4/18

 わたしと彼は幼馴染みだった。歳も同じで、幼稚園や小学校低学年の頃は当たり前のように一緒に登園、登校し、高学年の頃に一時期距離を置いたこともあったけれど、彼もわたしも比較的早熟で、中学に入る頃には周りの目なんて気にせずまた一緒に登校していた。

 そして、それは高校が終わるまでずっと続いた。

 彼のことが好きなのかと言われると、正直よくわからなかった。当然好きなのだけれど、それはきっと友人達が面白そうに、興味深そうに聞いてくる〝ソレ〟とは多分違っていて、どちらかと言えば家族の愛情的なものだったのだと思う。

 一緒にいることが当たり前過ぎて彼をそういう目では見ていなかったし、それじゃあデートとかはしたくないのかと言われても、普段からしょっちゅう一緒に買い物に出かけているし、彼とのお出かけは言うまでもなく楽しいので肯定をしてしまっていいと思うのだけど、でもやっぱりそれは彼女達が求めている答えとは違うのだと思う。

「たとえば二人で出かけるときっておめかししたりするの?」

 高校時代、休み時間に聞いてきた友人の声がよみがえる。

 スーパーに行くときはしないね。

「それは確かにデートとは言わんなぁ」

「どちらかと言えば夫婦って感じね……。遊園地のときとかは?」

 今度はもうひとりの友人が質問をしてきた。

 まあ、普通にお出かけ用の服は着ていくよ。彼もいつもより格好いい服着てくる。

「ほうほう、で、少し戸惑いながら可愛いとかカッコいいとか話すわけだ」

 そういう話はするけど、特に戸惑いとかはないかな。普通に笑顔だよ。

「ドキドキとかは?」

 特にないかなぁ。

 そのときはやたらと呆れられたけど、実際問題、彼のことをそういう対象として見ていなかったし、そんなものだろうと思う。

 もちろん、彼のことは大好きなのだ。ただ、いつも一緒にいたわたし達にとって『もっと一緒にいたい』という感情はなかなか起きにくいものだったし、そのせいかわたしの彼への感情が『愛情』から『恋慕』に変じることは終ぞなかった。

 そう、高校3年間の内は。



 当然のことと言うべきか、わたしと彼は別の大学に進学した。もちろん、同じ大学に通うという選択肢もないわけではなかったのだろうが、そもそも大学とはそうやって選ぶものでもなかっただろうし、わたしも彼も受験の時点で比較的やりたいことの方向性が定まっていたため、それぞれが適した大学を選んだ。

 と言っても、地元から離れるというほどの自発性があったわけでもないのだけど。

「それじゃあな」

「うん、また」

 そう言って、わたしと彼は駅で別れる。わたし達が利用している最寄りの駅は電車の路線が2つ通っており、わたしと彼はそれぞれ別の電車に乗って大学へと向かう。

 彼と別れてから電車が来るのを少し待つ。乗換駅ということもあってホームはそこそこ混み合っている。わたしの背中側に彼が乗る路線のホームがあるのだが、そっちには見向きもしない。どうせ人混みで彼を見つけられないのは最初の数日でわかったからだ。

 電車が来て、開いている座席に座る。この時間はちょうど向こうの路線の電車も同時にホームへと入ってきて、そして同時に出発する。

 出る方向は同じだ。しかし、わたしの乗っている電車はすぐに大きくカーブをするため、次第に彼の乗っている電車が離れていく。


 ああ、彼ともっと一緒にいたい。


 最初にこう思ったのはこの電車の中だった。

 彼の乗る電車が自分の電車から離れていくのを見ながら、わたしの心にすとんと落ちてきた感情。


 ずっと彼と一緒にいたのに感じなかった。

 ずっと彼と一緒にいたから感じなかった。


 そんな感情に、こんな電車の中で気付いたことが面白くて、この電車に乗る度に少し笑ってしまう。

 温かくって、少しソワソワして、そして――ドキドキする。


 わたしは、彼に恋をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る