餓鬼の正体
昼食を食べ終え、街の住人に感謝されながら移動を開始した6人。
馬の走る音と馬車の車輪が転がる音の中、竜太は餓鬼の事を話すかどうか悩んでいた。
「竜太よ……、どうか、したか……?」
「え?はい……。」
「竜太君、どうしたのぉ?」
「えっとね……。」
大地と蓮が竜太を心配するが、いまいち煮え切らない態度の竜太。
それもそうだ、餓鬼が元々人間だったと知ったら、皆はどう反応をするかをなんとなく理解してしまっているのだから。
しかし、知らぬままの状態というのも良くないのではないだろうか、危険が何処かに現れるのではないか、とも感じていて、だから話すかどうかを考えていたのだ。
「……。皆さん、餓鬼が元々人間だったとしたら、どうしますか……?」
「餓鬼が人間?でも脳みそが出てたりしてたよ?人間だったら、死んじゃうんじゃないの?」
「もしや……。加護を受けられなくなった、その末路か……?」
「大地さん、何かご存じなのでしょうか?竜太君が嘘をお話しするとは思っていませんが、にわかには信じがたいのですが。」
大地は、西端地区で破門された青年に会った事を思い出す。
青年は、破門されると街に居られなくなる、とだけしか言っていなかったが、もしかしたら、と感じてしまった。
竜太もその話は聞いていなかったが、大地が何かを知っていると思い、少しホッとした表情を見せ、話を続ける。
「父ちゃんの話を聞いたり、僕が探知した時の気配。餓鬼は、人間にとても似てる気配をしていたんです。それに、魔物だったら倒されたら霧になって消えるはずなんですよ。特に僕達の武器は、魔物の闇を癒して還す力が有るので……。だから、餓鬼は魔物じゃないと思うんです。」
「じゃあ何か?破門されて加護受けらんなくなったら、餓鬼に変わっちまうって事か?」
「多分ですけど……。」
「じゃあ俺達、人間殺しちゃったって事……?」
6人の中で一番正義感の強い修平は、一番ショックを受ける。
人間や世界を守る為に力を磨き、修行をして強くなったはずなのに、人間を殺めてしまう事になるなんて、と。
他の4人もそれ相応のショックは受けていて、場の空気が重たくなる。
竜太は一瞬話した事を後悔するが、しかしやはり知っていた方が良いのだろうと、気持ちを切り替えようとした。
「餓鬼は、多分人間が魔物になっちゃったんだと思います。だから、倒して楽にしてあげないと苦しみ続ける事になるんじゃかなって。」
「オヤジさんは何か言ってなかったのか?例えば、餓鬼を人間に戻す方法とかよ。」
「いえ……。僕の知ってる限りでは、魔物になっちゃった人間を元に戻す方法はなかったと思います。僕も後から聞いたんですけど、セスティアでも同じ様な事があって、父ちゃんはその人達を浄化する事で何とかした、って言ってましたし……。」
セスティアでも、人間が魔物と化した事件があった。
その時は、竜太はレヴィノルという先代竜神王の弟の残留思念によって生まれた結界のせいで、力が使えない状況だった。
それをディンが守護者の力で何とかし、事なきを得たのだが、後から人間が魔物に変貌していたと聞いたのだ。
デインは竜神だったから、闇に飲み込まれても助ける事が出来たが、人間を魔物から元に戻す力はない、とディンは話していた。
「では、私達ももう手を血に染めてしまったという事ですね……。」
「でも、あのままにして置いたら、沢山の人が犠牲になったと思うんです。だから、間違ってはいないんじゃないかなって……。」
「餓鬼として、苦しみ続けるより……。儂達が、救ったと考えるのが、良いのではないだろうか……?」
「救ったって、助けてあげたって事ぉ?」
大地は、餓鬼が苦しんでいる様に見えていた。
だから、倒す事で苦しみから解放するという事になるではないか、と一番最初に気づいた。
事実、餓鬼となってしまった人間は、死ぬ事すら許されずに街の外を徘徊する運命にある。
それを防いだ、ないし救ったと考えれば、気持ちが楽になるのではないか、と。
「魔物を倒す、それは世界を守る事であると同時に、魔物を救う事だって、父ちゃんから教わりました。餓鬼も、同じなんじゃないかなって、僕も思います。」
