第2話 初めてのお使い

 今は、ガルド村長の家に厄介になっている。息子さんは凄腕の魔獣猟師で、村一番の働き者。孫のネフィは9歳。おれの3つ下だ。おれの身長が高いため、最初、村長たちは、おれが成人していると思っていた。この村のというか、ボセアノ王国の成人は15歳。おれの、生きるための必死の交渉術をみて、しっかりしていると思ったのだろう。しかし、顔があどけない。身長はあるけど、顔が女の子のような顔なので、とても戸惑ったそうだ。逆にネフィは、最初は、お姉さんができたと喜んだ。


「ホムラ、おじいちゃんが呼んでるよ」


 ネフィも、今はおれが男の子だと認識している。それまでは、一緒にお風呂に入ろうとした。・・確かに、おれは12歳で、相手も9歳なので、まだいけるかもしれないが、そうはならなかった。今までは、精霊の儀を控えて、家族で必死になっていろいろやっていたせいで、青春など感じたことは一度もない。こんな異世界に来てやっと思春期に目覚めたらしい。カエデ姉とは、ここに来るまで、平気で一緒に風呂に入って水魔法の研鑽をしていたぐらいだ。ネフィは、家族ではないせいもあるけど、なぜか風呂に入るのが恥ずかしくて仕方がなかった。

 そんなこんなで村長一家は、おれが12歳であると今では認識している。つまり、未成年のおれが、火の大精霊様に異世界に飛ばされて今に至る話を信じてくれた。偶々というかやはりというか、この村にとってルビーは、火の精霊の宝。それを生成できるおれが火の精霊と関わっていると認識してくれたわけだ。


 人工ルビーなら、最低でも、レーザーで線を真っ直ぐ引くための器具になる。棒のようなレーザーロッドは、広がらない光りを出すからだ。建築の時に線引きに使える。これだけで、精巧で大きな家を作ることができるようになる。だから村人にとって、とても役立つ宝石になる。

 村長の住まいは、現在、高床式に変った。ルビーのおかげで、建築技術が進んだからだ。この辺りは、亜熱帯ほどではないが長雨の時期があるそうで、前からこういう様式の家が考案されていたが、家が崩れるのが早くて難儀をしていたそうだ。これからは、家の下に家畜を飼えると、村では建築ブームが起きている。村の近くの柔らかい多年草みたいな木しかない環境で、みんなよくやる。実は、このカウワの木汁でパンを焼くことができる。オレンジ色だが、本当に柔らかくて旨いパンだ。つまりパンの木に、みんな住んで居ることになる。後、バナナの木、青いバナナを芋のように料理する。それと木は硬いが、幹が細いココナッツ。ここに居るヤシガニが絶品。結局村の家は、全て食べ物の木でできている。


「村長、来ました」

「来たか。ホムラが、わが村に来て3カ月、言葉もずいぶん流ちょうになった。おまえ、初めてのお使いに行ってくれんか」

「お使いって、町にですか」

 ネアンデの町には、商業ギルドも冒険者ギルドもある。

「町にいつもは、魔獣の皮や肉を持って行っているのじゃが、今回は、それにサニ(ルビー)を付けようと思う。ホムラは、サニをルビーと言ってい売りなさい。問題は販路じゃ。商業ギルドで交渉するのがいいじゃろう。最初は、うちの村との取引とするが、ゆくゆくは、お前さんと直接取引するようにすれば、食いっ逸れんじゃろ。その為に顔を通しておくんじゃ」

 サニは、火の精霊様の宝の名称。村からすれば売り買いはできない。しかし村長は、ルビーを作れるおれの生活基盤を心配してくれて、これを売ることを許可してくれた。確かにそれを売れば食いっ逸れることはない。

「ありがとうございます」

「レーザーを実演するんじゃ。自分が考案したと、ちゃんと言うんじゃぞ」

「はい!」

「むう、それと、お前さん、冒険者希望だったのう。最初は標準語を覚えさせるしかなかったが、砕けた話し方にも慣れんといかん。ヨルベに、冒険者ギルドにも連れて行ってもらえ。その雰囲気に慣れるんじゃ。ええか、間違っても登録するなよ」

 ヨルベさんは村長の息子。ネフィのお父さん。

「大丈夫ですよ。おれ、未成年ですよ」

「身長が成人じゃからな。絡んでくる奴がおるやもしれん」

 そうなのだ。ボセアノ王国の人は、みんな小さい。骨太で、がっちりした体躯。頭もおれより大きくて力持ちなのだが、みんなおれより身長が低い。おれは、この3カ月で、身長が、5Cm伸びた。現在伸び盛りの170Cm。顔が童顔なのを除けば、大男である。

