色々な信仰

「会長さん。遺跡から希少魔石って呼ばれるものが見つかる事があるって聞いたことがあるんですが、あれって魔石か魔力石かどっちかわからない物って言われているんですよね?」


「ん? んーっ! よく知ってるわね? けど、ちょっと古い話しかしら? あれは魔石でも魔力石でもないって、随分前に結論がでてるわね」


 会長さんは一つ大きく伸びをして、私の質問に答えてくれた。


 おやつ休憩をした時に教えてもらった、魔石が不吉な物とされていて、今みたいに使われることなく捨てられていたという話を聞いて、疑問に思っていたことを話す。


 コルトさん達に教えてもらった、遺跡から見つかる事があると言う希少魔石の事。

 魔石か魔力石かどちらかわからない物ではあるが、何かしらの使用用途があったから遺跡から見つかっているんじゃないのかと思ったのだ。


「ふう、ちょっと休憩にしましょうか。えっと……、そもそも希少魔石自体そんなに頻繁に見つかるものじゃないのよね。見つかるのも、千年二千年前あたりの遺跡からは見つかったことがないし。希少魔石が見つかる遺跡って、喪失文明期って呼ばれている時代の遺跡からしか見つからないのよ」


「……喪失文明期」


 アルバスティア曰く、八千年程前の事を言うんだっけ。


「魔導具の核として、希少魔石を使う実験が行われたことがあるんだけれど、魔力石なんかより遥かに力が強いらしくて、理由は分からないけど大爆発を起こして、死者が多数でているって話。それから希少魔石を魔導具の核に使う事は、ほんの一部の人しか許されていないわ。それも十年に一回、希少魔石を使った実験ができるか否からしいし」


「じゃあ、希少魔石についてって今のところ何もわかってないってことですが?」


「そうなるわね。誰だったか、生物の命の塊だなんていう人も出る始末よ」


「そうなんですね……。あの、そう言えば、どうして喪失文明期って呼ばれているんですか?」


「ああ、それね。喪失文明期の遺跡って、今のところ見つかった全ての遺跡が、何に使われていたとか、一切分かっていないの。文字なんかもね。でも、今より遥かに高い文明レベルだった可能性が高いことだけはわかっているわ。ただ、それより後の時代とされている文明の遺跡は、どうみても文明のレベルが著しく低下しているの。そして、発見された書物を読み解いても、以前にどんな世界があったとか、何が起こって衰退したのかとか、まったくと言っていいほど情報がでてこない。文明がその時点で無くなってしまったかのように思えてしまうことから、喪失文明期って呼ばれているの」


 あいつは、人間同士の争いで文明が滅びたって言っていた。

 だから、その後の時代の文明レベルが衰退しているというのは、何も間違ってはいないという事なのかな。

 あいつが八千年以上も生きていたと言うのは、やっぱり本当の事だったのだろう……。


「そう言う話は、考古学の分野になりませんか? 会長さんはとてもお詳しいようですが」


 ルーリがきょとんとして、会長さんを見ている。


「私、元々はそっちの畑出身なのよ。あなた達と同じで、魔導具の歴史について色々調べて作っていたら、作る方が楽しくなっちゃって。気が付いた時にはここに所属することになっていたわ」


 どうやら会長さんは、私達が魔導具の歴史について興味があると勘違いしてしまったようだ。

 もし私が、喪失文明期から生き残っている人がいるなんて話したら、……いや、そもそも信じてもらえないか。

 まあ、そんなこと話すつもりはないんだけど。


「そうそう、喪失文明期の遺跡の話で思い出したのだけれど、ガラク皇国には沢山の遺跡群があって、まだ見つかってない喪失文明期の遺跡も沢山あるって言われているのよ。知っていたかしら?」


「いえ、初めて聞きました。どうしてそんな事が言われているんです?」


 私達はガラク皇国へ渡る予定だけど、そんな話は一切会長さんにはしていない。

 だから、唐突に会長さんからガラク皇国の話が出てきて驚いてしまった。


「ガラクにある山々って、霊峰と呼ばれて信仰の対象になっている山が沢山あるの。それこそ、小さな村単位の信仰で言えば、そこら辺の小さい山でも信仰の対象になっているくらいにね。すごく大切にされていて、人の侵入を固く禁止している所がほとんどなの。で、ガラクの人はもちろん、国外から来る人なんかは絶対に霊峰には近づけないわ。そのせいで未調査の地域が山ほどあるってわけ」


