翌日の日曜日、予定通りスケート場まで遊びに来た。今年は暖冬と言われていて実際に外は暖かかったのに、中はすっごく冷えている。言われた通りちゃんと厚着して来て正解だったね。

「歩美よ、スケートをしたことはあるか?」

「無いよ。だってここ、出来たばっかりじゃん」

「うむ、そうだな、そうだったな」

「……」

 スケート靴を履いたおじさんは見るからに緊張していた。ひょっとして……。

「おじさんも初めてなの?」

「スキーならしたことはあるのだが」

「あ、中学の時のスキー合宿ですね。懐かしいなあ」

「お前の時もやったのか」

「そりゃそうですよ、同じ学校だったじゃないですか」

「それもそうだな」

 どうでもいい会話をして少しは気が紛れたのか、顔を上げてまっすぐリンクを見つめるおじさん。ちなみに今日は和装じゃなくて、普通の格好をしている。和服じゃ寒いし滑りにくいもんね。

「よし、行ってみよう」

 率先して一歩を踏み出すおじさん。

 ツルッ。

「ぬうっ!!」

「こらえた!?」

 高々と右足が上がってしまったのに、まだ普通の床の上に残っていた左足で自分の体を支えている。

「ぬ、ぐ、ぐ、ぐ……」

「流石ですセンパイ! そんな姿勢で、なんてバランス感覚……!」

「いや、バランス感覚が優れていたら、そもそも転びそうにならないんじゃないかな?」

 あれはどっちかというと火事場の馬鹿力とか、そういう類のものだと思う。

「むうう、やはり人間が氷の上を滑るなど夢物語ではないのか?」

「いや、滑ってるから。ほら、みんな普通に滑ってる」

 そう言ってアタシもリンクの上へ。

 転ぶと思った? 残念。


 スイ~ッ。


「もう一回やってみなよおじさん。簡単だって」

「なんと……初めてであのように自在に」

「あの子、運動神経は良いんです」

「天才か……」

 驚いていたおじさんは、すぐに表情を引き締め再び氷の上へ。今度はどうにかこうにか直立する。滑れてないけど。

「よし、いける、いけるぞ麻由美。我等も歩美に負けてはおれん。遅れを取り戻すのだ」

「はい、アナタ」

 おじさんが差し出した手を取るママ。でも、ママは運動神経がアレなんだよね。

「きゃあっ!?」

「麻由美!」

 転びそうになったママを助けようとして自分も転ぶおじさん。

 なんとか立ち上がろうとするものの、二人ともなかなか立てず、そのうちにどちらからともなく笑い出した。

「はっはっはっ、これはたまらん。やはり難しいものだ」

「まったくです。アハハハ」

 いい感じじゃん。下手に助けるより放っておいた方がいいかも。そう判断した私は二人から離れることにした。

「ちょっと一周してくるね」

「あっ、ちょっと歩美、待ちなさい」

「一人で行くと危ないぞ! くっ、立てん──気を付けるのだぞっ!!」

「はいはい」

 二人こそ怪我しないでよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る