魔導具の歴史

 私の両親は、優秀な魔導具製作者だった。

 両親の作る魔導具はとても性能が良く、みんなからとても好評だと教えてもらったことを覚えている。


 私は両親が作る魔導具がとても好きだった。

 特に、彫られている魔法陣がとても綺麗な飾りに見え、良く売られている魔導具のような、粗雑さが見られなかった。

 それが、私が魔導具の製作を始める切っ掛けとなった。


 私の魔導技術マギテックの基礎は、両親が直々に教えてくれたものだ。

 お父さんもお母さんも、惜しみなく持てる知識の全てを私に注いでくれた。

 そのおかげで私は幼くして、魔導技術マギテックギルドの一員になることができた。

 それが八歳の時。

 そしてもう一つ、私の転機が訪れた歳でもある。


 私が、魔法が使えることを知ることになる歳でもあった。


 私は、魔導具製作が得意な両親とは別の道、新しい魔導技術マギテック論の研究や開発をする方向へと進んでいた。

 魔導具製作が上手く行かなかったとかじゃない。

 両親の力になりたかったのだ。

 私が新しい魔導技術マギテック論を開発できれば、両親がそれに合わせ、もっと素晴らしい魔導具を作ってくれると思った。

 そんな私の想いを両親は、とても嬉しそうに聞いてくれていた。


 ある日、魔導具に施される魔法陣の研究をしていた時だった。

 いつも通り羊皮紙に魔法陣を描き、魔石を固定して実験をしていたのだが、どうにも上手く行かない。

 魔法陣を描いているものがただのインクだという事もあり、魔法陣が魔石から流れる力に耐えきれず、すぐに破けてしまう。

 どうしたものかと、破れた羊皮紙の上にある魔石を取ろうと手を伸ばした瞬間だった。


 指先から何かが零れ落ち、破れた羊皮紙が零れた何かでざらざらと音を立てた。


「なにこれ?」


 指先で摘まみ上げて、良く見てみる。


 それは……、砂だった。


 指先をすりすりとこすり合わせて、指先についた砂を再び落とそうとすると、突然現れた砂は、小さな黄色い光の粒となって消えてしまった。


 もう一度指先に意識を集中してみると、さっきまでは感じなかった、不思議な力が体中を巡っている感覚がある事に気づいた。


 さらに深く指先に意識を集中する。


 さらさらさらさら……。

 指先から再び砂が零れ落ちた。

 今度は最初に頃ぼれ落ちた砂より、遥かにきめ細かい砂だった。


 再び砂が光となって消えたことを確認して、私は魔法が使えるようになったと確信した。


 何度か同じように砂を出すことを繰り返し、砂の粒もある程度思い通りの大きさに調節できるようになった。


 今度は手を組み、手の中に意識を集中し、石ころを思い浮かべた。

 すると、先ほどまでとは比べ物にならない力が手の中に集まり、体からごっそりと力が抜け落ちていく感覚が起こった。


 そして、手の中には親指ほどの小石が出来ていた。


 出来た小石を大事に持ち、急いで両親のいる作業部屋へ行く。


「どうしたんだいルーリ?」

「あら? 少し、顔色が良くないわね?」


「お父さんお母さん! 見て!」


 慌てて部屋に入って来た私を、不思議そうに見る二人。


「小石?」

「これがどうしたの?」


 私の手の中にある小石を不思議そうに見る。

 次の瞬間、小石はきらきらと黄色い光の粒になって、消えてしまった。


「――まさかっ?!」

「ルーリ、もしかして魔法が使えるようになったのかい?!」


 二人とも目を真ん丸にして驚いている。


「うん! こうやってね!」


 私はさっきと同じように手を組んで、力を集める。

 体がさらにだるくなってくるけど、頑張って集める。


「ほら!」


 最初に見せた親指ほどの大きさの小石はできなかったけれど、それでも私の手の中にはしっかりと小さな石が出来ていた。


「凄いじゃないかルーリ!」


 私をぎゅっと抱きしめてくれるお父さん。

 お母さんも嬉しそうに私を後ろから抱きしめてくれた。


「あなたは魔導技術マギテックの才能だけじゃなくて、魔法の才能もあったのね! 素敵よルーリ!」


 二人は私から離れ、


「ルーリ、お前は頭が良くとても器用な子だ。きっと魔法もすぐに使いこなせるようになろうだろう。だけど自分ができるからって、できない人を見下すような人間にはならないように。これからきっと、一人だけではどうにもならない事がきっと出てくる。そうなった時、お前のそれまでの人とのかかわり方次第で、人生は大きく変わることになる。誰かの役に立てるような、そして、いろんな人から助けてもらえるような優しい女の子になりなさい」


 お父さんは真剣な目をして私に言う。


「まだきっと、お父さんの言っていることはわからないでしょうけど大丈夫。私達がいるわ。あなたが悪い子になりそうだったら、私達があなたを叱ってあげるから」


 お母さんは少し苦笑して、頭を撫でながらそう言った。


「そうだね。今はただ、私達の自慢の娘の新たな才能の開花を祝おう」


 その日の夕餉は、私の好きな物ばかりが並ぶ、幸せな夕餉になった。


「さて、少し問題がある」


「……問題?」


「そうねえ。どうしましょう?」


 真剣に悩む二人を見て、少し不安になる。


「私達二人は、魔法が全く使えないんだ。ほんの少し知識はあるが、ルーリに魔法の事は何も教えてあげることができないんだ」


「魔法って、何もかもが安全に使えるわけじゃないわ。使える属性によるところも多いと思うけれど、簡単に人を傷つけられる力よ。少し制御を間違ってしまえば、自分も傷つけてしまう可能性だってある。ルーリも、そのことはよく考えて使ってね?」