「山岳信仰と言うやつじゃな。山から齎される恵みに感謝し、あるいは山で引き起こされる災害に畏怖し、崇拝すると言うものじゃ。許された者のみが山に入れると言う決まりがある事が大半じゃな。マナ信仰とは違い、信仰する対象が目に見える存在じゃから、一度根付けばなかなか廃れん信仰じゃのう」


「あら、サフィーアちゃん詳しいわね。山岳信仰なんてこの国じゃマイナーもマイナーな信仰なのに」


「妾がいた街が山間に面した街じゃったからな。山岳信仰者を見かけることがあったのじゃよ」


「じゃあサフィーアちゃんも山岳信仰だったの?」


「いや、妾は五色ごしき信仰じゃ」


「山岳信仰より珍しいじゃない。……確か宝石族ジュエリーが主に信仰しているのが五色信仰……。あれ、もしかしてサフィーアちゃんって宝石族ジュエリー? なんて、まっさかねー?」


 少し顔を引きつらせながら、あははと笑う会長。


「妾は紛う事なく、水を司る宝石族ジュエリーじゃよ、娘っ子」


 そんな会長に、にやっと意地悪な笑みを浮かべるサフィーア。


「あああっ!! サフィーアちゃんなんて呼んで失礼しましたー!!!!」


 すごい勢いでサフィーアの前まで飛んできて、ぶんぶんと頭を下げている。


「はっはっは! かまわんよ! 妾も訂正せず、ずっと黙っていたからのう」


「みんなすぐに教えてくれればよかったのに―!」


 会長さんは私達に恨みのこもった視線を向ける。


「もう長いこと一緒にいるせいで、サフィーアが宝石族ジュエリーだってことを忘れちゃうんですよね。ねー」

「ねー」


 リステルがハルルと一緒に頷いている。


「もしかしてハルルちゃんも宝石族ジュエリー?」


「ううん。ハルルは人間」


「よかった……」


「サフィーア、五色ごしき信仰って何なの?」


「ふむ。瑪瑙が知らんでも仕方がないことじゃな。五色信仰とはのう……」


 五色信仰。

 宝石族ジュエリーは、体の一部である宝石の色で使える宝石魔法の属性が大きく左右される。

 例えば、胸に大きな蒼いサファイアがあるサフィーア。

 サフィーアは水属性の宝石魔法が得意で、自らの事を水を司ると言うように、宝石族ジュエリーは普通の人間のよりも遥かに強く地・水・火・風の恩恵を受けている。

 そのため宝石族ジュエリー達は、その四属性と個人が持つ独自の属性である無属性を強く信仰するようになった。

 それぞれの属性を色に例えて、黄・青・赤・緑・無の五色で表されることから、五色ごしき信仰と呼ばれているそうだ。


 ちなみに今一番主流なのが、マナ信仰。

 これは、全ての存在ものあまねくマナから生まれでて、やがてマナへと還るという考えから生まれた信仰。

 この世界の全て、生き物も、水も木も大地さえも、元はマナから生まれた存在と考えられている。

 マナが目に見えて濃い場所の事が聖域と呼ばれる理由は、マナ信仰によるところが大きいそうだ。


「色々な信仰があるのね」


 私の知っている信仰とはかなり違うものばかりで、話を聞いていて少し楽しかった。

 そんな私の横で舟を漕いでいるハルルちゃんを見て、苦笑する。


「まあ、敬虔なマナ信仰者なんてそんなにいないけどね。みんななんとなく自分はマナ信仰かなって思ってる程度の人がほとんどよ。その内無くなるか、新しく入って来たどこかの信仰にとってかわられるんじゃないかしら?」


