ふくぼんっ!~あんな嘘、つかなければよかった…っ!~

くろねこどらごん

第1話

「なぁ、水沢と平泉って付き合ってんの?」


 とある昼休み、クラスの友人と顔を突き合わせ、いつものようにふたりで雑談をしながら弁当をつつきあっていた時のことだ。

 最近読んだ漫画の話題で盛り上がっていたところだったのに、いきなり流れをぶった切られて唐突にそんな疑問を俺は投げかけられていた。


「なんだよ、やぶから棒に…」


「いや、気になってさ。平泉ってすげー可愛いじゃん。別のクラスではあるけど、よく話題になってるし」


 楽しげに笑いながらも、興味本位での問いかけであることを隠そうともしない友人に、俺は内心ため息をついた。


「……付き合ってねーよ。付き合ってたら、男同士で顔合わせて飯食わないだろーが」


「ははっ、そりゃそうだな」


 俺たちようなクラスでも目立たない…というか、ハッキリ言ってしまえばモテない部類に入る陰キャからすれば、あまり恋愛話は気が乗らないというのが本音だった。それも自分に関する話だというなら尚更である。


「ったく…くだらないこと聞くなよな。なんで俺と都が付き合ってるとか思うんだよ…」


 さっさと話を切り替えたかったのだが、そう上手くはいかないのが世の常だ。

 墓穴を掘ったと思ったのは、余計な一言を言ってしまったと気付いたすぐ後のことだった。


「ほら、水沢と平泉って幼馴染なんだろ?イケメンの先輩とかにもしょっちゅう告られてるみたいなのに誰かと付き合ってる話も聞かないし、影でふたりは付き合ってたりするんじゃないかってさ。ちょっと思いついちゃったのよ」


 訂正するより先に、友人からの願望混じりの妄言が飛んでくる。

 さも名推理のようなドヤ顔を浮かべる目の前の友人にイラっとしながら、俺は口を開いた。


「……ラブコメの読みすぎだろ。確かに俺と都は幼馴染だけど、そんな関係じゃねーよ。幼馴染に夢見すぎだ」


「うっ…しょ、しょーがねーだろ。同い年の美少女幼馴染なんてSSRじゃん。漫画だと大抵負けヒロインだけどさぁ…水沢だって、あんな可愛い幼馴染がいたら思うところのひとつやひたつあるだろ?」


 こいつ、まだ食い下がるのか…

 そりゃ確かに都は昔から可愛かったし、高校生になった今ではスタイルもかなり成長している。

 長い黒髪といい大きな胸といい、いかにもこの友人が好きそうな幼馴染キャラを地で行くようなやつである。


(俺だってあいつのこと、そういう目で見たことがないとはそりゃ言わないけど…)


 でも、なぁ……


「……別に。あいつとは、ただの幼馴染だ。それ以上の目で見たことなんてねーよ」


 そのことを口にするのは、なんとなく気恥ずかしかった。

 今の自分は、こうして教室の片隅で飯を食べるただの陰キャだ。

 対して都のやつはきっと今頃は自分の教室で男女問わず多くの生徒に囲まれ、談笑でもしているに違いない。


 そう考えると、つい自分と都の境遇を比較してしまい、見栄を張ってしまうのも仕方ないと思う。

 それはこの場限りの些細な嘘で、すぐに流され終わるはずのものだと思っていたから。


 だけど……


「それって本当?」


 突然、俺たちの会話に割って入る声があった。


「え…」


「あ、ごめんごめん。いきなり話しかけちゃって。水沢達の話がちょっと気になったから、つい口挟んじゃったんだ、悪いね」


 ついでその声の持ち主は謝罪してくる。

 それが俺に向けられたものだと気付くのに、数瞬の時間を要したのは、話慣れていない陰キャの悲しいサガというやつだろうか。


「え、あ、いや、別に大丈夫だけど…」


 半ば慌てながら顔を上げると、そこにはなんともまぁ、顔の整ったイケメンの姿があった。

 一応ながら見覚えがある。確かクラスメイトの、盛岡といっただろうか。


 学年でもかなりのイケメンとして人気の生徒で、去年の入学時から女子の間でよく騒がれているのを知っている。

 上級生どころか、他校の生徒からも告白されたことがあるとかなんとか。

 男子版都のようなやつであり、率先してクラスを引っ張る陽のもの。俺とは真逆の存在だった。


(そんなやつが、なんでいきなり…)


