ソーラレス西端地区

「まだ着かないのかなぁ?」

「もうちょっとだと思うよ?」

 森を歩く事一時間、いまだ森の出口は見えずにいた。

「少し疲れてきたね。」

「そうだなぁ、戦いが効いてるんだろ?」

 竜太は周囲の魔物の気配を探知しつつ、しかし魔物が現れる気配もなく。

 魔物を自分達だけで倒したという高揚感と、疲労感と、間延びした空気の三つが場に流れている中歩き続ける。

「もうすぐ着くと言う事は、最悪交戦になるという事ですね。」

 清華は刀に手を添え、震えを抑える。

人間相手に戦えるのだろうか、それは拭えない不安だ。

「そうじゃないと良いけどね、いきなり人相手にするのは辛いし……。」

「友好的である事を願おうぜ、悲観しててもしゃーねぇ。」

「それもそっか。」

 俊平と修平もそれを考えている様だったが、しかしそこまで緊張しているようにも見えない。

 対人に慣れている、というよりも人間と戦いはせど、殺すという考えには至っていないからだろう。

「……、人間と、か……。」

「大地君、不安?」

「……。」

 大地は人間と戦った事がない、他の三人と違って組み手の経験がほとんどない。

竜太との訓練や蓮との組み手こそあれど、他の三人に比べ実戦経験に乏しい事は否めない。

 そんな自分が人間と戦えるのだろうか、そもそも人間相手に武器を振るえるのだろうか。

そんな事を考えてしまうと、眉間にしわが寄る。

「大地さん、怖い顔になってるー!」

「……、すまない……。」

 蓮がそんな大地の顔を見て、クスクスと笑う。

大地の険しい顔にも慣れてきたのか、もう怖がる事もなさそうだ。

「さ、行きましょう。もうすぐ着くはずです。」

 竜太がそんな一行を急かす様に声をかけ、一行は森をゆっくりと進んでいった。


「あ、明るくなってきたよ?」

「そろそろ着いたかな?人の気配もするし。」

 数十分後、森の終わりが見え光が零れてきた。

 薄暗い森を歩いていた為眩しくて先は見えなかったが、しかし共鳴探知に人間の気配が引っかかる。

どういった人種がいるのかは別として、取り合えず人間のいる場所には辿り着いた様だった。

「声聞こえる!」

「そうだね、人が沢山いるだろうから。」

 蓮が無邪気に言うと、竜太は若干警戒した様な声を出す。

 もしもここがマグナであるのなら、神に仕える敵である人間と鉢合わせになってしまう。

だから、警戒しなければならない。

「おや?森から人がお越しになられて。皆様、見慣れないお顔立ちですが、どちらの方で?」

 と突然声が聞こえてきた。

「誰だ!?」

「おやおや、すみません。私、このあたりの長を勤めさせていただいております、本井と申します。」

「えっと、本井さん、ここってどこですか?」

 名前からして、マグナではなさそうだと竜太は考える。

マグナなら横文字の名前を名乗るだろうと、オリュンポスの神々というヒントがあるからだ。

「こちらですか?こちらはソーラレスの西端地区となっておりますよ、旅人様方。」

「ソーラレス……、って事はマグナでは無いってことですか?」

「はい、マグナはこのソーラレスのある大陸の右側にございます。」

 竜太が確認する様に問いただし、本井は何を当たり前の事をという感じで答える。

「えっと確か、地図が……。」

 竜太が転移魔法を使い世界地図を取り出すと、確かにソーラレスの隣にマグナがある。

西端と言う事は、海からやってきて街か何かの端に辿り着いた様だ。

「皆様方は船で来られた様では無いご様子、どうこの地に辿り着いたのですか?」

「えーっと、転移っていう魔法で飛ばされて、ここから西の海に辿り着きました。ここがソーラレスなら、マグナまでは陸続きですよね?」

