第25話 ルーシーの話

 翌日、メルボルン行きのフライトに乗った。ビジネスクラスにアップグレードしてもらった私は、ルーシーのとなりに座っている。


「え? ジェシーって、ビジネス乗ったの初めてなの? いいでしょ、ゆっくりできて。眠れないの? まだ昼間だもんね。じゃあさ、ちょっと話してもいい?」


 そう言ってルーシーが語り始めたのは、私が初めて聞く話だった。


 私さ、十六んときに、レイプされたことあんだよね。あ、待って、そんな顔しなくていいんだよ。たぶん、ジェシーが想像してるようなのと、ちょっと違う。暴力ふるわれたとか、そういうんじゃないの。変な話だけどさ、すごく優しかったの。


 クラスで気になってた男の子にパーティーに誘われたの。スティーブって言う、クラスで目立ってた男の子。今になったら、あれのなにが良かったのか全然わかんないけど。パーティーなんかに誘われたのも、お酒飲んだのも、生まれて初めてだった。そんなにたくさん飲んだわけでもないのに、すごく酔っ払ちゃって。意識がなくなって、気がついたら、スティーブと一緒のベッドにいたの。


 初めて朝帰りして、親にめちゃくちゃ怒られた。それっきり、大学に進学して家を出るまで、パーティーには行かせてもらえなかった。


 学校でさ、聞いちゃったんだよね。スティーブが男友だちに自慢げに話してるの。「中国人の娘とヤッたのは初めてだった」とかって。


 何年も経ったあとで、意識のない人とセックスするのは、レイプだってことを知ったんだ。知ったときに初めてショックを受けた。自分がどうして傷ついてたのか、わかったの。その時まで、自分が傷ついてたことすら、気づいてなかったんだよ。


 それからかな、パーティーに行って、酔っ払って、いろんな男とセックスするようになったの。レイプされた傷をいやすのに、ヤリまくるなんてわけわかんないでしょ。なんかね、たぶん、なんでもないことにしたかったんだと思う。パーティーに行って、酔っ払って、ワンナイトスタンドだったら、よくあることじゃん? 


 そいでさ、「パーティー好きですぐヤラせてくれる、ルーシー」になったんだよ、私。そういうキャラっていうか、役割っていうかね? それが楽だったの。


 あのころ、男はみんな犬だと思ってた。犬だと思えばさ、傷付かずにすむじゃない。でもさ、犬は犬でも、そういうことばっかやってると、わかってくんだよ。こいつはヤバいとか、こいつは大丈夫だとか、こいつは後くされしなさそうとか。変な男とは関わらないように、鼻が利くようになんの。


 ピエトロはね、優しかった。腹たつくらい後くされしなかったし。ピエトロだって、どうせ犬だって思ってたから、ジェシーと付き合ってほしくなかったんだ。ううん、あのころの私、かなり屈折してたかもしれない。ピエトロのことね、ちょっと好きだったんだよ、私。たぶんね。


 ピエトロといるとさ、私「パーティー好きのルーシー」じゃなくてよかったの。そんままの自分でいられたの。あんたとピエトロ、似た者同士なとこあるって思う。二人とも、みんながちょっと小芝居やってんの、気づかないっていうかさ、ぜんぜん通用しないんだよ。だから、自分じゃない人のフリすんのがバカらしくなんの。


 私の夫もさ、まあそんな感じ。自閉スペクトラム症入ってるから、もっと極端だけど。あ、会ったらわりと普通の人だと思うよ。あんたたちは気が合うかもね。ただ、社交上のニュアンスとか理解できない。それから、ウソがつけない。ウソを付く能力が欠けてるんだよ。彼には、思ってることをそのまま、詳細に伝えないと伝わらないし、彼が言ってることは、基本的にぜんぶ本当のことなの。


 誰かに救われることって、あるよね。私、たくさんの人に会ってきたけど、大切な人はそんなに多くない。だから、ジェシーの気持ちもわかる。今、ピエトロに会わないといけないんだよね、どうしても。今さらピエトロに会ったところで、二人がどうなるとも思わないけど。


 結婚するなら、絶対にイツキのほうがいいに決まってるでしょ。ピエトロを吹っ切って戻ってあげなよ。イツキにはね、ジェシーみたいなのがいたほうがいい。イツキはいい人だよ。だから、帰ったら大切にしてあげなよ。


「ねえ、ルーシー。大丈夫。私、ピエトロとよりを戻そうとか思ってないし、イツキのこと、ちゃんと好きだよ」私はルーシーの目を見て言った。


 ルーシーは優しい顔で笑った。


「ねえ、ジェシー。愛してるアイ・ラヴ・ユー。」

私も愛してるよアイ・ラヴ・ユー・トゥー。」


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る