高校生小説家が現役トップアイドルと付き合う裏事情

鹿野月美

Prologue

桜の香りがちくりと刺してくる事情

「だったらさ。私と形だけ、付き合ってくれないかな?」

「形だけ?」


 彼女は静かに、そう要求してきた。

 今すぐにでも泣き出しそうな顔で、悔しそうな顔で。


 ただでさえプライドの高い女子であるはずなのに、そんなことを言ってくる女子では絶対ないはずなのに、彼女はそう甘えた言葉を俺に浴びせてきたんだ。恐らく彼女は今自分自身で口にしていることに、納得はしてないだろう。何よりそのことを、彼女の顔が表していた。


 彼女は絶対に涙を見せようとしない。

 俺がどんなに残酷な言葉を伝えても、黙ってそのまま受け止めることもしない。


 それが彼女の最後の一滴まで残された強さであることに、違いはなかったんだ。

 間もなく開花を迎える桜の香りに、俺の鼻は少しだけつんとつままれた気がした。


「お前、ようやく今日夢にまで見たアイドルデビューが決まったんだろ?」

「ええそうよ。私はずっとアイドルデビューが夢だった」

「だったら俺なんかにかまけてる暇なんて、いっときもないんじゃないのか?」

「違う。そんなことない。私には君がどうしても必要なの」

「そんなことないはずだ。これまでだって一生懸命芸能界を続けてきて、ようやく手に掴んだ夢はお前の実力のおかげだろ? なんでそこに俺なんかが……」

「それは違うわ。君がいてくれたから、私はここまで頑張れた。それだけのこと」


 本当にプライドが高いだけではなく、一度言い出したら俺の言うことなど一切聞かなくなる。頑固者そのものだ。もっともそうやって力づくでアイドルデビューまで漕ぎ着けたのだから、当然かもしれない。どんなに雑誌のグラビアを飾ろうと、どれだけの数のCMに起用されようと、それだけで満足することは決してない。常に自分に厳しくて、手に入れられそうなものなら何が何でも手に入れようとする。


 俺はただその中の一つに数えられているだけじゃないだろうか。

 俺の本心なんて全て知りつつも、それに納得ができないだけじゃないのか。


 なぜならそれが彼女の本性だから。

 あいつと真逆の性格は、彼女の長所でもあり、短所でもあるということ。


「だったら一つだけ条件がある」

「なに? 受け入れ難いものなら即断らせて頂くけど」


 強がる彼女。本当のところは、そんな余裕など全くないのかもしれない。


「俺がお前の彼女になるのは、あいつの前だけにしてくれ」


 だからこそ俺は、その最低限の条件を提示したんだ。

 飲むか飲まれるかは彼女次第。だけどこの条件であれば……。


「わかったわ。それでいいわよ」


 彼女はようやく小さく笑った。彼女にとっては未知数となる条件を飲み込んで。

 今はこれでいい。こうするしかない。

 それが俺が導き出した結論であり、彼女もそれを受け入れたんだ。


 高校の入学式まであと一週間。今日彼女達のアイドルデビューが決まったらしい。

 桃色に照り輝く彼女の小さな右手に、俺は包み込むように両手を差し伸べた。

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