アイドルが社長の前で杞憂してしまう事情
あたしは、六人テーブルの中から空いていた悠斗の隣の席を選び、そこへ座った。悠斗がどうとか関係なく、同じテーブルに同席しているのは芸能事務所『デネブ』の文香さんと、元国民的女優の春日瑠海さん、そしてもう一人が愛花ちゃんの姉の千尋さんと来れば、正直この席しか選べなかったというのが本音だ。……と思うよ? いや本当のことだけど。
「あ〜! そういえばこの子、去年撮影現場で見たことある〜!!」
「なるほど。やっぱし天保火蝶の大ファンというのは本当のようね」
あたしの顔を間近で見るなり、そう大声をあげたのは瑠海さん、納得の落ち着きの声を上げたのは文香さんだった。あたしなんか一度きりしかその撮影現場にお邪魔していないはずなのに、それでもあたしの顔を覚えられていられるって、元国民的女優の頭の構造とは一体どうなってるんだろうね?
「お前、本当に何やらかしたんだ……?」
「ちょっと廣川さんと……社会科見学???」
なお悠斗はそもそもあたしの正体を知っているため、正体を隠す必要など特にない。それがこの状況の中でいいことなのか悪いことなのか、ただそのせいで少し安心してしまうのは事実だった。
「あ、あの〜、それであたしに話というのは結局……???」
とりあえず妙な話になる前に、話を進めておかなくては。
「千尋から、天保火蝶さんの推理小説のスペシャルドラマが作られることになりそうって話は聞いてると思うの」
「は、はぁ……」
文香さんは、絶対それ秘匿情報のはずなのに全く無関係のあたしなんかに聞かせて本当に大丈夫!?という話を、淡々としてくる。まぁ今更それを突っ込んだところで、既に千尋さんから伺ってしまっているし、そもそも何であたしはこのルートでその話を耳にしなきゃならんのかと思わないこともない。
「それで夏乃ちゃんが天保火蝶の大ファンだって聞いて、天保火蝶さんは一体いつ次回作を書き終えそうかなって、ファンとしての見解を聞いておこうと思って」
「ブハッ……」
なぜそれをあたしに聞く?
「で、悠斗くんにも天保火蝶さんと同じ作家してる男の子だし、同じように見解を求めたんだけど、そんなのわからんの一点張りでね」
疑いの眼差しを悠斗に向ける。……こいつ、何か余計なことを喋った?
だけど悠斗は照れ臭そうに薄ら笑みを浮かべるばかりで、正直埒があかない状況にも見える。その顔がどうにもやはりあたし以外の美女三人に囲まれて、ニヤニヤしているだけのように感じてしまうのは、ただあたしのイライラを増長させてくるんだ。
だってこいつ、あたしにはそんな顔を絶対見せてきたことないし。
「ん〜、あたしは今ひとつ話がまだ見えてないのですけど……そもそも天保火蝶ってもう一年くらい新作を書いてないんですよね? そんな人に期限を切って次回作を期待するなんて、無謀なんじゃないですかね?」
と、適当すぎる合いの手を入れてみる。とはいえこれは一般論だと思うんだ。
もちろん悠斗にはその瞬間、きっとした視線で睨まれた。さっきまでのにやけた顔は一体どこへ消えた!? 何であたしにだけそんな冷たい顔を向けてくるのだろう。納得がいかない。
「作家として、悠斗君は今の夏乃ちゃんの意見、どう思う?」
次に社長は悠斗にそう話を差し向けた。すると悠斗はもう一度あたしの顔を覗き込んできた。今度の顔は何とも表現し難い無表情なそれだったので、あたしは牽制を入れるため、他の人には気づかれないようテーブルの下で悠斗の膝をえいっと軽くつねったんだ。
すると悠斗は小さく笑みをこぼすと、こんなことを言ってくる。
「確かに夏乃の言う通り、次回作を書けなくなった作家はごまんといます。だけどそれでも待ち続けることが、僕ら読者のするべきことだと思うんです。ファンとして応援し続けること。その声援がちゃんと届けば、作家が今ある障壁を乗り越えてでも、次の作品を書きあげることができるんじゃないかって」
あたしにある、障壁……??? 悠斗は一体、今何を言ったのだろう?
「なるほどね。そういう意味だとここにも女優をすっぽかしてる身勝手なアイドルがいるものね。芸能界も文学界もある意味似たようなものかもしれないわ」
「ちょっと社長〜? 急にわたしに話を振るのやめてください!」
そう抗議したのは今ではすっかり国民的アイドルの瑠海さん。あたしは自分と瑠海さんを同列にして比較されているような気がして、なんとも居づらかった。もはや誤魔化す程度の薄ら笑みを浮かべる程度しかできない。
「だったら瑠海はこれからどうしていきたいのよ? このままだらだらとアイドルを続けていくつもりなの?」
そんな社長の言葉はやはり棘のように刺さってくる。それにしてもこれって本当にあたし宛の言葉じゃないよね?
「だらだらなんてしてないじゃないですか〜。社長の仰る結果だって、ちゃんといつも残してるはずですよ?」
「ええまあそこそこにはね。女優の頃の半分の額にも満たないけど」
「って、そこはフォローしてくれるのが社長の役目じゃないんですか〜?」
「瑠海。あなただったらそれくらい自分で何とかフォローできると見込んでそう言ってるのよ。社長として言わせてもらうと、春日瑠海のポテンシャルを考えたら目標額に全然達してないわ」
「ちょっ……。後輩の前でいつも以上に手厳しくないですか……?」
あの春日瑠海さんがたじたじとは、さすがは敏腕社長というやつですね。
それと同時にあたしの胸を抉られたのも事実だけど。今のやりとり全てひっくるめて、そのままあたしに置き換えても話が通じてしまうように思えるのは、きっとあたしの気のせいってやつだよね!?
って千尋さん? そこであたしの顔見てくすくす笑うのやめてくれないかな??
「わたしだって、やることはやってるつもりなんだけどなぁ〜……」
そんなあたしの杞憂を知ってか知らずか、瑠海さんはそうぼそっと溢したんだ。
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