Re Act
猫側縁
第1話 霞華 part1
『夢なし希望なしやりたいこと無し』
これぞ私の今までの人生であり、これからの人生。その時が良ければそれでいい。行き当たりばったりの気の抜けた生き方。
放課後の図書館で時間を潰して、たまに友だちの部活終わりを待って駅前のクレープを食べに行く。いつも通りで映えない日常。でもその事を苦に思った事はないし、友達の様に何かに夢中になりたいと思ったこともない。
枯れ思考と言われるけど、それも別に気にならないし、そのほうが多分、都合がいい。
ただ言われて、頼まれてやっている本の読み聞かせのバイトに、この後も出かけて、いつもと同じ様に読んで、いつもと同じように子供たちは楽しかったと言う。それに対して笑顔で良かったと言いつつも本当は特に何も感じずに帰路につく私。
何も変わらないし、これからもそのまま。
変わらない心地よさ、
変われない息苦しさ。
それは上手く相殺し合って、プラマイゼロで今日も私は生きている。
生きていく。…筈だった。
それは突然吹いた風の様に、または偶然落ちた木の葉の様に、唐突に、私に触れた。
「ちょっと付いてきて」
その声はどこか懐かしくて、私の何か深い部分が震えた気がした。
その人は、生憎と読み聞かせバイト後で疲れて気の抜けている私の腕をつかんで、迷いなく道を進んでいく。
(……これ、拉致?誘拐?ポリスに苦情案件?)
と、頭の隅で考えながらも、通報する気は起きなかった。
私は、この人を知っている気がする。
(知り合いに誘拐犯がいた記憶は無いから、まあいっか。いざとなれば全力で蹴りかまして逃げる)
何も言わずに手を引かれるだけ。
ただ足も止めずに進んでいく。
訳もわからず電車に乗らされ人の流れに乗って駅を出て辿り着いたのは、劇場だった。というかイベントホールね。休館…はしてないみたい。
(シークレット公演……)
「あのぉ〜」
「黙って、付いてきて」
間髪入れずに黙ってろと言われるとは。
(とはいえ、貴女が手を離してくれないのでついていくしか無いんですけど)
逃す気ないじゃんよ。
この劇場の関係者なのか、裏口から中へと入っていく。そして迷わず辿り着いたのは、ステージ裏。
1番出入り口に近い人が気づくと、次々と私を引きずってきた人の所に集まって、矢継ぎ早に声を投げかける。舞台に配慮して極限まで小さな声なのに、物凄く怒って(焦って?)いるのはわかる。
「!何してたんですか!?もうすぐ出番ですよ!!?」
「探し物が中々見つからなかったのよ」
「その子は?!部外者は入れるなってあれほど「うるさい。出てほしく無いならいいわよ?」…」
既にシークレット公演とやらは始まっているらしく、明るく照らされた舞台の上から声が聞こえる。
手が離れて、すぐに本が差し出された。
「そこの赤線の役が貴女よ」
は?と聞き返したけど、それよりも周りの人達の反応が早かった。監督(多分)や、スタッフや恐らく今から出るのであろう演者達が、口々に「あり得ない」「何を考えている」「横暴だ」と、焦りから思った事そのままを彼女にぶつける。勿論舞台に配慮して小声だけど。
「あのぉ。私、拉致同然で大人しく連れて来られといて恐縮なんですがー。
貴女は私に、今からあの舞台の空いている席に座って、この役のセリフを読んで、本通りに退場して戻ってこいって言ってると思っていいですかー?」
「あらこの中で1番物分かりが良いのは貴女みたいね?皆も見習ったらどう?」
……火に油というか、煽るな〜。
でも、何となくわかる。
彼女は、引き下がらない。やると言ったらやる。
だって、私に「付いてきて」と言ったその時から、台本を差し出した今まで、彼女は真剣そのものだから。混じり気ない、純度100%の本気。
身内にそういう目をしてる人達がいるから分かる。
彼女は、本気でこの見知らぬ私を舞台に上げようとしている。
周りは当然のことながら止めようとしている。それはそうだよ。だって、得体の知れない学生を、色んな手順や今日までの準備を無視して、登場させる訳にはいかないんだから。
でもそんな常識的な事、彼女だって分かってる。分かっていてもやると言っている。この人達が求めるレベルというのがどのくらいかは知らないけれど、私は、やれと言われた事はやれる。誰かが私にやって欲しい事なら、私はやる。私にやりたい事なんて、何もないから。
この役は、主人公の回想にしか出てこない。ただしセリフは長い。一場面だけの役。
未だに監督さん?と話しているから、その間に最初から目を通す。多分あと三ページくらいでこの役の出番になっちゃうと思うから。そして不自然に2人の会話が途切れた一瞬に、改めて聞く。
「貴女は私にやって欲しいんだね?」
「そうよ」
「分かった」
じゃあ、行ってくるね。
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