「はい!」


「せめて、基礎だけでも誰かに教えてもらえないだろうか?」


魔導技術マギテックギルドに魔法を使える人はいないし、冒険者ギルドで依頼を出してみようかしら?」


「冒険者にか……。一つの手だが、あまりその手は使いたくないな……」


「そうね。どんな人が依頼を受けるか、わからないものね……」


「そうだ、資料室に魔導教本があったはず。しばらくの間、それで基礎知識をつけてもらう事にしよう。それでいいかい?」


「はーい!」


 お父さんもお母さんも、私のこの新しい力の目覚めを心から祝福してくれた。


 魔導技術マギテック論の研究に加えて、私は次の日から魔法の練習にも頑張って取り組んだ。

 最初は、親指ぐらいの小石を出すことが精一杯だったけれど、少しずつ大きくできるようになっていく。

 ただ、保有魔力量というものがまだまだ少ないらしく、二~三回でふらふらになってしまう日々が続いた。


 そして、フルールに嵐が来た……。


 お父さんとお母さんが死んだ。

 目の前で横転した馬車に轢かれて死んだ。


 その時は、泣いて喚いて、ただ只管泣き叫んでいただけだった。


 そこからしばらくの間の記憶がない。

 気が付いた時には、棺に入れられたお父さんとお母さんが、埋葬される瞬間だった。

 沢山の人が両親を見送ったあと、墓地には私と魔導具屋のお爺ちゃんとお婆ちゃんだけが残された。


「ルーリ、このままでは風邪をひいてしまうよ? お家へ帰ろう」


 お爺ちゃんが私の肩に手を置く。


「かまいません。もう家には誰もいないんです。放っておいてください……」


 ずっと、ずっーと止まらない涙を流しながら、私はその場に蹲る。


「ダメよルーリちゃん。あなたなら、これからどうしなくちゃいけないか、わかるはずよ?」


「……でも! でもっ! 私を褒めてくれる、愛してくれたお父さんとお母さんはもういないんです! 何をするのももう無意味ですっ!!」


 何も考えたくないし、もう何もしたいと思わなかった。

 だから目も耳も閉じて、すべてを拒絶するように首を振る。


「この世界で一番あなたを愛していた二人の想いを忘れちゃだめよ! ルーリちゃん、あなたはあの二人の分まで頑張って生きなくちゃダメなのよ!」


 お婆ちゃんのその一言で、私は目を開く。


「ルーリ、強く生きなさい。私達はお前の支えになってやろう」


 お爺ちゃんに手を差し出され、私はその手を取った。


「……はい」


 連れて帰られたのは、お父さんとお母さんと暮らしていたお家じゃなくて、魔導具屋のお爺ちゃんとお婆ちゃんのお家だった。


 お爺ちゃんとお婆ちゃんは、突然の事に呆然としていた私の面倒を見てくれていた。

 どうやら葬儀などの手配をしてくれていたのも、二人だったらしい。

 私はどうやってもその時の事が思い出せず、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 謝る私の頭を優しく撫でて、


「あの時は本当に心配したんだぞ? 生気が感じられなかった。このままルーリまで死んでしまうのかと……」


 そう話してくれた。


 私はお爺ちゃんとお婆ちゃんの二人と、しばらくの間一緒に暮らすようになった。

 本当はずっと一緒に暮らそうと、二人はそう言ってくれていたのだけれど、私は家に帰りたくなったのだ。


 久しぶりに家に帰ると、家の中はしんと静まりかえり、少し埃っぽくなっていた。

