釈尊到着

 5日が経った。

特に何かが起こる訳でもなく、餓鬼に遭遇する事も無く、ソーラレスの首都「釈尊」へと辿り着いた6人。

 首都の入り口で馬車から降り、後は仏陀の元まで徒歩での移動だ。

「人が沢山いますね、やはり首都というだけあり活気があります。」

「そうだな、全員大地みたいな恰好ってのも、だいぶ慣れてきたな。」

「大地君の着てるのと、ほとんど同じだもんね。」

「……。」

 大通りは人の往来が多く、がやがやと活気がある。

皆僧衣に身を包んでいる中、僧衣の大地とそうではない5人というのは目立つのだろう、視線が気になってくる所だ。

 本来ソーラレスは外国との交流がほとんどない、自国だけで完結している国だ。

だから、外国人が来るというのはとても珍しく、しかも首都までやって来たというのは更に珍しい。

「行きましょうか、多分あっちです。」

 竜太が指さす先には、セスティアではブッダガヤの大菩提寺と呼ばれている建物と同じ様式の建築物があり、それはセスティアに実在する寺院よりも数倍大きい。

「あれは……。仏陀が、悟りを開いたという……。」

 大地は仏門に帰依してた身という事もあり、それが重要な場所であるという事に気づいた。

そうで無くとも、高くて3階建ての建物がほとんどな中、数十メートルある建物というのは嫌でも目立つ。

遠目に見てもどの建物より大きいその建築物は、重要な場所であるとすぐ理解出来るだろう。

「じゃあ、あそこいくのぉ?」

「そうだね、ちょっと距離がありそうだし、早めに行きましょう。」

 竜太と蓮を先頭に、歩き出す6人。

周囲の人間達は、6人を珍しいものを見る目で眺めていたが、何かしてくるという事は無かった。


「竜太達、無事に首都に着いたな。」

「丁度一週間ね、という事は戻ってくるまでも同じだけ時間がかかるのかしらね?」

「仏の加護、ってのはどんな意味があるんだ?そういや聞いてなかったが。」

「仏の加護は、仏の持つ神通力の一端を魔力として行使出来る様になるんだよ。簡単に言えば、魔法の強化だな。」

 港町の宿でのんびり昼食を取っていたディン達、ディンは探知を使い竜太達が釈尊に到着と探知する。

リリエルは何か慌てているのか、それとも何か不安でもあるのか、急かす様な言葉を口にする。

「oh!焦っても仕方が無いぞ、リリエルちゃんよ。」

「焦ってる……。のかもしれないわね。この世界の神が、いつまで戦争の火の粉を広げずにいるかは、わからないんでしょう?」

「今の所は竜神達や仏、精霊の作った結界があるからマグナからは出られないけどな。クロノスの干渉の程度次第で、どうにでもなる可能性はあるな。」

「クロノスの居場所はまだわからないの?」

 リリエルは、ディンからクロノスが何処にいるかはわからないと聞いていた。

この世界に干渉している、つまりこの世界に居れば何かしらの接触がある可能性がある、とディンは話していた。

 実際の所、ディンもクロノスがこの世界に干渉しているという事までは探知出来ていたが、その発信源とも言えるクロノスの所在は、まだ掴めていない。

そのうち尻尾を出すだろうと考えていた為、あまり悲観はしていなかったが、相当狡猾な存在である事には違いはない。

だが、最終的にはディンの前に現れる、それがお決まりとでも言えば良いのだろうか、直接対決をしなければ終わらないのだろうと考えていた。

「ディン君は、この世界にクロノスがいると言っていたけれど、本当の所はどうなのかしら?」

「そうだな……。この世界に干渉してるっていうのは事実だ、それにクロノスは干渉出来る世界は一回につき1つの世界だけってのが限界っぽいからな。この世界のどこかにいるか、それとも俺の探知出来ない次元の狭間にでもいて、この世界に現れる機会を伺ってるか。どっちかだと思うよ。」

