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 昨日は日記を書く前に眠ってしまった。学校からの帰りが遅かったとか、そういうわけでもないのだけど、早い時間に睡魔が回ってきてしまい、少し横になったらそのまま4時頃まで眠ってしまっていた。流石にそこから日記を書く気が湧いてくるわけもなく、ぼやっとした眠気が頭の中を滞留する中、点けっぱなしだった電気だけ消してもう一度眠りについたのだ。

 さて、言い訳はこのぐらいにしておいて、今日のことについて書こう。

 今日はゴールデンウィーク一日目。とはいえ、明日は通常通り学校があるので、すべてを放り出して遊ぶということはできないのだが、うきうきとした気分はどうにも抑えられず、朝起きたわたしは――

「どこだ、ここ?」

 知らない天井、いや、これは天井じゃない?

 目を開けてみるとやたらと近くに天井が見える。わたしは背がそんなに高い方でもないから体を起こしても頭がぶつかることはないだろうけど、男性だとそれも難しいかもしれない。

 左には壁、右にはじゃばらの折り目が付いた布、つまりはカーテンが上から垂れ下がっており、かなり狭いプライベートの空間を作っていた。

 もちろん、わたしの部屋が元からこういう作りというわけではない。寝ている間に誰かによって物理的に運ばれたか、それとも超常的な力で転移させられたか……。

「電車の中、かな?」

 外の景色はまだ見ていないものの、規則的な揺れから恐らく電車の中なのだろう。車にしてはエンジン音が聞こえないし。

 カーテンを開けてみると思ったよりも大きな音がして少しびっくりする。どうやらわたしは寝ていたのは4つあるベッドのうちのひとつだったようだ。他の3つには人の気配はなく、明かりは廊下からわずかに差し込んでくる常夜灯のオレンジ色の光がせいぜいだった。

 ベッドから降りようとして靴がないことに気付く。そういえばパジャマも昨日、寝たときのままだし、身ひとつで連れてこられたらしい。なにが目的かはわからないけど、誘拐なら拘束されていないことに違和感があるし、『勇者』としてのわたしになにかをやらせたいならせめて棒きれひとつでもいいから欲しいところである。

 仕方なく裸足で外に出る。床はカーペット上で柔らかいし、冷たくも熱くもなくて少しほっとする。例え勇者としての頑強な体を持っていたとしても、冷たい床はつま先とかかとで歩きたくなるし、夏の海辺の砂場に裸足で踏み込もうものならその場で足踏みをしてしまうのだ。

 廊下に出てみると、やはりここは電車の中であることがわかる。廊下では大きな窓が外の景色を写しており、その輪郭の動きからこの列車がどちらの方向に動いているのかもわかった。

 その動いている方向に目を向けてみれば窓から前方の車両が連なっているのが見える。どうやら緩くカーブを描いているようだが、これは一体何両編成なのだろう。暗くて数えることはできないが、少なくとも先頭車両は地平線の彼方へ消えているように見える。

「起きてしまったのかね?」

 突然、わたしの後ろから聞こえた声に慌てて振り向く。

 人の気配は感じなかったのに。もしかしてこの空間は相当特殊な空間なのだろうか。

 わたしは一段階警戒レベルを上げてから声を掛けてきた人物を見る。

 そこには60歳ぐらいの上背のある男性が立っていた。 毛髪には白髪が多く混じり、顔にも皺が入り始めているのだが、目つきは鋭い。姿勢はピシッと音が出るのではないかと思うほどにまっすぐ立っており、まるで地面に突き刺さっているようだった。

 声も渋くて格好いいのだが、なぜかピンク色のパジャマとそれにおそろいの三角帽子を被っている。

 いや、夜だからパジャマなのはおかしくないんだけど、この男性の雰囲気とはやたらとミスマッチでおもわずあっけにとられてしまう。

「ああ、これか。このパジャマは娘が父の日に送ってくれたものでね、私には似合わないとは思うのだが、娘がやたらと『可愛い』と連呼してきて結局毎晩お世話になっている」

 確かに、これだけ堅物そうな人がこんなパジャマを着ているというのはギャップ萌えみたいなものを感じる。

「娘さん、センスがいいんですね」

「少し、他人とは違った感性を持った子だったがね。まあ、センスは悪くはなかっただろう」

 娘を褒められたのが嬉しいのか、男性は少し顔を逸らして笑みを浮かべる。

「にしても、君のような若い子がいるとは難儀なものだな」

「『難儀』? それはどういう……」

 ここは若い人は来ない方が良い場所なのだろうか。

「ふむ? もしかして君はここがどういう場所なのか知らないのかね?」

 怪訝そうな表情を浮かべて顎に手をやる男性。いや、スーツとか着てたら凄い様になってると思うんだけど、三角帽子でそれをやられると笑いそうになるから止めて欲しい。

「ええと……、わたし、昨日は普通に自室のベッドで寝たはずなんですけど、起きたらそこのベッドにいまして」

 そう言いながら後ろのベッドを指さす。そこには当然だがカーテンが開けられ空になったベッドがある。

「この列車に乗った記憶も?」

「ないです。そもそもここはどこなんですか? とても普通の寝台列車には見えないんですけど」

 わたしの問いに男性は苦渋を舐めたような顔をする。答えは言えるけど、言って良いものかどうか迷っている、そんな表情に見える。

 しかし、何度か逡巡した後、男性はゆっくりと口を開いた。



「ここは死者が天国へと旅立つための列車なのだよ」


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