 内心疑問に思っていると、盛岡がまたこちらに話しかけてくる。

 俺を安心させようとでも思ったのか、向けられた薄い笑みがやたら様になっているのが、なんとなく癪だった。


「それは良かった。えっとさ、盗み聞きしたみたいで悪いんだけど…水沢って、平泉さんの幼馴染なんだって?」


「そうだけど、それがなんだよ…」


 軽い口調で問いかけてくる盛岡に対し、俺はつっけんどんけんな塩対応をしてしまう。

 今まで盛岡とは話す機会こそなかったが、実際話してみると少なくとも俺からはあまりいい印象を持つことはできなかった。


 なんとなく第一印象からいいやつそうであることはわかるものの、都の名前が出てきたことが単純に気に食わなかったというのが大きな理由である。

 ガキっぽいのは百も承知だけど、俺にはそれで十分だ。

 それになんとなく、この時の俺は悪い予感がしていたのだ。そしてその予感は、すぐに当たることになる。


「あー…実はさ、ここで言うのもちょっとあれなんだけど…僕、実は平泉さんのこと、前から気になってたりするんだよね」


「へ……?」


 若干照れくさそうにそんなことを告白してきた盛岡に、俺は思考停止を余儀なくされた。


「え、マジで?盛岡って平泉のこと好きだったの?」


「平泉さんとは去年一緒のクラスでさ。ちょっと仲良くなって色々話してたりしたんだ。そしたら気付いたらって感じかな。あ、これできれば黙っててもらえると助かるんだけど…」


「あー、オッケオッケ。しかしマジかー…」


 固まる俺をよそに、友人と盛岡だけで話は進んでいた。

 興味深げに頷く友人をみて、俺はコイツには頼れないことをすぐに悟る。

 元々ラブコメ好きのやつだから、こういうカミングアウトには弱いのだろう。

 ましてや盛岡はイケメンで、都も相当な美少女だ。

 美男美女のカップルが成立するかもしれないという現実を前に、浮かれ始めてるのが見て取れた。


(ざけんなよ…)


 対して俺はというと、何故か苛立ちを覚えている自分がいた。

 気に入らない。そんな負の感情が内心で徐々に膨れ上がっていくのを感じる。

 なんでいきなりこんなことを思ったのか自分でも疑問を覚え、その答えを探ろうとしてのだが……


「それでなんだけどさ、良かったら水沢から、さり気なくでいいから平泉さんに聞いてみてもらえるかな?」


「え……」


「平泉さんに好きな人がいるのかどうか、知りたいんだ。彼女、今まで好きな人がいるからって言って、ずっと告白断っているみたいだから…」


 盛岡からの協力要請。

 都に好きなやつがいるかどうか知りたいという一言により、俺が抱いた苛立ちは一瞬で霧散していった。


「都の好きな、やつ…?」


「彼女が告白を断る理由って、大抵それみたいなんだよね。だからそれが本当なのか知りたくて…もちろんお礼はするよ。これ以上協力して欲しいなんてことも言わない。ただ、それだけが知りたいんだ」


 半ば呆然としながら反芻する俺を、盛岡は真っ直ぐ見てきた。

 強い目をしていると思った。本当に、都のことが好きなんだとわかる、そんな目を俺は向けられた。


「いきなりこんなこと言って本当にごめん。だけど、水沢は平泉さんのこと好きってわけじゃないみたいだから…それに、幼馴染なら聞きやすいかと咄嗟に思って……」


「っつ…………」


 痛いところを突かれたと思った。

 確かに俺は、都のことが好きじゃないと言った。ただの幼馴染としか思っていないとも……

 だけど、俺の本心は―――クソ、まるで考えがまとまらない…!