 もう誰も帰ってきていない事を思い知らされる……。

 涙が溢れそうになって、心がめげそうになる。


 それでもと、私は顔を上げ、家の掃除を始めた。


「どうしていいかわからない時は、まず一つ、目標を決めなさい」


 お爺ちゃんに言われたことを思い出す。

 お爺ちゃんは、できれば簡単な目標にしておきなさいと言っていたけど……。


 私は、お父さんとお母さんが私に教えてくれたことをすべてを使い、何か大きい物を作ろうと思った。


 大きいと言っても物理的に大きい物ではない。


 今私が出来る集大成を。


 そう思い、私は作業部屋へ入り浸った。


 何を作ればいいか、中々思い浮かばなかった。

 一日一日が過ぎていくことに、焦りを感じる。


「痛っ!」


 買って来た羊皮紙を裁断しようとナイフを走らせたが、別の事を考えながらしていたせいで、指先を軽く切ってしまった。


 指先から血が溢れてくる。


 何をやっているんだろうと、痛みに意識を集中した瞬間、傷口から青い光が漏れ出し、ピリピリとした痛みを伴って、傷が立ち所に治ってしまった。


「……治癒の魔法? え、なんで?」


 驚いた私は慌てて掌に小石を作り出し、魔法適性に何か変化が起きたのかと調べた。


 そして私は、地属性の魔法適正だけでなく、水属性の魔法適正があることもわかった。


「……自分の適性がわからないのって不便ね……。魔法が使えるようになっても、一つの属性だけじゃないことだってあるみたいだし……」


 そこで、私は唐突に思いついた。


「――! 魔法適正がわかる魔導具! それがわかる魔導具があれば、魔法適正があるのに未だに気づいていない人の助けにもなる! そうだ! どうせなら、今ある魔力保有量も分かれば!」


 こうして私は、魔法適正と保有魔力量がわかる魔導具の開発にのめりこんでいった。


 開発には随分難航することになるが、私はそれを完成させることが出来た。


 だけど、そこからまた私にとって辛い日々が続くことになった。


 役員だった男性の一人が、私の作った魔導具の共同発表を持ちかけてきた。


 理由は、まだ幼く成人すらしていない私が開発したものだと、だれも信用してくれないだろうことと、そのせいであらぬ嫌疑をかけられる可能性があると言われた。


 言わんとしていることは私にも理解できたので、了承する旨を伝えた。


 これが、そもそもの罠だった。

 ……罠だったと気づいたのは、ずっとずっと先の事なのだけど。


 そこから私は男性会員から言い寄られ、体を触られたりと、身の危険を感じることが増えた。

 男性が怖くなった……。

 それでも拒み続けていると、自然とそう言うことは無くなっていった。

 だが、ほっとしたのも束の間で、今度は在らぬ噂が流され始める。

 私は、魔導技術マギテックギルドの中で、どんどんと孤立していった。


 それでも私は、自分が出来る精一杯の行動を続けた。


 色々な魔導具を作り、それを売り、それなりに稼げるようになった。


 魔法の練習もした。

 魔導技術マギテックギルドに資料としておいてあった魔導教本を読み、独学だが何とか色々な魔法を習得できた。


 ……そんな魔導教本も、ある日ビリビリに破られて、私が破ったと言いがかりをつけられることになってしまう。


 あの魔導教本が今でも無事に置いてあったのなら、瑪瑙が風竜ウィンドドラゴンを倒すときに、遺跡諸共吹き飛ばさなければいけないことは無かったのかもしれないと、今でも思う。


