ぬくもり
星埜銀杏
其の一、距離
…――あたしは彼のぬくもりを感じられない。
いや、正確には感じられなくなってしまった。
そう彼に言うと、彼は苦笑いしながらも、いつも、こう答える。
君は優しいからと……。
ここは、
片田舎の小さな町工場。
あたしの大切な仕事場。
父と母が、大事に守り続けた宝物。
基盤に小さなネジをはめてしめる。
あたしの彼は都会の大学で機械工学を専攻している。子供の頃から機械が好きで大人になってからも機械を愛し続けた。だからメカニカルエンジニアになる為、勉強を頑張っている。つまり、あたしと彼は、離れた地で別々の道を歩いているんだ。
あたしは、本当は、こんな現在〔いま〕なんて望んでなかった。
彼と、ずっと一緒にいたかった。ぬくもりを感じられる距離で。
だから、
遠距離恋愛と言えば聞こえはいいが、実際には忘却の距離を挟んだ恋愛だと思う。
もちろん、彼自身が、あたしを忘れたいとかいった事ではない。
距離に阻まれ、彼を直に感じられなくなったから、段々、あたしの方が彼を忘れていくような気がしてしまい怖くなっているだけの話だ。その話を彼にすると、いつも優しく慰めてくれる。それでも、やっぱり、あたしは、ぬくもりが欲しくて……。
それはワガママだと分かっている。
それでもそれでも……。
悲しくなるのは、仕方がないんだ。
あたしは弱いから、ヘタレだから。
空調などといった洒落たものなどない工場〔こうば〕で、汗をかいて働き続ける。
と唐突。
作業着のポケットに無造作に突っ込んであったスマホが震える。
誰からだろう? と心を微かに弾ませてからスマホを取り出す。
彼だッ!
小さな部品との格闘を一時中断して首にかけてあったタオルで汗を拭う。オイルで汚れた手も拭く。外では桜が咲いてから散った。徐々に温かくなってきた。夏が近づいている。風が、まだ少し冷たいが、とても過ごしやすい季節。でも……、
熱が篭もる工場は暑い。
ふうっと大きく息を吐いてから彼を思い出す。
高校生だった、あの日。
寒い冬。
そっとあたしの手を握ってくれ、とても温かいぬくもりを、その右手に感じて。
彼は告白してくれた。子供の頃からずっと一緒で幼馴染みとして育ってきた彼が。幼馴染みで終わりたくないから付き合って欲しいと言われた。とても穏やかにも優しく。あたしも、ずっと彼が好きだったから死ぬほどに嬉しくて泣いてしまった。
泣いてしまったあたしを見た彼は慌てて、でも、そっと優しく頭を撫でてくれた。
その手もまた温かくて。
そんな事を思いだして震え続けるスマホに表示されている名前を見て涙がにじむ。
今は……遠いと寂しく。
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