漆章 追憶の香り

再会

「次の行き先はフェルンだな。外園さん、案内は頼んでいいか?」

「はい、私の居た頃とどう変わっているかはわかりませんが、加護を受けに行くと言うのならロザウェルでしょうし。」

「まずは港町に移動だな、また機関車乗るか。」

 ソーラレス脱出の翌日、一行は慌ただしく宿を出た。

ディンは外園がフェルンから脱出した事を知っていた為、どう出るかと考えていたが、外園は別段その事について気にする様子は見せない。

「フェルンってどんな国なのぉ?」

「外園さんの故郷で、精霊が治める国だな。妖精とか、幻獣種の亜人が住んでるんだよ。」

「げんじゅうしゅ?」

「ドワーフとか、ゴブリンとかだな。魔物のゴブリンとはちょっと違う、知性のある種族だよ。」

 ディンが軽く説明するが、ファンタジー小説やアニメに触れてこなかった蓮は、ピンと来ていない様だった。

俊平はゴブリンと聞いて一瞬驚いたが、魔物と違うという言葉を聞いて安心した様子だった。

 魔物が治めている国だったらどうしようかと、自分達が加護を受けに行くのにと感じていたのだ。

「機関車で港町まで向かい、そのあとは帆船ですね。フェルンは蒸気機関を受け入れていませんから。」

「帆船って事は少し時間が掛かるな、まあ時間はある程度はあるか。」

 外園は、帆船の話をしてある女性を思い出す。

彼女は今でも連絡船でバーテンダーをしているのか、それとも別のどこかに行ったのか、と。

 ソーラレスからジパングへ渡る船の中での出会いは、あのワインの味とともに思い出される、と。

「取りあえず港まで行こう、話はそれからだ。」

「はーい!また汽車乗れる!」

 一行は駅へと向かい、エレメントから港町への機関車へと乗車し、旅を急いだ。


「外園君?外園君じゃないか!」

「美咲さん……!?また偶然と言えば良いのか、必然と呼べば良いのか……。」

「外園さん、知り合いか?」

 港町について、一晩が経ち。

翌朝、港で船に乗ろうとしていた時、外園に声をかける者がいた。

 ポニーテールの金髪にパンツスーツを着た、男装の麗人の様な出で立ちの碧眼の瞳を持つ女性。

耳を見ると、外園と同じ妖精である事が伺えるが、まさかここで出会うとは、と外園は驚いていた。

「彼女は美咲・デュボア、世界を回る連絡船でバーテンダーをしている、私の昔馴染みの方です。」

「君達は……。外園君が言っていた、破滅から世界を守る者達、かな?」

「そうですね、彼らはジパングの聖獣の守り手と、その育て役の方々ですよ。私の予言にはいらっしゃらなかった方もいますが、大体そういった感覚でいて下されば。」

「本当だったんだねぇ、私は半信半疑だったけど、外園君のあの真剣な目つきは今でも忘れられないよ。それで、ここから何処に行くんだい?」

 懐かしそうな2人を、静かに見守る一行。

こういう時は口を挟まない、それがお約束という物だ。

「これからフェルンへ向かいます、美咲さんはどちらへ?」

「奇遇だね!私もフェルンへ向かうんだ!しかし外園君、君がフェルンに戻っても平気なのかい?」

「……。そうですね、今更私をどうこうする気も無いでしょう。それに、こちらには力強い方々もおりますから。」

「そうか、では共に船旅を楽しもうね。……。私は、外園君に会いたかったよ。」

 美咲は何処か懐かしそうな、寂しそうな表情を見せる。

それは外園も似たようなもので、少し照れくさそうな、普段の外園なら絶対に見せないであろう表情を、美咲に向けて見せた。

 ディンやウォルフは、その表情が見せる2人の関係性を少し理解したが、まあそれは突っ込む様な野暮はするまい、と顔を合わせて笑った。

「さて、そろそろ乗らないと船が出ちまうよ。美咲さん、俺達も宜しくな。」

「あ、あぁ……。皆、宜しく頼むよ。外園君、フェルンまで楽しもうか。あのワインは少しだけ残っていたかな。」