 辛い日々が何年も続いた。


 信用できる人は何人かいたけど、もしその人たちに何かがあったらと考えると、自然と関わる事が少なくなり、関係は薄くなっていった。


 友達が欲しいと思った。

 仲良く話せる、私の事をちゃんと見てわかってくれる、そんな友達が。


 そんな時に、リステルと出会い、そして瑪瑙とも出会えた。

 この出会いはきっと偶然じゃないと、私は思う。


 フルールを出てそれなりに経った。

 お爺ちゃんとお婆ちゃんの事は心配だけど、きっとあの仲良し夫婦なら大丈夫。


 辛いこともたくさんあった。

 きっとこれからも辛いことをたくさん経験するんだろう。

 それでも、私は今が凄く幸せで、楽しい日々を送っている。


「こんな感じかしら?」


 ルーリが話してくれた小さな頃の出来事に、思わず涙が流れる。


「……本当に今は幸せなんだよね?」


 ぐずぐずと鼻を啜る私の目を、ルーリがハンカチで拭ってくれる。


「当然でしょ? 大好きな友達と、ずーっと旅をしているんだから」


 その言葉に、また涙が溢れだす。


「もう。涙と鼻水で顔がべしょべしょじゃない。可愛い顔が台無しよ」


「ルーリお姉ちゃん頑張ったね」


 ハルルも目を赤くして、ルーリの頭を撫でている。


「私もハルルも、大切にしてくれる人が傍にいて良かったわね」


「ん!」


 時刻はちょうど、お昼時。

 昼食を取り終えた私達は、魔導技術マギテックギルドの一室を借りて休憩していた。


 ルーリの到着報告をするために魔導技術マギテックギルドへ訪れた翌日から正式な依頼が出て、ルーリだけじゃなくて私達もギルドのお手伝いをすることになった。


 嵐での被害からの復旧に、忙しなく人々が行き交うスドネアの街。

 昨日程ルーリは不安そうではないけれど、それでもどこか落ち着かない様子だった。


 昼食から戻って来た私達は、使って良いと言われた部屋で休憩していたそんな時に、ぽつぽつとルーリが語りだしたのだった。


「話して何だかスッキリしたわ。急にこんな話をしてしまってごめんなさいね」


「ううん。またこれで一つ、ルーリの事を知れたから。私は嬉しいよ」


 リステルがルーリに微笑みかける。


「それにしても、ルーリもあの時私と同じことを思っていたなんて」


「同じこと?」


「何でも話せる、私の事をちゃんと見てくれる友達が欲しいって」


「リステルも同じことを考えていたの?」


「うん。ホントはさ。ルーリの依頼が終わったら、すぐにフルールを発つつもりでいたんだよ。ほら、私の事情は話したでしょう?」


「そうだったのね……」


「でも、結局そんなこと、できなくなっちゃった」


「そうね」


 リステルとルーリは私の手を握り、真剣な目をして、


「瑪瑙のおかげで、私はフルールに留まる事を選んだ」

「あなたのおかげで、私は大切な人が沢山できたわ」


 そう言った。

 その言葉に胸がきゅっと締め付けられる。


 私は首を横に振り、


「二人なら、きっと……」


 そこで言葉を途切る。


 私がいなくても、みんなと出会っていたよ。


 そう言いそうになった。


 私はもう一度首を振る。


「ううん。私も二人と出会えてよかった!」


 二人を引き寄せて、抱きしめた。


「ハルルは? ハルルは?」


 じーっと私を見るハルル。


「もちろんハルルも、サフィーアも!」


 今度はハルルとサフィーアをぎゅっと抱きしめて、私は言う。

 ハルルは嬉しそうに、サフィーアは少し照れ臭そうにしていた。


 休憩時間が終わり、私達は再びお手伝いを再開する。


 ルーリとサフィーアは、新しく設置される街灯の光る部分の魔法陣を描く作業。

