一方通行の行き止まりでアイドルが立ち止まってしまう事情
「お前……」
「…………なによ?」
言葉を失う。俺は自分が描く小説の中でも、何度かこの表現を使っていたと思う。だがそうだとしても、ここまでこの表現が的確だったことなんて、今まであっただろうか。
本当にいい加減で、本当に無茶苦茶で……
「お前、ふざけるなよ!! なんで急にそんな話になってるんだよ!!」
……本当に、腹立たしく思えてきたからだ。
「だって、さっきの悠斗の話を聞いてたらなんかそう思えてきたんだもん」
「それも全部、俺のせいだって言うのか?」
「そうだよ! 悠斗のせいだよ!!」
「なんだよそれ……」
愛花が許せなくなる。そんなの愛花のせいじゃないとわかっていても、今は怒りを愛花にぶつけてしまう自分のことも許せなくなっていた。
「……ううん。やっぱり嘘。これは、わたしのせいだよね?」
「…………」
肯定も否定もできない。自分を責めようとする愛花に、俺は手を差し伸べることさえできなかった。
「わたしが……バカだったから……?」
「なんでそこで疑問形になってるんだよ」
「だって、違ってたらまた悠斗のことを傷つけることになるし」
「……そこは俺を傷つけること前提なんだ?」
「だってそうなんでしょ?」
そこは違うんじゃないだろうか。正直、俺が傷ついたかなんて今はどうでもいい。俺が傷つく以上に愛花が心を痛めてしまったかもしれないし、もっと言うとこれまで一番傷ついていたのは御咲だ。パズルのピースが全然当てはまらなくて、無理くりに押し込んでしまったピースは、何もかもを壊してしまっていた。バランスとか、望んでいたはずの完成形とか、俺と御咲は互いに偽り続けることで、願わない未来を築いてしまっていたから。
「俺のことなんてどうでもいいよ……」
だから俺は、本当にそう答えるしかない。今ここにいる愛花、そして御咲のことを考えたら、俺のことなんて二の次、三の次でよくて、それよりも御咲と愛花が幸せなら俺の気持ちなんて本当にどうでもいいって思えるんだ。
だってさ、俺はただ、愛花の純白の笑顔をずっと眺めていたいだけだから。
「でも……やっぱりさ、過去形でいいんじゃないかな?」
すると愛花は円らな瞳で俺の顔をじっと見て、そんなことを言ってきたんだ。
「え……?」
「わたしはね、御咲にずっと笑っていてほしかったからアイドルになったんだよ?」
「……ああ」
愛花は小さく笑いながら、そんな風に答える。
「御咲がわたしに一緒にアイドルデビューしてほしいって頼んできて、最初はさ、御咲いったい何言ってるんだろ?って何度も思った。わたしなんかと組むよりも、ソロで、もしくは別の女の子と組んだ方が絶対売れると思ったし、そんなのわたしである必要なんてどこにもないってずっと思ってた」
「ああ……」
「でも御咲はきっと、本当にわたしじゃないとダメだったんだよね?」
「…………」
「それは多分、悠斗のせい。だけどもちろんそんなところに悠斗の罪はないし、どっちかというと普段のわたしが不甲斐なかったから、御咲はわたしにデビューを勧めてきた。……違うかな?」
「お前は自分のことを不甲斐ないなんて言うなよ……」
不甲斐なかったのは愛花じゃなくて、どっちかと言うと俺の方だ。
「本当に最初はわけわからないままアイドルデビューしちゃったけど、でもわたしが頑張れば御咲はもっと笑ってくれるって信じてた。わたしは御咲のためにアイドルになったんだもん。だから隣にいて、どんな時も御咲を励まそうって……」
「…………」
「……そう思ってたはずなのに、御咲の顔はわたしの願いとは逆方向で曇っていくばかりだった。そりゃそうだよね。御咲にとってわたしは邪魔で仕方なかったんだもん。いつも鬱陶しくて、御咲が演じるべきだった役さえもわたしが奪っちゃって……」
「それは違う。御咲は和歌山を絶対に必要としてた。邪魔だとは思ってない」
「わたしのこと和歌山じゃなくて、愛花って呼んでって言ってるよね?」
「…………」
今までずっとそう呼んでたんだから、今すぐ簡単に切り替えられるはずもない。