「気を付けます」

「まあ、ヨベルが一緒なんじゃ。大丈夫じゃろ」

 ヨベルの身長は、170センチ。この種族の中では、とても大柄な人だ。


 町まで15Km。火の山の密林に比べると活動しやすい火の森を抜けていく。それでも、町の者からしたら魔の森なんだそうだ。おれは、ヨベルについて、魔獣の狩り方をレクチャーして貰っているところだ。

 村長の家を出て、階段を降りたところでヨベルが待っていた。ネフィも見送りに来てくれた。


「来たか。いつもの通り、索敵しながら行くぞ」

「お兄ちゃん、気を付けてね。お土産期待しているね」

「甘いものだったっけ。任せとけ」

「今日は荷物が多い。魔獣を避けて行くぞ」

「はい!」

 ヨベルさんは、森に入ると、足音一つにも気を配る。最近やっとついて行けるようになったところだ。

 森を随分進んだところで、止まれと手をかざされた。

「わかるか?」

「さっき降りてきたでっかい鳥ですよね。ジェッドでしたっけ」

「そうだ。奴は、大型魔獣でさえ獲物にする。奴の狩りが終わるまで待機するぞ」

「おれ等もジェッドの獲物ってことですか?」

「肉を担いでいるんだぞ。オレ等は、いいカモだと思わないか」


 火の山の森(通称火の森)は、火の山の密林(通称 火の密林)に比べて清浄だ。植相は、町の方に行くほど亜熱帯林の様相を呈してくる。外延部だと杉も生えている。これ等の木材を村で使えれば、立派な家を建てることができるけど、魔獣の所為で、安全に木材を運ぶことができない。

 暫く待っていると狩りが終わって、ジェッドが火の山に帰った。ホレストボアを鍵爪でつかんで空に舞い上がる。ホレストボアは、荷物をしこたま持ったおれ等より体長がデカい。ああはなりたくないものだと思った。


「よし行こう」

「あのホレストボア、ジェッドと同じぐらいの体長がありましたよ」

「我々でも持って帰れるさ。今度狙うぞ」


 この世界の人は、とても骨太で体躯がしっかりしていて力持ちだ。今日も、大荷物を担いでいるわけだけれども、ヨベルなら自分の体長の倍ぐらいあるホレストボアを担ぐことができる。おれも荷物を手伝っているけどヨベルの半分ぐらい。狩りの話は、おれに獲物を担げと言っているんじゃなくて、血の匂いに寄ってくる狼を追い払う役をやれと言うことだ。しかし、まだ実力が足りない。これを、ヨベルは、一人でやる。狼を追い払いながら、一人で担いで帰る。

 今は、この世界の情報を得ることが先だ。おれも身体強化をやれば、ヨベルぐらいの力持ちになれる。だけど、術を掛けながらの戦闘に不安がある。まだまだ訓練しないといけない。

 杉林が見えてきた。もう、ここは、火の森の外延部だ。途中、中型のホレストボアを狩る冒険者を見たがヨベルの足元にも及ばない。あれで、いっぱしの冒険者だそうだ。

「なっ、町の冒険者ぐらいなら、すぐなれそうだろ」

「ですね。4人がかりでやっとですもん」

「冒険者ギルドに行ったときは、そんな顔をするなよ。まだ未成年なんだ」

「気を付けます」


 森を抜けると草原になり、見晴らしがよくなった。そこにも冒険者がいて、ホーンラットやドネズミ狩りをしている。薬草を探している冒険者にも会った。ここは、もう、人族にとって安全な狩場なのだ。更に行くと牧場が見えてきた。牧場からは、ゴブリンの討伐依頼が偶にあると言っていた。奴らは、火の森に入った岩場の洞窟を住処にしている。女が襲われるので殲滅しているのだが、なぜか暫くすると、また現れるようになり、人や家畜を襲うようになる。

 その牧場辺りから、まともな道がある。駅馬車の駅があり、そこから馬車に乗ることになった。徒歩で町まで行っていたら、時間が掛かってしょうがない。ヨベル1人なら1日で往復するそうだが、今回は、おれの町の案内も兼ねている。商業ギルドとの取引もある。駅馬車に乗って行くし、町で一泊することになった。


