二
豪鉄おじさんは優しい。だから大塚家での暮らしも厳しいものにはならないだろう。
──そう考えていた時期が、私にもありました。
「歩美よ、宿題は済んだのか?」
「歩美よ、行儀が悪いぞ。靴を脱いだらきちんと揃えるのだ」
「歩美よ、家でゲームばかりしていてはならん。子供は風の子、外に出て遊べ。なんなら一緒に散歩にでも行くか?」
「思ったより口うるさいな!?」
ママの実家でじいちゃんばあちゃんと一緒に暮らしていた時より説教される機会が多い。あの二人は意外と孫に甘かったんだなって、ここに来て思い知らされたよ。
「助かりますセンパイ。この子ったら、私が言ってもなかなか聞かないものですから」
「そうか。いかんな歩美、ちゃんと親の言うことを聞かねば。ところで麻由美、いい加減に先輩呼びはやめよ」
「あ、すいません。長年のクセでついつい出ちゃうんですよね。ア……アナタ……」
「麻由美……」
「アナタ……」
「イチャつくなら他の場所でしてくれないかな!?」
甘ったるくてむずがゆい空気に思わず叫ぶ。びっくりした二人はそそくさ居間から退散していった。新婚だから多少はしかたないと思うけどさ、年頃の娘の前ではやめてよね。
ちなみにうちのママも豪鉄おじさんも初婚。ママは結婚を約束していたパパに先立たれ、おじさんは長年ブラック企業に勤めていて恋愛する余裕なんか無かったらしい。一年前に宝くじで一等を当てて仕事を辞め、実家に戻ってきたところで高校時代の後輩だったママと再会。すぐに交際が始まり半年かけて結婚に至ったわけである。
「まったく……」
居間のちゃぶ台の上に広げたドリルを睨み、必死に計算問題を解いていく私。予想していた生活とはちょっとだけ違ったけれど、おじさんは別に私のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、ちゃんと“父親”をやろうとしてくれているから口うるさいんだってわかってる。私だって半年の付き合いだからね、良い人なのは知ってるよ。
それにママがやっと掴んだ幸せなんだから、娘の私がしっかりそれを守ってあげないと。
ああ、それにしてもこの問題難しいな! 円の中にある正五角形の“あ”の角は何度でしょうって、わかるか!? こんなの解けたからってなんの役に立つのさっ!!
「うーん、うーん……」
昼の授業で解き方を習ったとは思うんだけど思い出せない。唸りつつ頭を掻く。
すると──
「歩美よ」
おじさんが、ちょっとだけ引き戸を開けて中を覗き込んだ。
「わからないところがあったら遠慮無く訊くがよい。高卒の俺でも小学生の算数くらいは教えられるはずだ」
「わ、わかった。教えてもらうからそれやめて。なんか怖い!」
嬉しそうな顔で居間へ戻ってくるおじさん。今度はちょっと可愛いなもう!
ママはおじさんの後ろでニコニコ笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます