妖精のいる国
「そろそろフェルンに着くな。外園さん、大丈夫か?」
「はい、私は平気ですよ。ただ、フェルン側が何かしてくる可能性、も捨てきれないですが。」
「その時は任せろ、俺が表に立つよ。」
帆船に乗って1週間、何事もないと言えば何事もなく、やや退屈といえばやや退屈な時間が過ぎていった。
外園は毎日美咲と話をしながら酒を飲んでいて、それにリリエルやウォルフ、セレンも時々同席していたが、四神の使い達は酒が飲めないから、暇そうにしていた。
連絡船と違い、武芸者向けの修行場のスペースがないのもあり、修行は各々筋トレだった。
「美咲さんはクレールに向かうのですよね?ロザウェルは別方向ですので、お別れですね。」
「また会えるかな?」
「確約はできませんが……。きっとまた、お会いしましょう。」
もうフェルンの大地が見えている、別れの時間は近い。
美咲は寂しそうな顔をしていたが、しかし外園には使命があるのだから、と言葉を飲み込んだ。
「選別に、これを持って行ってくれるかい?」
「これは?」
「私の師匠のつけていたペンダントだよ。君の安全を、祈っているから。」
「……。ありがとうございます、美咲さん。大切にしますね。」
四神の使い達と指南役達は、黙って二人のやり取りを眺めていた。
外園は渡されたペンダントを首にかけ、スーツの下にしまい込む。
「さぁ、もうフェルンだ。気を引き締めていこうじゃないか。」
「そうですね。」
別れを悲しむ様に、空を見上げる美咲。
外園は、もう戻って来る事はないかもしれない、けれどもう一度美咲に会えたのなら、と願った。
「では外園君、またどこかで。」
「はい、美咲さん。またお会いしましょう。」
フェルンに帆船が到着して、美咲は馬車を連れて行ってしまった。
外園はそれを暫く見送っていたが、気を持ち直すために一呼吸置いた。
「さあ皆さん、まいりましょうか。目的地はロザウェル、フェルンの首都になります。」
「外園さん、良いんか?あの人、大事なんだろ?」
「そうですねぇ。ですが、今は世界滅亡を何としてでも阻止しなければならないのですよ、俊平さん。」
すっかり普段の調子な外園を見て、一行はどこか安心する。
あの外園の空気感というか、どこか懐かしそうな様子を見て、美咲との別れは悲しいのではないか?と感じていたからだ。
実際の所どう思っているのかは外園にしかわからないが、ひとまず寂しさを表に出すことはしない様だ。
「馬車を借りて、急いで行こうか。」
「馬車は確か、街の入口で借りられたはずですね。こちらです。」
ディンが空気を破って声を出し、一行は移動を開始する。
外園は、美咲の向かった方向を一瞬だけ見て、振り返らずに前を歩いて行った。
フェルンの建築模様は、木造と煉瓦調の混じった建築が多数を占める。
ドラグニートの様に発展こそしていないが、ソーラレス程閉じた国ではない、というニュアンスが正しいだろう。
実際の所、旅人や商人は自由に出入りしているし、ドラグニートで暮らしているであろう竜種の亜人もちらほらと見受けられる。
人間はほとんどおらず、ドワーフと呼ばれる小人や、トロルといった大型の亜人がいて、港町での商売に勤しんでいた。
「ゴブリンっつっても、魔物とは違うんだな。」
「あ、俺もそれ思った。セレンさんと戦った時のゴブリンなんかと、なんか違うな。」
鼻と耳の尖った小人に分別されるゴブリンは、当たり前の様に存在していた。
セレンと俊平は、前戦ったゴブリンと似ているが、どこか違うのを感じていた。
「魔物は、独特な気配があるんだよ。黒いオーラを纏ってただろう?それがあるか無いか、が見分ける一つの手段だな。」
数か月前、初めて戦った時の事を、俊平は思い出す。
あの時は確か、洞窟の中で戦っていたから、あまりそういった黒いオーラ的なものは見えなかった。
が、ここにいるゴブリンは知性がありそうな感じがするし、何より自分達を見ても襲ってこない。
それが、判断基準の一つになりそうだ。
「妖精さんって、いっぱいいるのぉ?」
「そうだな、妖精は結構種類がいるはずだ。蓮がまだ会った事のない種族もいると思うぞ?だろ?外園さん。」
「はい。私は人間とそう大差ない種族ですが、トロル族やホビット族は、特徴的ですから。」
「外園さんは何て言う種族なんですか?」
「私はエルフという種族になります。近縁ですとハイエルフという種族がいますね。」
ハイエルフとは、厳密にエルフと区別がつく種族ではない。
