第17話 新島さん

 新島にいじまさんのことは、履歴書を見たときからアタリだと思ってた。人材を斡旋するにあたって、履歴書の添削をするのも私の仕事の一つ。


 企業側が求める情報を、わかりやすく伝える履歴書を用意できる人は、意外と少ない。新島さんの場合、学歴や職歴も申し分なかったけど、履歴書が簡潔でわかりやすかった。この人はきっと仕事ができると直感的に思った。


「初めまして。新島いつきと言います。よろしくお願いします」


 オフィスの面接に現れた新島さんは、イメージとちょっと違ってた。外資系企業のITコンサルタントという肩書きから、いかにも仕事のできそうな、セールスマン風の人を想像してたんだ。送られてきた写真も、ちゃんとプロに撮ってもらったのか、「できる男」ふうだった。


 実際の新島さんは、もっとのほほんとした雰囲気だった。ラガーマンをちょっと丸っこくさせたような体型に、柔らかい表情の顔がのっていて、クマさんみたいだと思った。


「お忙しいところ、弊社までお越しいただいてありがとうございます。新島さんを担当させていただく川瀬かわせしずかと申します。よろしくお願いします」


 仕事用スマイルをにっこり向けながら新島さんの前に座ると、新島さんがふうっと息を吐いた。


「ああよかった。もっとおっかない人かと思ってました。」と新島さんが笑って言う。初対面でいきなりそんなことを言われて、思わず仕事だということを忘れて「え?」と大きな声を上げてしまった。


「転職エージェントさんに登録するの、実は初めてで。川瀬さん、メールでも電話でも対応がすごくしっかりしてらっしゃったから、なんだかアンドロイドみたいな女性を勝手にイメージしてました。」

「え? そうなんですか……。」

 もしかして、ちょっと冷たい印象を与えてしまったのかもしれない。今度から気をつけよう、なんて思っていたら、

「あの、対応が冷たかったとか、そういうことじゃないですよ」と新島さんがあわてて付け足した。

「そうじゃなくて、対応がとてもプロフェッショナルだったので、もっとビシッとした人かと思ってたんです。優しそうな方で安心しました」そう言って、屈託のないほんわかとしたスマイルを浮かべた。

「あの……。私のほうこそ、新島さんのイメージ、ぜんぜん違ってました」

「こんな山男みたいなのが来て、びっくりしたでしょう?」と新島さんがいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「え!? そんなことないです。あの、その……」なんて言っていいのかわからなくて、数秒の間あたふたした後、「もっと、うさんくさい人をイメージしてました」と声量を極小にしぼって言うと、新島さんは豪快に吹き出した。


 それにつられて、私も声を上げて笑ってしまった。面接で最初からこんな打ち解けた雰囲気になることなんて、めずらしい。新島さんは、きっとこうやって他人のガードを一気に下げてしまう人なんだろう。この人は逸材かもしれない。絶対に希望に沿った仕事を紹介してあげようと思った。


 新島さんの採用が決まるのに、それから二ヶ月もかからなかった。転職はタイミングが重要で、優秀な人でもなかなか決まらないこともあるなか、うまく行く人はトントン拍子に決まる。


「おめでとうございます」と電話であいさつをしたら、「直接お会いしてお礼を言いたいんですが、御社に伺ってもいいですか?」と聞かれた。

「そんな、わざわざけっこうですよ」と仕事モードで対応していたら、いつの間にか「またお会いできるの楽しみにしておりますね」と話がまとまってしまい、電話を切ってからなんか変だなと思った。


 最近は、面接でさえウェブで済ますことが多いのに、わざわざお礼を言うだけのために、直接オフィスにまで訪ねてくるなんて、かなり昔気質の人なんだろうか。そんなふうに、ちょっと疑問に思ってるうちに、新島さんはやって来た。


 オフィスに来た新島さんから、帰り際に「ところで川瀬さん、今度食事でもどうですか?」と誘われて、「えー?!」と驚くと同時に、「そういうことか」と納得した。


(つづく)

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