「そう、ですね……。私達には、人間に戻す術はないのですから、出来る事をしたと思わなくてはいけないのかもしれませんね。」
「街が壊滅、なんてなっちまったら、もっと沢山の人が犠牲になるわけだしな。そうかもしれねぇな。修平、そんなしょげんな。俺達、間違った事はしてねぇよ。」
「そう、かな……。」
大地と竜太の言葉で、3人が少しずつ立ち直ろうとしている中、修平はまだ失意の底にいた。
妹を守ると、人間を、世界を守ると決めて振るった拳が、人間だった者を殺してしまったという事実が、中々拭えないのだろう。
皆の言い分はわかるが、しかし自分の矜持に反する行いをしたのは事実。
真面目な修平にとっては、それは辛い事だろう。
「俺、もう餓鬼と戦えないかも……。」
「しかし、それで生きている方が死んでしまったら、元も子も無いと思いませんか?魔物と化してしまった事には心が痛みますが、それでも私達は世界を守る為に戦わなくてはならないのです。マグナに到着したら、人間と戦う事になるかもしれない、それは承知していた事でしょう?」
「だけどさ……。殺すのとは、違うじゃんか……。」
「他に手がねぇのは事実だろ?俺達、そう言うのとも戦わなきゃならねぇんじゃねぇか?だから、ディンさんも何も言わなかったんだと思うぜ?俺達自身で、ケジメつけなきゃならねぇからって。」
「……。」
清華と俊平が声をかけるが、修平は中々納得は出来ない様だ。
これは時間が必要だろう、と感じた大地と竜太は何かを言う事はなく、悩む事も必要な事だろうと、そう結論を出した。
ディンはこうなる事をわかって、何も言わなかったのだろうと、悩む事も1つの重要な要素なのだろうと。
そう考え黙っていたのだろうと、竜太は修平の悩みを無理やり晴らそうとはしなかった。
「そっか、菩薩が結界を張ってるから、菩薩がいないと結界が消えるのか。」
「どうされました?」
「いや、ソーラレスの方でな、餓鬼が街の中に入って竜太達が倒したもんだから、なんでかなって思ったんだけどさ。あの国のシステムは、ジパングなんかとは違うんだなって。」
「そう言う事でしたか。」
昼食を食べ終わり、煙草を吸っていたディンと外園とウォルフ。
ディンが何か不思議そうに考えていたかと思ったら、ふと口を開き、何を考えていたのかを2人は理解する。
「菩薩ってのは、ソーラレスの神の一種なのか?」
「そう認識してもらって構わないと思う。仏陀が最高統治者、それぞれの街を管轄してるのが菩薩だな。神通力っていう力を備えた神の一種だ。」
「仏の神通力は、この世界の魔力とは起源を異にするとか。そう言えば、仏陀はセスティアから渡ってきたのだと仰られていましたね、菩薩もその例という事でしょうか?」
仏陀が没したのはセスティアでは紀元前の話だ、そして菩薩とはそれに追随する教徒の中でも、より悟りに近づいた者達の事だ。
その菩薩をディセントでも生み出し、神通力を与え街の管理を任せたのは、仏陀だろう。
「神通力の起源か……。俺も詳しい事は知らないけど、菩薩や仏陀が持っていたとされる特殊な能力の事だな。セスティアじゃただの経典に記された事だけど、それがこっちじゃ現実の力として変異したんだろ。」
「仏陀がソーラレスを興したのが、2000年程前だったと記録にはありましたが、セスティアで没したのはその頃の話なのでしょうかね?」
「そうだな、確かセスティアでは2500年前くらいだったか。」
「って事は、その後500年かけて国を興したって事か。中々素晴らしい事じゃないか、俺は宗教ってのは肌に合わんがな。」
ウォルフは宗教に属する人間はよくわからないという顔をしていて、ディンもそれに近い考えを持っている。
ディンの場合は邪教徒に命を狙われた事があるという事実もあるが、そもそもが神なのだから、宗教に属する側ではなく宗教を生み出す側の存在だ。
外園は自然信仰に近い、そもそもフェルン全体が神木という木を信仰している様な物な為、信仰についての理解はあったが、強制に近いソーラレスの信仰には少し辟易していた。
「彼の国では信仰が当たり前だとか、破門というシステムがあるというお話でしたが、窮屈では無いのでしょうかねぇ?」
「フェルンも信仰はあるんだろ?ドラグニートやマグナだって、竜神や神を信仰してる訳だし。」
