嵐が去って
窓を開け、空を見上げる。
突然の猛烈な嵐による足止めを受け、早三日。
空はようやく晴れ渡り、気持ちのいい青い空が一面に広がっている。
私達は今、スドネアと言う街にいる。
天気が崩れる前に、スドネアに到着できたのはいいけれど、次の日には身の危険を感じるほどの大雨と暴風が吹き荒れていた。
まあちょっとした羽休めだと思う事にして、嵐が通り過ぎるのを待っていた。
この嵐が来たタイミングで、もし野宿なんてしていたらと考えると、本当に運が良かった。
街へ繰り出す。
まずはバザールで買い物を……と、思っていたのだけれど、どうやらそうはいかないようだった。
暴風のせいで建物や屋台が壊れていて、その瓦礫の撤去と修繕がバザールのあった場所で行われていた。
「嬢ちゃんたち買い物かい? 見ての通りこんなでさ。中央広場で即席の市がやってるから、そっちへ行っておくれ」
言われたとおりに中央広場へ向かう。
道すがら、嵐が去った後の街を眺めているが、嵐の被害が相当酷かったのだろう。
煙突や屋根の一部が壊れていたり、街灯が倒れている光景を目の当たりにしてしまった。
「……」
ルーリの顔色がどうも悪く、きょろきょろそわそわしていてどうも落ち着きがなかった。
「ルーリ、大丈夫? 具合悪い?」
「ううん、体調は悪くないわ。ちょっと落ち着かないだけ……」
無理に笑顔を作ろうとしているので、余計に心配になる。
「ルーリ、本当に体調悪くないんだね?」
そう言って手を差し出す。
「うん、本当に大丈夫」
少し不安そうな表情が和らいで、私の手を取った。
「無理はせんようにのう?」
サフィーアがルーリの反対の手を取った。
「ありがとう」
「なに、かまわんよ」
私達の前では、リステルとハルルが手をつないで歩いていた。
中央広場へ着くと、聞いていた通りに露店がいくつも並んでいた。
荷車で商売をしている人、敷物を敷いて商品を売っている人、そして私達のように買い物をするために来ている人達で溢れかえっていた。
買い物を済ませ、冒険者ギルドへ行き、色々と情報収集。
魔物や野盗などの動向を確認して、
だが、
「すみませーん」
誰もいない受付へ行き、ルーリが備え付けてあるベルを鳴らす。
それを横目に私達は、忙しそうにしているギルドの人たちをぼーっと眺めている。
しばらく待っていると、
「お待たせして申し訳ありません。本日はどのようなご用件ですか? ただいま立て込んでおりまして、魔導具制作の依頼を受け付けることはできません。ご了承ください」
慌てた様子で受付へとやって来た女性が声をかけてきた。
「到着報告をしに来ました」
「到着報告ですか。では、ギルドカードをお預かりいたします」
ルーリがギルドカードを渡すと、机の上にある魔法陣が描かれた台にかざす。
「ハルモニカからこんな所まで来たんですね……。今日到着したばかりですか?」
「いえ、三日前に到着していましたが……」
「あー、ちょうど嵐が来ていたときですね。大変な時に来ちゃいましたね?」
「こればかりはどうしよもありませんよ。旅をしていたらこういう事もあるんでしょう。それより、何やらギルド内が酷く騒がしいようですが、何かありました?」
「先日の大嵐で、街の魔導具がかなり壊れてしまいまして……。ちょうど今、被害状況の確認と、壊れた物の回収と修繕などで、ごった返しているんです。長い年月、核を交換するだけしかしてこなかった古いものが、一気にダメになってしまったんですよ」
「なるほど。古いものは気象災害を想定していない物が多いですからね……」
ルーリが受付のお姉さんとのんびりと世間話をしている時だった。
「会長! 大通りの倒れなかった街灯も片っ端からだめになってるそうで、早急な対処をしてほしいと、
慌てた様子で建物に入って来た男性の一人が、受付に座っているお姉さんに向かって声をかけた。
「げっ?! 街灯が倒れてるって話も来たばっかりじゃない! あれ、古いからいい加減に取り換えさせろってずっと前から打診してたのに~ぃ……」
会長と呼ばれた受付のお姉さんは、しなしなと机に突っ伏した。
「会長、さぼってないで仕事に戻ってくださいよー?」
「あ? 誰に言ってんだ?」
男性にそう言われた瞬間、会長さんは顔をガバっと上げ、ギッと男性を睨み、声を低くして言った。
「いえーなんでもないですー」
男性はそそくさと逃げるように奥へと駆けていった。