「だけど仮にわたしが邪魔じゃなかったとしても、御咲が不機嫌になるの、やっぱし何か違うんじゃないかな〜?」
「ああ。その一点だけは御咲が悪いな」
もっとも、御咲より悪いのは俺の方かもしれないが。
「だってさ、わたしが馬鹿でお調子者で無神経なんて、そんなの何度も言わなくったって、超今更でわかりきった話だし……」
「お前それ自分で言うんだ……」
「だから御咲はもっと悠斗と幸せそうにいちゃついて、悔しかったらわたしにそんな光景を見せびらかしてくればよかったんだよ」
「それしたら確実に俺の心臓止まるだろうけどな」
……そう、だから俺のせいなんだ。
「悠斗だって同じだよ!」
「は……?」
「御咲といっつもいちゃいちゃしながら、わたしの前で笑顔でいてほしかった」
「…………」
「……ううん、違う。これからもずっと、そうしていてほしいの」
「和歌山……?」
愛花の声が少しずつ、弱く、力が失われていく……。
「……だから……さっきからわたしのこと……愛花って呼んでって言ってるよね」
それはまるで最後の力を振り絞ったかのような悲鳴にも聞こえた。
「だからもうこの話は終わり。結論も出たし、それでいいよね?」
「結論……って……」
愛花が導き出したそれは一方的に決定された結論でもあって、俺が同意したつもりもない。たとえそれが誰の本心の同意を得てなかったとしても、一方通行の道の先に三人が辿り着いた結論であって、もはや今更それをどうこうできるなんて、誰も思っていないのかもしれない。
「ねぇ悠斗。御咲の彼氏として、御咲の笑顔を取り戻してくれなくちゃダメだからね? そうしないとお姉ちゃん悠斗のこと、ぶっ飛ばしにいくから」
その突き刺さるような愛花の言葉で、俺の身体はいとも簡単に凍りついてしまう。
「誰が俺のお姉ちゃんだよ……」
「…………」
なんとか絞り出した俺の微かな抵抗。だけど愛花はいよいよ俺の顔を見れなくなったようで、くるっと反転して、顔を背けてしまう。異変を感じた俺は、愛花の肩にすっと右手を伸ばした。だが愛花は無言で顔を逸らしたまま、すっと俺の手を払いのける。そのまま愛花の小さな両手は、愛花の丸い顔を覆い隠して、完全に防御態勢に入ってしまった。
愛花の泣き声がその場に聞こえ始めたのは、その時だった。
実際のところ愛花は顔を手で覆っているので、泣いているのが本当に愛花なのかは俺にもわからない。だけど俺と愛花の座るベンチの周囲には少なくとも誰もいなくて、俺が泣いていない以上、泣いているのは消去法的にも愛花だったということ。
俺のすぐ横で愛花が……俺がずっと守りたかった愛花の笑顔を今は完全に壊してしまい、手を差し伸べてもすぐに拒否されてしまう。元々御咲と違って泣き虫な女の子ではあったけど、だけどそんな時でも俺が拒否されたことは今まで一度もなかった。俺の手のひらの中でずっと笑っていて、怒っていて、いつも泣いてばかりだったはずの小さな少女。だけどいつの間にか目の前に巨大な壁ができてしまっていて、俺と愛花の間を阻んでしまっていた。
『愛花が本当に泣きたい時に、いつも側にいてくれる男の子でいてほしい』
つい数時間前、愛花の姉の千尋さんから聞いた言葉が、改めて俺の心臓に突き刺さってくる。じんと沁み渡るような痛みが俺の心に宿っていき、その痛みはすぐ隣で泣く愛花にも伝染しそうな勢いがあった。
結局、誰一人守れていない。御咲も、愛花も……。
誰が『天才高校生作家くん』だよ、ふざけんなよ! もっとも俺のことをそう呼ぶのは夏乃だけかもしれないが、実際高校生作家がなんだというんだ。俺が書いた小説って一体なんなんだよって、こんな青二才の描いた小説読んで誰が喜ぶんだよって、そんな呪いの呪文しか出てこなかった。
目の前の名古屋の夜景が、空虚に浮かび上がってくる。周囲をビルに囲まれたベンチの上で、テレビ塔から放たれる光だけが、俺と愛花を一方向へ照らし出していた。
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