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 あっぶな! 久しぶりに漫画を読んでいたらいつの間にかこんな時間だよ! うーん、やっぱりなんか日記って後回しにしちゃうんだよねぇ。この時間に書くのが習慣になってきちゃってるっていうのもある気はするけど、そもそも日記ってその日にあったこと、すなわちその日を過去にする行為なわけで、それを考えるとやっぱり一日の最後に書きたいっていう気分になっちゃうのもしょうがないかなって感じだよね。

 まあでもやっぱりもう少し早く書きたい。この時間になるとなかなか嘘日記を考えている暇がないもんね。

 さて、今日はなにをしたっけな。



「コーヒーカップには3種類あるのだよ」

 そう言って先輩はコーヒーカップの扉を開けた。

 もちろん、普通のコーヒーカップに扉なんて付いているわけはない。今、わたしたちは遊園地に遊びに来ていた。

 どうしてこの先輩と遊園地に遊びに来ることになったのかというのを説明するとまた奇妙な話なので割愛するけど、こういう人の集まる行楽地なんてあまり興味がなさそうな先輩と、放課後からダッシュで(実際は走ってないけど)ここに来たのだった。

 長い髪、膝丈まであるプリーツスカート、少し野暮ったい眼鏡。先輩はいわゆる文学少女然としたたたずまいをしており、喋り方もどこか芝居がかっている。

 学校から直接来たため、わたしも先輩も制服姿ではあるんだけど、先輩とわたしの格好が同じ制服であるとはとても思えなかった。先輩を見ているとまるで彼女ひとりが昭和からタイムスリップしてきたのではないかとすら思わせられる。

「ひとつはある程度回すと自動的にストップが掛けられるタイプ」

 わたしと先輩がコーヒーカップの中に入り、真ん中の薄く輝く金属製のテーブルに軽く手を置いた。

 いや、先輩はもう既に回す気満々なようで手でしっかりとテーブルを握りしめている。

 もちろん、まだコーヒーカップは動いていないため、テーブルも回ることはないのだが。

「そして、もうひとつは際限なく回せるタイプ」

 ブー、というブザーと共にゆっくりとコーヒーカップが動き出す。それと同時に先輩は腰を若干浮かせながら勢いよくテーブルを回し始めた。

「最後は自分では操作できずに身を任せるタイプさ!」

 みるみるうちに周りの景色が線を引き始める。少なくともこの時点で最後のタイプでないことは確かだ。

 あ、既にちょっと目が回っている気がする。

「こ……っ、ここはどのタイプ、なんですか!?」

「2番目さ! さあもっと回すよ!」

「バカなんですか!? もうかなりのスピードなんですけどぉ!?」

 ぐるんぐるんぐるんぐるん!

 先輩の腕なんてそれこそ文学少女って言葉が似合うような細腕で、わたしなんかより腕力とかなさそうなのに、気付けばわたしたちの乗っているコーヒーカップは明らかに他のコーヒーカップよりも勢いよく回っていた。

「うぐっ」

 そして、あるところから目の回る気持ち悪さとは別の感覚が体を襲い始める。

「お腹が……押されてる?」

「そう! コーヒーカップで目を回すなんていうのはもちろん、あるのだけれどね! 際限なく回せるタイプのコーヒーカップはそれに加えてお腹の痛みまで生み出せるんだ!」

 なにテンション高く喋ってんのこの人!? 明らかに自分もお腹痛そうにしてるのになんだか嬉しそうなんだけど!? Mかな!?

「ちょっと先輩! そろそろ、手加減!」

「ふはははは! 回れ回れェ!」

「誰かこの人止めてー!?」

 それから、わたしは再度ブザーが鳴るまでお腹を圧迫するような痛みに耐えながら、先輩の歓喜の声を聞き続けるのだった。



「待ちたまえよ、ゆうか君」

「なんですか先輩……」

 コーヒーカップから降りて地を足に付ける。地面が固定されてるって幸せだなぁ。

 いや、ホントに固定されてる? まだ回ってる気がするっていうか、油断すると体が勝手に傾くんだけど。

 先にコーヒーカップから出たわたしは、盛大に狂わされた三半規管と戦いながら、なんとか出口へと向かおうとしていたのだが、そこで後ろから先輩が声を掛けてきたのである。っていうか思ったより声が遠い?

 後ろを振り返ってみると先輩はまだコーヒーカップに中にいた。

「わたしの三半規管はあまり強くはなくてね、肩を貸して欲しいのだが」

 ………………。

「じゃ、先にベンチで待ってますんで」

「ちょっ、ゆうか君!? それはあまりにも薄情というものなのではないかね!? ああいや、すまなかった! 調子に乗ったこと謝るからホント助けて欲しいのだが! ゆうか君! ゆうかくーん!?」

 後ろからやたらと人の名前を呼ぶ声が聞こえるような気もするが、わたしは頭を軽くトントンと叩いて、三半規管のズレを直すと共にその声を追い出すのだった。

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