書庫の断片
露草 ほとり
桜の下 1
淡い桜色の花びら、目覚めた緑、黄色い花々が、明るい光を受けて、きらめいている。欧州に合わせて入学を秋にという声もあるが、芽吹く季節が学業の始まりへもたらす相応しさは、冬の重たい光からさっと着替えた陽光を受け、何もかも真新しく清々しい辺り一面の万物を見ていると明らかに思えてくる。突き抜けるように澄んだ青色の空から降り注ぐ光の元にいると、思い切ったこの選択が理想的なものに思えてきた。
新入生バッグを肩に提げた学生がひしめくキャンパスで、僕はポニーテールが揺れる横についていた。前を行くと頼りなさげにあちこちを見ている学生へチラシが差し出される。
「どうですか。僕らのサークル、講義との両立もしやすいから安心だよ」
「体格いいね。なんか経験してたでしょ。」
僕は前で勧誘される人間のペースを観察し、既に勧誘がはじまっている側に寄って、両側の群れを避けた。と、すっと僕の隣に数人がチラシを掲げて寄った。
「わぁ、女の子。工学部のオリエンの日なのにレア!」
数年前のパステルカラーのスプリングコートがいくつも歩くキャンパスと違い、黒やネイビーが占めるキャンパスで、その淡いミントカラーの羽織は確かに人目を引いた。しかし、 ためらいなく描かれたお辞儀の弧に僕より小さな肩に乗っていた桜の花びらが流れて、囲みを散らした足元へ吸い込まれる。
同じ調子で歩を進め漸く群衆を抜けると池の周囲にブルーシートを広げている数人が目に入った。自転車の前カゴから飲料缶を取り出しては、シートの上に並べていく。まだ缶を置いていない側のシートが風にはためいては上がる歓声が、他人ごとのように遠く響くことが心地良かった景色はすぐに眼前に迫ってきた。
「うぃっす。」
長身の男子学生が置きかけの缶を持った手をすっと上げる。銀色の缶が光を辺りへ散らした。僕と同じくらい、か、少し年上だろうか。
「勧誘?」
「はい。どうっすか、新入生さん。他へも勧誘されたでしょ。」
「・・・見てたの?」
「見てなくともわかります。」
僕の隣の女性は口元を曖昧な形に結び首を傾げた。
「はいはい、そちらの本当の新入生さんもどうっすか。」
変わらぬ目の前の明るい調子に、結ばれた口元が柔らかく解け、ななめ下から僕を見上げる。
「彼も、新入生さん、ではないの。」
「ええっ!えっと・・・新しい先生?」
「それも違う。私は先生だけどね。」
僕は思わず小さく笑った。新しい春の世界の始まりは悪くなさそうだ。
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