「まったく。ちょっとぐらい休憩させてくれてもいいじゃないねー?」
ぐいーっと伸びをして、すぐにさっきまでののんびりとした表情に戻り、ルーリと話す。
「あ、あははは。お忙しそうのなので、私達もこれで失礼しますねー」
突然話を振られたことでルーリはビクッとして、愛想笑いを浮かべて帰ろうとした。
「まあまあ、そう慌てないでよ。ルーリさん、あなた、何ができるのかしら?」
素敵な笑顔を浮かべてルーリに詰め寄る会長さん。
あ、これ目が笑って無いやつだ。
「ええっと……。
たじたじになってルーリが話すと、
「素晴らしい! 研究開発という事は、一通りできるって事よね!」
がしっとルーリの手をつかんで離さない会長さん。
「あの、私達旅の途中なので……」
「馬車で?」
「はい? ええ、乗合馬車を使ってますが……」
「じゃあしばらく無理よ? 馬車を格納していた小屋が倒壊して、ほとんどの馬車が壊れてるから」
「えっ?!」
「ちなみに、街を出てすぐの川に掛かっていた橋も流されてるらしくて、しばらく通れないわよ?」
「ええっ?!」
「まあ橋があるのは北側だから、他の所へ行く場合は普通に行けるのだけれど」
「……北へ向かっています」
「あら、なんて運のい――げふんげふん。なんて運の悪いことかしら」
「今、運のいいって言いそうになってましたよね?! もう、瑪瑙も笑って見てないで止めてよ!」
面白いやり取りをしていたので、ついつい楽しんで黙って見ていたのがルーリにバレてしまった。
「あのー、ルーリに何か頼みたいことでもあるんですか?」
「あなた、良くぞ聞いてくれました!」
ビシッと私を指さす会長さん。
ほんと面白人だなー。
「さっき、色々立て込んでるって話は聞いていたかしら?」
「はい、聞いてました」
「壊れた魔導具を修繕する人が不足しているのよ。嵐が来る前に大口の修繕依頼が来てたのだけれど、それと今回の嵐で修繕依頼が重なっちゃってね……」
がっくりと項垂れて見せる会長さん。
「あなた達も手伝って欲しいのだけれど―。だめ?」
首を傾けて上目遣いをして、両手を軽く握ってあざといポーズをとる。
「彼女以外はただの冒険者ですよ。魔導具の修繕はできません」
「ん? 妾も少しなら魔導具は触れるのじゃ」
それまで私達のやり取りを苦笑しながら見ていたサフィーアが、きょとんとして言う。
「……え?!」
「お前さん、忘れておるかもしれんが、ほれ」
サフィーアは私の胸の中にしまってある、サファイアのペンダントをつんつんとつついた。
「え?! これって魔導具だったの?!」
私はそっと服の上からペンダントを抑えた。
「うむ。まあよくある魔導具とは少し違うものじゃがな」
「あら、お嬢ちゃんも魔導具を触れるのね? お小遣いあげるから、お手伝いしてくれないかしら?」
しゅばっとサフィーアに近づき、手を握る会長さん。
「小遣い……。まあ、それはいいとして、ルーリよ、どうするのじゃ? 妾は別に手伝うことについてはかまわんぞ?」
サフィーアがそう言うと、ルーリが俯いて何やら考えている。
「えっと……、どうしよう……」
珍しく歯切れが悪い。
「ルーリお姉ちゃん、辛いの無理しなくていいんだよ?」
ハルルが心配そうにルーリの顔を覗いている。
「ありがとうハルル。もう大丈夫だと思っていたのだけれど、なかなか難しいものね……」
小さくため息をつくルーリ。
「ねえ、ここでギルドの手伝いをしてもいいかしら?」
少し遠慮気味に、私達に聞く。
「はーい、私はいいと思いまーす」
「ん。ハルルモいいよ」
私とハルルは、手を挙げて同意をする。
「それじゃあルーリとサフィーアはお手伝いって事でいいのかな?」
「うむ、かまわんよ」
話が纏まった瞬間、
「ありがとおおおお!!! すっごく助かるわー! さっ! こっちに来て来て!」
会長さんが、ルーリとサフィーアの手を引っ張っていく。
「何をしているの? あなた達もはやくー!」
「え? 私達もですか?」
「あら、お仲間二人を置いて、どこかへ行くつもり? どうせなら、あなた達にもいろいろ手伝ってもらいたいわ。報酬も弾むわよ?」
会長さんは親指をぐっと立てて言う。
「私としても、今はみんなに傍にいて欲しいわ」
少し力の無い笑顔でルーリが言う。
「わかった! よろしくお願いします」
「そうこなくっちゃ! ささ、行きましょうー」
