第24話 しずかの決意
私がひとしきり泣いたあとで、ルーシーが「もう寝よう」と言った。ルーシーは私のところに泊まるとき、いつもお布団に寝たがる。日本に来ているっていう気がして好きなのだそうだ。寝る準備をしたあと、私はベッドに、ルーシーはベッドの横のお布団に横になった。
「ねえ、ジェシー。ごめんね」と、薄暗い寝室で横になったままルーシーが言った。
「なんで?」
「ピエトロのこと。ジェシーがまだオーストラリアにいたときさ、私がひどいこと言ちゃったじゃない」
「そんなこと、あったっけ?」
「ほら、ピエトロがいろんな女とやりまくってたとか、ビザ目当ての人と結婚して離婚したとか、そういう話」
「……ああ。なんとなく思い出した」
「ずっと思ってたんだよ。私が余計なこと言わなかったら、ジェシーはオーストラリアに残ってたんじゃないかって」
ルーシーがそんなふうに思ってたなんて、私はちっとも知らなかった。ルーシーに言われたことなんて、今まですっかり忘れてたくらいだ。
「ルーシー、それは違うよ。私とピエトロ、どっちにしても、あのままじゃいられなかったんだよ。もし結婚してたとしてもさ、うまくいってたとは思えないんだ」
「本当にそう思って言ってる?」
「うん。本当にそう思う」
「まあ、ピエトロって結婚相手としては、正直、50点くらいな気がするけど」
「いや、もっと低いよ。25点くらい」
「……ジェシー、けっこう厳しいね」
んふ、と私は少し笑った。
「ねえ、ルーシー、ピエトロが参加したグループ展って、もう終わっちゃった?」
「ううん。今週の日曜日までだよ。なんで?」
「私、行こうかな」
「は?」
そこでルーシーが、がばっと布団から上体を起こしたから、私も同じように体を起こした。
「今からチケット取ったらさ、明日のフライトに乗れるかもしれないよね? そしたら、ギリギリ日曜日にグループ展、見に行ける」と私は言った。
「行ってどうすんの?」
「ピエトロに会ってくる」
「ねえジェシー、さすがにピエトロはもうジェシーのことは吹っ切れてると思うよ。結婚しててもおかしくないよ、あいつなら」
「わかってる」
「仕事はどうすんの?」
「月曜日のフライトで帰れば、火曜日には戻れるもの。月曜日は、病欠する。食中毒になったとでも言うよ」
「ちょっと、ジェシー、本気? ピエトロにたった一日会うために、十時間のフライト往復すんの? なんで?」
「わかんない。でも、会いたいの、今すぐ。会って謝りたい」
「信じらんない。イツキのことはどうすんの?」
新島さんの名前が出て、私の胸が痛む。新島さんは、結婚相手としては百点満点だ。
「イツキには、帰って来てから全部話すよ」
「全部ってなにを?」
「わかんない。ピエトロに会ったら、スッキリするかもしれないし。ピエトロに会ってみないことには、イツキとも前に進めないの」
ルーシーは、私にも聞こえるくらい大きなため息を吐いた。
「ジェシーって、ときどき、こっちがびっくりするようなことやるよね。もう決めたんでしょ? 誰が何言っても聞かないんだよね、どうせ」
「ごめん」
「いいよ。私も一緒に帰る。フライト変更するついでに、ジェシーの分までチケット取ってあげようか?」
「いやいや、まさか、そんなことさせられないよ。自分で取る、今」
「別にいいのに。じゃあ、チケット取ったら教えて。私のマイレージでビジネスにするから」
「え?」
「どうせジェシーはエコノミーでしょ? せっかくだから一緒に座ろ。っていうか、席がまだあるか早く確認しなよ。エコノミー満席だったらビジネス取ったげるから」
そう言われて、私はあわててベッドから出た。ネットでフライトを無事に予約できたころには、もう日付けが変わっていた。明日の朝、というより、もう今日の朝に、メルボルン行きのフライトに乗る。
寝息を立て始めたルーシーの隣で、私の目は冴え冴えとしていた。日曜日には、ピエトロに会える。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます