参章 辿り着いた先は

飛ばされた先で

「ここ、何処なんだろう?」

 海辺から少し離れ、森の中を歩きながら竜太は呟く。

 まだ時間はそこまで経っていないが、未知の土地での迷子というのは困る。

「どこかに人いないかな?」

「ちょっと調べてみるね。」

 蓮に言われ、共鳴探知を発動する竜太。

周囲に人はいないか、何か人工物は無いか、それらを感知する為に集中する。

「何やってるの?」

「共鳴探知っていう、お兄ちゃんが使ってた魔法だよ。周りに人がいるかとか、そういうの調べるんだって。」

「便利な魔法があんだなぁ。」

 修平と俊平がほーっと唸っている間も、竜太は集中し続ける。

 元々魔法が得意ではない竜太にとって、暫く修行こそしていたものの魔法を扱うのは難しい。

約二年前の、ディンとの修行の時の事を思い出しながら、探知を続ける。

「あの……。私達、これからどうすればよいのでしょう?」

「どうするって……。マグナって所に行かなきゃならねぇんだろ?ここがどこか今竜太の奴が探してんだ、それがわかり次第行動って感じだろ。」

 自分達のすべきことをと言いつつ、清華は不安に包まれていた。

 リリエル達指南役の居ない、しかも見知らぬ目的地かどうかもわからない土地。

不安になるのも、ある種当たり前だろう。

「竜太よ、何かわかったか……?」

「もうちょっと、待ってください。」

 大地が声をかけるが、竜太は余程集中している様だ。

眉間に皺を寄せ探知の波動を広げていて、少し威圧感の様なものを発している。

「……、見つけた。この先向こう側に、人が沢山います。」

「じゃあ、街かなんかって事か?」

「多分……、そうだと思いますよ。少なくとも集落があるはずです。」

 竜太は海から向かって反対側を指さし、そちらに歩き始める。

 一行はそれに従い歩き始めた、それ以外に選択肢はないのだからと。

「どんな人達がいるんだろう?」

「わかりません、僕にはただ人が沢山いるとしか探知出来ないので……。」

「まあ行ってみりゃわかるだろ、最悪戦闘かもしれねぇけど。」

 ここが目的地であるマグナであるのなら、確かにそれは否めない。

 清華は手が震え、怖がっている自分がいるのを感じ、握りこぶしを作る。

 恐怖している場合ではない、迷っている場合ではないのだ。

やらなければやられる、そしてやられれば世界が滅びる。

 それだけは確かだ、と清華は心の内で呟く。

「竜太君、どれくらいで着きそう?」

「うーん、一時間くらいかな?」

「じゃあ、競争しよ!」

 蓮がにっこりと笑いながら、競争を提案してくる。

竜太はそれに対し、危機感の無さを少し憂いながら、しかし蓮はこういう子だと考えた。

「いいよ、どっちが先に人に会うか、向こうの方向だからね。」

「わかった!よーい、どん!」

 竜太と蓮が走り出す。

それにつられ、四神の使い達も走り出した。

「竜太君!早くー!」

「大地さん達が追いつかないからゆっくりねー!」

 全速力で走り出し、あっという間に見えるか見えないかの所まで行った蓮。

 そんな蓮に竜太は、後ろを走っている四神の使い達、特にスピードの遅い大地を案じ走るペースを落とす様伝える。

「えー、競争にならないよー?」

「少しゆっくり!慌てるところぶよー!」

 全力疾走な蓮を諫めながら走る竜太と、四神の使い達。

 特に大地はスタミナが無いわけでは無いが足は遅い為、自然と殿を勤める事になってしまっている。

僧衣という服装も相まって、とても走りづらそうだ。

「竜太くーん!早くー!」

「待ってよ―!蓮君急ぎすぎだよー!」

 どんどん離れていく蓮、それを追いかける竜太達。

そんな一行の後ろから、迫ってくる何かがいた。

「……、これは……?」

 ドスドスと音が後方から聞こえてきて、一瞬足を止め後ろを振り向く大地。

そこには、巨大なゴブリンが何匹も迫ってくる姿があった。

「……、敵襲、か……!」

「大地さん?って魔物!」

 大地が足を止めた気配を察した竜太が振り返り、叫ぶ。

その言葉を聞いた全員が足を止め、後方を振り返った。

「何匹いやがるんだ!?」

「わかんない!でも沢山いる!」

 森の中で日光が入らず、総数はわからなかった、が。