「ありますが、私達は私達を産み育む魂の元にある神木を信仰していたのですよ。神に縋り生きる、という習慣はありませんでした。」
「外園君達を産む元にある神木?hey、そりゃどういうことだ?君達は木から生まれるのか?」
外園の言葉に、ウォルフが疑問を呈する。
妖精という人間ではない種族である事は理解していたが、人間とは違う生殖方法なのか?と。
「そうですね……。魂と肉体の生まれる場所が違う、とだけ。」
「フェルンの事は調べたけど、確かにその言い方が合ってるな。確か、精霊は肉体を持たない思念体だったか。」
「Umm,訳がわからんな、俺は見た事がない世界だ。だが興味深い、面白いじゃないか。」
外園はまだ語るつもりは無いらしく、ディンもその考えに従う。
ウォルフは興味深そうに外園を眺めていたが、まあそのうち明かされるのだろうと、煙草の煙を吸い込み気持ちを切り替えた。
「……。」
「到着しましたよ、修平さん。」
「……、わかった。」
夜になり、今宵の宿のある街へ着いた6人。
俊平と蓮は腹を空かせていて、早く宿に行きたいとせかせか歩き、その後ろを大地と竜太が歩いており、修平は何かを悩んでいる様子のまま一番後ろをついていく。
清華が修平を心配する様子を見せるが、修平はその事にも気づかず悩み続けている。
「ねぇ大地さん、今日のご飯なんだと思う?」
「そうだな……、精進料理ではあろうが……。」
「腹にたまりゃそれでいいだろ?後美味けりゃ。」
修平の様子を気にしつつ、触れないでいようとしている俊平と大地。
竜太は自分が悩むきっかけを与えてしまったと感じていた為、何も言えずにいた。
「……。ねえ竜太君、2人で話出来ない?」
「え?良いですよ、じゃあ皆さんは先に宿に行って下さい。」
「うむ……。」
宿に着く直前、修平が竜太を呼び止める。
何か話したい事がある様で、それを他の4人には聞かれたくないのだろうと、竜太は解釈した。
4人が宿に入り、松明で照らされた小さな灯りの元で、竜太は修平の言葉を待つ。
「あのさ……。竜太君達は、世界を守る為に戦ってきたんだよね?」
「そうですね、大仰な言い方かもしれせんけど、僕は世界を守りたくて戦ってます。」
「じゃあ……。その為なら、人間の犠牲は仕方が無いと思う?」
ディンだったら、その質問に迷わず是と答えるだろう。
竜太は驚きながら、その質問の真意を考え始める。
「……。」
「俺、人間殺すなんてやだよ……。餓鬼だって、元々人間だったんでしょ……?」
「そう、ですね……。」
過去の自分に重なる部分を感じる竜太、それは旅の始まりにディンに問うた事と同じだ。
人間を守る事の何がいけないのか、人間を守ろうとする事の何がいけないのか。
どうして、ディンは人間を自然の循環だからと見捨てる事が出来るのか、と。
今の修平は、きっと過去の竜太と同じ思いを持っているのだろう。
人間を守る為に戦ってきたはずなのに、人間だった者を殺さなければならない。
苦しみと、悲しみに心が支配されてしまっているのだろう、と。
「……。確かに、僕達は人間の犠牲を仕方ないと考えなきゃならない事があります。じゃないと、全ての世界は守れないから……。」
「……、俺、マグナでも戦えるかわかんないよ……。」
「でも、戦うって殺すだけじゃないと思うんです。餓鬼はもう、魔物になっちゃったから仕方が無いのかもしれないですけど……。マグナの人々は、殺さずとも倒せるはずなんですよ。だって、同じ人間なんですから。」
竜太は初めて、ディンならどう言葉を掛けるか、と考えずに言葉を発した。
今までは、父であり竜神王であるディンの言葉を借り、自分はあまり考えずに皆と接してきた。
それが正しさであり、ディンは間違えないという信頼があったからだ。
しかし、今の修平にディンの考えを話した所で、納得はしないだろう。
だから、竜太は竜太の意思で、修平を説得しなければと考えた。
「戦闘不能にして、手当を頼めば殺さずに済みますし、そもそも戦わずに話し合いで何とか出来るかもしれません。僕達に何が出来るかはわからないですけど、何もしないでいるのは僕は嫌です。」
「……。竜太君は強いんだね、俺なんか……。」
