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『キスを  しないと出られない部屋』

「キスをしないと出られない部屋!? なんですかその最高の部屋は! でへへ、でへへ、ユウカさんとキス。ユウカさんとキスっっ」

 勇者として異世界を冒険していたわたしは、とあるダンジョン内でトラップを踏んでしまい、仲間である神官と共に別の部屋に転送されてしまったのである。

 部屋は10畳ほどだろうか。ダンジョンのトラップ部屋というのはその多くがなにもない部屋で敵がわんさか出るとか、謎解きを強いられるなどが多いのだが、今回はそれらとは毛色が違っていた。

 なにより異彩なのはキッチンが完備されていることだった。

 これは……わたしの世界のキッチン?

 当たり前だが、異世界の調理場とわたしが元いた世界のキッチンは作りがかなり違っている。例えば元の世界にあったコンロに相当するものとして、こっちの世界には『加熱板』と呼ばれる薄い円柱形の器具が存在するが、これは中に火の魔石を埋め込み、片側を熱反射剤、もう片側を熱吸収剤にすることで、片側だけを効率よく熱することができるらしい。

 ガスコンロのように火は出ないが、かといってIHヒーターのように鍋だけを電磁的に熱しているというわけでもない。そういえばラジエントヒーターとかいうのはこれに近かったような気がする。

 とまあ、そんなわけでこの世界のコンロと言えば『加熱板』なのだが、この部屋にあったのはなんとガスコンロであった。あの摘まみをひねったら『チチチチチチッ』ってなって、『ボッ』って火が点くやつである。かなり懐かしい。わたしの家もガスコンロだった。

 ガスコンロだけではなく、その他の器具もどれもこの異世界ではあまり見かけない、そしてわたしの元いた世界ではありふれたものばかりだった。

 キッチンから目をそらしてもやはりあったのは元の世界でおなじみのものばかりだった。

 マットレス、ローテーブル、座椅子、テレビ、ベッド。

 大学生とかになってアパートで暮らしたらこんな感じの部屋になるんだろうなぁという想像がそのまま現実となったような部屋なのである。

「そうか、技巧ギミツク系のトラップじゃなくて、悪魔の仕業か……」

 悪魔の攻撃方法のひとつとして、対象者の記憶から仮想世界を構築し、その世界に対象者を閉じ込めるというものがある。対象者を自分が構築した仮想世界に閉じ込めることで魔力を奪ったり、そこで生まれる負の感情を糧としたり、あるいはただただ慌てふためく様を見て愉しむなどと言った趣味が悪い悪魔もいる。いや、まあ趣味の良い悪魔というのもよくわからないんだけど。

 この部屋が元の世界のもので溢れているのは恐らくわたしの記憶を使ってこの部屋が作られているからだろう。

 では、この仮想空間を構築した悪魔はいったいどんな悪魔なのか。

 壁に大きく書かれたメッセージをもう一度読む。

『キスを  しないと出られない部屋』

 うん、これはどう考えても愉快犯だね。もうどうしようもなく趣味の悪い類いの悪魔だね。

 だいたいここに連れてこられたのは勇者であり、元の世界では女子高生であったわたしと、少し年上の神官である。こんなのを糧とする存在がいるとは思え――ああ、いや、元の世界には『百合厨』という人種がいるのだったか。いや、まさか悪魔がそんな、ねぇ?

「ととと、とりあえず、キスをしなければ出られないようですし、キスします? しちゃいます!?」

「いや、怖いから。鼻息荒いから。わたしはそっちの気ないから」

 うん、悪魔に『百合厨』がいるかどうかはわからないけど、この子はじゃっかんそっちの気があったのだった。

 この神官からすればこの状況は据え膳というやつなのかもしれない。

 だいたいなんかあのメッセージ、おかしくないか?

 先ほどの『~出られない部屋』という言葉をよく見てみる。なんか『キスを』のあとに不自然な空白があるのが気になる。

「『ディープな感じで』とかじゃないですかね? はぁはぁ」

「そんな悪魔がいてたまるか。うーん、まあ無理矢理開くか」

 恐らく何かの条件を達成することでこの空白部分の文字が浮かび上がってくるのだろうが、そんな小手先を勇者に仕掛けるとは舐められたものである。

 そもそも仮想世界というのはそこまで頑丈なものではない。たとえば仮想世界の構築の方向性を術者が決めることはできても、実際に作るのは術を掛けられた側の記憶に頼らざるを得なかったり、解呪の条件を複数設定すると片方の解呪が容易になってしまったりするのである。

 だから、この空白部分に対流している魔力から術の起点を逆探知して……。

「ここかな」

 テレビを持っていた剣でぶった切る。

 すると隠れていたメッセージが浮き上がってきた。

『キスを調理しないと出られない部屋』

 なるほど、『キス』すなわち魚の『鱚』を調理しろと。

「無理だ」

「無理ですね」

 諦めよう。わたしたちの旅はここまでだったんだ。

 いやね? これが強敵を倒すとかだったらいくらでもやるよ? 勇者の力フルパワーで一発ノックアウトである。だけど――

「料理は全部剣士と魔術師に任せていましたからね」

「っていうか鱚の料理を求める悪魔ってなんだよ。女子が全員料理できると思ってるとか時代遅れすぎない?」

 いまどき男子も料理できないとモテないぞ!

 ……まあ、じゃあ女子が料理できなくていいのかと言われると頷けないのだけれど。

「仕方ありません。わたしも教会にいた頃は何度か料理をしたことがあります。やるしかないですね」

「ちなみに、教会で料理したときはどうなったの?」

「一回目はボヤ騒ぎに、二回目は本格的な火事になって町中の人が協力して火を消してくださいました。皆が力を合わせれば、大きなことも成し遂げられるのだと、わたしはあのとき身をもって実感したのです。恐らく、あれは神様の啓示だったのでしょう」

「いや、それはないでしょ。あんたの失態を勝手に神様になすりつけんな」

 っていうか『加熱板』って基本的に火事にはならないはずなんだけど。一体どんな使い方をしたんだこの神官は。

「とりあえず鱚を使ってなにか料理をしないと」

「そうですね。とは言っても、鱚と言えばもちろん」

 うん、そうだな。鱚と言えばもちろん。


「天ぷらだな(ですね)」



 数時間後。

「お前ら遅かったじゃねーか! 勇者もいるのに全然帰ってこないから心配したんだぞ! ってところどころ煤だらけじゃねえか! 火炎竜サラマンダーとでもやりあったのか!?」

 なんとか鱚の天ぷらを作り終えたわたしたちはダンジョンの元の場所に戻ってきていた。

 すると剣士がわたしたちの格好を見てぎょっとしている。

 確かにわたしたちの服はいたるところが黒く炭化しており、わたしたちの表情は疲れに疲れ切っていることだろう。

「ま、まあ……そんなところ、かな」

「え、ええ、厳しい戦いでした……」

「ククク、どうせ料理をしろとかそんなお題だったんだろうさ。彼女たちが火炎竜程度に遅れを取るとは思えないしね」

「なんだ、料理か。だからたまには練習しろと言っていただろうに」

「あー、もうなんだっていいでしょ! わたしは寝る!」

 そうして、疲労困憊となったわたしと神官は、そのあと泥のように眠ったのだった。

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