覚悟を決める。
「起きたか、成程竜神王の息子だけあって、回復が早いな。」
「天野さん、なんで僕達の所に?」
「蓮君の救出の手伝いをね、俺はあの場所には入れないんだ。」
竜太が眼を覚まし、天野達が待つ部屋に赴くと、天野はさあ待っていたという顔をしていた。
それだけ焦っているのだろうが、竜太達にはご機嫌にも見える辺り、感情を隠すのは上手い様だ。
「あの場所って……?それに、僕の事知ってるんですか?」
「あぁ。竜神王の息子、竜神と人間の混血だろう?俺はデイン神と少し話した事があってね、そこで君や今の竜神王の話も出てきたって訳だ。」
「叔父さんと?そうだったんですか……。それで、蓮君の居場所って?」
「蓮君は今、この国の地下深くに幽閉されようとしている。それは、この国の業をその身に焼き付けられる直前とも言えるな。準備が整い次第、地獄菩薩が蓮君にそれを注ぎ込み始めるだろう。」
この国の業、というのは何のことか5人は理解出来なかったが、蓮がピンチなのは理解出来る。
だから、天野はこうして自分達の元に現れたのだろう、と。
竜太が眠っている時、ディンに了承を得ている様な事も言っていただろうか、と思い出す。
「地下深く……。だから、僕の探知に引っかからなかったんだ……。」
「君は地上を広く探知していた様だから、それでは気づかないだろうね。」
「なんで、そんな事までわかるの?天野さん、いったい何者?」
話をしているうちに、修平が疑問を浮かべる。
大地は先ほど竜太から答えを渡されていたから、天野の正体については理解していたが、他の3人が知らないのは当たり前だ。
竜太が答えをいう前には天野は合流していたし、ディンからもヒントは貰っていない。
何故ここにいて、何故蓮の居場所を知っていて、何故自分達に協力的なのか?と言った面持ちだ。
「俺か?そうだな。俺は、地涌の菩薩と呼ばれる菩薩の末端だよ。浄行菩薩の元で修行して、人から変性したのは何百年前の事だったか。」
「菩薩……?確か、この国の街を守護されている神だとか。天野さんは、神だったのですか?」
「昔は人間だったんだが、まあ色々あってな。それより、君は体力は回復してるな?魔力は以前会った時より減ってるが、それは探知を使った影響だろうから。」
竜太の探知の事も理解している、何より自分達をこの広い国の中で探し出した。
天野の言っている事は嘘ではないだろうと、そう考えられる。
「じゃあよ、なんで蓮が攫われる前に現れなかったんだ?今んなって俺達んとこ来た理由は?」
「話せば長いが、単純に言えば俺は仏陀の前では無力だ。今も気配を消しているから何とかばれていないが、ばれたらこの国を追放されるだろうし、最悪の場合蓮君を助ける手だてが無くなる。」
「……。それで、蓮君は今地下にいるってお話ですけど、どうやって行くんですか?」
天野の話を聞いて、信用に値すると感じた竜太。
険しい顔をしながら、蓮の居場所の心当たりについて問う。
「俺の転移で飛ぶのが一番早い、というよりも本来あそこは仏陀や菩薩しか入れない場所でね。転移以外に行く方法は無い。それに、地獄菩薩が見張っているから、俺達菩薩が動いたらすぐに仏陀にばれてしまう。」
「じゃあ、そこまで転移で飛ばして貰えばいいんだ!地獄菩薩っていう仏様は、どんな仏様なの?」
「地獄菩薩は、要するに看守だ。ただ、今の君達では勝てるか怪しいところだな。竜太君、君が力を使えば話は別だが。」
天野は竜太の能力開放についても何か知っている様子で、竜太はそれを知られている事に驚く。
しかし、デインから話を聞いているという事を聞いていた為、恐らくデインからその話もされたのだろうと、少し考えて納得する。
「竜神はその世界の守護者を育てる為にいる、だったか?だが、竜神王は君が動く事に関しては何も言っていなかった。つまり、君が能力を使用したとしてもそれは良いという事だろう。」
「……、わかりました。僕の力を解放すれば、蓮君を助けられるんですね?」
「可能性は高くなるだろう、それも格段に。」
