第1話 霞華 part2

あまり物音を立てずに空いている席に座った。既に舞台に出ている人達が、怪訝そうに視線を向けてきたけど、無視。その人達も見知らぬ私が舞台に上がっている事が疑問なんだろうけど、自分でここに座った私も私で割と本気で疑問に思ってる。


まあ、そこは役者魂か、観客に不自然に思われない様にすぐに表情を取り繕ったけど。

お陰で私も、ちょっと集中出来る。


今舞台全体が明るく照らされているけど、私の番…つまり回想シーンに入ると舞台は暗転して、私にスポットライトが当たる。当たったらスタート。

どこぞの赤ん坊のクソ長い名前を呟くが如く1人で読み続ける。脚本誰だ。並々ならない熱意をこの部分に感じるんだけど。


…まあいいや。私は、やれるようにやるだけだし。



私が与えられた役は、この声劇においては、主人公の回想にしか存在しない。この場面は恋に溺れる少女の独白から始まる。



「『愛しい人、愛しいひと…。

会いたい気持ちはあなたと同じ。

言葉なんてただの文字。

あなたの心は、どこかしら…』」



彼女は可憐で少女らしい無邪気さを持つ。

彼女は聖なるものの様に暖かく、柔らかく、清らかに、包み込む聖母のように優しく言葉を紡ぐ。



「『"さようなら"と嘆くなら、

どうして強く抱きしめるの。

お別れだと言うくらいなら、

心を置いていかないで』」



彼女は主人公にとって、最上の清らかなもの。


恋人であり、愛する人間。

この世のものとは思えない程に、尊い存在。



私が読み上げるのは、そんな彼女の独白。

愛する人との幸せが、愛する人の苦しみによって変化して、次第に壊れていく様を。

嬉しくて恥ずかしくてけれど暖かくて心地よい…そんな思春期の恋に浮かされる女の子が、戸惑い悲しみ絶望し堕ちていき何もわからなくなり狂っていく。


それは、優しいがために壊れてしまった哀れな彼女の……"わたし"のひとりごと。


そして最後は穏やかに、わたしはあの人との夢を見る。


「『待って、行かないでくれ、私の天使…!

言葉など飾りでしかないものより、私を信じていて欲しい』」


その言葉ではなく、声に籠った感情が、わたしを幸福で満たす。わたしではない誰かが、その声を聞いて驚いていたけれど…。ええ、そうよ。わたしは決して変わらない。


「『ああ、愛しい人。あなたには、思い出を。私の愛しいあなたの幸せ。

大樹の枝すら、支えきれないこの愛は、私が抱えていきましょう。


深く沈んで、貴方を待つわ』」


暗くなる視界。水音が聞こえる。息のできないほどのこの胸の苦しみ。冷えていく世界。落ちていく"わたし"。

セリフの終わりは"わたし"の終わり。


舞台が暗くなる。

私は席を立って、舞台袖に下がる。

パッと電気が点いて、劇は続いていく。




(乗り切った〜。こういうのって客の反応見れないから上手く出来たか知らんけど)


というか、急に連れてこられて出ただけだし、出来とかそんなん期待しないで欲しい。


ふう、と安堵の溜息をつく私が顔を上げると、私が舞台に上がる前まで散々あの女の人に文句を言ったりしていた人達が、監督さんも含めて呆然として、私を見ていた。


…え?そんなに酷かったの…?

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