「はい、しかしマグナは危険な為、封鎖線が張られておりますよ?」

「そう、ですか……。」

 本井と会話する竜太を見つつ、四神の使い達や蓮はあたりを見回す。

 誰もかれも、本井も、大地が着ている様な僧衣を身にまとっていて、そこら辺を歩いていたりする。

女性は尼の恰好をしていて、子供でさえ僧衣を身に纏っていた。

「……、ここは……。」

「や、紹介し遅れましたな。ここはソーラレス、仏の治める仏教の国でございますよ。」

「……、仏が……?」

 大地は驚愕する、それもそうだ。

神が存在しているというのは聞いていたが、まさか仏まで存在するとは思いもしなかった。

 自分が嫌々とはいえ信仰していた存在が、まさか実在するとは、と。

「はい、仏はこの国を治め、我々を守ってくださっているのですよ。」

「そう言えば大地君ってお寺の家系だったよね、仏教の国って事は慣れてるんじゃないかな?」

「……、いや、儂は仏門を離れた……。」

「なんと!仏門を離れるなどとんでもない!今すぐにでも戻るべきですぞ!」

 大地が仏門に戻るつもりがない事を話すと、本井は取り乱した様な、怒った様な声を上げる。

 ソーラレスにおいて仏門とは絶対、義務の様な物だ。

それから離れると言う事は、原罪にも近い罪の様な物だろう。

「破門されてしまえば仏の加護を受けられぬのですぞ!?」

 破門、それはソーラレスの民にとっては、死を意味する様なものだ。

「……。」

「ま、まあそこら辺の話はまた今度に……。それより本井さん、マグナへの行き方を教えてもらえませんか?」

「そんな事よりも破門ですぞ!破門!これが何を意味するかわかっておいでか!」

 竜太が本井を諫める様な声を出し話題をそらそうとするが、しかし本井の表情は険しくなるばかりだ。

 俊平達は何が起きているかわからないという顔をしていて、周囲の人達もざわざわとしながらそれを眺めている。

「本井さん、だっけ?落ち着けよ、人が見てんぞ?」

「そんな事はどうでも良いのです!破門とは……。」

「まあ後でたっぷり話は聞くから、今は落ち着けって。」

「……、まあ良いでしょう。マグナへの行き方でしたかな?それは不可能でございます。」

 俊平の言葉に少し落ち着いたのか、本井は冷静になり話を始めた。

「マグナとは神々の国、そして戦争の地。封鎖線が国境に張られていて、こちらからの侵入は不可能となっております。」

「そんな……、じゃあ一体、どうすれば……?」

「船、でございますかね。海からマグナへと侵入する事自体は可能でしょう。」

 少し絶望気味な修平の問いに対し、冷静に言葉を返す本井。

その手があったか!と修平と蓮は元気な顔になり、他の面々は少し暗い顔になる。

「船と言っても、私達はお金を持ち合わせていません……。」

「あ、そっか……。竜太君、お金持ってないの?」

「残念ですけど、僕はお金は持ってないんですよ……。」

 うーんと唸る一行、転移で跳ぶのは簡単だが、それをするのも違うと竜太は考える。

何より、初めての地で転移を使うと、何処に跳んだのかがわからなくなってしまう。

 ディンの元に跳ぶ事も考えるが、しかしそれでは導けという言葉に反する事になってしまう。

そもそも、ディンの居場所を探知出来るとも限らない。

「金銭がないのでしたら、依頼所に行ってみるのは如何でしょう?」

「依頼所ってなあに?」

「依頼所とは、困った人達が仏の力をお借りする事無く解決出来る、そう言ったレベルの問題を解決し、金銭を受け取る為の場所。魔物に関する物もありますし、皆様は戦える様にも見えます。如何でしょう?」

