アイドル探偵・猫田瞳シリーズ、第二弾!掌編小説・『ボス』

夢美瑠瑠

掌編小説・『ボス』



「RRRRRRRR・・・」

 と、高音の呼び出し音が鳴って、緑色のランプが明滅した。

 半目のピンクパンサーが受話器の形になっている、女の子好みの可愛らしいデザインの電話を取ると、「すみません、猫田瞳探偵事務所ですか?実は息子が失踪したんですけど・・・」

 と、中年女性の声がした。

 わざと「平凡」というニュアンスを強調しているみたいな特徴のない声音だった。

・・・「ゲームをやりかけていたみたいなんですけど、置手紙があって、『ボスを倒しに行きます』とだけ書いてあるんです。それ以来二週間全く音沙汰がありません。

警察にも勿論届けましたけど、「家出人」というだけだと、あんまり具体的な捜査とかはおざなりみたいなんです。

 猫田さんは東大卒の優秀な私立探偵さんだと聞いたので、是非行方を追ってみてほしいんです。お願いできますか?」

 瞳はPS4でプレイしているRPGファンタジーゲームが、クライマックスに差し掛かっていて、実を言うと依頼が多少迷惑な感じもしたのだが、「もちろんお受けしますよ。大丈夫ですよ。私の事件解決率は90%を超えています。大船に乗ったつもりでいてください。詳しい話はお宅にお伺いして・・・」

 と、アダルトな対応をした。

「平田普子(ひらた・かたこ)」という名前の、依頼人は、数時間ののちに自宅を訪ねた瞳に、「翔平」という失踪した息子の部屋を見せてくれた。

 部屋はそのままにしてあって、確かに机の上に手紙が置いてある。

 テレビのモニターの画面もゲーム機もそのままらしくて、RPGの、多分ラスボスとの対決らしい、かなり特殊な感じのBGMと、おどろおどろしいグラフィックが映っていた。

 味方のパーティーは4人組で、主人公らしいキャラが大剣を構えていた。

 ラスボスは腕が6本で目が4つある、龍のような、獅子のような、巨大な異形の怪物で、時折身の毛もよだつような声で咆哮する。

 背景は真っ赤に燃えていて、多分ここは火焔地獄という設定の場所なのだろう。

「部屋が全部失踪当時のままなのは、警察に言われたんですか?」

「まあそうなんですけど・・・もし不意に帰ってきて、ゲームがセーヴせずに消えていたら、翔平が怒るかとも思ったんです。前からそういうことは時々あって・・・」

 で、分かったことは、息子はゲーム狂いの引きこもりで、だいたいどこにも行かずに昼夜逆転の生活でゲームばかりしていたこと。

 叱ると暴れるので、母や妹は腫れ物に触るように接していたこと。

 ラインやツイッターもやっていたので、外とのつながりはそれしかないのではないかということ。

・・・等々だった。

「置手紙の中の“ボス”というのはゲームの最後にあらわれる究極の敵・・・そのことと、関連がありそうですね。翔平さんはスマホを持参して失踪しています。

 スマホを頼りにして、誰かに会いに行ったんだと思われます。

 アプリとラインがあれば誰でも、どこの未知の誰にでも会いに行くことは可能です。

 ですが、所持金は精々1万円程度・・・ですから遠くには行っていません。

 外とのつながりがなかった翔平さんの足取りを追うには、手掛かりはこの部屋にしかなくて・・・パソコン、オンライン機能の付いたゲーム機、それから小さいタブレット端末。それ等が全てです。もしかしたら何かのメモとかも残っているかもしれない。おっそろしく散らかっているのでちょっと辛いですが、しばらく私はこの部屋に泊まり込んで、翔平さんの行方を特定する手掛かりを探そうと思います。

 犯罪に巻き込まれてからでは遅い。

 ことはもしかしたら一刻を争う事態かもしれない。

 外に出るよりこの部屋の証拠を可及的速やかに徹底的に洗ったほうが早く翔平さんを見つけられると思います・・・」

「私たちはあなただけが頼りです。バカ息子でも息子です。できるだけ早く探し出してください。・・・」

 こうして美貌で妙齢の猫田瞳探偵は、むさくるしいオタクの失踪男性の部屋に捜索の手がかり探しのために泊まり込むことになったのだが、もしオタク男がこの部屋にいたなら、狂喜乱舞するような出来事に違いない。

 しかし皮肉なことに、彼が戻ってくれば、彼女は即座に帰ってしまうのだ。

 いわゆる「ミダス王の黄金」のようなジレンマである・・・

 

 瞳は腰を据えて仕事をするときにはいつもそうするように、メンソールの煙草をふかした。

「まあ、そんなにむずかしい仕事じゃないかも?」

 そうつぶやいた。

・・・まずゲーム機を調べてみる。

 リセットして、セーブポイントまでのゲームの流れを、チュートリアル機能で調べてみる。「ラスト・クルセイド」というゲームで、中世の十字軍の戦いを物語のベースにして、奇想天外なストーリーが繰り広げられている。

