ep1. 高校生作家が次回作を思い描く裏事情

「そんなの君が高校生作家だからに決まってるじゃない?」


 平日夕方の大船駅前にある喫茶店。もう後一時間もすれば、仕事終わりのビジネスマンでこの店ももう少し混雑してくるのかもしれない。だがこの時間は幾分空いていた。俺の担当編集である廣川さんは、およそとりとめのない話で、俺の話をまとめようとしていた。


「でも、俺みたいな中途半端な人間が書く小説なんて……」

「そこが君の小説の面白いところだもの。悩んで、迷って……そんな小説の書き方、誰にでも真似できることじゃないわよ」

「…………」


 俺の真剣なつもりの質問を、どういうわけか廣川さんは笑って返してきていた。でもこれって、捉えようによっては俺のこと、中途半端な人間だって素直に認めてるような気がする。……いや、『捉えようによっては』などというくだらない前振りはもはや必要ないか。


「でもそれが面白いと思えたから、あのラノベがドラマ化されるのも事実よ?」

「は、はぁ……」

「もっともそれを取り返すくらいに、純文学の方はこれっぽちも売れてないけどね」

「……………………」


 励ましてくれているのか、それともプレッシャーをかけにきてくれてるのか。紛れもなく、両方だろう。ラノベでの黒字を打ち消すかのように純文学の方は赤字を垂れ流してくれてるとか、およそ高校生には理解し難い話を廣川さんは俺に何度かしてくれた。もっとも俺だってその話を一ミリも理解できないわけではない。それにもし本当に俺の純文学が期待も何もない存在なのであれば、廣川さんは俺に純文学など書かせてくれないだろう。本来ならビジネス的に考えても、俺には売れてるラノベの続編を次々書かせた方が、明るい未来が待っている。そのはず……かもしれないし、そうでないこともないかもしれない……?


「そんな顔しないの! 君が書きたいっていう純文学の新作を次もちゃんと書かせてあげるから!」


 冷たい両手で、廣川さんは俺の両頬を軽くつねってくる。やはり大人の女性と認識させてくれる細い指先は、どれだけ表面が冷たくてもなんとも言えない温かみを持っていた。御咲とも、愛花とも違う、それほど魅力的な女性の手だ。


「君はどうしても書きたいんでしょ? その女子高生女優のことを」

「あ……はい」


 次に書く小説は、女子高生女優がメインヒロインの純文学だ。プロットは既に書き終えていて、廣川さんからOKさえももらっている。今日はそのプロットの最終調整のために、廣川さんに大船までご足労いただいた。

 女子高生女優か……。一昨日、あいつが見せた涙が未だに頭から離れず、俺の頭の中でぐるぐると彷徨い続けている。俺は罪を償うためにも、だからこそその小説を……。


「ねぇ。ひょっとしてその小説の主人公さんって、月岡君が関わっているという例のアイドルグループと何か関係あるの?」

「ぶはっ……」


 しまった。廣川さんの前で思いっきり動揺して、アイスコーヒーを吹き出してしまう。悪魔のような笑みで俺をからかう廣川さんは、紙ナプキンを俺に差し出してきた。ここまで来ると隠しようもなく、完全に手遅れというやつかもしれない。


「別にいいわよ。その方がずっと面白そうだし」

「す、すみません……」

「それにさ、それが君の本当に書きたい小説なんでしょ?」

「……はい」


 もう迷わない。迷いたくない。

 自分が一歩前へ進むため、もう誰にも悲しんでほしくないため、そのために俺はその小説を書くんだって。誰に届くかはわからないけど、それでも俺の残す小説が、誰かの胸に響くのだとしたら……そう思ってやまないから、俺はどうしてもその小説を書きたいんだ。


 そして御咲と愛花が、その小説によって救われるのなら……。


「でさ。その小説についてなんだけど、ひとつ月岡君にお願いがあるのよ」

「お願い……ですか?」


 なんだろう? これまで廣川さんは自由を俺に与えてくれていた。書きたいと思ったものは、若いんだからとりあえず書いてみたらとか言って書かせてくれたし、そんな調子なので特段と注文のようなものはなかったのに。やはり俺の純文学があまり売れてないからか……?


