と清華は言ったが、リリエルは自分が教えられる程強くはないのだ、とここ最近痛感していた。

今までは1人で戦うのが当たり前だった、しかし今ではどうか。

仲間という存在に身を預ける心地良さを知り、孤独でいる事の気楽さを失い、孤独におびえている。

「私はね、1人が楽だし性に会ってると思っていたのよ。でも、それも間違いだったのかもしれないわね。本当は、仲間が欲しかったのかもしれない、そう今では思うわ。」

「……。それは間違いではないのでしょうか?人間は、1人では生きていけないと、誰かが仰られていた様な気がします。人間は、支えあって生きて行くのだと。」

「そんな当たり前の事を、忘れていたのかしらね。でも、思い出したところで、亡くなった人は還ってこないのだし、複雑よね。貴女も、母親を亡くしているのでしょう?ディン君も言っていたわね、家族を失ったって。皆、強いわよね。失った後も、戦い続けられているのだから。」

「私は……。私は、母を失った事をずっと悲しいと思っています。幼少の折ですが、とても優しく美しい母でしたので……。しかし、そればかり見ていては、また失ってしまうかもしれない、それをこの旅の中で痛感しました。」

 清華は、初めて自分とリリエルが似ていると感じた。

家族を幼少期に失い、ずっと悲しみを胸に秘めて生きていた、それを忘れようとしていたのか、ずっと心の中に居たのか、それが違っただけで。

 失った事に変わりはない、ずっとリリエルも悼んできたのだと、初めてそう感じた。

「母は、今でも私の中で生きている、と私は思っています。私が生きて、覚えている限りは。父が仰られていました、人は二度死ぬのだと。」

「二回目、というのはいつなのかしら?」

「人は肉体を失う事で一度目の死を、人々の記憶から忘れ去られる事で二度目の死を迎える、だから私が覚えている限りは、母は私の中で生きている、そう教えられました。」

「素敵な父親ね。そんな事を言ってくれる人がいる、それは幸せな事よ。貴女は父親を苦手に思っているかもしれないけれど、貴女を想ってくれているから、そういう言葉を掛けてくれたのだから。」

 両親を一度に亡くしたリリエルに、そんな言葉を掛けてくれる人間は居なかった。

誰もかれもが自分が生きるのに精いっぱいで、暗殺者の師匠はリリエルの力を利用したかっただけなのだから。

「さぁ、もう寝なさい。明日からまた移動なのだし、体力は取っておいた方が良いわ。」

「はい、おやすみなさい。」

 清華はそれだけ言うと、ベッドに入って眠りにつく。

リリエルはその寝息を聞きながら、少しだけ追想に耽っていた。


「竜神王サンよ、俺で本当に良いのか?」

「良くなかったら提案してないよ、ウォルフさんの性格はこの一年で大体理解したつもりだしな。」

「Umm,君は鋭いからな、そういうのならそうなんだろう。」

 外園とディン、ウォルフは宿近くの酒場に来ていた。

外園が飲みたいというのと、ウォルフがディンに話があるという事で、この3人になったというわけだ。

 ウォルフは、得体のしれない自分に守り手達を任せる危うさ、というのを聞いていたのだが、ディンはある程度ウォルフを信頼している様子だ。

そうでなければ頼まないし、そうであってもディンには遠くを視る魔法がある。

何かしようとしても、わかるから安心という意味合いもあるだろう。

「確かに、いまだにウォルフさんの目的なんかはわかってないし、正直不明瞭な所がある。でも、仲間だろ?」

「hahaha!それを言われちまったら、俺はどうしようもないな。仲間の信頼には応える、それが俺の信条だからな。竜神王サンが信じるっていうのなら、それに応えようじゃないか。」

「助かるよ。正直、俺はセレンについて行かなきゃならなかったし、そうなると多人数での戦場を経験してるのはウォルフさんだけだったから。時間もあんまり残ってないと思うしな。」

「時間がない、というのは、クロノスの干渉の程度が酷くなっている、という認識でよろしいのでしょうか?」

 その通りだよ、とディンは頷く。

この世界の豊穣神クロノスは、その気配を少しずつ強くしている。

それは、破壊の概念がクロノスに力を与え、世界を破滅させる準備が整いつつあるという事に他ならない。

「クロノス、破壊の概念。俺が聞きかじった話では、何でも世界創造の時からの存在だとか?歴代の竜神王サンが、それを防いでる、だったか?」

「ご存じだったのですか?」

「知ってなけりゃ、あの神サマは俺をここによこすわけがなかろう?神サマが俺を派遣したんだ、それくらいの情報は与えられてないと、やってられんよ。」

 ウォルフの言う神とは、いったい何者なのだろうか?と外園は疑問に思う。

ウォルフが1人で誰かと話しているのを聞いた事があるが、それが神と交信している時だったのか、それとも別の何かか。

 ディンは何か知っているのだろうか、とそちらを向く。

「年輪の世界の外の神様、なんてのがいるのが驚きだけどな。ウォルフさんが現れるまで、年輪の外の世界については何も知らなかったし、あるとも思ってなかったから。クロノスの正体についても、俺が知ったのは意外に最近だからな。」

「俺が来るまでは知らなかった、と言っていたが、それは本当か?」

「知らなかったよ。一万年前の事は聞いていたけど、それより前の竜神王の事は知らなかったから。竜神の住んでる世界の、結界の中でも竜神王にしか開けない結界があって、その中に書物があったんだ。俺、あの世界居た頃は力を取り戻してなかったし、見れなかったんだよ。」

