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図書室という場所は苦手だ。文化芸術棟の最上階――4階の一番端っこにわたしの学校の図書室は居を構えている。
わたしの学校は(どこの学校も大体同じだと思うけど)普段、生徒が生活を行う教室と芸術系の科目である音楽や美術、書道等の教室が別の棟にあり、中央廊下などを通って互いに行き来することができるようになっている。そちらの棟には他には社会科準備室とか進路相談室とかがあったりして、まあ正直な話自分からあまり立ち寄りたくはないような部屋もあったりする。
吹奏楽部や書道部の生徒であれば文化芸術棟は勝手知ったるなんとやらというような場所なのであろうが、帰宅部であるわたしからすると完全にアウェーなのであった。
更にそのアウェーの中でも図書室は別格だ。なんせ一番端っこだし、授業で使われるわけでもない。本好きであったり、授業の調べ物をしたいという生徒にとっては頻繁に訪れる場所なのかも知れないが、あいにくとわたしは小説どころか漫画すらあまり読まない質だし、授業で調べ物が必要になったらネットを使う。
では、なんでそんな場所にわざわざ訪れているかというと、『彼』に指定されたからだ。
「いた」
図書室を見回して図書室を指定してきた『彼』を見つける。周りには誰も座っておらず、なんとなくその席がそいつの指定席なんだろうなと感じた。
「おつー」
「ああ」
声を掛けたものの返事はそっけないもので、目線は読んでいる本を見たままだ。顔は一ミリたりとも動いていない。
わたしは鞄を椅子において『彼』の正面の席に座る。テーブルには彼が読んでいる本とは別に数冊の本が置いてある。どんだけここにいるつもりなんだ、こいつは。
『クール』という言葉が一番適しているだろうか。顔はちょっと尋常じゃないぐらい整っているものの、表情は淡泊。しかも髪も最低限寝癖を直してきたと言う程度にしか整えておらず、こいつの魅力を半減させていた。
普段あまり誰かと話していることがないので、目立つタイプではないのだが、なにぶん顔がいいので女子の中ではこいつに気を寄せている子も少ないのだという話を聞いたことがある。しかも成績優秀で定期テストでは毎回上位に名を連ねている。
これでもう少し表情が豊かであったり、その優しさを前面に出していれば、学校一のモテ男である鈴木とも渡り合えていたかも知れない。
まあ、『彼』はそういうの全然興味なさそうだけども。
「でさ、わたしこういうの初めてだからなにすればいいかわからないんだけど」
「図書室でやることといえばひとつだ。興味がある本を取ってきて読めばいい」
こ、こいつは……。
どうやら、どうしてわざわざわたしが図書室なんて来たのかわかっていないらしい。指定してきたのあんたでしょうが。なにかしら経験があると思ってたのに。
「そうじゃなくて、『図書館デート』ってなにすればいいのかって話」
そう、わたしたちは別に本を読むためにここに集まったのではないのだ。
……こいつは本を読みたくてここを指定しただけな気がするけど。
「わたしたちが『彼氏・彼女』だって演じなきゃいけないの忘れたわけじゃないでしょうね?」
わたし――島田ゆうかとわたしの『彼』――水瀬浩一は幼馴染みでつい最近彼氏彼女ということになった。
『ということになった』というのはもちろん、実際はそのようなことはないからである。
いわゆる家の都合というやつなのだが、まさかこんなお話みたいなことが自分に降りかかってくるとは思っていなかった。
「もちろん、覚えている。君がデートをしようといってきたんじゃないか」
「そうね。わたしがデートをしようってアンタに言って、『それなら放課後図書室に来てくれ』ってアンタが言ったのよね?」
わたしのケンカ腰の言葉遣いに彼は小さくため息を吐いて本を閉じた。どうやら集中して本を読めなさそうだと判断したらしい。
っていうかため息を吐くな。演技だとしても彼女の言葉だぞ。
「そうだ。そもそも僕にはデートでなにをすればいいのかなんてわからない。いや、理解してはいる。恋愛小説にデートシーンなんてしょっちゅうあるからな」
恋愛小説なんて読むんだー。案外可愛い。
「しかし、実行に移す気はない。君相手にそこまで頑張るのは面倒だ」
そしてもう一度ため息。ちょっと女子! こいつのどこがいいわけ!? すっごい失礼なんだけど! 可愛いとか言ったの誰よ!
「そうして思いついたのが図書館デートだ。これならコスト0。会話をする必要もない。最高のデートスポットだろう」
「そりゃ、本好きからしたらそうだろうけど」
「僕が本好きだからなにも問題はないな」
「わたしは本好きじゃないのよ。放課後はカラオケとかで遊びたいイマドキ女子高生なのよ!」
思わず声を荒げそうになり、慌てて個々が図書室であることを思いだし、声を抑える。
「それは君が放課後にしたいことじゃなくて、君がなりたいイメージだろう」
「なにが違うのよ」
「例えばだ。僕が毎日誰とも喋らず、本に没頭している理由が『文学少年ってクールじゃね?』って思っているからだったらどうする」
「大爆笑する」
「それと同じだ。僕は今、笑いを堪えようと必死で耐えている。きっと家に帰ったら君の言葉を思い出して大声で笑いながらベッドの上でのたうち回ることだろう」
絶対嘘だ。こいつ、さっきから全然表情変わってないし、笑いを堪えているようにはとても思えない。
それに彼が大笑いをしているところも、ベッドの上をごろごろと回っているところもまったく想像できなかった。
っていうか今わたしのことバカにしたわよね? まあ昔からこんな感じだったからもう慣れてるけど。
「もういいや。じゃあわたしも本を読めばいいのね」
「そうしておけ。君でも楽しめそうな本を見繕っておいた。僕は読書に戻る」
そう言って彼は先ほど読んでいた本をまた開き直した。
彼が読書に戻る前に目線を向けたのは机に置いてあった数冊の小説だった。どうやら彼が読むために置いておいたのではなく、わたし用だったらしい。
こういうところは、まあ気が利くと思わなくもない。いや、さっきのやりとりの中で感じたイライラを解消してくれるものでは全然ないんだけど。
そもそもわたし、小説ってあまり読まないから眠くなる気がするし。
そうは思いつつも、図書室デートでスマホをいじり続けていては『演技』にならないので、わたしは彼が選んでくれた本を一冊手に取るのだった。
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