 私達は出来た魔法陣に、核をはめ込む作業をしている。


 ルーリの腕前は、魔導技術マギテックギルドの会長が驚くほどのスピードと丁寧さだそうだ。


 魔導具に核となる赤い魔力石をはめ込んでいる時、ふと、アルバスティアの左胸に埋め込まれていた宝石のようなものを思い出した。

 それと同時に、彼女が言っていたことも思い出す。


 水や食料を奪い合わなくてはいけないような世界と、アルバスティアは言っていた。


「魔導具から生み出された水は、霧散しないのよね?」


「どうしたの? 急に」


「ちょっと思い出しちゃって……」


「ん? 何を?」


 リステルの作業の手が止まり、私を不思議そうに見る。


「アルバスティアが言ってたこと。水や食料を奪い合う世界って」


「ああ、あいつか。そんなこと言ってたんだっけ?」


「うん。魔導具っていつから存在しているんだろう?」


 いつの間にか私の作業の手も止まっていて、それにつられて私を見ていたハルルの手も止まっていた。


「こーら! 話ながらするのはいいけど! 手は止めない!」


 会長さんから怒られてしまった。


「すみません!」


 私達は慌てて作業に戻る。


「まあいいわ。ちょっと休憩にしましょう。ルーリさん、サフィーアちゃん、二人も休憩して」


「はーい」

「わかったのじゃ」


 ルーリが伸びをしながら、サフィーアは肩をぐるぐると回しながらこちらへやって来た。


 会長さんが唐突に、


「小腹がすいたわね……」


 唐突にそう言った。


 そんな事を言われると、私も無性に何か食べたくなってくる。


「瑪瑙、私も何か食べたい……」


 リステルが私をウルウルとした目で見つめてくる。


「メノウさんってお料理得意なの?」


 リステルの言葉に会長さんが反応して、ずずいと寄ってくる。


「瑪瑙お姉ちゃんの料理はすごく美味しいよ!」


 ハルルが自信満々に言う。


「メノウさん、何か簡単なものを作ってって言ったら、作ってくれるかしら?」


「簡単な物……ですか? 作れなくはないですけど、どこかでキッチンを借りないと……」


 私がそういうと、会長さんはキランと目を輝かせて、


「ギルドの厨房を使えばいいわ。あそこ、今は誰も使ってないのよ」


 私達を受付があった建物の中にある、綺麗な厨房へと案内してくれた。


「ここはね、キッチン用品の魔導具を解析や試運転をするための厨房なの。開発してできた新しい魔導具をここで試運転したり、余所の街で作られた新型の魔導具の解析にも使われたりしているわ。だから、キッチン用品は一通り最新式のがそろっているの。丁度今は、だれもキッチン用品を扱っていないから、放置されているわ。掃除はちゃんとしているから綺麗なままよ」


 と、いう事なので、何か作ることになった。


「うーん、甘いのと辛いの、どれがいいですかね?」


「あま――」

「はいはいはーい! 辛いのがいいわ!」


 ハルルちゃんのいつもの甘いのがいい発言を遮って、会長さんが元気よく手を挙げて言う。

 あーそんなことするとハルルちゃんが……。

 ほら、ぶすーっと頬を膨らませている。


 簡単に作れるもので、辛い味のもの……。


 あー、無性にあれが食べたくなってしまった。


 じゃがいもを取り出し、皮をむき芽を取る。

 薄く均等に輪切りにして、水にさらす。


「う、瑪瑙みたいに薄く切れない……。あと不揃い」


 リステルがぐぬぬと唸っている。


「ちょっとぐらいだ丈夫だよ。気にしないでどんどん切って、水にさらしてね」


 会長さんは、他の作業をしている会員さんの所へ見回りに行った。

 ……逃げた?