天野も確証は持っていない様だったが、竜太はそれに賭ける価値はあるなと感じた。
今すぐにでも動こうと、立ち上がり天野を急かす。
蓮を救う為に、竜太は自分が世界のバランスを壊しかねない事を理解しながら、しかし。
それでも、蓮を見捨てる事は出来ない、自分が取れる責任を取ろうと、竜太は覚悟を決めた。
「竜太が力を行使する場合、竜神の掟ってのには反するのか?」
「そうだな、ある程度の力なら問題ない。つまり、竜太の力を今発揮出来るフルで使っても問題ないな。」
「oh!そりゃクールだ。そんじゃ、そこら辺は誇張して注意してたって事か?」
「竜太にも力の加減とかを覚えてもらわなきゃいけなかったから、そうなるな。あの子はまだ子供だ、戒めの1つや2つあった方がわかりやすいだろ?」
宿の中で、ウォルフがマクラミンを手入れしながら問うと、ディンはあっさり白状する。
事実、竜太が力を使うのは問題が無いというべきか、竜太レベルの力なら解放しても問題はない。
ただ、竜太もこれから強くなるだろうと踏まえ、ある程度慣らしをしておかないといけない、とディンは考えていて、その結果が力をあまり使うな、という制約の様だった。
「でも、私と戦った時は第四段階の解放を一瞬していたわよね?それは問題にならないのかしら?」
「そうだな……。大体の話なんだけど、その世界に帰属する者に対して、それかその帰属する者の為に力を解放しすぎたり、力を見せすぎたりするのが問題になるな。リリエルさんはこの世界に帰属しない、つまり抜け穴みたいなものなんだ。」
「意外と抜け穴が多そうですねぇ、竜神の掟というのも。竜太は、そのあたりの繊細な加減についてはご存じないのですか?」
「そうだな。竜太にはまだまだ覚えてもらわない事が沢山ある。一気に教えたら、どっかで取りこぼしが出かねない。」
竜神の掟自体、ディンや竜太の存在に適応した掟ではない。
現存する竜神に対し、竜神王が定めた法とでもいえば良いのだろうか、9代目ディンが世界を分けた時に、10代目ディンが生まれ、成長するまでの繋ぎとして制定したという話だ。
だから、10代目竜神王であるディンと、その息子である竜太、人間と竜神の混血であるデインの3柱は、その掟に厳密には従う必要は無い。
ただ、従わなければいけない部分があり、それが力の開放段階や干渉具合など、そういった部分に起因する。
「私達の存在も、本来ならイレギュラーなんでしょう?許して良いのかどうかすら、わからないんじゃないかしら?」
「竜神以外が次元転移を発動する可能性、については何も聞かなかったな。だから、俺は許されてると思ってるよ。じゃなかったら、先代はその能力自体を忘却なり封印なりしてたはずだから。」
お茶を啜りながら顔をしかめるリリエルに対し、ディンは柔軟に返す。
そう、先代竜神王が次元転移を許さないという法を敷いていれば、リリエルの様な存在は生まれる事も無かっただろう。
ディンは、もし何かあった場合に力を借りる為、先代がその能力に関する制限を作らなかったと考えていた。
もしかしたら、うっかり者のの先代の事だから、忘れていただけかもしれないが。
「そういえば、ディンの言う守護者って、どうやって選ばれるんだ?なんか決まり事とかあんのか?」
「一言で言うなら運命だな。守護者はその運命に呼び起こされて生まれる、要するに生まれた瞬間に守護者は守護者たる魂と器を与えられる。それが、いつになるのかはわからない所だけど、俺達竜神は守護者の魂を見分けられるんだ。」
セレンが訳がわからないという顔をするが、ディンはわからなくて当然だな、と感じる。
つまり、輪廻転生、とは少し話が変わってくるが。
年輪の世界の全ての世界群の「勇者」や「守護者」と呼ばれ世界を守ったり救ったりする存在は、世界を分ける前にも強い能力を持っていた者の魂が転生する。
例えばディンの兄弟で言えば、先代竜神王の友であり陰陽師を束ねていた陰陽王の魂の転生者であり、家族はその親族の転生者だ。
年輪の世界全てにこれが適用出来て、力を持っている事はその証明にはならないが、守護者たる者はその転生の果てに生まれ、また未来へと転生していく。
