其の三、きえる

 だけど、悲しいかな、


 父が入院した事で、競合他社の町工場へと仕事が流れていった。


 営業手腕に定評があった父の入院をいい事に好機と考えた別の町工場が在ったんだ。部品の納入先である企業に他社が売り込みをかけた。そして、父親が経営していた町工場の仕事が激減した。そう。あたしは運命の調律に弾かれたんだ。


 それでも、母は小さな部品と格闘しながら必死になってくれて。


 真冬で凍える中、冷たい水を部品にかけながら頑張ってくれた。


 小さな、あかぎれだらけの手を真っ赤にして。


「あんたは、何も心配しないで勉強、頑張んな」


 ってさ。


 そこまで切羽詰まってギリギリでも、まだ、あたしの進学を応援してくれたんだ。


 だからだよ。だからこそ、こう決めたんだよ。


 あたしは高校卒業と同時に父親の町工場を手伝うんだって……。


 父や母を助けたいって、そう思ってしまった。


 無論、それは、彼と離ればなれになるって事。


 言うまでもないけど、離ればなれは、覚悟の上で決めたつもりだった。でも、やっぱり、つもりに過ぎなかったんだろうね。いざ、離ればなれになって、こんなにも、ぬくもりが恋しくなるなんて思わなかった。こんなにも悲しくなるって……、


 そんな事、全然、想像できていなかったんだ。


 今、考えると甘ちゃんだったって、そう思う。


 そして、


 あたしは、彼の優しいぬくもりが感じられなくなってしまった。


 距離に邪魔されて彼を近くに感じられなくなってしまったんだ。


「うんうん。そっちはどう? もう寒くない?」


 会話を続けていても、やっぱり悲しくなる。寂しくなる。切なくなる。涙が出る。


 近くに彼を感じたいんだと心が悲鳴をあげる。


 愛しい彼のぬくもりを感じられないから……。


 どんなに楽しく話しても心が寂しく折れそうになっているから。


 この世で、たった一人の彼を身近に感じられないから心が枯れる。枯れて心の幹が真っ二つに裂ける。芽吹きの季節にも拘わらず、葉も全て落ちてしまって弱った木は死に絶えそうになる。恋心という樹木は確実に滅びへと向かって突き進んでいる。


 死にたくない。消えたくないんだと心が叫ぶ。


 大きな悲鳴を上げる。


 もの悲しくも苦しく。


 悲痛に。


「うん、ありがとうね」


 そして会話が終わる。


 終わってしまって哀しみが頭をもたげてくる。


 頭の中に原色の絵の具をぶちまけられ、ぐるぐると揺らめき回る奇々怪々な絵とも言えないものが表れては奇絵る〔消える〕。奇絵て〔消えて〕は顕れ、そして消える。繰り返し。恋心の生と死を著す、それは言葉では表現できない苦痛でしかない。


 いつか。


 そう、いつか、彼の優しいぬくもりは永遠に失われるんじゃないかとさえ感じる。


 あたしの中から永遠に消え去ってしまうんじゃないかとも思う。

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