「必ずこの世界に来る、という確信があるのね?」

「そうだな、確信はある。あいつは、必ずこの世界に来て世界を滅ぼそうとする。」

 竜神王とクロノスの関係、それは原初の時代より続いてきた因縁の関係。

だから、ディンを殺す為に確実に、クロノスはディセントに来る、とディンは確信していた。

 リリエルは、様はそれに巻き込まれてしまった被害者、とでも言えばいいのだろうか。

クロノスが何を思ったのか、彼女の運命を狂わせた。

そして、リリエルは復讐者としてクロノスを打ち倒す為に生きている。

因果関係が無いとは言えない、偶然とも言えない。

クロノスには何か目的があって、リリエルの運命を狂わせたのだろうと、ディンはそう考えていた。

「まあ、そのうち顔を見る事になるだろうさ。その時、どうするかは皆次第だ。」

 その目的、見当はつくがリリエルには話せない。

それは、リリエルを侮辱しているのと、同義になってしまうから。


「思ったより遠いですね……。」

「お腹空いた!」

 寺院に向かっていた竜太達は、陽が真上に来た頃に腹を空かせていた。

何処かに飯処は無いものかと探していたら、何やら屋台の様な物を見つける。

「すみません、ここってご飯売ってますか?」

「はいよ!飯ならここで食っていきな!」

 出店で椅子が何個かと天幕だけがある簡易的な店だったが、都合よく食事を提供している所の様だ。

有難いと思いつつ、6人は椅子に座る。

「そっちのあんちゃんはここの人かい?にしちゃ変わった僧衣に、袈裟もしてねぇみたいだが?」

「儂は……。……、ジパングで、僧をしておったのだ……。」

「ほー?あの国にもここの教えは伝わってたのか!そりゃ、高僧様達が教えを説いたんだろうな!」

 僧衣の上から羽織り物をしている中年の男性は、ふむふむと頷き食事を作り始める。

大地は、セスティアの事は黙っていないといけない事を覚えていて、上手く誤魔化せた事にホッとしている様子だ。

 俊平達は一瞬、何故セスティアの事を話さなかったのか?と疑問を浮かべるが、そう言えばセスティアの事は話してはいけないのだという事を思い出す。

「ここに旅人ってのも珍しいが、観光か?それとも教えを請いに来たのか?」

「いえ、僕達は聖獣の守り手なんです。仏様のお力を借りる為に、この国に来ました。」

「聖獣の守り手?ジパングの御伽噺だったか?それがまた、なんで仏の力を借りるなんてことになってるんだ?」

「マグナが戦争を世界に広げようとしているのです。私達は、それを未然に防ぐ為に選ばれたと、そう四神様から言いつけられました。」

 マグナが戦争を、と聞いて、男は何処か納得した様な様子を見せる。

それだけ、マグナの戦争というのは、ここソーラレスにとっては当たり前であり、身近な出来事なのだろう。

 事実、ソーラレスとマグナの国境には大きな壁や門が設置されており、マグナからの人の移動を制限している。

ソーラレスの東側の地区に住んでいる人間にとっては、マグナからの逃亡者も、マグナからの侵略者も、当たり前の様に存在するのだ。

「まあ、そういうこったら納得だな。とりあえず飯を食うといい、寺院は少し遠いからな。」

「はい、頂きます。」

 出された料理に手を付け、これからの事を思案する竜太。

ソーラレスで仏の加護を受け、次は確かフェルンで精霊の加護を受けるという話だったか。

精霊はどんな加護を持っているのかまでは、ディンから聞いていなかったが、恐らく魔力関連の事だろうと推測は出来る。

外園が魔法を使うのに長けているというのと、大体どんな物語でも精霊というのは強い魔力を持っているからだ。


「そういえばさ、竜神様の加護ってどういう効果があるの?俺、なんにも聞かずに受けちゃったけど。」

「僕達竜神の加護は、魂を闇から守る効果があるんです。父ちゃんを筆頭に、強い竜神であればあるほど、掛けられる加護も強くなります。逆に、闇に堕ちた竜神が加護を掛けた場合、闇に魂が蝕まれるそうですよ。」

「竜神というのは、世界を守る存在なのではないでしょうか?闇に堕ちる、という事もあるのですね?」

「はい、叔父さんもそうでしたし、先代竜神王の弟っていう竜神も、闇に堕ちていたって父ちゃんから聞きました。だから、その竜神が張った結界の中にいた人間が、魔物になっちゃったんじゃないか、って。」