「私の担当している別の作家さんと、コラボ小説を書いてほしいのよ」

「コラボ小説……ですか?」


 だが廣川さんからの提案は、俺が想像したものとは少し違った切り口だった。


「そうなの。相手は私が担当している推理作家さんなんだけど、ちょっと書くペースが少しば〜かり遅くてね」

「……はぁ」


 恐らくだけど廣川さんの言うところの『ば』の後に長音がついたと言うことは、廣川さんの表現以上にかなり遅筆の作家さんなのだろう。ただしそんな作家、廣川さんの出版社の本を思い返しても本の数が増えてくばかりで、ぱっと思いつく雰囲気ではなかった。


天保てんぽう火蝶かちょうという作家さんなんだけど、もちろん月岡君も知ってるわよね?」

「あ、はい。それって俺と同じ、芸能界で活動する女子高生が探偵という設定で、去年春日瑠海さんが主演でドラマ化もされた作品ですよね?」

「そうそう。そういえばドラマ化されたこともあったのよね、あの作品……」

「…………」


 と、廣川さんがすっとぼける程度には名前も忘れてしまいそうなほどの、意外な作家名が出てきたので俺は驚いていた。それほどまでに天保火蝶の作品はここ最近新作が全く出てなく、俺も次回作を待ち望む読者の一人であったから。それに『芸能界で活動する女子高生ヒロイン』という点で俺の作風に近い部分もあり、俺も何度か自分の作品の参考にさせていただいた部分もある。俺だって最近こそ御咲と愛花の活躍のおかげで少しは芸能界の世界というものを肌で認識しつつあったが、この天保火蝶の作品に出てくる世界観は、俺が実際に見てきたものとほぼ同じで、まるで天保火蝶自身が実は芸能界にいるんじゃないかって疑いを持ったくらいだ。


「まさか天保火蝶と俺みたいな青二才が、コラボ小説を……?」


 光栄の至りだ。天保火蝶といえば最近こそ次回作が出ていないものの、俺の純文学とは比較にならないほど売れっ子作家だ。そんな作家とコラボができるなんて、願ってもない機会かもしれない。


「でね。今日は天保さんを久しぶりに捕まえることができたから、一度月岡君とも会わせておこうと思ってこの店に呼んでおいたのよ」

「はぁ……って、これからですか?」

「そうなの。最近の天保さん、副業の方がかなり忙しくなっちゃったらしくてね。私とも全然会ってくれないのよ。副業のラノベの方が売れてしまってる作家さんとは、どこか似た者同士って感じよね?」

「あ、はぁ……」


 その作家名から、いかにも我の強そうなおっさん……もとい、おじさまという認識だが、そんなおじさまがどうして副業などやっているのだろう。推理小説だってかなり売れてるれてるはずだ。それ以上に忙しい副業とは一体どんな職業だというのか。ラノベの話の件がある手前、全然頭が回らず、どこか調子が狂いっぱなしである。


「それに君と同じまだ高校生だし、若い力が合わさってきっと楽しい小説になるわね」

「は?? 高校生!??」

「あ、噂をすれば来たみたい。こっちよ〜」


 おっさんみたいな高校生作家。……とすると、俺みたいな恐らく奇人な奴なのだろう。相当性格が歪んでいるか、それとも荒くれ者の破天荒野郎か。確かに天保火蝶の推理小説の作風って、緻密な計算の中にどこか子供っぽい荒っぽさが目立っていたもんな。

 てかそいつ、何歳からプロの作家をやってるんだ!??


 だが廣川さんの呼ぶ声の方を振り返っても、そんな我の強そうな男子高校生などどこにも姿がない。そこにあったのはビジネスマンだらけの喫茶店に、その場所だけ一輪の花が咲いたような制服姿の女子高生。確かに我は強そうではあるけれど、俺の知る限り荒くれ者でもあるけれど……。


 きょとんとした顔で、無邪気に俺に手を振ってくる女子高生は……

 ……そう。そこにいた女子高生の顔は、俺も見覚えのある顔だったんだ。

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