いわば、守護者と認められた存在は、魂が普遍的な存在へと変化していて、その世界それぞれに散らばり、そして守護者へと生まれ落ちる、という事だ。
「この世界群は、セスティアでは物語になっている、と聞きましたが、全ての世界が適用されるのでしょうか?」
「そうなる事が多いって事だな。所謂漫画だとか小説だとか、物語の主人公と一緒に戦った事もあるからな、俺。物語の編纂者ってのは、どっかで異世界と繋がってて何か電波めいたのを受信してるんだろうさ。」
ディンは他愛のない事を話しつつ、しかし竜太達から意識は離してはいない。
それは蓮の方も同じで、いつ何があって自分が動かないといけなくなるか、その必要が出てくるか、タイミングを図っている様だ。
竜太達が上手く解決してくれると良いが、と心の中でため息をつきながら、ディンは茶を一口啜った。
「それで天野さん、蓮君の所まで連れて行ってくれるんですよね?」
「そのつもりだ、しかし君達に問いたい事がある。」
「……?」
話を終えた天野が、早く連れて行けと急かす竜太達に疑問を投げかける。
竜太達は一刻を争うこの状況で、何をのんびりしているんだという顔をするが、今の所天野の転移で向かうしかないのだからと、話に耳を傾ける。
「地獄菩薩とその配下、彼らを倒す意思はあるか?君達にとってはマグナの神と同じように神かもしれないが、こちらの者は国の守護を司る。倒す事で国に問題が起きるかもしれないが、それでも倒せるか?」
「……、それは……。」
「勿論、この国のシステムがおかしい事は俺もわかってる。しかし、何百万人という人間が、そのシステムの元で暮らして、その恩恵を享受している。その一端を、倒す覚悟はあるか?」
それは、至極真っ当な問いだった。
まさかそれを考えずに行こうとしていたのではないだろうね?と天野は首を傾げる。
しかし、その問いは竜太達を固まらせた。
自分達が行おうとしている事は、蓮を助けようとする事。
それが、誰かにとって悪になってしまう、その事実が。
「その覚悟がないのなら、蓮君を諦めるしかないだろう。彼は、この国の贄として、その一生を終える事になる。」
「……。」
天野はそれだけ言うと、部屋から出て行ってしまう。
竜太達に考える時間をという計らいだろうが、時間が残っていないと認識している5人にとって、それは酷な選択だった。
「皆、どう思う……?俺、でも……。」
「蓮君は助けたい、しかしこの国の秩序には手を入れたくない。それは、我が儘だという事ですね……。私、何もわかっていませんでした……。」
「竜太、おめぇはどう思ってんだ?オヤジさんから縛り言われてんだろ?そこんととこかもダイジョブなのか?」
俊平が竜太に問うが、竜太にとってもこれは初めての経験だ、答えは出ない。
ただ、竜太だけは、この国が最悪滅びるかもしれない、と気づいていて、それでも蓮という個人を助けたいのか、と考えていた。
「儂は……。この国の決まり事が、よくわからんが……。蓮は、助けたいと願っておる……。」
「そりゃそうだけどさ、あんな言い方されたら……。」
「……。僕は行きます、蓮君を助けに。例えそれでこの国が壊滅したとしても、そんな方法しか取れないなんて間違ってると思うから……。でも、皆さんにそんな事を背負わせたくもないです。だから、僕1人で行きます。」
竜太が重々しく口を開くと、4人は驚く。
国が壊滅するかもしれないという事を理解しておきながら、1人で行こうとするその姿に。
自分達が悩んでいるのとは、違う次元で事を考えている、その言葉に。
距離を感じてしまう訳でもないが、竜太もやはり神の血を引いているだけあり、覚悟も違うのだろう、と。
「それは……、儂も、行く……。」
「大地さん……。でも、この国に何かあったら、皆さんも被害を受けるかもしれないですし……。」
「悩んでいる時間もあまりありません、私も行きます。蓮君を失いたくはありませんし、贄を用意しないといけないという事も見過せません。」
