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 波の音が時間の経過を忘れさせていた。


 ざざーん、ざざーん


 その規則的でいて、どこか不規則な音を何度聞いたかなんて覚えているわけもないけれど、ふと顔を上げてみれば先ほど見上げた場所に位置していたオリオン座は別の場所へと移動していた。

「やっと、……はぁ、見つけた」

 聞き飽きるほど聞いた声。

 幼馴染みで、少し上のお兄ちゃんで、大好きで――だからこそ今は一番聞きたくない声だった。

 その声を少し聞いただけでも、そこら中を走り回っていたのだろうなと簡単に予想が付いた。

 今までの無知なわたしであれば、彼がわたしのために走り回ってくれたことを喜び、心が舞い踊るような笑顔を浮かべていたのだろうけれど、今はただただ苛立ちが募るばかりだった。

「お前なぁ、こんな夜中にひとりでほっつき回るなんて危ねぇだろうが。ほら、帰るぞ」

 ざっ、ざっ、と砂を踏みしめる音が近づき、空を見上げていたわたしの視界を兄ちゃんの顔が遮る。

「邪魔」

「あ?」

「空が見えない」

「……そうかよ」

 すると、以外にも兄ちゃんはわたしの隣に座って、携帯を弄り始めた。

「なにしてるの……?」

「おばさんに報告。思春期拗らせてる娘さんは無事、見つかりましたって。おばさんめっちゃ心配してたぞ」

 それは……まあ、悪いことをしたかもしれない。

 その点では……兄ちゃんに感謝をすべきなのかもしれない。

「そう」

 しかし、結局わたしの口からはそんな短い言葉しか出てこなかった。今は兄ちゃんに対して感謝の言葉なんて言えるような精神状態じゃなかった。

「っていうか彼女はいいわけ? 彼女を放っておいて、近所の妹みたい女子高生を追いかけたとか、引かれるんじゃない?」

 引かれてフラれてしまえ。そうしたらわたしが慰めてあげることも吝かじゃない。

「ああいうとき、あいつは寧ろ背中を押すやつだからな。お節介すぎてたまにうっとうしかったりする」

 少し面倒そうな口調。でも、その中に溢れんばかりの愛おしさが含まれているのがわかる。わかってしまう。

 兄ちゃんとは付き合いが長いのだ。それぐらい余裕。

 わからなかったらこんなに辛くないのに……。

 知らない方がいいことはたくさんある。


 兄ちゃんの気持ちも。

 わたしの気持ちも。


 もし、兄ちゃんに想い人がいるということを知らなければ、今でも兄ちゃんと楽しく馬鹿な話をしていただろうか。

 もし、わたしが兄ちゃんへの恋心を自覚しなければ、今でも兄ちゃんと一緒にいても辛くなかったのだろうか。

「冬の星座って、オリオン座しか知らないんだよな」

 兄ちゃんが空を見渡して、真上から外れたところにあるオリオン座を見つける。

 そこは、わたしがさっき、ひとりでオリオン座を見ていた方角とは当然のように違っていて、なぜだかそれが余計に悲しかった。

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