 会長さんが笑ってそんな事を言う。


「さ、休憩はこれくらいにして、作業の続きをしましょう」



 ルーリが提案した魔導具の改良案は、ギルドの人達からとても好評だった。

 核の消耗が抑えられ、なおかつ今までより遥かに性能がよくなった。

 ……今まで使われていたものが、古すぎたというのも大きいらしいけれど。


 改良案を提出した当初、ルーリは少し不安そうだった。

 スドネアという街に偶然立ち寄っただけの、よそ者であるルーリ。

 ギルド会員ではあるが、他の街の魔導技術マギテックギルド所属でこの街のギルドの内情をよく知らないルーリが出した提案を、ここのギルドの人達は良く思わないんじゃないか。

 そう思っていたらしい。


 実際、あまり良くない顔をする人もいるにはいたけれど、それもほんの数人程度で、全体を見れば、会長さんを含めた大勢の人から良い案だと感心され、採用されることになった。


 大きな嵐の後と言う、ルーリにとってとても辛い思い出を思い出してしまう、そんな日に加え、今まで人から妬まれ嫌がらせをされてきたルーリの魔導具の知識の披露など、初日なんかはすごく不安定だったルーリ。


 それでも、私達と辛かった思い出を共有したことで不安は少なくなったようでいつも通りのルーリに戻り、ギルドの人達からも褒められたこともあって、最終的にはとても楽しそうに作業をするようになった。


 そんなルーリを見て、私達はほっとしたのであった。



「あなた達のおかげで、随分楽に作業が進んだわ。ありがとう」


 私達は七日に渡り魔導技術マギテックギルドに通い、ルーリとサフィーアは魔導具の改修を、私達は簡単な組み立てをそれぞれ手伝った。


 順調に街の復興も進んでいる。

 瓦礫が散乱していた通りはすっかり元通りになっていて、今はもう人も馬車も普通に通行している。

 風で薙ぎ倒されてしまっていた街灯なんかも、既に魔導技術マギテックギルドに運び込まれていた。


 さすがに家屋の修理はまだまだ手付かずの所が多く、通りを歩いていると、屋根がはがれたまま家や、煙突が崩れたままの家が目立つ。

 それでも、沢山の人たちが屋根に上って作業をしていて、あちこちから威勢のいい掛け声が聞こえてくる。


 バザールなんかは嵐が去った二日後あたりから、もう再会を始めていた。

 スドネアに住んでいる大勢の人が利用する街の台所なだけあって、大勢の人が協力して真っ先に復旧させたそうだ。


 ただ、スドネアの街に北にある橋は、復旧にまだまだ時間がかかるらしい。


 もし、スドネアから北にあるトライグルという街へ行きたい場合は、東へぐるっと迂回する羽目になり、首都へ向かうためにとても遠回りになってしまう。


 乗合馬車の復旧もあまり進んでいない事を鑑みて、私達は徒歩のまま北へ向かうことにした。


 スドネアから半日ほど歩くと、目の前に大きな河が流れている。


「ん? 嬢ちゃん達、スドネアを出るときに橋の事は聞かなかったのか?!」


 恐らくここに橋が架かっていたという場所には、結構な人が集まっていた。

 集まっていた人達の何人かが私達に気づいたようで、驚いた様子で声をかけてきた。

 何とも逞しい男性達が私達に急に近づいてきたので、少し怖くなって後退りしそうになってしまった。


「え、えっと、ちゃんと聞いてきました」


「今は船も出てないぞ?」


「それも知っています」


 最初、怖気づいてしどろもどろになって喋っていたけれど、私達の事を心配してくれていることがわかって、少し落ち着いて話せるようになった。

 それでも怖いものは怖いのだけど……。


 事前に聞いたところによると、昔は向こう岸へと渡るためには、主に船が利用されていたらしい。

 だが、橋ができてからは利用されることが少なくなり、最近ではほぼ使われなくなっていたそうだ。

 一応、漁をする船もあるにはあったのだけれど、それがこの大嵐で軒並み流されるか転覆するか、壊れるかと、現状動かせる船が一隻も無いとのこと。


「ホントにちゃんと知ってるみたいだな。それじゃあどうするんだ?」


 男性にそう言われたので、私は河のほとりに立つ。

 そして、


「アイスウォール!」


 魔法でぶ厚い氷の壁を河の中にいくつも出現させ、橋脚を造る。

 その橋脚の上に、横に長い氷の壁を造って橋を架ける。


 おおおおっ?!