 例のラスボスとの戦いの前に最後のセーブがされている。

 ラスボスは、世界を支配する、残虐で邪悪な、闇の帝王で、実質的に世界の軍隊やら経済やらを全て支配している怪物である。

 主人公は世界中を経めぐって、レジスタンスに加わってくれる同志を集めるのがゲームの流れである。

 ラスボスの名前は、「ザイバ」といって、履歴をスキャンすると、何度となくパーティー全滅を繰り返していて、翔平はこのモンスターがどうしても倒せなくて、業を煮やしている感じだった。

 同じゲームのオンライン版にも接続してみたが、めぼしい成果はなかった。

 散らばっている色々なソフトを片っ端から立ち上げて、色々と手掛かりを探ってみたが、半日丸々費やしても、結局手掛かりは見つからなかった。面白くて、つい嵌ってしまいそうなゲームもあったが、捜査が進まないので気持ちを切り替えて我慢した。

 “ボス”というのはこの苦戦を強いられていた「ザイバ」のことなのだろうか?

 でもゲームの中の敵を、外の世界に倒しに行くというのはどういうことだろう?

 瞳はちんぷんかんぷんだったが、パソコンの調査に移った。

 翔平は動画サイトやSNS、趣味らしいプロレスの関係の生中継や、同好の士が集まったファンサイト、などを頻繁に閲覧していた。そうして、最もアクセスが多いのは、「小説の投稿サイト」だった。

 翔平は小説を書くのが趣味らしかった。かなり熱心に執筆をして、投稿数も多い。

 交流も熱心にしている感じだった。

 特に密接に交流しているメンバー、というのが何人か浮かび上がった。

 ハンドルネームが、janne、という女性。地球防衛軍、という男性。地下の水脈、という女性。

 この三人と翔平は最も密にやり取りしていた。

 他の二人とは通常の、特に注目すべき点のないやり取りだったが、問題は「janne」だった。

 最初の書き込みは「 janne」から2か月前に来ていて、「あなたの小説はとても才気煥発という感じで素晴らしいですね。私はしびれました。情景描写も会話のセンスも天才的。もっともっとたくさん色々な作品を発表して・・・」

 こういう調子で翔平の比較的稚拙な小説を次々に絶賛するメッセ-ジを送っている。そうして次第に色々な何というのか、「政治色」を帯びた内容を巧妙に紛れ込ませて、若い、経験とかが不足している青年を何らかの政治団体?宗教団体?に勧誘しようとしているのが、鮮明な感じのメッセージになってきている。

「政治色」というのはだいたいレフトのようで、「全世界同時革命」、「トマスモアのユートピアの世界」などという言葉も、使っている。

「“ボス”はゲームの中にいるだけではない。本当のボスは世界の殆どの富を食いつくしている現実の搾取階級で、国家などは幻想で、奴らが真の支配者なのです!」

 そういうメッセージが失踪の一日前に届いている。そうして、「もし私達の同志になってくれるのであれば、あなたを歓迎します!〇月〇日にはお近くで我々の秘密結社の、政治集会を偽装した「同志募集兼アジ演説の大会合」が、----公会堂で開催されます。

 翔平さんもぜひいらしてください・・・」

 そのメッセージを最後にアクセスは途切れている。

 そうか!ゲームの中の世界の闇の支配者のラスボス、「ザイバ」というのは「財閥」のことだったのか!

 平田翔平は、たまたま知り合ったサイトの勧誘者の女性の甘言に乗せられて、

その左翼的な思想に感化され、遂には家を捨ててその思想団体に身を投じることを決意したのだ!

 彼等にとって憎むべき、倒すべき「ボス」とはつまり、スーパーリッチとも呼ばれる、超富裕層のことになるのであろう。

 しかし・・・と瞳は考えた。

 全く無為に日々を過ごして、人間関係から疎外され、ゲームにしか逃避できず、先の見込みも目標も何もできなかった翔平が、初めて自分で決断して、男らしい行動的な選択をして、ラジカルな政治団体に身を投じた・・・

 これを逸脱行動として咎めるべきだろうか?

 いや、そうではない。ひきこもりで外にも出れなかった翔平が、本当の人間、本当の男になるためには、これこそが本来進むべき道なのではなかろうか?

 瞳にはそう思えるのだった。


・・・ ・・・


「手を尽くしましたが、全く手掛かりは見つかりませんでした。翔平さんの家出は全くの気まぐれというか、一種の精神錯乱かもしれません。置手紙も単なるうわ言みたいなもので・・・」

 そう説明して、報酬は受け取らずに、瞳は平田家を後にした。

 警察が、どうか彼を「あの部屋」に連れ戻しませんように・・・

 そう願いながら。


<了>



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