「おぉ……。クレールがまだ残っていたのですか!」

「一本だけだがね、これから仕入れに行くところなんだ。」

 美咲は世界を回る連絡船でバーテンダーをしている、その中でも外園が思い出に深く残っているのは、フェルンのクレール地方産のワイン、その名をクレール。

美咲はそのクレールを仕入れにフェルンへ行こうとしていた所らしく、これは本当になんという偶然が重なったのか、と言った所だろうか。

「取っておいて正解だったね、何か予感がしたんだ。」

「成程、美咲さんの感は当たると評判ですからね。」

 仲良さげに話しながら、外園と美咲は先に船に乗る。

「ねぇお兄ちゃん、外園さんお顔紅くなって無かったぁ?」

「蓮はまだわかんないか。あれを、甘酸っぱいっていうんだよ。」

「んー?わかんない!でも、外園さん嬉しそうだったね!」

「そうだな。さ、俺達も乗ろう。」

 一行は、外園の意外な一面を眺めながら、船に乗り込んだ。


「んん……。この風味、この味わい……。いつ何時も忘れた事はありません……。」

「喜んでいただけて何よりだ、添え物はいるかな?」

「いえ、これだけで楽しませて頂いております。しかし、また美咲さんに会えるとは思いもしませんでしたよ。」

「私もだよ、確かあの時はソーラレスに向かっている時だったかな?その後ジパングに渡ったと聞いていたけれど、また旅を始めたんだね?」

 美咲の取っていた部屋で、外園はクレールを飲んでいた。

美咲が最後の一本の封を開け、もてなしていたのだ。

「ジパングに渡った後は、どうしていたんだい?」

「ひたすらに伝承を読み、聖獣の守り手の出現に備えていましたね。大きな家も立て、永住するつもりでしたから。」

「それがなんでまた、一緒に旅に出る事になったんだい?」

 美咲は、幼少期にウィザリアに渡った事がある。

そこでの経験というのは筆舌に尽くし難いが、今となっては昔の話。

 思い出す事も少なくなってきた、あの頃の様に呑み込まれる様な思いをする事も少なくなってきた。

 そんな美咲の過去を知る数少ない人物が、外園だ。

そんな外園が、命懸けでフェルンを出たというのに、またフェルンに戻る理由というのは、興味があるのだろう。

「そうですね。彼……、あの隻腕のオッドアイの方に、旅に加わる様にと頼まれたのですよ。私の力が必要になると、そう仰って頂きまして。」

「彼も聖獣の守り手という立場なのかな?」

「いえ、この世界の守護神デインと、深く関わりのある方です。」

「守護神デイン。確か、この世界の創世期から世界を守っているという神だったかな?私は話しか聞いた事が無いけれど、外園君は会った事があるんだろう?」

 美咲は、外園から聞きかじった古い知識を思い出す。

ドラグニートからソーラレスに向かう途中の連絡船で、バーで聞いた話だ。

 古い記憶ではあるが、美咲ははっきりと覚えていた。

「守護神は2000年前まで眠っていて、確か竜神王という神様の家系、だったかな?」

「はい、その竜神王というのが、先ほど話したディンさんなのです。」

「彼が神様なのかい?そうは見えないけれど……。何かの冗談や、騙されているんじゃないかい?」

 竜神王という存在は、全ての世界に何かしらの形で伝承が残っている。

ここディセントでは、絵本の物語として先代竜神王の世界分割が描かれていて、外園はフェルンにいた幼少期にそれを読んでいた。

 美咲もその童話は読んだ事がある様だが、それは先代竜神王の話であって、十代目である今のディンの話ではない。

だから、疑ってしまうのも無理はないだろう。

「ディンさんは本当に竜神王ですよ。ここでは言えませんが、その証拠も見せて頂いています。それに、十代目竜神王とデイン様、そして竜太の腕には、ある刻印があるのですよ。」