 それは朗報と一行は表情が明るくなる、金銭を稼ぎつつ情報収集も出来そうだ。

何より修行の一環として丁度良い、魔物相手となれば尚良い。

「じゃあ、その依頼所の場所を教えてもらってもいいですか?」

「この通りを左に曲がったところですよ、すぐにわかります。」

「ありがとうございます、それじゃ僕達はこれで……。」

「そちらの方、仏門を離れるという事がどういう事か、今一度考え直しくだされ。それは我々にとって、とても危険な行為ですぞ。」

 本井は最後にと大地に忠告をし、去って行った。

「じゃあ、行きましょうか。」

「そうだな、時間を無駄にしてる暇もねぇからな。」

「通りを左に曲がった所だっけ?」

 歩き出す一行、ソーラレスの民はそれを物珍しそうに眺めている。

それもそうだ、僧衣が普段着であるソーラレスの民にとって、洋服は珍しい。

 ドラグニートや他の国から来る人間や他の種族が着ている事もなくはないが、それもごく少数だ。

ソーラレスに旅行に来る者はあまりおらず、首都ならまだしもここ西端地区にはほとんど訪れない。

 だから、好奇の視線にさらされる。

そんな視線の中、六人は通りを歩き、言われた所で右に曲がった。


「ここが依頼所ってところ?」

「だね、そう書いてあるよ。」

 程なくして、依頼所にたどり着いた六人。

 建物の入口に立て看板があり、そこには「ソーラレス西端地区、依頼所」と親切に書かれていた。

「俺達にもこなせるのがあるといいね。」

「そうですね、でないと動くこともままなりません。」

 ドアを開けると、ドアの所についていた鈴がカランカランと心地のいい音を奏でる。

「いらっしゃい。おや?旅人さんかな?」

「はい、依頼所でお金を稼ぎたくて。ここであっていますか?」

「そうだが、旅人とは珍しい。そちらの僧もこの国の者じゃなさそうだ、何処の国から来たんだね?」

「僕達はセス……、ジパングから来ました。船が壊れて漂着したもので、お金が無いんです。」

 気さくな店主に話しかけられ、間違えて元の世界の事を口に出しそうになる竜太。

あと一歩のところで思いとどまり、ジパングから来たと説明をする。

「ジパングにしちゃ珍しい格好だがねぇ。まあいい、依頼を受けたいんだろう?」

「はい、魔物の討伐とかの依頼を。」

「魔物討伐の依頼、ねぇ。あったかなー、ちょっと待っててくれよ?」

「はい。」

 そう言うと店主は店の奥に引っ込んでしまう。

 サクサクと話を進めていく竜太に感心する五人、竜太としてはある意味初めての経験で緊張こそしていたものの、自分が引っ張っていかなければと考えていた為それを出さなかっただけなのだが。

「依頼ってどんなのがあるんだろう?」

「そうだなぁ、見てみる?」

「うん!」

 蓮が疑問を口にすると、竜太と壁に貼られた依頼を眺め始める。

「猫探し?」

「こっちは行方不明者の捜索だって。」

 依頼所と言うだけあって、色々な依頼が舞い込んでくるようだった。

簡単なものは猫を探す所から、行方不明者の捜索やら何やらだ。

 魔物に関する物は見かけられず、この街が魔物の脅威にさらされていない事が伺える。

「そう言えば、この国はどのような国なんでしょう?」

「父ちゃん曰く、簡単に言うと社会主義の国らしいですよ。与えられた仕事をして、受け取った報酬で生活するのが基本らしいです。」

「成る程。平和な国なようですし、暫くは安定出来そうで少しホッとしてます。」

「まあ確かに、いきなりマグナだったらどうすっかって感じだもんな。」

 珍しく意見が一致する清華と俊平、清華はそれをあまり良しとはしなかったが、しかしそんな子供でいても仕方が無いと心の内で考える。

「大地君は何か気になった依頼とかある?」

「……。」

 そんな二人を他所に、蓮や竜太と共に依頼を眺めている修平。

大地に声を掛けるが、大地はこれと言って反応を示さない。

 依頼書を見ている訳でもなく、何か考えて、悩んでいる様だった。

「大地君、どうしたの?」

「……、いや……。」

「何か悩んでるの、俺でもわかるよ?」

「……。」

 大地が何を悩んでいるのかまではわからないが、しかし何か悩んでいる様に見える修平。

心配で話してくれないかと声をかけるが、しかし大地は話すつもりはないらしい。

「おーい、魔物討伐の依頼、あったぞー。」

 そこに店主が出てきて、紙を竜太に向け渡す。

「ここいらの魔物なんだがな、どうやら街の中まで入ってきて悪さをしているらしい。仏様の力を借りる程の魔物じゃあないんだが、お前さん達みたいな旅人にはうってつけだろう。」

「ありがとうございます。それで、場所はどのあたりですか?」

「ここから北東に向かった場所、街はずれの小高い丘だ。魔物はそこを根城にしてるらしい。」

 店主は街の地図を取り出し、北東をさす。

「ありがとうございます、それじゃあ、行ってきます。」

「あぁ、気をつけてな。」

 それだけ言うと竜太は店を出ていき、五人はそれに従って歩き始めた。


「どれくらいで着くかなぁ?」

「うーん、地図見た感じだとわかんないかなぁ……。」

「今度はちゃんと戦うもんね!頑張る!」

「頑張ろうね、蓮君。」

 街の中を歩いていると、本当に僧や尼しかいない。

 自分達の様な異邦人の姿もなければ、それ以外の服装の人間もいない。

大地が着ているのとは違う僧衣だったが、しかしそれが僧衣だというのは一目でわかる格好をしている。

「そう言えば、どうしてみんな大地君みたいな恰好なのかな?」

「ここが仏教の国だからですよ、本井さんが仰ってた通りです。ここでは生まれた時から仏門に帰依するんだとか。」

「……。」

 自分と一緒だな、と大地は一人考える。

 苦痛ではないのだろうか?面倒ではないのだろうか?と自分に重ねながら、僧衣を着ながら遊んでいる子供を見やる。

 誰もかれもそんな素振りは見えない、皆それが普通だという感じだ。

自分の居た世界とは理自体が違うのだろうか、と考えられる。

「大地さん、また怖い顔になってるー!」

「……、すまない……。」

 眉間に皺が寄っていた様で、蓮がくるりと後ろを見た時に指摘されてしまう。

今は考えている場合ではない、そう大地は考えを改めるのであった。

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