会長さんに連れられて建物の奥へ行き、広大な敷地を高い石壁が囲み、三つの塔が立ち並ぶ場所へと来た。
一番正面にある塔へと入り、忙しそうに作業をしている人達の後ろを通ってさらに奥へ。
開きっぱなしになっている大きな扉を通り、製図台がいくつも並ぶ部屋へと案内された。
「さて、お二人さん。ちょっとこの図面を見てほしいの」
一つの製図台に手をかけて、ルーリとサフィーアに言う。
「……随分古い魔法陣ですね?」
「これは、火を灯すタイプの魔導具じゃな? 確か百年ほど前に街灯によく使われていたタイプじゃ」
「これ、火を灯す設計になっているせいで、使っている核の消耗が激しいんですよね。火から出る熱のせいで、核が損傷しやすいって欠点もあったはずです。何より、小さな火しか起こせないので、あまり明るくならないんですよね……」
私が見てもさっぱりわからなかったけれど、ルーリとサフィーアにはすぐにどんなものかが分かったらしい。
「へえ、中々の知識ね。これ、この街で現役で使われている街灯の設計図なのよ」
「え?! これが現役?!」
「何と時代遅れな……」
「ここの領主がさ、古いもの好きだったの。伝統があるものを大切にするって言えば聞こえはいいんだけど。それを魔導具にも適応しちゃってさ。さすがにもう色々と限界だったの、それが今回の大嵐のせいで、一気に問題が表面化しちゃってさ。修繕するより、新しくした方がずっと安上がりだし、何より
「なるほどのう。で、その新しく採用する設計図はどれなのじゃ?」
「それがこっち」
会長さんは古い設計図の上に、新しい設計図をのせて二人に見せる。
「どう、作れそう?」
「作れることは作れますけど、これじゃないとだめなんですか?」
「おっ! 何かいい案でもある?」
会長さんは嬉しそうにルーリに聞くと、ルーリは空間収納から魔導具ランタンを取り出して見せた。
「ランタン?」
「はい」
頷いたルーリがランタンを付けると、部屋自体が明るいにもかかわらず、周りをさらに明るくするほどの光量の光が灯る。
「――?! え、なにこれ? 明るすぎない? こんな光量だと、すぐに核の力がなくなっちゃうじゃない」
「いえ、これ、ハルモニカで流通している一般的な魔導具ランタンの二倍は持ちますよ」
「……もしかしてあなたが作ったの?」
「はい」
私が出会ってすぐ頃のルーリだったら、自身が作ったなんて私たち以外には絶対に言わなかっただろうし、こうして人に自分が作った魔導具を見せることもなかっただろう。
また、ルーリの能力に嫉妬するような人が出てくるかもしれない。
それはきっとルーリ自身も分かっているだろう。
それでも、胸を張って自分の作ったものだと言えるようになったことを、とても嬉しく思う。
「凄いわ! もしよかったら、その魔導具ランタンの設計図を教えてもらえないかしら? もちろん! その分のお金は支払わさせてもらうわ!」
「かまいませんよ。描くものをいただいてもいいですか?」
「ありがとう! ちょっと待っててね! すぐに持ってくるわ」
会長さんが慌てて羊皮紙の束を持ってきて、それを受け取ったルーリは、さらさらと魔導具ランタンの設計図を書き始めた。
残された私達は会長さんの指示のもと、他の会員さんと一緒に回収された壊れた魔導具から核を回収する作業を手伝っていた。
「どれもこれも骨董品じゃのう……。お前さん達、相当苦労しておったじゃろう?」
「わかる? あれもこれも、壊れるたびに修繕して、補強して、またすぐに壊れてって繰り返していたのよ。核に使う魔力石と魔石の消耗も今のよりずっと激しいから、お金もだいぶんかかっているはずよ。まあ私達が代金を負担することは無いんだけど、修繕するのもそろそろ限界だったのよ」
「じゃろうな。土台がもう風化してボロボロじゃ。錆びておったり崩れておったり、割れているのを石膏で埋めているものもあるではないか……」
「そうやって苦労を分かってくれる人がいて、私は嬉しいわ」
「サフィーア、サフィーア」
「ん? どうしたのじゃハルルよ」
「これの核が取れない……」
「ん? なんじゃこれは? 核が取り外せんようになっておるではないか……」
「え?! ちょっと見せて。あ、ほんと。これ、新人だった奴の仕業ね。もう壊しちゃってもいいんだけど、私達の力じゃ無理ね……。ハルルちゃん、そこらへんに放っておいてちょうだい」
「壊していいの?」