「刻印?竜太という人はどの人かな?」

「まだ小さい坊主の少年ですね。彼はディンさんの息子で、十一代目の竜神王になる子の様です。2人は似ていませんが、親子だというお話ですよ。」

 美咲は、いよいよ以て外園が冗談を言っている様に見えてしまう。

それもそうだ、傍目に見ればディンと竜太が親子には見えない。

竜の刻印も、2人ともパーカーやウィンドブレーカーを着ているから見えないし、竜太はオッドアイでもない。

 外園が、久々に会って自分をからかっているのではないか?と美咲はクスクス笑ってしまう。

「信じられないのも無理はありませんが、私は冗談は言う性質ではありませんよ?」

「私の事を散々綺麗だなんだとからかっておきながら、それはないんじゃないか?」

「それは私の事実ですよ、美咲さんは美しい。」

 美咲はそう言われると、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

昔も同じ様な事を言われ、同じ様な反応をした覚えがあるが、何度言われても恥ずかしいものは恥ずかしい様だ。

「そういえば、グランマリア号はどうなりましたか?あの船が今も運航しているとは思えませんが。」

「そうだね、今はテレサ号という連絡船でバーテンダーをしているよ。グランマリア号にも負けず劣らずな、立派な船だよ。」

「そうでしたか。この旅が終わったら、また美咲さんの出されるお酒の数々を味わいたいものです。そういえば知っていましたか?ドラグニートは光の街クェイサーでは……。」

 話に花を咲かせる2人。

外園は、ドラグニートで味わった珍しい酒の数々を紹介し、美咲はそれに驚く。

 他愛のない話をしながら、2人はクレールを飲み交わしていった。


「外園さん、なんだか嬉しそうだったね。あんな顔、見た事ないよ。」

「なんか、昔の恋人にでも会ってるみてぇな感じだったよな。」

 甲板に出ていた四神の使い達は、外園が見せた事の無い顔に驚いていた。

その場では野暮だと口に出さなかったが、いつもミステリアスな雰囲気を醸し出している外園が、あの様な雰囲気になるとは、と。

「外園殿も……、恋をするのだな……。」

「私達の知らない一面と言う事でしょうか、美咲さんという方も美しいお方でしたし、お似合いのお二人ですね。」

「恋人って、お付き合いしてるって事ぉ?」

「多分そうなんじゃないかな?外園さんの話は聞いた事無いけど、本当に嬉しそうだったし。」

 恋を知らない大地や清華、蓮もあの雰囲気には気づかされる。

竜太も、あんな外園の顔は見た事が無いし、話を聞いた事も無い。

 外園はあまり多くを語らない、だから知る由も無かった、という訳だ。

「邪魔しちゃいけねぇな、ありゃ。あんな美人さんと付き合えるってのは、羨ましいけどよ。」

「あれ、俊平君お付き合いしてる人いなかったっけ?」

「いるけどよ、あんな美人さんにゃ負けるわ。俺、酒飲めてたら惚れてるぜ?」

「俊平さん、お付き合いしている方を比べる様な発言は、お控えになった方が宜しいのではないでしょうか?悲しい思いをさせてしまいますよ?」

 羨まし気な俊平を嗜める清華、清華は付き合いこそした事はないが、周りに男女のカップルというのは沢山いた。

だから、そんな事を行ってしまったら相手が悲しむのではないだろうか、と感じる。

「わあってるよ、あんまりにあんまりだからちょっとやっかんでるだけだよ。俺の彼女もいい人だかんな。」

「俊平さんの彼女さんはどんな方なんですか?僕、お付き合いってした事ないからちょっと憧れあるんですよ。」

「俺の彼女か?そだな、高校の先輩なんだけどよ、結構美人でさ、俺の夢応援してくれてんだよ。将来はマネージャーになるってさ。」

「俊平君の夢?ダンサーさんだっけ?芸能界に入るって事だよね?良いなぁ、そう言うの。」

 俊平の彼女の事は、誰も聞いた事がなかった。

というよりも、誰も聞く余裕などなかったし、話す余裕もなかった。

 だから、今になって初めて話すというわけだ。

セレンは彼女の事も知っていたが、セレン自身恋愛をした事がないため、ノータッチだったのだ。

「皆さんそれぞれ、夢があるっていいですね。僕なんか夢とか考えた事も無いですよ。」

「竜太君はなりたい職業とか、無いの?」

「うーん……。今は野球をやってるので、野球選手とか……。でも、僕だけ力を持ってるのに、同じ場所っていうのもずるいし……。」

「ゆっくりと……、考えてゆけば、良いのでは無いか……?」

 竜太は、自分が力を持っているが故に、野球やスポーツの選手にはなれないと思っていた。