ただ、大体のハイエルフは上流階級に属しているので、立場を見るとわかりやすい。
「それじゃ、行く組と待機組で別れようか。宿はあそこだな。」
全員で向かうわけではない、というのは船の中で説明を受けていた。
ロザウェルに向かうのは四神の使いと蓮、竜太とディンと外園だ。
セレン、リリエル、ウォルフ、明日奈、ピノはこの街で待機することになる。
「この国の通貨はフェリアですので、換金を済ませてからにしましょう。換金所はあちらですね。」
「そういやそうだったか。じゃ、待機組のお金はウォルフさんに渡せばいいか?」
「oh!任せろ。」
大気中はやる事がないな、と暇を持て余しそうな予感がするウォルフ達。
だが、ソーラレスでも待機はしていたし、慣れたものだろう。
そもそもが軍人のウォルフと、暗殺者だったリリエルは特に、待つという事が当たり前の時間もあった。
退屈だが、待つのは慣れている、といった所だろう。
「じゃ、行きますか。」
ディンの音頭で動き出す一行。
ディン達は馬車を借りに、ウォルフ達は宿に向かった。
「外園さん、ロザウェルまではどれくらいかかる?」
「はい、港町が南端ですので、10日ほどで到着しますかね。」
「この馬車は、ソーラレスのものと違って、魔法を使って早くはされていないのでしょうか?」
「そうですね、あの魔法はソーラレスが広大な土地を移動するのに、独自に開発した魔法ですから。フェルンには輸入されていなかったと記憶しています。」
清華は、初めて外園ときちんと話をしている為か、若干緊張している様子だ。
清華だけではない、四神の使い4人全員が、外園とは共に行動していたがあまり話した事はなかった。
緊張しているというよりも、何を話せばいいのか、といった風だ。
「外園殿は……、何をしておったのだ……?」
「私は神官をしていましたよ。それも、200年ほど前の話ですが。今のフェルンがどうなっているのか、という情報はちらほらしか仕入れられていませんので、もしかしたらロザウェルは様変わりしているかもしれませんね。」
「神官ってなあに?」
「神に仕え、仕事をする役目を持った者達の事ですよ。フェルンは王家と教会が存在しますが、主に神官は王家に仕える身になります。」
遠い昔の話だ、神官として王家に仕えていたのは。
その頃は、半監禁状態で未来を予言しており、誰がいつ死ぬのか、どのような終わり方をするのか、をひたすらに予言していた。
心が病むというよりも、体だけを動かして活動をしていたな、と外園は思い出す。
「昔話も良いですが、今は皆さんの方が優先されるべき事でしょう。私の話は、またいつかにでも。」
「……。」
やわらかい言葉、確かな拒絶。
それを感じ取った俊平達は、それ以上聞く事は出来なかった。
「ねぇ外園さん!外園さんって恋人いたぁ?」
「恋人ですか?……、そうですねぇ。近しい存在はいらっしゃいましたよ。遠い昔の話ですが、フェルンを出るきっかけは彼女が与えてくれた、と言っても過言ではないでしょう。」
「どんな人だったのぉ?」
「ダークエルフ、と呼ばれる種族の女性でしたね。聡明ではありましたが、結局はダークエルフの宿命には抗えなかった、と言った所です。」
ダークエルフ、が普通のエルフとどう違うのかがわからない6人は、頭に?を浮かべる。
ディンは、ドラグニートで調べ物をしていた時に、その存在のあらましを知った為、何も言わない。
それは、外園にとってはとても悲しい過去になるのだろう、と。
「私の事をお話するのは、まだ先の事ですよ、蓮君。今は、加護を受け強くなるのが先決です。」
「えー?もっとお話聞きたいなぁ。」
「また今度、ですよ。」
外園は人差し指を立て、シーっと少し茶目っ気を見せる。
これ以上は聞けないな、と蓮も感じ取り、取り合えず外園の昔話はそこで終わった。
「向こうは10日かかるって言ってたかしら、暇ね。」
「oh!そうだな、時間があるってのは珍しい事だ。」
「ウォルフさん、貴方は軍人なのでしょう?なら、待つという事にも慣れているんじゃないかしら?」
「hahaha!流石にリリエルちゃんもわかってきたか。」
港町にいる指南役達は、手持ち無沙汰になっていた。
ウォルフは宿屋の主人達に見られない様にマクラミンを磨いていて、明日奈は符術用の札を書いている。
リリエルとセレン、ピノは本当にやる事がなく、話をするくらいしかないのだろう。