 とにかく、今俺が言うべきことは……


「……わかったよ」


「あ……」


「都に好きなやつがいるのか、聞けばいいんだな?」


 この時、俺は気圧されていたのかもしれない。

 真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてきた盛岡に対し、引け目のようなものがあったことは否定できないから。

 そしてなにより、俺自身が知りたかったのだ。

 都に、好きなやつがいるのか。ただそれだけが今は気になっていた―――









「―――それでなに?私に話って。天翔のほうからなんて珍しいじゃない」


 放課後。家に帰った俺は、都を部屋まで呼び出していた。


「あー、ちょっと聞きたいことがあってな。最近あまり話してなかったし…その、元気だったか?」


 別に仲が悪いというわけでもなかったので来てくれるとは思っていたが、二つ返事で頷いていれた後にすぐ家のチャイムが鳴ったことは正直ビビった。

 部屋は一応片付けてあったから問題ないのだが、心構え的なものを作る時間はもう少し欲しかったところだ。そんなわけで、最初から本題に入らずまずは下手に出た俺を、いったい誰が責められるだろう。


「まぁまぁってところかしら。別に問題はないけど…天翔はどうなの?ちゃんとやれてる?」


「や、やれてるわい」


「そ。なら良かった」


 実際は友達ひとりしかいない陰キャ生活を送ってるわけだが、とりあえず俺の返事に都は満足してくれたようである。


(それにしても、マジで綺麗になったな…)


 こうして間近で見ると、改めて都が美少女であることがよくわかる。

 整った顔立ち。長い黒髪。抜群のスタイル。性格だって悪くない。

 そりゃ男だってほっとかないだろう。盛岡のようなイケメンが好きになるのも納得だ。


「…………」


 そう思うと、なんだか気持ちが沈んでいくのを感じた。

 昔から知っている幼馴染が、自分からどんどん離れていくような、そんな錯覚を覚えてしまったのだ。


 実際はそんなはずはないし、距離だって呼び出せば応じてくれるくらいの近さを保っている。

 だけど、今の自分がこうも可愛くなった都に釣り合うかと言われたら―――頷ける自信が、俺にはなかった。


「天翔…?」


「…………なぁ、都って、好きなやついんのか?」


 黙りこくる俺を不思議に思ったのか、話しかけてくる都。

 その声を強引に遮り、俺は本題へと踏み込むことにした……先のことを、きっと考えたくなかったんだと思う。


「へ……?なによ、いきなり、そんな……」


「好きなやつがいるのかって聞いてんだよ。どうなんだ、いるのか?」


 目を丸くする都に、半ば強引に切り込んでいく。

 吐き捨てるように問いただす俺を、都がどう思うかなんて考えることもせず。

 さっさと聞くことを聞いて、早く楽になりたかった。


「え、と…それは…」


 目をそらし、顔を赤らめる都に、俺は盛岡と話していた時と同じような苛立ちを覚えてしまう。


(都だって、やっぱ顔がよくて人気あるやつのほうが、どうせいいんだろ?)