自分達は元より神と戦う覚悟をしなければいけないはずだ、と大地と清華はついていく事を意思表示する。
大地は竜太の為、蓮の為という気持ちが強かったが、それに加え神と戦う覚悟が必要だと認識し、清華は贄というシステムそのものが間違っていると考えた。
「俺にゃこの国がどうのとかわっかんねぇけどさ、蓮が居なくなるのはやだな。」
「……。」
俊平は深く考える事を止め、蓮を助ける事だけに集中しようとした。
ディンが何も言ってこないし、竜太の力を使う事を黙認しているというのなら、地獄菩薩を倒す事も問題ないのでは?と考えを纏める。
「修平、おめぇはどうする?」
「俺は……。人間守る為に戦ってる……、けど、蓮君も助けたいし……。」
やはりというべきか、こういう時には修平が一番悩む。
人間を守る為に戦っているのに、その人間を守る立場の菩薩と戦わなければならない。
しかし、天野がそう問いただしたという事は、そうしなければ蓮は助けられないのだろう。
究極の二択だが、答えは今出さなければならないのだろう。
「……、俺も行く。わかんないけど、今のままじゃいけない気がするんだ。」
「皆さん……。ありがとうございます、僕の我が儘についてきて貰っちゃって。」
「我が儘では、ない……。儂らは、儂らの意思で、蓮を救いたいのだ……。」
竜太がしようと思えば、ディンに連絡をして助けを請う事も出来た。
しかし、それをしない決断をした以上、自分達で何とかするしかない。
大地達は、そんな竜太の考えを少し理解していたのか、自分達の意思である事を伝え、天野の元へ5人は向かった。
「うぅぅ……!」
「これほどの業!?仏陀はこれを制御出来るとお考えなのか!?」
「うぅぅ……、うがぁぁぁ!」
「仏陀よっ!」
「蓮君、大丈夫かしら。」
「行かなくていいの?リリエルさんは転移使えるんでしょ?」
「ディン君が竜太君達を信じると言ったのだから、私はそれに従うだけよ。」
明日奈とピノ、リリエルの3人は風呂に入っていて、リリエルが珍しくため息をつく。
リリエルがため息をつく所を初めて見た2人は、物珍しそうにリリエルを眺め、問う。
「リリエルは蓮が大事なんでしょ?あたし、行ってもディンは何にも言わないと思うけどね。」
「それでも、私も竜太君や清華さんにこの世界任せたのよ。だから、ディン君が信じたというのなら、私も信じないといけないわ。」
「ディンもそうだけど、頑なねぇ。」
それは、仲間と信じた者への礼儀だと、リリエルは考えていた。
仲間などいなかったリリエルが、少しずつそれを知って、そして学んだ。
ディンにとっては試練の一環という一面もありそうだが、リリエルが動かない理由はそれだけだった。
「ディン君よりは柔軟なつもりだけれど、どうなのかしらね?」
「どっちもどっちじゃないかしら?ねぇ明日奈?」
「え?うーん、どうだろう?」
同じ女性で、歳も近いからと気を使わないピノと、少し気を使って話している明日奈。
対照的な2人だが、リリエルからしたらどちらも同じ仲間、なのだろう。
今までは聞かなかったであろう、他人の意見を聞く。
それも、リリエルに訪れた変化の1つだった。
「蓮……。」
ディンは、蓮の闇が溢れそうになっている事に気づいた。;
それは、孤独と恐怖から始まり、他者の闇を吸い取り、膨大な量へと増えそうになっていた。
「竜太、間に合うか……?」
まだその時ではない、という事は、蓮はまだ死なない。
そう理解はしている物の、蓮が苦し気な様子はあまり見ていられる物ではない。
竜太達に任せて良いものか、それとも自分が飛んで行くか。
一瞬それを悩み、ディンは飛ぶ事を止めた。
「信じてるからな。」
それは竜太達の事でもあるが、蓮の事でもある。
蓮はきっと、自分達との絆を思い出してくれる、踏みとどまってくれる。
そう信じていたから、ディンは動く事を止めたのだ。
物理的に存在するこの世の地獄の1つである、ソーラレスの地下牢獄。
蓮は、果たして生きて戻ってくる事が出来るのだろうか。
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