 竜神の対立闘争、とディンが話していた戦いがある。

それは、人間を滅ぼし闇の循環を絶とうとしたタカ派の竜神千何百体と、ディン1人の戦い。

極論を言えば、人間を滅ぼしてしまっていたら世界群は闇に飲み込まれていたのだが、ディンはたった1人でそれを止めたという話だ。

 そのせいで各世界を守っていた竜神がいなくなり、竜神王であるディン1人が世界中を駆け回り、守護者を育てる事になってしまった、と竜太は話を聞いていた。

「デイン様という守護神にも、色々とあったのですね。」

「デイン叔父さんは千年間、人々の闇に蝕まれ続けました。その結果、一年前にあのブラックホールが出来たんです。あれは、叔父さんの抱えた世界の闇の具象化でしたから。」

「一年前って言うと、三月くらいだったっけ?なんかずーっとニュースやってたから、よく覚えてるよ。」

 セスティアでの最後の戦いは、後日嫌という程報道されていた。

それもそうだ、唐突に表れたブラックホールの様な何か、天を覆う程の魔物の大群、そして人間達は知りようがなかった千人以上の竜神。

それらの戦いは、その時張られていた結界の外から中継されていて、中心部は見えなかったがと連日報道が成されていた。

 そして、それから一か月が経ってからディン達が表に出て、様々なニュースや番組に出て事情を説明、やっと沈静化したのだ。

テレビを普段あまり見ていなかった大地でさえ、それを知っている程に大きな事件だったと言えるだろう。

「でも、全員無事だったんだろ?ディンさんだって、竜太だって、今こうして生きてるんだからよ。」

「そう、ですね……。ただ、叔父さんは父ちゃんを竜から人間に戻す為に、竜になってしまいました。一緒に居られなくなって、この世界に叔父さんを飛ばしたんですよ、父ちゃんは。」

「そっか……。でも、竜だって一緒に居ちゃいけないなんて理由がるの?」

「竜は、セスティアには本来存在してはいけないんです。先代竜神王が世界を分けた時、竜神王以外の竜神はセスティアに行ってはいけないというルールを作ったとかって。一時的にいるのは平気ですけど、ずっといるのはダメらしいです。」

