天野という男

 そろそろ陽が沈むか、という所で、大菩提寺に到着した6人。

入口には門番と思しき僧が数人立っていて、竜太達を怪しんでいた。

「旅の者が何用か?」

「僕達、ジパングの聖獣の守り手です。仏様の加護を受けに、ここまで来ました。」

「……。仏陀より話は聞いている、通るが良い。」

 門番の1人の問いに答えると、門番は話を聞いていたのか門を開ける。

古めかしい木製の大扉が開かれ、中に一行は通された。


「中、こんな風になってるんだ。」

「史実とは……、少々異なる様だが……。」

 寺院の中は水の流れる幾つにも枝分かれした小川の様になっていて、透明性の高い美しい水流がせせらぎの音とともに流れていた。

幾つもの部屋が川から橋渡しで連なっており、竜太は一番奥の部屋から強大な気配を感じ取っていた。

恐らくそれは仏陀の気配だろうと、竜太は何故か少し身構える。

「ここに仏陀っていう神様がいるんだろ?」

「その様ですが、荘厳な雰囲気がありますね。竜神様の神殿もそうでしたが、美しいです。」

 そんな竜太の心情を知る由もなく、その建物の中身の美しさに眼を奪われる5人。

川には蓮の葉っぱが浮いていて、史実の仏陀の物語にかかっているのだろうと、大地は考える。

「聖獣の守り手様方、こちらでございます。」

 1つ1つの扉の前には、案内を担う僧がいて、それは一番奥の部屋もそうだった。

外にいた人達より豪奢な僧衣に身を包んだ案内人が、竜太達を部屋へと招き入れた。


「そなたらが聖獣の守り手か……。成程、よく似ているな……。」

「仏陀……、なのか……?」

「我は仏陀、仏教の祖にして我が国を治める者……。聖獣の守り手達よ、近こう寄れ……。」

 通された部屋へ入ると、部屋は天井から柔らかい光が注いでいて、中心に大きな蓮華の花が咲いており、その中心にセスティアの仏像をまさにそのままに表した半裸の人物がいた。

 その人物は成人男性と同じくらいの背丈で、パッと見は人間だ。

だが、纏っている雰囲気とでもいえば良いのだろうか、後光が差しているというのもあり、その人物が仏陀である事を理解させる理由になる。

「仏様、マグナの戦争を止める為に、協力していただけますか?」

「そちは……?」

「僕は竜神です、彼らを育てる為に選ばれました。」

「……。人と交わりし竜神、と……。竜神王の、血族か……。」

 仏陀は竜太の正体を知っている様で、静かに呟く。

竜太は竜神王の血族だという事がばれている事に少し焦り、しかしばれているなら仕方が無いかと思考を整える。

 仏陀は何か考えている様な素振りを見せ、6人は黙ってそれを待っていた。

「良い……。我が加護、受け取るが良いぞ……。」

「ありがとうございます。」

「ただし……。その子供、其方は我が国の法により……。」

「え……?」

 仏陀が大地達4人に加護を与えた直後、指を鳴らす。

すると、どうした事か蓮がその場で光に包まれ、そして消えてしまった。

「蓮君!?」

 戸惑う5人、それもそのはずだ、いきなり蓮が消えてしまったのだから。

周囲をきょろきょろと見回すが、蓮の姿は見えない。

 仏陀は用は済んだだろうと眼を瞑り、門番が竜太達をそこから追い出そうとする。

「待ってください!蓮君は!?」

「我が国の法の元……、贄とさせて貰った……。」

「贄!?どういう事!?ちょっと!仏様!蓮君何処にやったの!?」

 門番達が集まってきて、竜太達を槍で威嚇しながら部屋の外に追い出す。

竜太達は、成す術無く外に追いやられ、寺院の外まで追い出されてしまった。


「贄とはどういう意味なのでしょう……?蓮君はいったいどちらへ……?」

「わからぬが……。竜太よ、不安の種とは……。」

「まさか、蓮が攫われたとかって事か!?やべぇよな!?」

 寺院から出て少し歩いた所で、角を突き合わせて話をしていた5人。

蓮がいなくなった理由がわからないし、何故蓮を攫ったのかもわからない。

何処に行ったのかもわからない、これではどうしようもない。

「父ちゃんなら……。いえ、違いますね……。ここは僕達が何とかしなきゃいけない……。」

「竜太君?」

「いえ、何でもないです……。とにかく、蓮君を探さないと。何か、嫌な予感がします。」

 贄という言葉は、嫌でも悪い予感をさせる。

仏陀がどういうつもりで蓮を何処に飛ばしたかはわからないが、良くない事が起ころうとしていると、竜太の本能が告げていた。

「とりあえずこの場は離れましょう、もしかしたら近くに蓮君がいるかもしれないので、僕は探知に専念します。」

「上手く見つかると良いのですが……。竜太君、お願いしますね。」

 寺院の近くにいては、仏陀の機嫌を損ねてしまうかもしれない。

そう感じ取った竜太は、とりあえずその場を離れ、宿を探し始めた。


「まさか……、そう言う事か。」

「ディン、どっかしたのか?」

「セレンか。いや、蓮が危険だなと思ってな。これは俺が動かなきゃならないかもしれない。」

「……?どういうこった?」

 蓮が5人と別の所に気配を動かされた事を探知したディンは、最悪の事態を想定し始める。

てっきり、仏陀により闇が強制的に浄化される物だと考えていた為、これは思わぬ所を突かれたという顔だ。

 そんなディンを、不思議そうに眺めているセレン。

事態の把握が出来ていないのだから、ある種当然と言えば当然だろうか。

「蓮がどうかしたのか?あいつらと一緒にいるんだろ?」

「いや、仏陀が引き離した。それも、最悪の場所に飛ばしやがった。」

「じゃあ、すぐに行った方がいいんじゃねぇか?蓮、心配だろ?」

「……。竜太達の成長の機会を奪う事になりかねないけど、間に合わないと思ったら俺も動くよ。」 

 ディンは、すぐに動く気はなさそうだ。

竜太達に与えられた試練、もしも間に合わなくなりそうだったら動く。

そう考え、そういえば天野が協力的だったことを思い出す。

「ディンも大変だな、蓮の事心配だってのに、あいつらの事も考えなきゃならねぇんだから。」

「それが守護者を育てる者のやり方、だからな。」


「竜太よ……。」

「まだ蓮君の気配は探知出来ないです、ごめんなさい……。」

 宿へと移動し、夜になった。

竜太は精一杯の能力を行使し探知を続けていて、大地達4人はそれの結果を待つ状態だ。

 竜太は眉間に皺を寄せながら集中していて、かなりの魔力を使っている。

普段はここまでの魔力行使は出来ないが、土壇場で能力が上がっているのだろう。

ディン達が居る港町の方まで探知は広がっていて、ソーラレス全域をほぼ探知している事になる。

 竜太は普段街1つ分の気配を探知出来れば調子が良い方なのだが、悪い予感が相当頭の中を支配しているのだろう。

無理をして、眉間に青筋が出来る程集中して、蓮を探していた。

「……、はぁ……。」

「みっかったか?」

「いえ……。」

 そんな無理は長く続けられない、魔力の限界に達して竜太は探知を切る。

心なしか呼吸が浅く、疲れている様子が見受けられる。

「蓮君、大丈夫かな……。1人で、寂しくないかな……。」

「それもそうですが、贄にするという言葉がどうも気になってしまいます。餓鬼の様にするという事なのでしょうか……?」

「なんだか……。それよりも、酷い事が起こりそうな気がするんです。だから、急がないと……!」

 竜太は、もう一度探知を使う。

国全体を覆う様な広範囲な探知で、尚且つ蓮を探し出すという精密な工程。

それは、今の竜太には至難の業だ。

 ディンに頼るという手もあるにはあるが、竜太はディンは自分達に解決してほしいと考えているだろうと読み、自分達で解決しようと転移を使おうとは思わなかった。

勿論、ディンが事態を重く見て動く可能性はあったが、それまでは自分達の力で何とかしよう、と。

「ダメだ……。国の何処探しても、蓮君の気配がしないです……。蓮君の気配は独特だから、わかると思ったんですけど……。」

「独特?なんで?」

「蓮君は、叔父さんや父ちゃん、僕達と関わる事で芽生えた光と、大きな闇を抱えているんです。だから、普通の人とは気配が全く違うんですよ……。だから、僕でも探知出来ると思ったんですけど……。」

 そういえば、4人は蓮が旅に加わった理由を、デインが力を与えたからとしか聞いていなかった。

大地はもう少し突っ込んだ所まで聞いていたが、他の3人は初耳だ。

「蓮君は闇を抱えている、と。という事は、魔物を生み出してしまっているという事でしょうか?」

「蓮君は少し特殊で、闇が魔物になっていないんです。ため込んでしまう性質というか、叔父さんと一緒なんですよ。」

「デインっていう神様も?」

「そうですね。蓮君と叔父さんは、同じ他者の闇を抱える者なんです。叔父さんは今は違いますけど、蓮君は今も他者の闇を抱えたままなんですよ。だから、暴走したら危ないんです。」