自分1人だけ能力の基礎値が違う、そしてディンの様に能力を自由に封印出来るわけでもない。

 だから、夢と言われてもわからないのだ。

「蓮君は、将来何かなりたいと思うお仕事などはありますか?」

「うーん、お兄ちゃんみたいになりたい!」

「ディンさん見たいにって言うと、青少年保護の仕事?だっけ?」

「わかんないけど、一緒にお仕事したい!」

 蓮は単純に、ディンに憧れている。

ディンがどんな仕事をしているか、それは詳しくはわかっていないが、共に行動したいというのが動機の様だ。

 そんな話をしている内に、陽がだいぶ昇ってきた。

そろそろ昼飯時だ、と6人は船の中へ入っていった。


「外園さん、嬉しそうだったわね。恋人、かしら?」

「いや、両思いだけどすれ違い、みたいな感じじゃないか?恋人だったら、もうちょっと距離が近いだろうし。」

「よくわからないわね、そういう関係っていうのは複雑そうだわ。」

 一方の船の中の食堂でのんびりしていたディン達。

リリエルは、2人の関係を心底不思議そうに感じていた。

 単純に好きあっているのなら付き合う、そういうものだと思っていたから、好きあっているというのに恋人ではない、という関係性がわからなかったのだ。

「oh!外園君もあんな顔をするんだな、俺も正直驚いた。」

「外園さん、国を出てから何百年も経ってるんだっけ。じゃあ、美咲さんと会ったのもずっと前なのかな?」

 明日奈は、すれ違っていると仮定した場合の2人の心情を想い、憂う。

好き同士だというのに、離れ離れというのは寂しいからだ。

「あたしはそう言うのもあるって思うけどね、好きだからって全部くっつける訳じゃないでしょ?それに、外園は予言の事もあったんだしさ。」

「予言しちまったから、付き合えなかったって事か?ピノ、そういうんもわかるんか?」

「あたしも色々見てきたからね、酸いも甘いもあるって事よ。」

 ピノは恋愛経験があるのか、2人の関係を嬉しそうに感じていた。

長い間会えなかった想い人同士がまた出会い、惹かれ合う。

 そんな、恋愛小説に出てきそうな話が大好きなのだろう。

「ディン君は、そういう恋愛をした事があるのかしら?」

「俺か?そうだな、昔は恋愛もしたかな。異世界の戦士を想って、その最期を看取って。世界や人間を恨んだりもしたな。」

「貴方の恋愛、それはそれで壮絶そうだわ。でも、それでも好きだったのでしょう?」

「今でも好きだよ、俺はあの子を忘れない。」

 ディンは何かを思い出す様に、眼を瞑る。

その脳裏には、アリナという少女の姿が浮かんでいた。

 とある世界の精霊と人間の混血の守護者だったアリナは、竜神と人間の混血だったディンに近しい物を感じていた。

人間に迫害されていたというのも重なっていて、それもあり好いていた、という所だろう。

「外園さんが、一時でも今の予言の事なんか忘れて、恋愛楽しんでくれたら良いんだけどな。」

「竜神王サンよ、そりゃ無理ってもんだろ?彼は真面目だからな。」

「まあそうなんだけどさ、それでも一時の恋って言うのは大切だろ?」

 恋愛はわからない、というスタンスのリリエルだったが、何処かでそれを「良い事」と感じ始めていた。

それは、リリエルが人間らしい感性を取り戻しかけている証拠だろう。

 暗殺者や復讐者を止めた時に、そういった恋愛をする事になるかもしれない。

ディンは、そんなリリエルの未来に少し希望を持ちながら、昼食に皆が集まるのを待っていた。


「おや、そろそろ昼食時ですね。」

「行くかい?私も朝から何も食べていないから、ご一緒させてもらっても?」

「ぜひぜひ、皆さんをご紹介しますよ。」

「楽しそうな人達だったから、それは嬉しいかな。」

 美咲はバーテンダーとして色々な人物を見ているだけあり、人間を見る目はある様だ。

リリエルやウォルフは一目見ただけでカタギでは無い事がわかったし、他の面々も聖獣の守り手というのも気になる。

 人間模様に興味が尽きない、といった所だろう。

「リリエルさんの経歴などを知られたら、きっと驚きますよ?」

「私も色んな人を見てきたからね、そう簡単には驚かないよ?」

「そう言っていられるのも今のうち、という事ですよ。」

 外園は、久々に嬉しそうな様子を見せながら、席を立ち上がる。

美咲もそれに続き、2人は笑顔で談笑をしながら皆の待つ食堂へと歩いて行った。

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