足音の数からして、結構な数がいるのだと考えられた。

「蓮君!戻ってきて!」

「はーい!」

 竜太が蓮を呼び戻しながら、トンファーを出現させる。

「皆さん!構えて!」

 その怒鳴り声と共に、一同は武器を構える。

「ふん……!」

 まず一番に攻撃を繰り出したのは、大地だった。

走り寄ってきたゴブリンファングの足へ向け、六尺棒を横に振るう。

ゴキリという音と共に、ゴブリンファングの一体の足の骨が折れる。

「こいつ!俺が修行してる時に出たやつだ!」

 続いて俊平が切りかかる。

足の折れたゴブリンファングに、とどめを刺さんと飛び掛かった。

「俺も倒す!」

 しかし、それは修平が前に出てしまったことで失敗した。

「うぉ!?」

 修平が前に出てきたことで、態勢を崩し何とか攻撃を止める俊平。

修平は修平で、俊平が出てきたことに驚き態勢を崩していた。

「全く、何をしていらっしゃるのかしら?」

 そこに清華が走り寄り、ゴブリンファングの目の前でジャンプ、首の高さまで跳ぶ。

「えぇい!」

 そして横に一閃し、首を落とした。

「あ!委員長てめぇ!」

 スマートに着地する清華の後ろで、手柄を横取りされた様な声を上げる俊平、だが敵はまだまだいる。

 直刀を構えなおし、次のゴブリンファングへと突撃する。

『スパイラルリボルバー!』

 集中し左手を翳して、中級魔法を唱える俊平。

幾つかの火球が現れ、ゴブリンファングへとぶつかる。

「ギャアァァァァ!」

 火球がぶつかった個体が悲鳴を上げ、地に伏す。

「そこだ!」

 地に伏した個体に向け直刀を振るう俊平、のたうち回り虫の息だったその個体の首が切られ絶命した。

「俺だって!せいやぁ!」

 続いて修平が攻撃を繰り出した、風の魔力を手に籠めそれを前方へと思い切り発した。

放たれた風の塊によって森の木々が揺れ、表面が抉られる。

 その風の塊はゴブリンファングの一体にぶつかり、ずたずたに皮膚を引き裂く。

「グオオォォォォォ!」

 皮膚を裂かれたゴブリンファングが吠える、そして修平に向け突撃してきた。

「うわぁ!?」

「せい……!」

 技を放ち無防備になっていた修平を庇うように、大地が前に出る。

六尺棒を思い切り振りかぶり、ゴブリンファングの腹を殴打した。

「グギャァアァァアアアァア!?」

 叫びながら霧散するゴブリンファング、しかしまだまだ数は残っている。

「お待たせ!」

 そんな所に、蓮が走り戻ってきた。

「これが、魔物……?」

 蓮にとってはこれが初めての実戦経験だ。

しかし、ディンとの修行に比べれば怖くもなんともない、はずだった。

「怖い……。」

 蓮は止まってしまう、初めて見る異形の存在に対して恐怖を抱いて。

「怖いよぉ……、お兄ちゃん……!」

 ディンがいない所で戦ったことなどない、ましてや実戦経験など一度もない。

そんな蓮が、普通の小学生の様に怖がってしまうのは、無理もないだろう。

「マジかよ!蓮、アブねぇ!」

 そんな蓮に突撃してくるゴブリンファングの存在に気付き、怒鳴る俊平。

 四神の使い達にとって、蓮がこう怯えてしまうのは予想外だった。

一番の戦力であろう蓮が、こんなにも怖がるとは、とある意味驚く。

「蓮君!」

 そこに竜太が跳んできて、ゴブリンファングの顔にトンファーで思い切り殴りかかる。

頭蓋骨が陥没する一撃に霧散するゴブリンファング、しかしまだ数はいる。

「蓮君を守ってください!」

「わかった!」

「はい!」

 自然と怯える蓮を囲む様な陣形になる、四神の使いと竜太。

「蓮君、大丈夫だよ。僕達が守るから。」

「竜太君……。」

「……、蓮よ、儂らが戦う……。」

「大地さん……。」

 敵の数は残り十数体程いる、今の戦力で竜太以外が勝てるかはわからない。

 しかし気持ちは皆同じだった、蓮を守りここを突破する。

「行くぞ!」

 不思議と、気持ちが一つになっているのがわかる。

俊平は迫りくるゴブリンファングに向かい、魔力を放つ。

『ニトロバーン!』

 爆発の魔力に晒されたゴブリンファングは、顔を火傷し後退する。

「そこです!」

 後退しよろけたゴブリンファングに向け、清華が魔力を放つ。

