アイドルが自分の名前を拒む事情

「とにかく、明日のラストは愛花がセンターで私は何も問題ないわよ。それよりも他のところで変化を求めた方がいいに決まってるわ!」

「他って言ったってライブは明日なんだし、そんな都合のいいオプションなんて他にはあまりねーよ。だからやっぱりここは和歌山じゃなくて、御咲をセンターにした方が俺はいいと思ってる」

「どっちもダメ! 変化を求めるなら夏乃ちゃんをセンターに持ってくるべきだって!! それに悠斗、わたしのこと愛花って呼んでって何度も言ってるでしょ!!」

「……………………」


 今日はどれくらいこのまま平行線が続いているのだろう。既にこれが十五分くらい続いてて、こんな議論に時間を費やす暇があるなら、今ここでダンスか歌の練習でもした方があたしはいいと思ってるんだけどな。というよりあたしは主に御咲ちゃんの意見に賛成で、明日のライブで変化を求めるなら他の場所で求めた方がいいと思ってる。とはいえ悠斗の意見にもある程度は賛成していて、今ここで何かを変えられるほどの時間なんてありはしない。変化を求めるなら、三人の中で最も勢いのある愛花ちゃんをセンターにするのではなく、『Green eyes monsters』の初心に戻って御咲ちゃんをセンターにしてみるのもありかもしれない。だけどそのことにどれだけのメリットがあるのか、少なくともあたしにはさっぱりわからなかった。

 そんなセンスのないことばっか言ってるから、悠斗の書く小説はいつも全然売れないんじゃないかな? ……あ、どういうわけかあっちのラノベの方は確かに売れてるんだったよね。大変申し訳ございませんでした!


 あとあと、ちなみに愛花ちゃんが言うところの、あたしがセンターという話だけは絶対論外なので、ここではスルーとします。


「だけど御咲。センターは和歌山でいいって、御咲は本当にそれでいいのかよ?」

「結果論よ。確かに私はに全て納得してるわけじゃないわ。私だってこんなポンコツ娘にお株を奪われるのは当然納得はできない。だけど今はそれでも仕方ないじゃない」

「わたし、ポンコツ娘…………?」


 あ、うん。愛花ちゃんは十分ポンコツだと思うよ。ダンスと歌と演技、それら三点を除けば、完璧なまでのポンコツぶりだよね。……でも、アイドルにそれ以外に求められるスキルって何かあったっけ? どこかの誰かさんみたいに推理小説を書いてるわけじゃないだろうし。


「そこまで和歌山がポンコツだったら、やっぱりここは御咲に戻した方がいいんじゃないか?」

「こんなに馬鹿で無神経でお調子者でポンコツ娘であっても、今私がそんな粗忽者からセンターを奪っても、何一つメリットがないって言ってるの。それよりもこの間抜けヅラを前面に出して今はドラマのPRに専念した方が後々の『Green eyes monsters』にとってもプラスになると思うのよ」

「粗忽者……間抜けヅラ…………」


 あのね御咲ちゃん。それ以上言うと愛花ちゃんの泣きっ面顔が完全に壊れちゃうから、その辺りにしておいた方がいいと思うよ? ……気持ちは非常にわからんこともないけどさ。


「だけどそれだと御咲は……」

「しつこいわよ悠斗!! 私の気持ちにわかったつもりにならないで!!」


 もっとも今は二人とも、視線が一点に集中しすぎていると思うけど。


「愛花は馬鹿でお調子者で無神経で粗忽者なポンコツ娘だけど、私は今、そんな女の子にも勝ててないの!!」

「御咲……?」

「ううん、そんなの最初からわかってた。愛花に本気を出されたら私は勝てなくなるって」


 結局そういうことで、悠斗は御咲ちゃんの本音にまだ気付いてないんだ。


「……違う。そんなのでもない。今の愛花はまだまだ全然本気じゃないわ。それでも私は勝ててない。まだ伸びかけの中途半端で、やっと手足が伸びてきたばかりなのに、だとしても既に私よりも高く舞い上がれる」


 あたしも一応アイドルの端くれ。少なくとも悠斗よりは御咲ちゃんの気持ちはわかってるつもりだ。もっともあたしは御咲ちゃんほど真っ直ぐな性格じゃないけどね。


「本当に許せないわよ。こんなに頑張ってるのに、それでも勝てないんだから……」

「…………」


 悠斗は黙ってしまった。悠斗がこんな簡単なことさえ気付いてあげられてないから、いつも御咲ちゃんは素直になれずに、彼女の機嫌はますます悪くなっていく。結局あたしがこの二人に出逢った頃と何一つ変わっていない。ずっと平行線のままなんだ。


 だけどね。それでもあの頃から少し変化があるとするならば、悠斗と御咲はやはり見落としている部分が一箇所だけある。


「……そっか。やっぱし全部わたしのせいなんだよね?」


 それは、二人の葛藤の中から生まれてしまった、もう一つの少女の気持ちだ。


「わたしがいつもだらしないから、御咲も悠斗も……」

「わかや……」


 悠斗がやっとそれに気づき、名前を呼ぼうとした瞬間はもう手遅れだった。愛花ちゃんはくるっと顔を反転させ、悠斗が『和歌山』と呼び終わる頃には既に喫茶店のドアの音ががしゃんと鳴り響いてしまった。以前の愛花ちゃんであればあたしたちの前でも平気で涙を見せていたくせに、今はそれさえも拒まれてしまっている。

 でももし悠斗が『和歌山』ではなく、『愛花』という名前で呼んでいたならば、ぎりぎりの三文字で愛花ちゃんを呼び止めることができたかもしれない。


「おい待てって」


 悠斗は慌てて愛花を追いかけて、喫茶店から出て行ってしまった。店に残されてしまったは御咲ちゃんはやはり機嫌の悪そうな顔を一瞬あたしに見せてきたので、視線が合った反動であたしは小さく微笑みを返してあげる。すると御咲ちゃんはすっと立ち上がり、悠斗を同じように追いかけて出て行ってしまった。当然だけど愛花ちゃんを追いかけたわけではないだろう。


 そして最後に店内に残されたのは……。


「ほんと、若いっていいわね?」

「そのまるであたしが若くないみたいな言い方やめてもらえますか?」


 愛花ちゃんの姉、千尋さんとあたしの二人だけだ。

 かつて『BLUE WINGS』というアイドルグループでリーダーを務めていた千尋さんは、言わばあたしの先輩といった具合なのかな。そういう意味では本当に愛花ちゃんと姉妹なのか疑いたくなるほどしっかりした性格の持ち主って印象がある。


「そうそう。一度夏乃ちゃんと二人で話をしてみたかったんだよね」

「あたしと……ですか?」

「夏乃ちゃんを見ていると、なぜかよくわからないけど、私の好きな小説の登場人物に似てるなって、そんな風に思えて仕方ないから」

「小説……?」


 唐突にあまりにも意外な単語が出てきたので驚いてしまう。あたしはその理由を千尋さんに悟られないように、驚きの顔にも少しだけ細工をしてみるんだ。そういえば千尋さんって、私が書いた小説のドラマにもちょい役ながら出演していたような……。

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