第19話 アラサー女の恋バナ

「で、住むんですか? 新島さんと」コタニが面倒くさそうに聞いた。

「いや、まさか。さすがにそれは急すぎるでしょ」と答えながら白ワインに口をつけたら、グラスを傾けすぎてこぼしてしまった。仕事用のスーツにシミができる。

「しずかさん、なにやってんですか」とコタニがおしぼりをわたしてくれる。

「もー、ニヤニヤしちゃって見てられないです。ここ最近、仕事中も上の空だし。さっきからポロポロこぼしてるし」とコタニが私をにらむ。


「ご、ごめん」

「珍しくしずかさんのほうから相談があるとか言うから、なにかと思ったら、めちゃくちゃ感じ悪い相談ですよ。一人だけ幸せになっちゃって」そう言って、コタニはノンアルのサワーもどきをグイッとあおった。

「いや、まだ、デート何回かしただけだよ」

「しずかさん、もう三十二歳でしょ。子どもほしいんでしょ。何回かデートしたんだったら、もう同居してもいいんじゃないですか」

「えー……? 早くない?」

「お互いに利害が一致してるんですから、もったいぶる必要あります?」

「もったいぶってるつもりはないんだけどさ、新島さんと同居したら、もう逃げられない気がして。プロポーズに同意するようなもんじゃない?」

「はあ。」とコタニは盛大なため息をついて「うらやましー」と言いながら天井を見上げた。


「いや、あとさ。やっぱり、なんで私なんだろうって。そんなに知りもしないうちから、同居だ、結婚だ、って、早すぎない? なんか裏でもあるのかな」と私が言うと、

「裏って、なんですか」とコタニが聞いた。

「詐欺とか」

「詐欺……だったら、逆に一緒に住みたいとか言わないんじゃないです? 身元バラしてどうすんですか」

「うーん」

「お金を貸してって言ってくるとか、怪しい言動でもあったんですか?」

「ううん。基本的に全部おごろうとしてくれるんだけど、私がそれだと納得いかないから、スマートにお茶だけ払わせてくれたりする系」

「……。なんだか、聞けば聞くほど優良物件すぎてイヤミなくらいです。大丈夫じゃないです? 新島さんは、確かにすごく話が早くて押しが強いですけど、二人とも結婚願望のある三十代なんですから、そんなに変でもないと思いますよ」

「そうかなぁ」

「しずかさんは、新島さんのことどう思ってるんですか。好きじゃないんですか?」

「え? 好きだよ」と私が即答すると、コタニがジトッとした目を私に向けた。

「今、ちょっとだけイラっときました。なんなんですか? 今日は相談にかこつけたノロケの会ですか?」

「ご、ごめん。そっか、大丈夫かな。新島さんのペースに乗っちゃても」


 私がそう言うと、コタニが数秒、顔をひねって熟考モードに入った。

「私、逆に今回はしずかさんが慎重な感じしますけど。しずかさんって、好きになったら、けっこうすぐ次に進みません? 前の人とも気がついたら一緒に住んでたし。新島さんのことで、なんか腑に落ちないことでもあるんですか? あ、もしかしてセックスが下手とか?」

「あ!」

「え?」

「そうかも」

「マジですか」

「いや、ごめん。そうじゃなくて。まだ、してないの」

「え? そうなんですか」

「したいってまだ思ったことない。新島さんと」

「……」

「恋してないのかも」


 私がそう言うと、コタニは再び熟考モードに入った。

「恋なんて、馬のエサにしてしまえ、ですよ」

「はぁ?」

「新島さん、年収は申し分ないし、性格も良くて、すごく優しくしてくれるんですよね?」

「うん」

「離婚歴がなくて、分譲マンション持ってて、次男なんですよね?」

「よく覚えてるね……」そのへんは、会話の中でさらっと新島さんが教えてくれた。

「そんな高スペックの男性が、今まで結婚してないのが、怪しいと言えば怪しいですね」

「え? そう? 最近まで仕事ばっかりで、結婚とか考えられなかったとか言ってたけど」

「一緒に住んだら、いくらなんでもボロが出ますよ。さっさと同居してしまって、問題がないのを確認できたら、結婚でいいんじゃないですか?」

「ええー。恋してないのに?」

「しずかさん、アラサー女の恋愛は、スペック勝負です。こんないい話ないですよ。しずかさんがグズグズしてたら、他からとられちゃいますよ」

「うーん」

「まあ、セックスはしてみたほうがいいかもですね。体の相性が最悪だったら、他が良くても辛いかもしれません」

「……はい。考えてみます」

 そこで、私と新島さんの話は終わり、その後はコタニのうまく行ってない恋バナが始まった。気がついたら終電に間に合うギリギリの時間になっていた。


 終電に乗って家に帰り、ベッドに寝転んでから、コタニとの会話をぼんやり反芻する。


 新島さんは、会うたびにすてきな場所に連れてってくれて、一緒にいてすごく楽しい。会話を重ねるたびに、この人と家族になったら幸せだろうなと思うようになった。彼と一緒にいるときも、彼のことを考えているときも、知らないうちに顔がほころんでしまうくらいだ。


 それなのに、なんで彼の体をほしいと思わないんだろう。それが私にも不思議だった。


(つづく)

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