 竜太の認識では、蓮の暴走はデインの時の再来だ。

ディンの認識とは少し違う部分があるが、しかしあながち間違いでもないだろう。

蓮が今暴走してしまったら、間違い無くデインの様になってしまう。

それを防ぐ事が出来るのは、光を与えている5人とディン達指南役、そしてデインだけだ。

「……、もう一回……。」

 だいぶ体力も消耗してしまっているが、それでも蓮を探す事を諦めようとはしない竜太。

汗をかきながら、額に血管を浮かび上がらせながら、蓮を探す。


「はぁ……、はぁ……。」

「竜太よ……。少し、休んだ方が、良いのではないか……?」

「まだ……、で……。」

「竜太!?」

 15分が経過した。

ずっと集中状態だった竜太は呼吸を乱し、テーブルに突っ伏す様に倒れてしまう。

 魔力を消費しきってしまったのだろう、浅い呼吸をしながら眼を瞑っている。

これでは蓮を探す手だてが無い、どうしたものかと4人が考えていた、その時だ。

「やあ君達、悩み事かな?」

「え?……、天野さん?」

「元気かと聞きたい所だが、それどころでは無いだろう?」

 宿の食堂にいた5人の元に、1人の男が現れる。

その男は、西端地区で蓮と修平を治療してくれた、天野だった。

 ぼろぼろの僧衣に無精ひげの中年というのは、この国ではほとんど見ない身なりだから、間違いはない。

「天野さん、なんで?」

「蓮君の居場所についての情報提供と、君達に協力を頼みたくてね。竜神王から許可は得ているよ、安心してくれ。」

「天野さん、ディンさんに会ったのか?てか、顔知ってたのか?」

「幾ら竜神王が気配を遮断しているとはいえ、近くに居れば滲み出る凄まじい覇気があるからな。探すのは楽だったよ。」

 ほかに客はおらず、食堂の人間も中に引っ込んでいる為か、天野を警戒したり怪しんだりする人間はいない。

そのおかげか、天野はすんなりと5人の横に座り、竜太羽織る物をかぶせ、休ませる。

「蓮君の居場所、わかるのですか?竜太君は探知してもわからない状態でしたが……。」

「俺は分かるよ。ただ、動くのは夜中になってからの方がいいな。そっちの彼も、少し体力を回復させたいだろう。」

「……。何故、儂らの居場所を……?」

「聖獣の守り手というのも、普通とは違う気配を纏っているんだよ。だから、君達の居場所はここ釈尊の中でなら何処にいてもわかるという事さ。」

 取りあえず竜太を休ませよう、と大地は竜太を持ち上げ、肩に乗せる。

天野も従業員や他の人間には姿を見られたくないのか、大地の後ろをせかせかと歩いていき、3人もそれに続いた。


「ここどこぉ……?みんなは……?」

ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

「怖いよぉ……!お兄ちゃん……!」


「ん……。」

「竜太よ……。」

 部屋に行き寝かしつけた竜太は、時折唸り声を上げながら眠っている。

天野は俊平達と一緒の部屋に待機していて、竜太が起きるのを待っていた。

大地は1人、竜太の横で目覚めるまで傍にいてやろうと、竜太と同じ部屋にいる。

「……。」

 竜太は全力を出していたのだろう、むしろ無理をしていたのだろうと、大地は見ていて感じていた。

竜太は魔法を使うのが非情に苦手だと言っていた、それなのにソーラレス全体を探知していたのだ。

相当の負荷が体にかかっていて、だから倒れる様に眠ってしまったのだろうと。

「儂は……。」

 自分の無力さを呪ってしまう、自分達には竜太やディンの様な魔法は使えない。

だから、任せるしかないのだが、そのせいで竜太は今寝込んでいるのだ。

「……。」

 ディンはこの事を知っているのだろうか、とふと考える。

恐らく、わかっているのだろうと大地は考えた。

それは間違いでは無い、ディンは蓮や竜太の状態を理解しているのだから。

 それでもここに来ないという事は、天野の事を知っていたり、竜太や自分達を信じているからなのだろうと、眉間に皺を寄せながら感じとる。

しかし、竜太がこんな風になってしまっているというのに、何もしないというのは何故なのか。

それだけの信頼を置いているという事なのか、それともこれも試練だと思っているのか。

「ん……。大地……、さん?」

「竜太よ……、起きたか……。」

「あれ、僕……。」

 そんな事を考えていると、竜太が目を覚まし体を起こす。

魔力を使いすぎて疲労はたまっているが、流石は竜神王の息子、使った魔力も半分程度回復している。

大地にはそれはわからなかったが、竜太自身は魔力が回復している事に気づいていた。

