御咲と愛花、そして夏乃

女子高生作家が担当編集に身代金を要求される事情

 今時珍しいのかもしれない学園ドラマ『ガラス色のプリンセスの鈴音』は、先週の土曜日に初回が放送された。主役が無名でほぼ新人と言っても過言でない愛花ちゃんということもあり、目標となる視聴率もかなり低めに設定されていたらしいのだが、蓋を開けてみると思いのほか好評で、視聴率も目標どころか期待値以上の数字を取れたそうだ。社長が言うには、『千尋の妹として愛花を売り出したのが功を奏したのだろう』と評していたが、いくら姉の七光とやらがあったとは言え、愛花ちゃんの演技力は素人目のあたしからみても抜群に良かったんだ。いつもはのほほんとしているくせに、演技となると完全に目の色が変わってしまう女の子。なるほど、御咲ちゃんがいつも嫉妬するわけだよね。


「それで廣川さんはあのドラマのおかげで、今日は超ご機嫌ってわけですね」

『そりゃそうよ! ドラマ化が決まった時点で重版が確定、さらにドラマが始まってあれだけ視聴率取れたら再重版も決まったようなものだもの。これからますます忙しくなるわよ!』

「その分だとあたしのお仕事はもうちょい先延ばしても、全然問題ないはずですよね?」

『あら夏乃ちゃん。例の件のこと、まだ根に持ってるの?』


 そして今日は月曜日。あたしは学校の授業が全て終わると迷わず屋上へ行き、担当編集の廣川さんへ電話をかけた。金曜日に事務所の社長からも相談を受けた例の件について、もう一度真相を確認するためだ。


「あたしの作品のドラマ続編とか、あたしまだ全然続きが書けてないのに勝手に話を進めるなんて、いくらなんでも横暴すぎやしませんかね?」

『だって夏乃ちゃん、そうでもしないと続きを書いてくれなそうだし』

「でもこの手段って、なんだか恐喝っぽくないですか?」

『あら、それは素敵なお話ね。続きを書いてくれないことに担当編集が痺れを切らして、作家へ身代金を要求するの。だけどそこで返り討ちに遭って、担当編集は殺されてしまうとか。次回作はそんな感じでどうかな?』

「却下です! てかその身代金って、誰かを人質にするつもりですか!?」

『そうねぇ〜……。作家さんのボーイフレンドなんてどうだろ? 実はそのボーイフレンドも作家という設定で、仕事のお話と誘い出しつつ、そのまま縛り上げて拘束しちゃうの』

「なんか、妙に現実味を帯びてる気がするのはあたしの気のせいですかね??」


 あたしのことを助けに来てくれるはずの王子様は、何もできないまま犯人に捕まって、あたしはむしろ身代金を要求される。……うん、あたしだったらそんなお金絶対用意しないだろうし、優柔不断の王子様はそのまま勝手に殺されてくれって具合だ。推理小説に必須のミステリー満載な事件など起きるはずもなく、そのまま勝手にお話が終わってしまっている。やっぱり却下だね!


『まぁそのボーイフレンドさんの方も純文学の続きが全然書けていないらしいのよ。夏乃ちゃんも手伝ってもらうと助かるんだけどな』

「……その点は善処します」


 冗談はさておき、廣川さんから見たあたしと悠斗は付き合ってると言う設定になってるらしいので、あたしとしてはそう答えるしかない。ま、悠斗が続きを書けない理由もおよそ想像がつくけどね。


『ふふっ。とりあえずそういうことだから、夏乃ちゃんも次回作期待してるわよ』

「は、はぁ……」


 電話の向こう側が急に忙しくなったのか、廣川さんは電話をぷつっと切れていた。実はこちらも電話どころじゃなくなっていて、さっきからあたしの背後にはヤスミが立っていた。ヤスミはあたしから数メートルという場所で距離を取り、電話の内容は聞いていないと無言のアピールをしている。ただこうしてあたしがいる屋上に現れたということは、何か用件があるということなのだろう。


「どうしたのヤスミ。あたしに、何か用?」

「んっとね。校門前が少し騒がしくなったので、ナツノッチを探してたの」


 そっけない質問に、ヤスミもそっけなく返してくる。まるであたしの伝言役みたいなことをしてくれるヤスミには、これでも感謝してるつもりだけどな。


「また愛花ちゃんでも来たのかな?」

「それが少し違うみたいでさ……」

「ん……??」


 あたしは屋上から身を乗り出して校門の方を眺めると、確かにちょっとした人だかりのようなものができていた。一際人目を集める人物が、その中心で誰かを待ち伏せしている。って、その待ち伏せされてる相手があたしであることに間違えはないのだけど、今日は愛花ちゃんではなく……。


「御咲ちゃん……?」


 また意外な人が小田原に現れたので、あたしは少しだけ後退りしてしまったんだ。

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