「リリエル、あんたはずっと独りぼっちだったんでしょ?今のほうが窮屈じゃない?」
「そうね、旅をしているうちに、人といる事に慣れてしまったかしら。あの子達は退屈させないって、今になって気づかされたわ。」
それがいい事なのかどうかは、まだわからない。
これから先、この戦争を止めたとして、リリエルの故郷には誰も残っていない。
旅をするといい、というディンの言葉に従ったとしても、独りぼっちである事に変わりはないのだ。
待ち受けるのはどうあがいても孤独、それは変えられない事実だった。
「それは良かったのかしらね、あたしにはわかんないわ。」
「そうね。これから先の事を考えると、一人が良かった事もあるかもしれないわ。」
それを知っているから、手放しで今の状況を喜べない。
孤独から遠ざかれば遠ざかる程、後からやってくる孤独は心を苛む。
「戦争が終わったら、かぁ。あたしは結局ノースディアンに帰るだけだし、リリエルみたいに旅してみたいかも。」
「貴女は世界を渡る力を持っているのかしら?」
「持ってないわよ。ただ、ディンに頼んでセスティアに行くのはありじゃない?セスティアって、何百もの国があるんでしょう?それだけ多くの花があるって思うと、素敵だわ。」
目的が花とは、とリリエルは驚く。
ピノが花や木を操る能力を持っている事は聞いていたが、本人がそこまで執着する対象だとは認識していなかった。
「素敵ね。貴女はそのままでいられる事を祈ってるわ。」
「oh!リリエルちゃんからそんなセリフが出てくるってのは、驚きだな。」
「茶化さないで頂戴。でも、確かに私らしくないかしらね。」
リリエルは、そこで悩む素振りを見せる。
美しい切れ長の青紫の瞳を細め、何かを考えている様子だ。
「いいんじゃないかしら?ディンも言ってたでしょ?変わる事は人間の良い子となんだって。」
「人間、ね。まっとうな人間ならそうかもしれないけれど、私は……。」
他の人間とは違う、それも今になって齟齬が生まれてきた解釈だ。
自分は力を持っているが、他にも力を持っている人間は沢山いると思っていた。
だが、星の力という力を使う人間には未だに会った事はないし、ディンも前例がないと言っていた。
「ディンならきっと、人間である事に変わりはない、なんていうんじゃないかしら?あたしもそう思うわよ、あたしだって他人にはない力を持ってるわけだし。」
「……、そうね。ディン君なら、確かにそう言いそうね。彼、人間に呆れてるわりには、そういう言葉を投げかけてくるのよね。」
「竜神王サンにも、思う所があるんだろうさ。なあに、我々の与り知らない感情、ってことだ。」
きっとそれは、ディンにしかわからない事なのだろう。
人間に呆れている、家族さえ守れれば他はどうでもいい、と断言しているディンが、リリエル達に優しいととれる言葉を告げるのは、きっと何かがあるからなのだろう。
「今日はここで宿を取りましょう。焦っても仕方がありませんし、まだ時間はあります。」
「そうだな、もう夜になるし、腹も減ったろう?」
「うん!」
夜が更けた頃、8人は小さな村にたどり着いた。
フェルンはロザウェルの他に大きな都市はなく、小さな村や集落が30程度ある。
その中の一つに到着した一行は、馬車を下りて宿を探す。
「こちらですね。」
「ここ、ちっちゃいんですね。ドラグニートの都市とかと違うんだ。」
「フェルン自体、大きな都市はロザウェルだけですからね。あれが神木で、あちらが教会になります。宿はこちらですよ。」
修平が感想を述べると、外園は丁寧に知識を告げる。
宿に向かうが、宿と言っても煉瓦調の一軒家を少し大きくしたくらいの広さしかなく、8人泊まれるかどうかは怪しいところだ。
「こんばんは、8名なのですが、宿泊出来ますでしょうか?」
「こんばんは、旅人とは珍しい客だね。8人かい?泊まれるよ。」
宿屋の主人はホビット族で、3フィート程度の大きさの小太りの中年だ。
声は男性のそれで、性別が男性であることが伺え、宿の受付には椅子で身長をかさまししている様子だ。
「80フェリアになるよ、先払いだ。」
「はいよ、これでいいか?」
「毎度あり。飯は厨房から部屋にもっていかせるから、まあ待っていてくれよ。もうすぐ飯が出来る。」
そういうと、ホビットの男性は椅子を下り、一行を部屋に案内する。
外園、ディンと蓮、俊平と修平、大地と竜太、清華という部屋割りになりそうだ。