 俺みたいな平凡な陰キャよりも…そうに決まってる。

 その思いが、俺に最後のひと押しをさせていた。


「答えてくれ。クラスのやつに聞いてくれって頼まれたんだ。お前に好きなやつがいるか、そいつ気になってるんだってよ」


 それは、本来言う必要なんて決してなかった言葉なのに―――


「ぇ…………」


「なぁ、どうなんだ。いるのかいないのか、早く答えてくれよ」


 自分がなににいったいそんなに焦っているのか分からないまま、気付けば口走っていた。

 苛立ちが止まらないのだ。本当に、なにが俺はこんなに気に食わないっていうんだろう。


「…………誰に頼まれたか、知らないけど。天翔は、私のこと、なんとも思ってなかったり、するの?」


「は?」


「そんなの頼まれて、引き受けるって……私のこと、なんとも思ってないってことだよね?」


 何故か都は同じことを繰り返し聞いてくる。

 なんだよ、そんなこと。それは―――


「思ってるよ」


「あ…………」


「俺はお前のこと、幼馴染だと思ってる。俺たちの関係って、それ以上でも、それ以下でもないだろ」


 お前だって、どうせそうだろ。

 こんな俺より、イケメンのほうがどうせいいに決まってるんだから。


「…………そ、っか」


 八つ当たりだって気付いているのに、歯止めがまるで効かない。壊れた暴走列車のようだ。

 だから気づけない。都の瞳が、絶望に染まっていくことも。

 彼女の中で、なにかが崩れていっていることにも。

 自分のことで頭が満たされていた俺は、なにも気づけない。


「…………いない、よ」


 俺たちの関係が、幼馴染のそれから変化していくことにも、なにも見えていない俺には、なにも気付くことができない。

 だから―――


「私には、好きな人なんて、いない」


 都の声が震えていたことにも、気付けなかった。











 それからしばらく経った頃。

 都と盛岡が付き合い始めたという噂が流れ始めた。


 曰く、ふたりが休日に一緒にいるところを見かけたとか。

 曰く、放課後並んで商店街を歩いていたとか、日を追うごとに確実に距離が近づいているとわかる、そんな噂が。


 俺はその話を耳にしないようにしながら、ただ家と学校を往復する毎日を過ごしていた。

 あの日以来、都には会っていない。都が帰った後、ひどい後悔に苛まれ、何度も謝りたいと思っていたが、タイミングを逃し続けていたのだ。


 ―――なんで、俺はあんなことを…………


 戻れるならあの日に戻りたい。そんな後悔だけが募る中、ある日俺は盛岡に呼び出された。


「―――ありがとう、水沢。君のおかげだよ」


 第一声は、感謝の言葉。

 それで俺は、全てが終わったことを悟った。



 結果からいえば、ふたりはやはり付き合い始めたのだろうだ。

 盛岡から必死にアタックをかけた結果、ようやくOKをもらえたのだと、嬉しそうに語っていた。


 俺の手を握り、本当に嬉しそうに感謝を伝えてくる盛岡は、やはりいいやつなのだろう。

 だけどその言葉は俺には届かない。爽やかなイケメン面に、全力で殴りかかりそうになる自分を抑えるのに必死だった。


 俺は、奪われた。

 コイツに、大切だった人を。


 この時になって、ようやく自分の本心に気付いた俺は、大馬鹿野郎としか言いようがない。

 同時にわかった。俺は、盛岡に嫉妬していたのだ。

 自分の気持ちを素直に認め、告白したいと告げてきた盛岡。

 それを俺は内心羨ましいと感じ、醜い敵愾心を抱いて、そして都に八つ当たりをしてしまったのだと、ここにきて理解できたのだ。


 だけど、全てがもう遅い。・

 俺が先に好きだったのに、俺は自分の気持ちを認めることが出来なかった―――






「なんで、俺は……」


 家に帰り、俺はベッドの上で膝を抱えて蹲っていた。

 もう後悔しか残っていない。あの時、変な意地を張らなければ、なにかが違っていたはずだという、取り返しのつかない妄想に縋ることしか、今の俺には出来なかった。


 ヴヴヴヴ……


 日が落ち、部屋が暗くなっていく最中、振動するスマホのバイブ音が部屋に響く。

 誰かからメッセージがきたらしい。目を落とすと、送信者の名前が眩しい光とともに表示される。


「あっ……」


 都だった。なんだろう、今更俺に何を……

 一瞬希望がまだあるのではないかと思いかけるも、それはすぐに無意味なものになる。


 ―――私、盛岡くんと付き合うことにしたから


 俺にとって絶望的な宣告が、淡白なまでに明確にそこには示されていた。


「は、ははは…」


 わかってた。

 わかってたけど、それでも……涙が、溢れてくるのはもう、どうしようもない。


 ポタポタと頬を伝わる涙が膝を叩く中、また新しいメッセージが表示され―――俺は目を見開いた。


 ―――私、アンタのこと、好きだった


 そこにあったのは、俺への告白の言葉。

 湧き上がる歓喜。だけど、『好き』ではなく、『だった』で終わっていることにすぐに俺は気付いてしまう。


 それは、未来ではなく過去を表すもので―――


 ―――それだけ。さよなら


 その後に別れの言葉が続くのは、当たり前のことだった。



「あ、ああああ……ああああああああああああああ!!!!!!!」


 俺は、俺はなにをやってしまったんだろう。

 あんな些細な嘘で、全てが狂ってしまったのか?それは、あんまりすぎるだろう。


 何度も何度も頭をかきむしり、絶望して―――そしてまた、後悔する。


 あの時、素直に俺も都を好きだと言えていたら―――そんな後悔だけが、俺の胸に永遠に残されたのだった。

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