 水でさらした薄く切ったジャガイモを、しっかりと布で拭いて軽く乾燥させる。


 底の深いフライパンに油をたっぷりと注ぎ、火にかける。

 箸を油に漬けて温度を測る。

 小さな泡が静かに上がってくるのを確認したら、切っておいたジャガイモを入れる。


 しゅわーっと言う音がして、ジャガイモから細かい泡がでてくる。

 時々ひっくり返しながら、だんだんキツネ色に変わり、泡が出なくなったらボウルに取り出す。


「あら、ずいぶんカリカリに揚がるのね」


 予想外の音に、ルーリは驚いているようだった。


 次々と揚げてボウルにいれ、最後に塩をかけてボウルの中をゆすって混ぜ合わせる。


 もう一つ別のボウルを用意して揚げたジャガイモをいれ、溶かしたバターをかけて混ぜ合わせる。

 さらに、別のボウルに溶かしたバターと醤油を合わせたものをかけて混ぜ合わせたものも作る。


「はい、ポテトチップスの完成!」


 一枚とって食べてみる。


 ぱり!

 ざくざく。


「んー! 久しぶりのこの触感! シンプルだけどとても美味しい!」


 私が食べたのを見て、みんな一枚取って口に運ぶ。


「すっごいパリパリ! それにいい塩加減!」

「ほう、これは美味いのう!」

「パリパリ! ザクザク! 美味しい!」

「これ、厚さでまた食感が変わるのね。美味しいわ!」


 みんな気に入ってくれたようだ。


「あら、バターのいい香りね?」


 タイミングよく会長さんも戻って来たので、おやつ休憩に。


「何これ! すっごく美味しい! 手が止まらないわー!」


「ハルル、バターショウユ好き!」

「私バター!」

「妾は塩じゃなー」

「えー? 私は全部好きよ?」


「あっ! ルーリそれはずるい。それじゃあ私も全部好き!」

「ハルルも! ハルルもっ!」


「気に入ってもらえてよかった」


 ポリポリパリパリと小気味のいい音が響き、みんな夢中になってポテチに手を伸ばしている。


「そう言えば、あなた達面白い話をしていたわね? 魔導具はいつから存在しているのか、ですっけ? 魔導具の歴史に興味あるの?」


「あーそう言えば、そんな話をしていましたね。そうですね、少し話を聞く機会があったので……」


「魔導具はね、凡そ千年ほど前に発明されたものよ。記録に残っている限りでは、千年以上前の遺跡からは、魔導具が一切出てこないの。どうも魔石が不吉な物だと思われていたらしく、廃棄されていたのでしょうね。魔石ばかりが集められた遺跡が見つかる事もあったらしいわ」


「あの、それじゃあ、水を生み出す魔導具もそれくらいに発明されたってことなんですか?」


「いいえ。水を生み出す魔導具、それは八百年程前になるわね。奇跡の魔導具って言われているわ。確か最初に作られた現物が、オルケストゥーラ王国に残ってるって話を聞いたことあるわね」


 会長さんの話を聞いて、アルバスティアの事を再び考える。

 もしその魔導具が、彼女が話していた八千年前にも存在していたら、もっと平和な世界になっていたのだろうか……。


 よそう。

 考えても仕方ないことだ。


 再びポテチに手を伸ばす。


「ルーリは知ってた?」


「ええ、ある程度は。でも、最初に作られた水を生み出す魔導具の現物がまだあるなんて知らなかったわ」


「今ではそんなに珍しくも無いんだけれどね。ただ、どうして魔力に戻って霧散しないかは、未だに原理が解っていないのよね。それでも、便利だから使われているんだけど。いつか解き明かしてみたいわね」


 会長さんが遠い目をした時だった。


「会長こんな所にいた! さぼってないで仕事に戻ってください!」


 男の人がやって来て、会長さんの首根っこをつかむ。


「ああ! 私のポテトチップス~~~~~~!」


 会長さんは、連れていかれてしまったのだった。

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