『スプレッドウォータ!』

 左手を前に翳し魔法を唱えると、小さい水礫が拡散弾の様に広がり、ゴブリンファングへとぶつかる。

それはゴブリンファングの体を貫通し、その個体は霧散し息絶えた。

「風よ!」

「大地よ……!」

 続いて修平と大地が攻撃を繰り出す。

修平が風の魔力を拳に乗せ発現し動きを止め、そこに大地が地面を叩き、土の魔力を発現させ鋭い棘を作り出す。

 無数の土の棘にくし刺しにされたゴブリンファングが霧散する、残り後十体。

「まだまだ居やがる……!」

「泣き言言ってる場合じゃないよ!」

 俊平がその数に悲鳴の様な声を上げると、修平が喝を入れる。

清華と大地は黙って構え、次の敵に備えていた。

「行けるかな……?」

 それを見て竜太は独り言を言いながら考えていた、この戦いに皆が勝てるかどうかを。

それは自分を抜きにしてだ、自分が加勢せずに勝てるかどうかだ。

 蓮を守る事だけに集中し、戦闘を皆に任せる。

ディンの言った導けとは、育てろという事は、そういう事なのだろう。

「でも……。」

 それでいいのかと自分に問いかける。

他人に任せるというのはそもそも性分に合わないし、もし怪我でもしたらと考えてしまう。

 そう考えてしまうと、加勢しないという選択肢は無くなってしまう。

「……。」

 蓮の方を見やる。

蓮はまだ怯えていて、体を震わせ蹲っている。

 蓮を守り、皆を成長させ、そして怪我をさせない。

そんな我儘な思考、それを叶える術を竜太は持ち合わせていない。

「うぉ!」

 ドンと大きな音が聞こえ、俊平が大声を上げる。

そちらを竜太が見やると、どうやらゴブリンファングの攻撃を紙一重で躱した様だった。

「っつ……!」

 考えている時間はない、行動しなければならない。

「僕も戦います!皆さん、蓮君を守る陣形を!」

「わかった!」

「わかりました!」

 竜太の呼びかけに応じ、蓮の四方を守る様に固まる四神の使い達。

竜太は一人そこから飛び出すと、ゴブリンファングの群れに突撃した。

「てやぁ!」

 トンファーを振り抜き、吠える隙も与えずゴブリンファングを一撃で仕留める。

 残り九体、竜太は体をしなやかに動かし、次のゴブリンファングへと狙いを定める。

「せいやぁ!」

 空中で体を捻り、回し蹴りを繰り出す竜太。

ゴキッと首の骨が折れる音が鳴り響き、ゴブリンファングは霧散する。

 残り八体、まだまだ残っている。

「まだまだぁ!」

 空中でジャンプし、次のゴブリンファングへと狙いを定める竜太。

「とりゃぁ!」

 上空からかかと落としを繰り出す竜太、それはゴブリンファングの頭にクリティカルヒットし、頭蓋を砕く。

 残り七体、後少しといった所だろうか。

ゴブリンファング達の注意は完全に竜太に向いていて、蓮達が襲われる事はなさそうだ。

「まだいるの!?」

「俺達も戦わないといけねぇ!」

「蓮君を守りながら戦いましょう!」

 蓮を庇いつつ、ゴブリンファングへと向かっていく四神の使い達。

震え怯えている蓮は、それに気づき一人になってしまう事を恐れる。

「いやだよぉ……!」

大地にしがみつき、縋る蓮。

「……、大丈夫だ、蓮よ……。儂らが、守る……。」

「大地、さん……。」

 大地は静かに諭す様に蓮に声をかけ、蓮は涙目になりながら大地を見やる。

目が合うと、緊張した面持ちながらも、不器用に大地は笑ってみせた。

「グオォォォォォォ!」

 そこにゴブリンファングの一匹が突撃してきた。

「大地君!」

「大地さん!」

 修平と竜太がそれに気づき、怒鳴る。

「わかっておる……!」

 それには大地も気づいていて、迎撃態勢を取る。

 蓮を守る、その想い一つで迎撃をしようとした、その時。

大地の首から下げていた、勾玉が光った。

「これは……?」

 戸惑いつつ態勢は崩さない大地は、勾玉から力が流れ込んでくるのを感じていた。

「ふん……!」

 接近してきたゴブリンファングに、思い切り振りかぶる大地。

六尺棒がゴブリンファングにあたる、そして。

「ギャアァァァァァ!?」

 今までとは桁違いな力を発揮した気がした、いや発揮していた。

ゴブリンファングは森の木々をへし折りながら吹き飛び、数十メートルの所で絶命した。