「では、ディンさんは破壊の概念というものを知らないまま、戦っていらっしゃったのですか?」

「そうだよ。ウォルフさんが現れて、そういえば調べてなかったなって思い返して、書物を読みに行ったらあったんだ。破壊の概念と竜神王の千万年の戦いとか、その正体とかな。」

 ウォルフが現れたのが、セスティアでは一年前の四月の事だ。

その異様な気配と言えば良いのだろうか、感じた事のない干渉を察知したディンが、まず赴いたのが、竜神の管轄する世界の結界の中だった。

 完全なる竜神王でなかった時には解除出来なかったその結界の中には、古い書物があり、そこには千万年に及ぶ戦いの記録があり、ディンはそこで初めて自分が戦っていた相手の正体を知った。

そしてそこからウォルフとコンタクトを取り、リリエル達指南役を集めるに至った。

「何故、指南役が必要だったのか。そこを聞いてなかったな、竜神王サンよ。今までは、お前さん1人で守護者を育ててきたんだろう?」

「そうだな……。俺達以外に世界を超えられる存在がいるのを知って、そいつらがどんな力を持ってたりするのか、が気になった。それに、仲間になっておけば、後々面倒が少なそうだったから。あとは、破壊の概念を完全に消し去る方法を見つけるまでに、守護者を育ててたら時間が足りなくなるから、だな。」

「過去の竜神王には出来なかった、とディンさんは仰られていましたが?」

「俺さ、輪廻を閉じし最期の王って予言されてるんだよ。それが何を以てして最期なのかはわからないけど、もしも破壊の概念を完全に消滅させる事が出来たら、って考えたんだ。」

 それは未だ見ぬ可能性の話だ。

ディン自身、何を以てして最期の王なのかまでは聞いていないし、聞く機会もなかった。

 だから、それならばいい方向に可能性を賭けたい、と暗中模索している、という事だ。

「それは世界の破滅なのか、それとも救済の福音なのか、ディンさんにもわからない、という事ですね?」

「そうなるな。でも、先代がこう言ってたんだ。これから先の未来、儂らを必要としなくなる世界になるだろう、って。先代は信じてくれたんだろうな、破壊の概念の消滅の可能性を。だから、俺もそれに賭けたいと思ったんだよ。」

「俺の所の神サマってのも、そこには言及してなかったな。あれが何を考えてるのかはわからんが、予言をした事はなかったはずだ。外園君、外園君は未来を予言出来るんだろう?竜神王サンの最期から、可能性を見いだせやしないのか?」

「そうですね、それは不可能です。私はあくまでこの世界に属する予言者、外界の事までは把握出来ません。それは、外界の神であられるディンさんの未来は、見られないのと同義です。」

 外園は、ディンがこの世界にやってきて初めて会った後、未来を視ようとした事があった事を、ウィスキーを傾けながら思い出す。

しかし、未来は見えなかった、靄に包まれて見通せなかった。

 それ以来、世界の行く末も見えなくなってしまい、自分の予言出来る範疇を超えたのだ、と考えていた。

「あくまで外園さんはこの世界の未来を視る役割を担ってるからな、俺達の事がわからないのも当然っちゃ当然なんだよ。初代竜神王でさえ、俺が結界を破壊した後の事は予言出来なかった、って言ってたし。」

「結界?ってのは何のことだ?」

「歴代竜神王が、闇の蔓延る世界の中で、唯一闇に蝕まれない島を作ろうとしたんだ。その為の結界が、逆に闇をため込む結果になった。だから、俺はそれを破壊したんだ。その時、一度竜になったんだけど、まあ色々あって人間の姿に戻ったんだよ。」

 その時デインは竜の姿になり、そして一万年前のディセントにディンが送った。

その結果、元々ディセントを守護していた竜神「グリン」がその枠組みから外れ、今では竜神の数少ない生き残りとして、世界群を見て回っている。

 グリンは守護者としての力が強いわけではない、もう1つの世界を守護出来るだけの力は持っていないが、世界を渡る力は残っている。

だから、ディンは旅をする様にと伝えたのだ。

色々な世界を見て回って、自分が死んだ後を竜太に任せられる様に、サポートしてほしい、と。

「そのお話は聞いた事がありますね。デイン様が、何か仰られていた様な……。」

「デインには申し訳ない事をしたな、本当に。いつか、人間の姿になれる様になったら、また一緒に暮らそうって伝えてあるんだよ。」

「hey,この世界の守護神ってのが、セスティアに行っても平気なのか?」

「大丈夫だと思うぞ?そもそも竜神って言うのは、守護者であって神じゃない。太古から世界を守護する為に生まれた存在ってだけで、それを他の存在が神に祀り上げただけだ。」

 だから、デインがディセントからいなくなる分には、何も問題がない。

本来ならば1つの世界に1柱の竜神がいたはずだったが、それもディンが殺すまでの話だ。

今ではディンが全ての世界の守護を担っているし、デインがいるかいないかで世界が揺らぐ様だったら、そもそも竜神がほとんどいなくなった時点で揺らいでいたはずだ、とディンは考えていた。

「お前さんは相変わらず興味深いな、竜神王サン。」

 ウォルフは、まだ聞いた事のない話に興味がありそうで、ディンは答えられる範囲なら、と前置きをして、煙草に火を点けながら語り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る