試練を終えて

「あれ、俺……。」

 サラマンダーの試練を何とか突破した俊平は、気が付くと馬車に揺られていた。

清華と修平、蓮は寝ていて、大地と竜太が何か話をしている様だった。

「俊平さん、おはようございます。」

「俺、試練突破したんだよな……?」

「はい。皆さん無事に試練を終えられて、今はロザウェルの入り口に向かっているところですよ。」

「……。竜太、お前なんか変わったか?なんつーか、目がちげぇっつうか。」

 馬車から外を見ると、今は早朝の様だ。

神殿に入ったのが夜だったから、半日ほど経過した事になるだろうか。

 俊平は、サラマンダーの試練を受けた事により、魔力の流れを感じる事が出来る様になっていた。

だから、ではないが、竜太の纏う気配というか、雰囲気が少し違うと感じたのだ。

「僕も、覚悟が出来たんですよ。」

「覚悟?」

「儂らは、女王の命により、命を落としかけたとの事だ……。」

「はぁ!?んで、なんでそれが今馬車に乗ってんだ?」

 竜太から説明を受けていた大地も、竜太の変化に気づいていた。

今までの竜太だったら、誰かを傷つける事を躊躇っていただろう、トロルを攻撃はしていなかっただろう、と。

 それがどうしてディアーヌを退けるまでの気迫を手に入れたのか、まではわからなかったが、とにかく竜太の心境に変化があったのは理解出来ていた。

「交渉しました、ここから僕達を無事に帰さない様だったら、戦うって。そしたら、快く解決してくれましたよ?」

「そうなんか……。んで、こいつら寝てんのはなんでだ?」

「試練の影響で魂が疲れてるらしいです。精霊の試練は、魂に刻まれた魔力を揺り起こすもの、って言ってましたし。」

「ほーん……。」

 穏やかに解決した、という風な竜太のニュアンスだが、竜太の纏っている気配がそうでないと言っている。

魔力の流れは気配にも影響が出る、その魔力が激しく揺らめいている事からも、何かあった事は想像がつく。

 まだ魔力の流れを掴み切れる程ではないが、しかしそれでもわかる、この揺らめき。

「とにかく、まあ試練は突破したって事で、俺達強くなったんだよな?」

「はい。魔力を視る力もそうですけど、基礎的な能力も上がっているはずですよ?」

「んぅ……、ここは……?」

「お、清華、起きたか。」

 話をしているうちに、清華と修平が目を覚まし、蓮もすぐに目覚める。

竜太は魂の核に何かされていたりしてはいない、とホッとため息をついた。


「試練、終わったみたいだな。竜太、強くなった。」

「竜太がどうかされましたか?竜太は試練を受けていないのでしょう?」

「実力、じゃなくて心の問題だな。やばい状況になったら頼ってくると思ったんだけど、自分達で解決出来た、って所だ。外園さん、夜には俺達も戻るぞ?」

「はい、わかりました。」

 ジェライセの住処に泊まっていたディンと外園、ディンは眠らずに竜太達を見守っていたのだが、一安心といった風だ。

外園はそれを聞いて、フェルン側が何かをしてきたのだろうと推測するが、ディンがそう言った竜太の成長が、少し気になる様だ。

「夜には帰ってしまうんだね?外園君、また会えるだろうか。」

「きっと、また会えると信じています。この戦争が終わったら、きっと。」

 それは偽りかもしれない、しかし外園は本心からそう言った。

ジェライセは寂しそうに笑うと、住処を出て行って仲間にそれを伝えに行く。

「セスティアに行ったら、戻ってこれないかもしれないぞ?」

「……。そうですね、私はどちらかを選ばなければならないのでしょう。キュリエの最期の言葉に従うか、それとも……。」

 最期の言葉、それは。

「自分を愛して。」

 という言葉だった。

 それに従いセスティアに行って生きて行くか、それともダークエルフの真実を広める旅に出るか。

それはきっと、今ではないが決めなければならないのだろう。

「今は、戦争を止める事に集中しましょう。その後の事は、その後に考えればいいのですから。」

「それもそうか。外園さんが後悔しないなら、俺はそれで構わないよ。」

 寂しげに笑う外園と、その瞳を見て何かを思うディン。

