第72話 観客席

 審判の掛け声で試合が始まった。犬獣人のウェンツの目つきがおかしい。血走っている。ウェンツが素早く動いた。4本足になったと思ったらオズバーンに向かって駆け出した。そしてジャンプして噛み付こうとする。獣人というより野生のそう、野犬のような動きだった。オズバーンは真横に避けて、ウェンツを見た。すでに目の前にウェンツがいて肉球がオズバーンの顔面を襲った。


「なに!?」


 オズバーンはバックステップし直撃は避けたが攻撃を食らってしまう。ウェンツは着地後直角に飛びオズバーンを襲ったのだ。そしてそのままオズバーンに襲いかかる。オズバーンは風魔法でウェンツの勢いを消し、逆に蹴りを見舞う。ウェンツはまともに蹴りを受けそうになるが身体をひねって避けた。


「なんだあの動きは?あんな風に避けれるのか?」


 観客からどよめきが起きる。その間にも両者の蹴りやパンチが飛び交いお互いにダメージを負っていく。戦っているうちにウェンツは二足歩行になっていて、オズバーンのパンチを受け流し、腕を取って一本背負いで投げた。オズバーンは投げられながら空中で回転し着地する。そこをウェンツの土魔法による落とし穴が起動して穴に落ちてしまう。


 ウェンツは勝ったと思い腰から下が穴に落ちたオズバーンに向けて必殺の蹴りを繰り出そうとした。


「すまんな。負けるわけにはいかないんだ」


 突然空中に浮き上がるオズバーン。そして何もない空中なのに壁を蹴るように空高く登っていく。


「行くぞ!スクリュークラッシャーキーック!」


 ミランダ直伝の奥義がウェンツに直撃し、ウェンツは吹っ飛んだ。ダウンカウントが始まる。


「ワン、ツー、スリー」


 流石にあれを食らったら立てないだろう。いやあ強かった。さすが獣人の仲間だ。さっきのあの直角飛びはすごかった。今度練習しよう。


「シックス、セブン、エイト、おおおおおおおーーー!!!」


 ウェンツが立ち上がった。





「う、うっそだろ。あれで立つのか?」


 オズバーンは呆然としている。観客席は大興奮だ。行け!今度はお前の番だ、とか好きな事を言っている。ウェンツは身体能力強化を使っていた。さらに蹴られる瞬間、両腕でガードしていたのだ。それでも立ち上がったもののフラフラしているが目は死んでいない。相変わらず血走っている。

 ウェンツがよろよろしながらパンチを繰り出すがオズバーンには当たらない。こりゃもう一発強い攻撃を当てれば勝てそうだと油断した瞬間、再び土魔法の落とし穴を食らってしまい腰から下が穴に埋まった。その瞬間、ウェンツの速度が急に上がりサッカーボールキックを繰り出す。オズバーンも身体能力強化を使い両腕でをクロスさせ蹴りを受け止めようとするがダメージを負ってしまう。風魔法でウェンツを近づけなくし、穴から脱出、空中高く飛び、前方空中回転式かかと落としを見舞う。


「サイクロンヒールアタック!」


 脳天にもろに食らったウェンツはカウント10で立ち上がれずオズバーンの勝利となった。場内アナウンスは鳴り響く。


「続いて決勝戦は、20分後に開始されます」


 えっ、早すぎるだろう。慌てて控室に戻りポーションで回復を行う。休む間も無く決勝戦が始まった。






「なかなかやる。だが、かなり消耗したな」


「あのスクリューナンタラは凄い威力だ。あれを食らってはクロック様でも負けてしまうだろう。何とかならないのか?」


「あの技はすでに見た。弱点もわかった」


「ならば急いでクロック様へお教えしてくれ。ところであの犬だがタフだったな」


「ドーピングだよ。目が血走っていたろ。バーサーカーモードになる薬をあやつに投与した。万が一あやつが勝っても薬の反動でクロック様と戦う時にはボロボロだから楽勝だしな。まあ勝てなかったが十分データは取れた。この功績はクロック様が王になった後に犬どもにだな」


「褒美か。まあいい仕事したしな」


 クロックのトレーナー達はオズバーンの情報を得るために暗躍していたようだ。さてさて、その効果はいかに?


 観客席には各国の要人が集まっていた。なんせ次の国王が決まるのだ。どんな奴がなるのかを見極めねばならない。それにより国交のやり方が変わるかもしれないし、元々獣人の国は他の国と違って特殊だ。戦闘力は高いが見た目は獣だしなんとなくとっつきにくい。ドワーフの国であるサンドラ帝国から来ていたのは王子であるバッハだが、ドワーフは見た目は人間に近い。少し背が低くて横幅が広く力が強い。壁役に向いていると言われていて、勇者パーティーでも前衛を務めていた記録が残っている。バッハは勇者パーティーにいたドワーフ、カイマンの直系にあたる。この国、ドロス公国とドワーフのサンドラ帝国は人間の国ではないという共通点がある。ただしサンドラ帝国には人間もたくさん住んでいるので、こことは根本的に国の考えが違うが。


 いずれドワーフも直系が途絶える時が来るだろう。獣人の国がどうなるかはいい教科書になる、よく見てくるようにと王から命令されて来てみたが、この争奪戦、なかなか面白い。ウサギ獣人が圧倒的に強いようだが、裏で策略がどよめいていて簡単には勝たせてもらえないようだ。

 派閥。獣人といっても種類が違うとこんなものなのだなと考えつつ、自分ならこいつらとどう戦うかを考えていた。あの空中蹴りは脅威だが、受け切れるな、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る