「僕は弱いですよ、怖い事ばっかり、父ちゃんに頼ってばっかりです。でも、それでも僕だって守護者の端くれなんです。僕は、僕の意思で世界を守りたいんですよ。それは、修平さん達だって一緒じゃないですか?」
松明の灯りに照らされている竜太の目は、至極真剣だ。
まっすぐに修平の目を見ていて、そこには確かな意思がある事を感じさせられる。
「……。俺、人を傷つけるのが嫌なんだ。綾子を傷つける奴らは許せないけど、河伯流の教えは人を守る為の物だから……。でも、そんな事ばっかり言ってたら、世界が滅んじゃうんだもんね……。」
「世界を守るって事は、誰かと戦うって事になります。誰と戦うのか、何の為に戦うのか。それを、見失わなければ、きっと上手くいきますよ。」
「そう、かな。」
「僕もどうなるかなんてわかんないですけどね。でも、出来る事をしないで世界が滅ぶのは、絶対に嫌です。」
暫しの沈黙の後、修平は何処か憑き物が落ちた様な表情を浮かべる。
竜太の言葉が、竜太の意思が、修平の中のわだかまりを少しずつほぐしているのだろう。
自分より年下な竜太が、ここまできちんと考えをもっている事に驚いていて、それでいて尊敬に近い感情が芽生えてくる。
「ありがと、竜太君。俺、頑張るよ。」
「一緒に頑張りましょう、修平さん。」
幾分かすっきりした様子で、修平は笑う。
そして、竜太に向かい手を差し出し、握手を求める。
竜太は差し出された右手をしっかりと掴み、修平は1人ではないと伝える。
仲間、頼り合い支えあう者同士、1つ壁を壊せたのだろう。
「じゃあ、行こっか。皆が待ってるし、心配掛けちゃいけないしね。」
「そうですね、お腹もすきましたし。」
安心した様子の竜太と、何かすっきりした様子の修平は、宿の中へと入っていった。
「ねぇ竜太君、修平さんとどんなお話してたの?」
「内緒だよ、蓮君もそのうちわかる日が来ると思うけどね。」
「えー?」
同室になった蓮と竜太は、風呂から上がり茶を飲んでいた。
修平との話が気になった蓮が聞き出そうとするが、竜太は語るつもりはない様子だ。
蓮は頬を膨らませぶーと言うが、すねていても仕方がない、といつもの調子に戻る。
「竜太君、一緒にお休みしよぉ?」
「良いよ。おいで、蓮君。」
竜太の布団に蓮が入ってきて、竜太が腕枕をする。
蓮はそれが嬉しい様で、にっこりと笑いながら眠りに落ちていった。
「蓮君……。」
蓮がもしデインと同じ運命を辿ってしまったとしたら。
それをディンから聞いていた竜太は、出来るだけ蓮の傍に居ようと決めていた。
もしもそれが現実になってしまったら、呼び戻せるのは自分達だけなのだから、と。
デインの時には、兄弟達がいて、母レイラ達がいた。
しかし、蓮には自分達しかいないのだ。
だから、それまでに自分も強くならなければならない、とそう感じていた。
あの時現れた大蛇、それに立ち向かうのをディン1人にしたくないからだ。
自分も戦い、ディンを支え、蓮を救い出す。
その為には、力と信頼関係をより強く、強固にしなければならないと、直感していた。
「僕は……。」
蓮が世界を滅ぼす存在になってしまった時、戦えるのだろうか。
修平にああ言ったは良いが、自分はその感情に向き合うと、不安になってしまう。
もしも、の事なのだから起きないのかもしれないが。
竜太の直感が、何かが起きてしまうと囁いている。
「……。」
守りたい存在である蓮、そして四神の使い達。
自分が強くならなければ、いつまでもディンに頼りっきりになってしまう。
それは竜太の本意ではない。自分も守護者の1人で、竜神王を継ぐ者なのだから。
いつかディンが死んでしまったら、竜太は1人で戦わなければならない。
その時戦えるのか、世界を守れるのか、不安になる要素ばかりだ。
「頑張るって、決めたんだ……。」
まどろみの中、竜太は決意を新たにする。
ディンを追い越そうという気持ちではない、共に並んで戦うと。
そして、世界を守る1つの力となるのだと。
その為には、今まで以上に過酷な出来事と巡り合う事になるだろう。
それを乗り越えられなければ、一人前の竜神にはなれない。
そう考えを纏め、まどろみの中へと沈んでいった。
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