「ホムラ、オレたちは、昼過ぎには町に着く。まずは、商業ギルドに、荷物を卸すぞ。それから、商取引の交渉だ。サニ・・おっと、ルビーを売るぞ」

「了解」

 村長たちは、最初、おれのルビーを作れる奇跡に、畏怖を感じていた。しかし、儀式以外のルビーの使い方を見て、サニと呼ばれる天然ルビーと、おれが作り出す人口ルビーを区別するようになった。おれのルビーは、レーザー墨出し器として建築に使える。小さな箱に後ろから太陽を当てると真っ直ぐな赤い光線が出る。それは、とても画期的な建築機器なのだと思うようになってくれた。今では、おれを家族のように扱ってくれる。おれは、火の村の人を大好きになっていた。



 ネアンデは、城塞都市とまではいかないが、ボセアノ王国の辺境都市としては、それなりの町だ。近隣に資源となる火の森や火の山があるため、冒険者の訪問が後を絶たず、それによってもたらされる資源やアイテムで、商業ギルドも出張っているほどの町。ポンペオ辺境伯の仮住まいがある町である。

 町は、しっかりした壁で覆われていて魔獣が森からあふれた時には、近隣住民の避難場所になる。日没後は門が閉まり、通行できなくなるので気を付けなければいけない。辺境伯に税金を納めているものは、通行許可書を持っているが、そうでないものは、ここで通行税を払わなくてはいけない。それを組織的にやっている冒険者ギルドや商業ギルドの場合は、ギルド証が通行手形になる。

 火の村は、この税金が免除になっている村。その代わり、魔獣の動向を審問官に話す義務がある。火の村の人が市場で物を売るのなら所場代もいらない。しかし、ネアンデに来るのが大変で、そうちょくちょく来ることはできない。結局、商業ギルドに、肉や物資を降ろすことになるので、そこで税金を納めることになる。領主としたら、何か別の優遇策を講じたいと、常々思っている村だ。


 馬車から、ネアンデの町が臨めるようになってきた。


「この町には、うちの領主の仮住まいがある」

「辺境伯って言うと、とても偉い方なんですよね」

「そうなんだが、変わり者の方でな。うちの村に、何度もやってきている方だ。ネアンデには、仮住まいをしている別宅があるんだが、こっちの方が、本宅じゃあないかと思えるぐらい滞在している。オレらにとったら気さくな人だよ」

「火の村って、行くだけで大変なんですよね」

「どうも、カウワの木汁のパンが気に入ったようなんだ。今回もカウア粉を大量に持ってきているだろ。殆ど領主さまの所に収めることになる」

 確かに絶品、オレンジ色で柔らかいパン。

「その内、挨拶に行くぞ。実は、来い来いとうるさいんだ」

「わかりました」


 ネアンデの門に到着した。おれたちは、審問官に森の様子はどうだと聞かれることになる。審問官といっても門衛の偉い人が兼ねている。この世界の識字率は低い。文字を書ける人が審問官の替わりをすることになる。


「ヨベル、待っていたぞ!」

「バルトも変わりないな」

 ここを通るたびに話しているので、二人はとても仲が良い。

「こいつは、ホムラだ。こんななりだが、まだ12歳だ」

「でかいな。・・でも幼い顔だ。ワハハハ。大きくて良かったな。じゃあないと、女と間違われるところだぞ」

 おれは、返す軽口の言葉が浮かばず、頭を下げただけ。

「カウア粉は持ってきたか?」

「ホムラ!」

「これです」

「これがきれると、ポンペオ様の機嫌が悪くなるんだ」

「大丈夫か!うちの領主さま。ちゃんと本宅に帰っているんだろうな」

「ここは、魔獣狩りができるからな。居心地もいいし。家令のヨハンが行ったり来たりで大変だがな。お前も、顔をだせ」

「いやだぞ、森のお供をさせられる。その分、カウア粉を多めに持ってきているだろ」

「違いない。それでどうだ、森の様子は」

「ここに来る途中、森の中腹でジェッドを見たぞ。デカいホレストボアを狩っていた」

「そろそろ子育ての季節か。冒険者ギルドに警告しておくよ」


 門衛長のバルトの審問は、もう少し続いた。村では無口な方のヨベルだが、門衛長のバルトとは、多分一番の友達なのだろう。話が弾む。

 それで、この審問部屋というか門衛詰め所を見回した。そこには、王女と思わしきティアラを付けた美少女の精彩画がポスターのように張られていた。まだ、14~15歳に見える。


「ヨベル、あれ、王女様か?」

「このませガキが」

「おいおい、12歳じゃあ事情を知らんだろ。後で教えてやれ」

「親父に頼むか。どうもこの手の話しには弱い」

「そうしろ」

「すまんホムラ、後でな」


 ポスターには、字の他に数字が書かれている。最近覚えた字だ。100と書かれている。ただのポスターとは思えなかった。

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炎の霊牢 星村直樹 @tomsa

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