「ええ、どうせもう壊れているんだし」
「ん」
めきょ。
ハルルはあっさりと、核がはめ込まれている金具部分をへし曲げた。
「へ?」
会長さんは、幼い容姿のハルルから繰り出されたとてつもない怪力に、目を点にしている。
「ハ、ハルルちゃんってすごく力持ちなのね……? ね、ねえ? もしかしてこれも壊せたりする?」
「ここを壊せばいいの?」
「そそ。思いっきりやっちゃって」
ばきょ。
石材部分が粉々に砕かれた。
「ありがとー!! すごく助かるわー!」
むふーと、ハルルちゃんが褒められて少し嬉しそうにしていた。
「会長さん、設計図描けました」
ルーリが羊皮紙の束を抱えてこちらへ来た。
「えっ?! もうできたの? あれ? 設計図が二つある? もしかしてこれって……」
「はい、こちらが先ほどお見せしたランタンの設計図です。それとこちらが、街灯をどのようにすればいいかの改良案です」
「ありがとう、さっそく見せてもらうわね。あ、みんなは休憩して」
「はーい」
お言葉に甘えて、部屋の端においてあるベンチに腰掛ける。
「ねえ、ルーリ。嫌だったら答えなくていいんだけど、ハルルに無理しないでいいって言われたときに言ってた、もう大丈夫だと思ってたって何のことか聞いていい?」
「……そうね。みんなに聞いてもらおうかしら。重い話になるけどいい?」
ルーリの言葉に、私達は揃って頷いた。
「私の両親が死んだのが、ちょうどこんな大嵐が去ってすぐの日の事だったから。それを思い出しちゃって、不安になっちゃったのよ」
「事故で亡くなったって言うのは聞いていたけど……」
「うん。あの時も酷い嵐でね? 街の色々な魔導具が壊れちゃって、
普段からきれいに掃除されていた石畳の道の上に、嵐の被害で屋根から落ちた瓦礫や、倒れた街灯なんてものが散乱していた。
次の場所へ向かうために大通りを三人で歩いていると、馬車が猛スピードで突っ込んできた。
そして、馬車を引いていた馬が、瓦礫に足をとられて転倒し、引いていた荷台が雨でぬれた路面のせいで滑って、こちらに向かって突っ込んでくる。
荷台が両親と他何人かを巻き込んで、止まった。
運が良かったのか悪かったのか、両親のほんの少し後ろを歩いていたルーリは巻き込まれることなく、怪我すらもなった。
そして、ルーリの両親は助かることなく死亡する。
即死だったそうだ。
この馬車の事故は、四人が死んでしまうと言う大きな事故になった。
道が酷く荒れていることを理由に、馬車の運転を一時禁止していたにもかかわらず、その忠告を守らなかったとある商会所属の男は、有ろう事か馬の制御を誤ってしまい、馬がパニックを起こし暴走してしまった。
そして、事故が起こった。
男は処刑され、ルーリには男が所属していた商会から多額の賠償金が支払われることになった。
両親が亡くなってからの事はあまり覚えていないそうだけど、魔導具屋のお爺ちゃんとお婆ちゃんが、色々と面倒を見てくれていたらしい。
「お爺ちゃんとお婆ちゃんがいなかったら、私今頃どうなっていたのかしら」
ルーリは少し苦笑して話す。
「それでね? 今日のこの街の様子が、記憶に残ってるその時の外の様子によく似ていた気がしたの。それで色々思い出しちゃって……」
「そうだったの……」
私はそっとルーリを抱き寄せる。
「寂しくなっちゃったのね……」
リステルも心配そうにルーリの頭を撫でている。
「違うわよ?」
と、ルーリはくすっと笑う。
「違うの?」
「あれ?」
私とリステルは驚いてルーリを見る。
「お父さんとお母さんが死んじゃったことは、もうとっくに平気。……また、あの時みたいに馬車が突っ込んできたりしないかなって、それでみんなを巻き込んじゃったりしないかなって、不安になっちゃったの」
「そっか。私達の心配をしてくれてたんだ?」
「うん」
ルーリは目をつむって私に体を預ける。
「私達ならきっと大丈夫だよ」
「そうね。きっとそうだと思う。でも、やっぱり不安になっちゃうわ」
「そうだよね。不安って理屈じゃないものね。話してくれてありがとう」
「ううん。また今度、小さい時の事を話してもいいかしら?」
「うん。いっぱい話してね?」
「……ありがとう」
離れた所で私達を見ていた会長さんが、温かい眼差しを向けていた……。
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