「蓮君、探さないと……!」

「それなのだが……。天野という医者が、協力をと……。」

「天野さん?ほんとだ、天野さんの気配がする。」

 竜太は目を覚ますと同時に探知を発動していて、すぐに天野の気配を探知した。

起きている間は常に探知を発動、寝ている間も魔物に対するアンテナを張っている、という訓練を1年以上してきたから、自然にそれが出来る様になっていた。

魔力の残量が半分程度だったとしても、探知はそもそもほとんど魔力を消費しない。

だから何の問題もなく発動できる、勿論ディンの様に世界中に張り巡らせるとなると話は変わってくるが。

「天野さん、やっぱり人間じゃないんだ……。」

「そう、なのか……?」

「昼間あった仏様と、気配が似てるんです。多分、菩薩っていう神様じゃないですかね……?」

「天野殿が、菩薩……?」

 にわかには信じがたいという風な大地、それもそうだ。

天野の見た目はどう見ても人間だし、街から追い出された医者というのがしっくり来る様な身なりをしているからだ。

 しかし、破門された人間が餓鬼になる、という話を思い出し、ならば破門されても医者を続けて居られる天野は特別な存在であるという事も、簡単に理解出来る。

「天野さんなら、蓮君の居場所に心当たりがあるのかもしれません、話を聞きに行きましょう。」

「体力は、大丈夫か……?」

「はい。魔力はまだ半分くらい回復してないですけど、体力はだいぶ回復しました。」

 竜太も焦っているのだろう、普段なら心配された事に関して礼や詫びを入れるだろうが、それすら忘れてしまっている様だ。

大地はそんな竜太の感情の機微に気づき、その気持ちを尊重し、竜太と共に天野のいる部屋へと向かった。


「天野さんという方は、何者なのでしょうか?」

「あの人はな、菩薩だよ。この国の街を管理してる神様だ。ただ、何かしらの理由があって、街からは離れてたっぽいけど。」

「菩薩ですか。成程蓮君の状態に気づいたり、転移を使用したり出来るのはそういった理由なんですね。」

 夕食を食べながら、外園が昼間尋ねてきた天野についてディンに問う。

ディンはもう隠す事でもないか、と天野の正体を告げ、外園はそれを聞いて何か納得する。

「菩薩って、街を守ってる仏様だっけ?なんで街から離れてるのかな?」

「そうだな、仏陀のやり方に異を唱えたかったんじゃないか?だから、破門された医者を名乗って、街で治療を受けられない人達を受け入れてたんだろ。」

 だから、今竜太達と合流しているのだと推測が出来る。

仏陀のやり方に正面から反対しても意味がない、だから小さい抵抗から始めているのだろうと。

もしかしたら餓鬼を人間に戻す方法を知っているかもしれないが、それをしていないという事は知らないのだろうと見受けられる。

「それで、蓮君は今どうなっているの?かなり大変な状態なんでしょう?」

「そうだな。蓮は今、この国の地下深くにいる。そこは、仏達が民の罪を浄化した、その罪や闇が行きつく場所って言えば良いかな。よっぽどの罪を犯した人間がそこに幽閉されて、その身に闇を焼き付けられる。」

「そんな所なの!?ディン、あんた助けに行きなさいよ!こんな所でご飯食べてる場合!?」

「……。この国での事は竜太に任せてる、それに天野さんも合流したんだ。竜太達、すぐに蓮を助けに行くと思うよ。」

 心配していないわけでは無い、しかし竜太に任せると言ったのだ。

だから、竜太達が危機に瀕さない限りは、動くつもりは無いのだろう。

それだけ竜太達を信じているのだが、傍目には試練を課している様にしか見えないだろう。

「ディンさんは、竜太達ならば蓮君を奪還出来ると、そう思っていらっしゃるのですか?」

「そうだな、今のあの子らなら出来る。というより、それくらい出来てもらわなきゃ困る。」

「oh!それもそうだな、あの子らは強くならなきゃならない。いつまでも竜神王サンにおんぶにだっことは行かないだろうな。」

 マグナに到着したら、ディン達は傍には居てやれない。

6人で行動し、戦場を進まなければならない。

 その予行練習、ではないが、今回の一件はいい試練になるだろう。

天野というアシストが存在するが、自分達の意思で敵と戦うという事は、大事だからだ。

「……。皆、信じてるからな。」

 ディンは、何処か心配そうな表情を見せながら、しかし待つ事を選んだ。

それが正しい行動かは、結果が出てからでないとわからない。

が、それが正しいと信じて、竜太達を信じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る