アイドルが女子寮の部屋から出られない事情

「なんだか今日のステージは若い子たちが多くて、見ているだけで元気がもらえるような感じがするよね!」

「瑠海? 今の発言、まるで私を完全におばさん扱いしているようにも聞こえたのだけど、もちろんそれは私の思い過ごしってことでいいよね?」


 ライブは『BLUE WINGS』と『Green eyes monsters』がそれぞれ四曲ずつ歌い上げ、ちょうど折り返し地点を迎えようとしていた。もうすぐ千尋さんが最初にネタバラシをしていた、ドッキリの第二幕が開けようとしている。あたしはその時が近づいていることを実感し、少しだけ胸に痛みを覚えてきていた。


 MCでは『BLUE WINGS』の座長とも言える瑠海さんの何気ない発言が、あたしではなく千尋さんの胸をぐさぐさと抉っているかのようだった。春日瑠海さんは高三で、千尋さんは今春高校を卒業したばかりの大学一年生だ。それに対して『Green eyes monsters』のあたしたち三人は、全員高校一年生。年齢的にはわずか二、三歳しか違わなくて、それがそんな大きな差があるようには感じないんだけどね。いやまぁあたしが大学受験勉強に追われるであろう高校三年生や、晴れて受験に合格して女子大生でもないので、実際のところはよくわからないけど。……てかあたし、本当に大学なんて行くのかな?


「千尋〜。あたしなんか千尋がアイドル卒業してから、ずっと茜と二人でユニット組んでるんだぞ〜。年齢のことを気にしてたりしたら負けなんだからね〜!!」

「そういえばその蓼科茜さんって……今日はなんでここにいないのでしょう? この場に一人増えるくらいなら、『White Magicians』も合同でライブをした方が盛り上がったかもしれないのに」

「あ〜、それは……」

「未来ちゃん絶対言ったらダメです! 深紗ちゃんもそれ以上聞いたらITOが幽霊に代わって化けて出ますからね!!」

「……ってあたしが答える前にITOちゃんが先に半分答えてるじゃん!」


 ちなみに蓼科茜さんはあたしたちの一つ上の高校二年生。胡桃さんは千尋さんと同じ大学一年だから、三歳の年の差ユニットで活動をしていることになる。その茜さんがここにいないという状況は、御咲ちゃん同様あたしも当然気になっていたが、ITOさんと未来さんの慌てて口封じを試みたようだった。ま、未来さんの言う通り、本当に口封じできたかどうかは定かでないけど。


「あの腰抜けアイドルなら最近寮に出るって噂のお化けに怯えて、部屋からなかなか出てこないのよ〜。高二にもなって幽霊が怖いとか、お前は小学生か!って感じだよね〜」

「…………」


 ITOさんの静止も虚しく、それを大きな声で答えてしまったのは瑠海さんだった。幽霊などというあまりにも予想外の単語が出てきてしまったため、ステージの上だけでなく、観客席の笑いさえも起きずに、ただ沈黙の時間が訪れてしまった。

 そういえば瑠海さんと茜さん、そして未来さんは、同じ女子寮で暮らしているんでしたよね。茜さんといえば『ポスト春日瑠海』と呼ばれるほど、女優としてもアイドルとしても非常に器用に熟してしまうタレントさんだ。それ故にライバルの瑠海さんとは犬猿の仲らしくて、ライブ会場で一緒にステージに立つとおよそ喧嘩が絶えないらしい。だけど実際のところは茜さんが国民的女優春日瑠海の大ファンらしくて、そんな瑠海さんの落ちこぼれアイドルっぷりが見ていられないとか、そういう類の話らしいとか。

 にしてもそんな器用な茜さんが……幽霊??? なんだかピンとこないなぁ〜。


 ……って、そんなことよりこの場をなんとかしなくては。


「あの〜、そろそろ次のコーナー行きませんか〜?」

「そうだね! わたしもいよいよって感じで待ちくたびれちゃったよ〜」


 あたしの催促に、真っ先に返事をくれたのは愛花ちゃんだった。

 それもそのはずで、この次のコーナーは愛花ちゃん主演の寸劇。現在絶賛放送中の学園ドラマ『ガラス色のプリンセスの鈴音』のパロディで、台本はドラマ原作者である悠斗が書いたもの。愛花ちゃんとあの春日瑠海さんが初共演ともあって、それはそれで楽しみなんだけど……


 ……この台本の流れの中で、あたしはある告白をする。

 それは悠斗とあたし、そして御咲ちゃん、愛花ちゃんと相談して決めた結末だ。


「んじゃ、そろそろ始めよっか。未来、ITOちゃん。準備はいい?」


 今日のステージの座長でもある瑠海さんがそう声をあげると、マイクを手にしていない方の右手をぐっと上にあげた。するとまだ誰からも返事がない中で、ステージの照明がすとんと落ちる。急に真っ暗になった観客席からは、やや騒然とした雰囲気が漏れ始めていた。


「雪乃は雪の中、道なき道をただひたすらに歩いていた。本来なら……昨日までは、確かにここに道があったはず。だけど辺りは真っ白に覆われていて、アスファルトらしきものはどこにも姿を現さない。雪乃が歩いた背後には足跡が出来上がるのみで、前方はというと、白い雪嵐が雪乃の視界を完全に遮ってしまっていた」


 暗いステージの上から、未来さんのナレーションが静かに響き渡る。唐突に訪れた寸劇の第二幕に、観客席からのざわめき声は完全に消え、今はその声一点に耳が集中している。


 ……ん? 雪乃? ところであのドラマ、そんな名前の登場人物いたっけ??

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