それぞれを二階の部屋に案内すると、男性はそれぞれの部屋のオイルランプに火を点け、一階に戻った。
「ホビット、というのも懐かしいですね……。」
かつて、まだ子供だった頃。
外園には、ホビットの友人がいた記憶があった。
その友人も、他にもれず亡くなっているわけだが、今でもその記憶は忘れられない。
「……。」
美咲に選別として渡されたウィスキーを、部屋に置いてあったグラスに注いで、一口飲む。
産地を聞くのを忘れていたが、ウィアデストロイドのウィスキーとは、少し趣の違う味をしていた。
醸造している木の種類が違うのか、香りが違いちびちび飲むのがいいと思われる味だ。
「私は、役目を果たせるのでしょうかねぇ……。」
それは誰かに与えられた役目ではない、いわば約束のようなものだ。
国を捨て、旅に出るきっかけになったダークエルフとの、別れの間際にした約束。
「貴女は最後まで変わらなかったですね、キュリエ。」
旅の途中で別れを告げた、ダークエルフ。
彼女が生きていたら、まだ旅をしていただろうか。
「……。」
考えても仕方のない事だ、それは叶わない願いだ。
そうわかっていても、外園は考えてしまう。
皆が生きていたら、彼女が生きていたら、自分は何か変わっていたのだろうか、と。
忌々しいともいえる、アンクウの力に覚醒していなかったら、今頃は村で教鞭でも取っていたのかもしれない、と。
「ねぇお兄ちゃん、外園さんってこの国で生まれたんだよね?」
「そうだぞ?」
「じゃあ、外園さんのお父さんたちもいるのかなぁ?」
夕食を食べ終わり、食後のサービスとして出されたぶどうジュースを飲みながら、蓮は足をバタバタと椅子にぶつけ疑問を口にする。
ディンは、どう答えたものかと少し悩んだ後に、まあこれくらいなら言ってもいいか、と言葉を口にする。
「外園さんの家族はな、皆死んじゃってるんだ。」
「そうなのぉ?外園さん、悲しいのかなぁ。」
「悲しいと思うよ。外園さんは、今でも家族や友達の死を悼んでる。本当は、この国にだって来たくはなかったと思うしな。」
それでも連れてきたのは、外園が覚悟を決めていたからだ。
村が滅んでいる事は聞いていた、半監禁状態にあった事も知っていた。
それでも外園は、世界に滅んでほしくない、と世界を守る為に駆けずり回っていた。
その意思を、反故にはしたくなかったのだろう。
「僕、みんながいなくなっちゃったらやだなぁ。」
「大丈夫だよ、蓮。皆、いなくなったりしない。」
「でも、リリエルさん達は帰っちゃうんでしょぉ?」
「会えなくなるわけじゃないよ、会おうと思えばいつだって会えるんだ。」
それを聞いて、蓮は少し安心した様だ。
初めて出来た友達と、初めて出来た仲間、それが会えなくなってしまうというのは、まだまだ子供の蓮には辛いのだろう。
この戦争が終わったら、皆それぞれの生活に戻る。
しかし、それは今生の別れではない、それをディンは伝えたかったという事だ。
「ねぇお兄ちゃん、竜太君がお話してくれたんだけど、お兄ちゃんの家族ってどんな人達がいるの?」
「おっちょこちょいな長男だったり、しっかり者の次男だったり、ちょっと泣き虫な三男だったり、色々いるぞ?」
「僕より年下の子もいるんでしょぉ?」
「一人いるな。甘えん坊で人懐っこいから、蓮もすぐに仲良くなれるさ。」
やった!と蓮は嬉しそうに笑う。
セスティアに戻ったら竜太やディンの家族と一緒に暮らす、という話を覚えていて、楽しみと不安が入り混じっていたのだろう。
いつ聞こうか、とずっと機会を伺っていたのだろう、とディンには見えた。
「僕ね!お兄ちゃんと同じお仕事がしたいなって思うの!」
「そうかそうか、それは嬉しいな。手伝ってくれるのか?」
「うん!おっきくなったら!」
「楽しみにしてるよ。」
ディンは本心を隠し、蓮の頭を撫でる。
今言う事ではない、もしかしたら違う未来になるかもしれない。
だから、不確定な未来である今は、まだ誰にも話をする事もない、と考えていた。
デインは知っているだろうが、デインも信じているのだろう、その話題を口にする事はなかった。
「蓮、今日はもう寝ようか。」
「はーい!」
ベッドに入り、目を瞑る蓮。
この戦争が終わったら、楽しい毎日が待っている、とワクワクしていたが、自然と眠気がやってきて、蓮は静かに眠りについた。
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