大きさは違えど、世界を守ると決めた者同士、言葉にせずとも通じる何かがあるのだろう。


「お兄ちゃんいるー!?」

「おー、蓮。お疲れ様、頑張ったな。」

「お兄ちゃんだー!」

 夜になって、ロザウェルの入口、門の前で、ディンと外園が6人と合流する。

蓮は、入口付近でディンの魔力を感じ取り、ディンを見つけると飛びついた。

「ディンさん、凄い力があるんだね……。」

「これが、竜神王様の魔力という事ですかね……。私達が、何故傍に入れたのかがわからない程に強い魔力です。」

 一方の俊平達は、精霊の試練を突破した事で感じられる様になった、ディンのその魔力の膨大さに驚く。

ディンは能力を段階封印している、がしかし、竜神王と呼ばれるだけあり、素の魔力量が桁違いなのだ。

 竜太もなかなかの魔力を有していると感じ取っていたが、ディンのそれは桁違い過ぎて言葉が詰まる。

「竜太、よくやったな。」

「……。ほんとにこれでよかったのかな、って思うけどね。」

「誰かを守るって事は、誰かと戦う事にほかならない。だから、俺は竜太は間違ってないと思うよ。」

 ディンの言葉を聞いて、竜太は少し安心した様だ。

その姿を見て、4人はハッとさせられる。

 普段のディンと変わらない、変わったのは自分達なのだと。

自分達が魔力を感じられる様になったから、だからと言って怯えるのは失礼だしおかしい、と。

「それじゃ、行こうか。」

「はーい!帰りも馬車で行くのぉ?」

「いや、帰りは転移で行こう。もう、向こうも俺達の存在は理解してるだろうしな。」

 そういうと、ディンは魔力を練り同時転移を発動した。

6人の姿が門の前から消え、魔力の残滓も追いかけられなくなった。


「あら、帰ってきたのね。おかえりなさい。」

「リリエルさん!ただいまぁ!」

 宿の前には、丁度朝の運動に出ていたリリエルがいた。

リリエルの前に転移する8人、リリエルが気づき声をかけると、蓮が元気よく返事をする。

 清華は、リリエルから発せられる魔力が、他の人間とは違うであろうことに気づく。

ディンの様に膨大なわけではないが、しかし何処かで何かとつながっている様な、そんな魔力だ。

「清華さん、他人の気配をそんなに探るのは、ちょっと感心しないわよ?」

「し、失礼しました……。」

「まあ、覚えたてだからコントロール出来ないのもあるのでしょうけど、人によっては感じて不愉快になるのだから、気をつけなさい。」

 リリエルは、魔力を感じ取れるわけではない。

しかし、過敏ともいえるその感覚は、他者による探知を感じ取る。

 自分に何かがまとわりついている、という認識程度だが、ディンに最初気配を読まれた時にも感じていた、少し何かに触れられている様な感触。

それを感じ取れる存在はなかなかいないだろうが、もしも感じ取れる相手がそれを良しとしなかったら、その時が大変だ、と話す。

「コントロール方法は船の中で、だな。次に行くのはウィザリア、それにプリズだな。そろそろ、セレンに武器の素材を調達してもらわないとだ。」

「武器の素材、それの検討はついているのかしら?」

「いや、まだだ。でも、情報を集めるのに色々と回った方が良いだろ?」

 それもそうだ、とリリエルは納得する。

セレンにしかわからない事だ、それは鉱石の声を聞けるセレンにしか出来ない事だ。

 今の武器よりも強い、そして魔力を流す型が出来ている武器、それを作れる存在はなかなかいないだろう。

四神の生み出した武器がセスティアに伝わっているが、それでは役不足、とディンは考えていた。

「さ、いったんドラグニートに戻るか。そろそろ、時間もなくなってきたし、手分けしていかないとな。」

「手分けと言っても、セレンは1人しかいないわよ?」

「ウィザリアは子供達が、プリズはセレンが行けば大丈夫だと思うよ。俺達もどっちに誰が行くかを決めないとだ。」

 ウィザリアには最上級魔法を覚えに、プリズには武器の情報を仕入れに。

それぞれパーティを分けて、動かなければならない。

「船の中で決めればいいか、とりあえず移動だ。」

「間に合う、と良いのですがねぇ。」

 外園は、ディンの言葉を聞いて少し不安を覚える。