 男性達の驚いた声が響く。


 出来た氷の橋の上に乗り、強度を確かめるため、だんだんと踏みしめる。

 ……ちょっとすべって転びそうになった。


「フロスト!」


 氷の橋の上に霜を作り、少しだけ滑りにくくしてみた。


「瑪瑙お姉ちゃん、どんな感じ?」


「うん、ちょっと滑りやすいけど、大丈夫そう」


 私がハルルにそう言うと、ハルルは嬉しそうにたたたっと氷の橋の上に乗って来た。


「おおー! おとと」


「こら、滑りやすいって言ったでしょう? 走らないの。落ちちゃうよ?」


「ん!」


 ハルルに続いて、リステルとルーリも乗る。


「お、いい感じじゃない?」


「本当ね」


 五人が横に並んで歩けるぐらいの広さは確保して造っているので、真ん中を歩けば落ちることは無いだろう。


「サフィーア、早く乗ってみて!」


「きょっ橋脚が既に融けだしておるのじゃ! 崩れるぞ!」


「サフィーア怖いのー?」


「なっ! ハルルよ! そんな訳なかろうて!」


 ハルルのニヤっとした挑発的な笑みに、サフィーアは一瞬だけびくっとして、すぐさま胸を張ってずかずかと氷の橋に乗って来た。


「ど、どうじゃ! これぐらい妾には造作もないわい!」


「じゃあ、そろそろいったん戻ろう。感覚は掴めたから、次は向こう岸まで行けるよ」


 私のこの言葉を聞いた瞬間、サフィーアが真っ先に橋から降りた。

 そんなに怖がらなくてもいいのに……。


 私達のやり取りをポカンと口を開けて眺めていた男性達。


「嬢ちゃん、すげえ魔法使いなんだな……」


「あ、あははは……。ありがとうございま……す……」


 突然わらわらと私達を囲んで楽しそうに話しだしたので、怖くなって顔が若干引きつってしまう。


 指をパチンと鳴らす。


 突然の私の行動に、とり囲んでいた男性達はきょとんとしているが、突如としてざばぁと河に何かが流れ落ちた音が聞こえてくる。


「あ、氷の橋が崩れたぞ!」


 一人の男性の大きな声に、ほとんどの人達がそちらへ行く。


 やっぱり強度がたらなかったのか?

 いや、いきなりひび割れて崩れたように見えたぞ?

 嬢ちゃんが魔法で何かしたんじゃないか?