「これは……?」

 その威力に、大地自身驚いていた。

 自分にここまでの力は無いはずだ、いくら勾玉のブーストが入っていたとしても。

そう考えている内に、勾玉の光が収まる。

「あれは……。」

 竜太は次のゴブリンファングを叩きながら、一つの結論に至る。

恐らくだが、という推測の域を出ない程度の結論ではあったが。

 それは、自分が使っている力に似ていたのだ。

「今はとにかく……。」

 しかし、それを考察している時間は今はない。

残り五体の敵を倒さなければ、考えている余裕も出てこない。

「喰らいやがれ!」

 俊平が前に出て、ゴブリンファングの一匹に一閃。

腹を裂かれたゴブリンファングは叫ぶ間もなく、霧散してしまう。

「せやぁ!」

 修平が拳に風の魔力を乗せ、思い切りゴブリンファングの腹を殴る。

放たれた風の魔力が腹に風穴を空け、残り三体になる。

「あと少しだ!」

「気を抜かない!まだ三体います!」

 少し気の抜けた声を出す俊平に対し、清華はゴブリンファングの攻撃を躱しながら怒鳴る。

「そこです!」

 一瞬の隙をついて清華は跳び、ゴブリンファングの首を刎ねる。

残り二体、もう負ける事はなさそうだ。

「そこだぁ!」

 竜太が渾身の一撃を繰り出し、残った二体を同時にトンファーで攻撃する。

二体のゴブリンファングは悲鳴を上げる間もなく霧散し、あたりには静寂が帰ってきた。

「良し、終わりっと。」

「はぁ、何とかなったな……。」

 竜太が声を上げると、俊平がホッとしたような声を出す。

 全員気が抜け、ため息をつく。

それだけ張りつめていたのだ、初めての自分達だけでの戦闘というのは。

「ごめんなさい……。」

 そんな中、蓮が涙目で謝ってくる。

それは、戦えなかった事からくる罪悪感だ。

「蓮君は魔物見たこと無かったんだし、仕方がないよ。」

「でも……。」

 竜太がフォローを入れるが、しかし罪悪感は拭えない。

 確かに魔物を見たのは初めてだったが、あそこまで怖くなるとは思いもしなかった。

だから、拭えない。

「蓮君、私達も最初は怖かったのよ?今だって怖かったの。」

「そう、なの……?」

「でも、戦わなければならないのよ。世界の為に、私達自身の為に。」

 人間相手に刃を抜けなかった自分が言うのは、お門違いだと言うのはわかっている。

が、蓮を励ます為に清華は言葉を続ける。

「一緒に立ち向かいましょう?怖いのも、みんなが一緒なら大丈夫よ。」

「そう、かな……。そう、だよね……。うん、僕頑張る!」

 清華の言葉に励まされたのか、蓮はいつもの笑顔になる。

「蓮君は強いわ、大丈夫よ。」

「うん!」

 次に魔物が現れた時は戦えるだろう、竜太はそのやり取りを見て感じた。

 蓮は精神的にまだ未熟だが、しかしディンに鍛えられてきたのだ。

初めて戦った時の自分よりも、よっぽど覚悟は決まるはずだ、と。

「そう言えば、さっきの大地君のあれ、何だったの?」

「あれは……。多分ですけど、デイン叔父さんの力だと思います。守護者の力、誰かを守る為に発動する力が、勾玉に籠められてるんだと思います。」

「デインって、確かこの世界の神様だったよね?この勾玉、白虎君達の力だけじゃないんだ?」

「はい。五芒星は四神の力、それに僕達竜神の力でもあるんです。」

 成る程、と納得する一同。

大地が蓮を守ろうとした為に発動したのだと、なんとなく理解する。

「じゃあ、竜太も同じ様な力を使えるって事か?」

「まあ、原理としては同じって感じですね。僕は魔法が苦手なのであんまり使えないですけど…。」

 恥ずかしそうに告白する竜太、俊平はだから魔法剣を使えないのかと考える。

 蓮やディンが使っていた様な雷や炎の剣、ではないが魔法を使わないのはそういう理由だったのか、と。

「さあ、行きましょう。集落か村か街かわかりませんけど、とりあえず人がいる所に。」

「そうだね、急ごう。」

「あぁ、急がねぇと人類滅亡、だろ?」

 今度は競争をしようとはせず、一行はゆっくりと竜太が探知した人間の居る方へと進んでいった。

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