時間が無くなってきた、という事は、神々が力をつけてきているという事だろう。

 今のままの子供達では、勝てないのではないだろうか。

そう考えてしまう、それは不安の種に十分なりえるだろう。


「外園君!また会ったね!」

「美咲さん、またまた偶然というべきか必然というべきか……。」

港から帆船に乗ってドラグニートに戻ろうとしていたところで、馬車を連れた美咲に出会う。

美咲も外園もまたまたと驚いていて、また会えた事を喜んでいる様だった。

「また1週間、よろしくお願いしますね。」

「クレールは沢山仕入れたからね、外園君が酔いつぶれても平気だよ?」

「酔いつぶれる程飲むわけにはいきませんがね。皆さんも、クレールを飲んでみてはいかがでしょう?ウィスキーが飲めたのなら、飲めると思いますよ。」

 俊平が少し飲みたそうにしていたが、ディンの無言の圧力に負けてしょげている。

リリエルとセレンは、ウィスキーがあれだけ美味しかったのだから、ワインも美味しいのだろうか?と少し興味ありげだ。

ウォルフはワインは悪酔いする、と遠慮していて、外園はまたクレールが飲めるのが嬉しそうだ。

「さ、とりあえず船に乗っちまおう。」

 そのディンの一言で一行は帆船に乗り、帆船はフェルンからドラグニートへと出発した。


「外園君、フェルンでは何事もなかったかな?」

「はい、私は何もなく過ごさせていただきました。主に竜太のおかげですが。」

「あの子のおかげ?」

「女王ディアーヌに立ち向かってくださったのです、私や聖獣の守り手の方々の為に。勇敢だとは知っていましたが、まさかそこまでとは思いませんでしたね。」

 事のあらましを聞いていたリリエル達は、何か口を挟む事はなかった。

ただ、心境としては外園に似ていて、竜太がそこまでやってのけるとは、と思っていた。

「それに、ウィアデストロイドにも赴きました。何もかもが変わってしまっていて、しかし変わらないものもあった。私は、それで満足です。」

「そうか……。君がそう言うのなら、私はそれで良いんだ。さ、飲むと良い。」

 外園の持ったグラスにワインを注ぎ、リリエル達のグラスにも少しワインを注ぐと、美咲はもう一つグラスを出してクレールを注ぐ。

「君の行く道に乾杯だ、この先の旅も、無事に果たしてくれる事を祈っているよ。」

「ありがとうございます、美咲さん。」

「さ、君達も乾杯しよう。」

 そう言うと、美咲はグラスを寄せてくる。

リリエルとセレンは、何がしたいのかと一瞬わからなかったが、グラスを合わせたいのだと気づき、カランとグラスを合わせた。

「君達が、世界を守ってくれるって、信じているよ。」

 グラスに注いだクレールを飲みながら、美咲は心配そうな眼差しを外園に向けた。


「さて、今日からは能力を開放するだけじゃなくて、能力を制御する特訓だな。」

「能力を制御?ってどうすんだ?俺達、ふつーに過ごしてたぞ?」

「そろそろ君達の能力も、普通の生活が出来ない所まで来てるんだよ。特に魔力は、常に開放したままだと、向こうでは危険なんだ。」

 甲板にて、それは何故?と5人は首をかしげる。

 ディンと竜太、悠輔は普段は魔力を制御していて、「影響」が出ない様にしているが、まだ5人はその「影響」の事すら知らない。

そこから説明が必要だろう、とディンは言葉を口にする。

「簡単に言うとな、魔力って言うのは、放出してると周りの人間に影響を与えるんだ。魔力に縁のない人間が魔力に目覚めたり、詰まる所魔法が使える様になっちゃったりな。だから、君達は魔力を制御しなきゃならないんだ。そうしないと、君達の周りの人間が、変に魔法の力に目覚めてしまったりする可能性があるから。」

「はい!魔法に目覚めたら、便利じゃないですか?だって、ディンさんの使ってる転移魔法とかってあったら、今の移動より楽になるんでしょ?」

「それはそうだ。なら、何故人間が魔力に目覚めるのが良くないか、それを考えてみようか。先代竜神王が魔法と文明に関する全てを忘却した様に、俺はやろうと思えば人間に魔法を覚えさせる事も出来る。まあ、実際やって見ると大変だろうけどな。それをしないで、俺達だけが戦った理由、それは何だと思う?」