 誰か乗ってたら流されてたな。


 口々に何かを言っているのを横目に、離れた所へこそこそと移動する。


 わざと氷の橋を派手に崩して、私達から注意をそらし離れてもらったのだ。

 もちろん、誰も氷の橋に乗っていないのは確認済み。


「瑪瑙、助かったわ」


 胸に手を当て、ほっと息を吐くルーリ。


「あのまま話を聞いていたら、何か頼まれそうな気もしたしね。あと怖かったし」


 私がそう言うと、うんうんとハルルも首を縦に振っている。


「それじゃ、さっさと渡っちゃおっか!」


「うう、他に方法は無いのかのう?」


「サフィーアは真ん中歩いていいから。ほら、さっさと行かないとまた男の人たちに囲まれちゃうわよ」


「し、仕方ないのう……」


 再び川岸に立つ。


「アイスウォール」


 先ほどと同じようにぶ厚い氷の橋脚をいくつも造り、その上に氷の壁を渡す。


「フロスト」


 霜を作り、巨大な氷の橋へと足を踏み出す。


「嬢ちゃん達気をつけてなー!」


 氷の橋を歩いていると、岸辺から私達に向かって手を振っている男の人たちが見えた。

 それに手を振り返して、私は岸側の橋を崩し、誰もついてこれないようにした。


「これで誰かが私達がいなくなった後で勝手にこの氷の橋を使って、万が一溶けて崩れて流される心配も無いね」


 そこから一気に向こう岸まで魔法で氷の橋を造ってしまう。


「さ、向こう岸にさっさと行こう」


 五人手をつなぎ、仲良く向こう岸を目指す。


「瑪瑙よ。お前さんはなぜ、土で橋を造らなかったのじゃ? そっちのほうが頑丈じゃっただろう? 別に地属性の魔法が苦手と言うわけではあるまい?」


 サフィーアが、少し青い顔をして言う。


「もし地属性の魔法が得意だって思われたら、それこそ手伝ってくれとか言われそうだし……」


「それもそうじゃな……」


 手伝うこと自体は別に嫌な事じゃないんだけど、男の人に囲まれっぱなしなのはやっぱり怖かった。


 向こう岸に到着する。


 私達が来た方の岸には、私達が反対側に到着したことに気づいた何人かがこちらに手を振っているのが見えた。


「悪い人たちじゃないのはわかるんだけどね」


 私は小さくつぶやき、氷の橋全てを一瞬で昇華させ、水蒸気へと変える。

 もうもうと立ち込める霧となり、向こう岸が見えなくなった。


 こうして、私達は無事に河を渡り、次の街へ向かうのだった。



 深夜の空、ぶ厚い雲に覆われた暗い暗い街。

 先日の大嵐の影響で、日中は復旧に勤しむ人々の煩いほどの喧騒に包まれるが、夜は不気味なほどに静まり返る。


「ねえ、本当に街の中に例の魔物がいるの?」


「たぶんな。外壁はしっかり警備されていて、上空から何がしかの魔物が出入りしている形跡は無いらしい。じゃあ街のどこかに隠れ潜んでる可能性が高い」


 剣を腰に下げた男の冒険者と、杖を持った女の冒険者。

 二人並んで暗い路地歩き、周囲を警戒している。


「犯人は……人間じゃないのよね?」


「わからん。わからんが、あんなことができるのは、なんかの魔物だけだろう」


「そう言えば、あなたは死体を直に見たんだったわね」


「ああ、あんなことが人間にできてたまるかよ……」


 男は吐き捨てる様に言う。


「ごめんなさい、嫌なことを思い出させちゃったわね」


「いや、俺の方こそすまん」


 女は少し微笑むと、男の右腕にするりと腕を回し体を押し付けた。


「おい、剣が持てないじゃないか……」


 男は文句を言うが、満更でもないと言う顔をしている。


「ちょっとぐらいいいでしょう? ねえ?」


 甘い声を出し、男を壁に押し付ける。


「懸賞金が出てんだぜ? 他の奴らも血眼になって探してる」


「んもう、あなたは真面目なんだから。他の冒険者が沢山探し回っているんだから、私達には見つかりっこないわよ。ねえ、そんな事より、ここ最近夜はこうやって魔物を探して出ずっぱりだったんだから。その、わかるでしょう?」


 男の首に手をまわし、女はしな垂れかかる。


「お前、ここ外――んむっ?!」


 言葉を、女が唇を押し付けることで遮り、そして、るっと舌を忍ばせる。


「ん、んちゅ」


 暑い吐息と水音が、しばらくの間、誰もいない路地に響く。


「あなただって、その気満々なくせに……。はぁむ」


 女が男の耳元でそうつぶやき、耳朶を唇ではみ、舌を這わせた。

 女の左手は、男の首筋を、胸を、腹を、そして、下半身を順番にそっと撫でていく。


「……んふ」


 ある地点に女の左手が触れると、女は嬉しそうに微笑み、再び男と唇を熱く重ねた。


 たまらず男は女と体を入れ替えて、女を壁に押し付ける。

 自身の半身を女に知らしめるように、女の下半身に擦り付ける。


「あん!」


 女が甘い声を上げた。


「途中でやめてって言っても、やめてやらないからな……」


「そんなの良いから、早――」


 そこから先を期待して、女が男を急かそうとした瞬間、男が急に女の口をふさいだ。


「……どうしたの?」


 少し頬を膨らませて抗議する女に向かって、


「……どうやらアタリを引いちまったようだ」


 男は女の手を離させて、魔法を撃つ準備をさせる。


 そして、


「せいっ!!!」


 振り向きざまに剣を抜き放ち、二人の後ろに立っていた魔物に襲い掛かった。


 魔物は驚くべき跳躍力で後方にある家の屋根へと飛び上がり、男の剣を躱した。


「グルルルルルルルっ!!!!!」


「狼……?」


 薄暗い路地裏から見上げた唸る魔物の目は、赤く光っているように見えた……。


「ガアアアアッ!!!!」

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