 本来竜神王でさえ、セスティアにいられるのは魔物が現れている間だけ、のはずだった。

ディンが歴代の竜神王達の結界を破壊したことにより、その縛りが壊れ、ディンや竜太はセスティアにいる事を許されている。

 だが、デインは竜となってしまった。

竜となってしまったデインは、セスティアで過ごすにはあまりに不便が過ぎる。

 それに、眠りにつく状態だったデインを、がやがやとうるさい所にはいさせたくなかったのだろう。

だから、ディンはデインを1万年前のディセントに飛ばし、守護神としたのだ。

「デインさん、ランド君とルミナちゃんがいたから、寂しくなかったって言ってたよ!」

「ランド君?蓮君、それって誰の事?」

「えっとね、デインさんの巫女さんって言ってた!竜太君は会ってないのぉ?」

「そうだね……。その人達が傍にいてくれたなら、叔父さんも安心だったかもね。」

 デインに直接会った蓮が口を出す。

竜太はランドとルミナの存在は知らなかったが、1人っきりでいる訳では無い事に、少し安心する。

竜太の知っているデインは、大人っぽくもあったが子供らしさの方が強く、寂しがりやだったからだ。

眼を覚ましているとは聞いていたが、祠から出る事は出来ないとディンが言っていたから、1人で寂しい思いをしていないかが、少し心配だったのだ。

「さあ、食べ終わったら行きましょう。あんまり時間がない事だけは事実ですし。」

「そう、だな……。」

 竜太が時々、歳不相応に見えるのは、色々な経験をしているからなのだろうと、大地は感じていた。

12歳で家族を失い、兄弟達を育て、魔物と戦い、そしてデインとの別れ。

自分達が生きてきた時間よりも、濃密で過酷な人生を送って来たから、時折自分達より大人に見えてしまうのだろう、と。


「ここにディンっていう客が泊ってると思うんだが、どうかな?」

「呼ばれて飛び出てなんとやら、貴方は?」

「俺か?俺は天野っていう街はずれの医者でね。ディンっていう人に用事があったんだが、君がそうなのか?」

「皆、先に部屋戻っててくれ。」

 昼食を食べ終わり、食堂で話をしていたディン達。

そんなディン達の元に、1人の僧が現れた。

「ディン君、知り合い?」

「いや、竜太達がちょっと世話になったんだよ。」

「……?」

 とりあえず食堂から皆を追い出し、天野がテーブルに座るのを待つディン。

天野は給仕から茶を貰うとディンの反対側に座り、茶を啜ってから口を開いた。

「初めまして竜神王、改めて自己紹介をしようか。」

「いや、良いよ。天野さん、竜太達が世話になったな。」

「いやいや、聖獣の使いは俺達の世界の守護を担う者達だからな。あれくらいの事、お安い御用だ。」

「それで、俺に何か用か?用が無けりゃ、貴方みたいな立場の者がそうそう動く事なんて無いだろ?」

 ディンは天野の用事をなんとなく察していて、それを天野が口にするのを待っている様だ。

天野は少しの間、何かを考え込む様な仕草を見せ、口を開いた。

「蓮という少年、大丈夫なのか?」

「流石は立場のあるのは違うな、蓮の状態にも気づいたか。」

「あの子は非常に危険だ、守護神の力を行使していると言っていたが、君は彼の存在を許して良いのか?」

「……。本来なら、許しちゃいけない立場ではあるな。でも、蓮は俺の弟だ。兄貴が弟を守りたいと願うのは、当たり前じゃないか?」

 天野は、蓮の危うさや危険を正しく理解しているのだろう。

それが最終的に何を引き起こすかまでは理解していなくとも、蓮が暴走した場合の事は推察出来る様子だ。

 ディンはそれがわかった上で、言葉を返す。

それは、何かあった場合、全てを自分が引き受け始末をつけると言っている様なものだった。

「……。手遅れになる可能性は?」

「あるかもしれない。でも、それでも俺は諦めないし、守り抜く。」

「君程の存在がそう言うのであれば、それを信じなければならないのだろうな。しかし、弟と思う存在を手にかける、それは出来るのか?」

「するさ。そうするしかなくなったら、そうする他無いんだからな。だから、そうならない様に今皆が頑張ってるんだ。」

 天野はディンの言葉を聞き、また考え込む。

それは、そういう立場の者として、竜神王という世界全ての守護神を信じていいのかどうか、という事だ。

 本来なら、竜神王程の存在の決定を覆せる権利など無い。

しかし、蓮と少しでも触れ合って、その心の純粋さに心を動かされてしまったのも事実だ。

そんな蓮が、死んでしまうのを嫌だと思うのは、きっと天野が優しいという証拠なのだろう。

「貴方の心配はわかってるよ、そうならない様に祈っててくれ。」

「……。承知した、君を信じよう。全てを託すには、相応しい存在なのだから。」

 そう言うと、天野は席を立つ。

あまり時間がない中で来たのだろうか、少し焦っている様子が見える。

「仏陀が蓮君を、という可能性は?」

「大いにある。でも、俺は皆を信じてる。心配なら、手伝ってやってくれ。」

 天野は、介入を許されたと認識すると、その場で両手を合わせ合掌する。

すると、天野の体が光りはじめ、その光に天野が包まれ、光と共に消えた。

「……。」

 ディンは食堂を後にしながら、蓮がこれから受けるであろう試練について考える。

竜太達なら何とか出来るだろう、きっと乗り越えてくれるだろうと、そう信じながら。


「仏陀様、聖獣の守り手達がもうすぐ到着するそうです。」

「……。彼の子供も共にあるか?」

「はい、行動を共にしている様です。」

「……。守護神が何を思うて力を与えたかは知らぬ、我は我の法に従うのみ。」

「それでは、ドラグニートと戦になってしまうのでは?」

「……。それはない、竜神は争いを好まぬ。」

「では、手筈通りに。」

「……。」

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