桜の下 2

「K 大学から編入してきた新参者です。」

「K 大学?!」

 カゴから缶をひょいひょいとテンポよくシートへ移しては、豊かな表情が桜の下に弾ける。

「哲学科から来たのよ。珍しいでしょ、工学部へは。」

「それって、編入できるんですね。」

「できるけど・・・般教以外の講義はたくさん受けないといけないから、わりとやりなおし。」

「へぇ。」

 何でまた?と書いてある顔が片膝をシートに立ててこちらを向く。

「僕の友達の四年生になったけど単位足りなくて研究室入れなくて再履修みたいな感じですか?」

「うーん。語学や哲学系の一般教養科目に互換できる単位はかなり取ってるから、

 制度上は三年次編入だけど、これから工学の専門を取り始めるちゃんとした二年生ってところかな」

 y 先生はちゃんとを強調した。少し居たたまれない。

 大学では般教と略す一般教養にあたる語学や歴史に関する科目を低年次で取り、学年が上がると科に即した専門科目を取り、研究室へ入る流れが伝統的だ。科の区別によらない般教で取得済みの単位は、編入時に単位互換制度で認めてもらえ、卒業までに必要な単位数に入れてもらえることも多い。そのため、大学で何かしら単位を取ったことがあるなら、編入で他の大学や他の科に入る時に高い年次からスタートできることもある。僕の場合は互換できる単位が少ないので、三年次編入だが実質は二年生の講義を取る必要がある。

 浪人ではなく、留年でもなく、新入生でもない。お酒は一応飲める。目の前では迷わず銀色の缶を y 先生に差し出したのと逆の手がシートの上の赤色の缶と銀色の缶を行き来して僕をうかがう。

「面白いよ、工学部のものづくり。」

 表情を変えない僕に、すっと缶を下ろして軽やかにコーティングされた彼の中身がのぞく。辺りの春の草木の緑っぽい香りが新鮮に思われた。真剣な目に真剣な目で応じると、相手の目がすぐさま揺れた

「あれ?でも、言ってから思ったけどさ、前の大学にも工学部ならあるよな。」

 彼の思考回路は正しい。僕はふっと嬉しくなったが、答えても良い人かはまだ判別がつかなかった。

「研究に関連しそうなことに興味を持ってくれていて、大人の中では私が一番新しいから案内役。」

 考えているうちに、y 先生が無難に流してしまう。きっと、それで良いのだろう。

「ふーん。哲学って本よく読みますよね。先生、本いっぱい置いてるし良かったっすね。」

「案内続けるから、楽しんで。良い新入生来るといいね」

 銀色の缶を今すぐ取りたそうにしつつ、「この後会議もあるのよね」と y 先生が悔しそうな顔を作って場をあとにするのを追う。

「夜桜もあるんで、あとで乱入してきていいっすよ」

 元の調子の声が背中から明るく包んだ。大学は自由な青さに満ちている。 「今のは私の研究室の学生の一人」とまばらなブルーシートの合間を抜けながら午後の落ちかけた日を照り返す建物へ向かいつつ y 先生は僕に教えてくれた。四年生の先輩。今度会ったら名乗っておかないとと思う。

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