「……。」

 ディンの質問に、5人はうーんと考え込む。

戦える人間がいた方がディン達は楽じゃなかったのだろうか、ならば何故そうしなかったのか、を。

「痛いのが怖いからぁ?」

「違うよ、蓮。もっと重要な事がある、蓮は良く知ってるんじゃないか?」

「蓮君がご存じ……?」

 ディンがヒントを出すと、さらに唸る5人。

蓮の過ごしてきた環境、それは虐待といじめの環境だ。

それをする事をディンが恐れている、では少し理由としては小さい。

「……。戦争、か……?」

「戦争?戦争に魔法が使われんのが危ないって事か?」

「半分正解だ。まあ簡単に答えを言えば、例えば犯罪や戦争に魔法が用いられたら。それは、危険すぎるだろう?人間が文明と魔法の記憶を忘却されたのは、そうなる可能性やそうなった過去があるからだ。確かに魔法は便利だし、使える様になれば心強い。でも、それを持つ人間の性質によっては、大量殺人なんかに使われる可能性もある。だから、俺はそれをしなかった。」

 確かに、その可能性はある。

人間の化学は戦争と共に発達してきた、という言葉があるように、魔法を使えるようになったら、真っ先に軍事転用が考えられるだろう。

 実際、ディン達もアメリカなどから国防や紛争の終結を依頼された事があった、それをディン達が人間の営みには手を出さないと言っただけで。

日本国内でも、ディン達を国防の為にという声は少なからずあり、首相と警察がそれを拒否している、というニュースをやっていた事もあった。

「シンプルな答えなんだよ。人間は基本的に利己的だ。だから、魔法を覚えたら犯罪や戦争に使う人間が必ず出てくる。だから、君達にも気を付けてもらわないといけないんだよ。」

「では、私達の力がいつか、軍事や戦争に使われる可能性もある、という事でしょうか?」

「それは俺がさせないよ。陰陽師の一族の子供達もそうだけど、ちゃんと対策は取ってるから。例えば、脅されてとか攫われて、なんて事が起きない様にね。君達に掛けた忘却魔法も、その1つだよ。」

 悪意を強制的に消し去り、忘却させるディンの魔法。

それは、セスティアの子供達にも掛けているし、竜太にさえ掛けている。

「まあ、話はそんなところだ。それで、魔力を制御する方法だな。簡単な事だよ、魔力は全身を巡ってる、それを意識して抑えればいいだけだ。」

「って言っても、俺達そんなん感じた事ねぇぜ?魔力の流れ、なんて教えてもらってねぇし……。」

「今の君達ならわかるはずだよ、精霊の加護は魔力の増強もあるけど、それ以上に魔力に対する感知能力の強化がある。だから、目を瞑って集中すれば、自分の魔力の流れがわかる。俺達の魔力を探知するのと、要領は一緒だ。」

 やってごらん?とディンが目を向ける。

5人は、目を瞑って言われた通り魔力を感じようとする。

 清華と大地はすぐに自分の魔力の流れを感じ取るが、俊平と修平、蓮はなかなか難しいと眉間に皺を寄せている。

しかし、伊達に精霊の試練を受けて突破したわけではない、ディンと竜太の膨大な魔力の他に、微かに自分達のものと思しき魔力を感じ取る。

「そうそうその調子だ。それを、抑える感覚を覚えればいいだけだよ。蓮が封印解放を段階的にやってるみたいに、徐々に抑えていくんだ。逆に力を使いたい時は、魔力を全身に巡らせればいい。それが出来るだけでも、基礎能力が変わるはずだ。」

 集中している5人に、ドラグニートに戻るまでに身に着けられればいい、と考えるディン。

今日は天気がいい、気候も集中するには丁度良い陽気だ。

出来る様にならないと帰らせられない、とは言えなかったが、きっと出来ると信じていた。

「ふぅ、少ししかやってないけど疲れたぁ……。蓮君、よく出来るね?」

「デインさんが教えてくれたから!」

 封印解放を段階的に発動出来る様になっている蓮は、簡単に魔力の開放を制御し始めていた。

修平や俊平が苦労しそうな中、あっさりとそれを出来始めている蓮は、きっとデインの力を使っているという部分が大きいだろう。

デインは元々能力を自在に開放したり制御していた、だからその魔力を引き継いでいる蓮は、出来る様になるのが早いだろうと。

「難儀、だな……。」

「きっと出来る様になりますよ、僕だって魔力の使い方がへたくそでしたけど、出来る様になりましたから。」

 実際、竜太よりも5人の方が魔力を扱うのは得意だろう。

竜太の言葉は間違っていない、きっと出来る様になる。

 ディンはそう信じて、子供達を見守った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る