目標

「お前たちの負けだよ」


 ホリングワース先生がニヤリと不敵に笑う。


「この絶望的な状況で、頭がおかしくなったか?」


「……先生、何か根拠でもあるのですか?」


 護衛隊長は顔をしかめ、ワレンと呼ばれた男は、訝し気に先生を見た。


「まあ、あいつらが来たら嫌でもわかるさ」


「……そうですか。先生の思惑通りになればいいですね?」


 先生に哀れんだ視線を送るワレン。


「ワレン、貴様がどう思おうが勝手だが、一つ助言をしておいてやるよ。命が欲しいなら、俺達に危害を加えない事だ」


「はっ! なんだ! 爺さん結局は命乞いがしたかっただけかよ!」


 先生の思惑を理解したらしく、さっきまで怪訝な表情を浮かべていた護衛隊長が、いやらしい笑みを浮かべて先生を見下ろす。


「元国王直属の親衛隊隊長だったやつも、年取ると惨めだなっ!」


「はっはっは! さしもの俺も年には勝てねえよ。貴様もそのうちわかるさ。まあ? 今日で終わらなかったらだがな?」


 挑発するような言葉を意に介さず、先生は煽り返す。


「――こいつ!」


 顔を赤くした護衛隊長が拳を振り上げた瞬間だった。


 扉が突然開かれ、一人の女が入ってくる。

 扉の外は、何やらざわざわと騒がしくなっていた。


「ワレン様、五人組の女が来ました」


「……デリス、お喋りはそこまでです。どうやら来たようです」


「ッチ! おい! この三人連れて行くぞ」


 私とチル、アンバーの三人は強引に引きずられ、扉の外に引っ張り出された。

 引きずり出された先に、リステル達五人の姿があった。


「三人とも大丈夫?! 酷いことされてない?!」


 心配そうに私達に声をかけるメノウ。


「……私達は大丈夫。それより、こんな事に巻き込んでしまってごめんなさい」


「ううん。無事でいてくれたら、それだけで十分だよ」


 メノウは少しほっとしたように、笑顔を浮かべている。


「ねえ、他に連れ去った女の子が三人いるでしょう? その子たちは無事なの?」


 リステルの底冷えしそうな冷たい声に男達は怖気づいたようで、視線を泳がせている。


「ああ、無事だぜ?」


「……あなた、決闘の時の代理で出てきた人ね?」


「そうだ! お前から受けた屈辱を晴らすためにここにいるんだ! 勝負しろ! リステルっ!」


「人質を取って勝負? 笑わせないで」


「いいんだよそんな事どうだって! お前を嬲る事ができればなーっ!」


「……あの時あなたの卑劣さを感じてはいたのに、骨折だけで済ましてしまうなんて、失敗だったわ」


 武器を持っていないリステルと、剣を腰から下げている護衛隊長が相対する。


「で、人質残り三人、本当に無事なの?」


「……いいぜ。連れて来てやるよ。おい! 人質全員連れてきてやれ!」


 リステルの言葉に、いやらしく笑う。


 しばらくすると、


「イヤッ!」

「お願い殺さないで!」

「助けてっ!」


「痛い思いをしたくなかったら黙れ!」


 四人引きずられて私達の横に並べられる。


「ホリングワース先生?! どうしてここに?!」


 ルーリが驚いている。


「すまんな。ヘリオドール達と一緒に捕まってしまってな」


「さあ、これで満足だろう? 大人しく俺に殺されろ!」


 護衛隊長の怒声と共に、全員が一斉に武器を構える。


 リステル達五人は丸腰。


「そこまでして彼女達を殺したいの?! 卑怯者っ!!!」


 私は思わず叫んだ。


「先に殺されたくなかったら黙りやがれっ!」


 私達の後ろに立っていた男が、私の首筋に剣を押し当てた。


「――っ」


 このままでは、五人が私達のせいで嬲り殺されてしまう。


 だったら……。


「殺しなさい! 私達がいなければ! 彼女達はきっと負けないわ! だから殺しなさい! それとも、人質を取らないと勝負にならないほど、あなた達は弱いのっ?」


 覚悟を決めてそう言った。


「黙れっ!!」


 首筋にあたる剣に少し力が籠められる。


「ヘリオの言う通りだ! お前達じゃ弱すぎて彼女達には勝てないから、こうやって私達を人質にしているんだろう? そうじゃないと言うのなら、先に私達を殺して見せろ!」


「みんな! 私達の事は気にしないで、全力でぶちのめして!」


 チルもアンバーも叫ぶ。


「言わせておけばっ!」


 首に添えられた剣がブルっと震えたのを感じ、私は瞼を強く閉じた。


「大丈夫だよ」


 メノウの優しい声が聞こえた瞬間、パキンと甲高い音が響いた。


「なっなんだこれ?!」

「くそっ! 冷てえ!」


 男達の困惑する声が聞こえると同時に、先ほどまで首に触れていた剣からとてつもない冷たさを感じに、身震いする程の寒さが私を襲った。


 恐る恐る目を開けると、


「……氷?」


 私達に剣を押し付けていた男達が全員、首辺りまで凍り付いて動けなくなっていた。

 私の首筋に圧しつけられていた剣すらも、氷に覆われていた。


「なっ?! 魔法だと?!」


「みんな冷たいと思うけど、ちょっとだけ我慢してね?」


 ワレンの怒鳴り声を気にも留めず、メノウは私達に笑顔を向けて言う。


「メノウが、まさか魔法使いだったなんて……」


「違うぞ。ただの魔法使いじゃない」


「……え?」


 ホリングワース先生がそう言った瞬間、彼女達全員、何もない空間に手を差し込み武器を取り出した。


 リステルとメノウは細身の剣、ルーリとサフィーアは短剣、そしてハルルは……、


「な、なんて巨大な大鎌……」


 ハルルの身長なんかより遥かに大きい大鎌を、いとも容易く片手で扱っている。


「あいつらは、ただの魔法使いじゃないぞ。リステルとメノウ、ハルルは魔法剣士だ。ルーリとサフィーアは、上位中級の魔法使いだ」


「魔法剣士……」

「上位中級って、あの年でですか?!」

「ハルル、怪力なのは知っていたけど、私達はすごく手加減されていたんだね……」


 私達がそう呟いている間にも、どんどん敵を薙ぎ払っていく五人。


「お前ら、あいつらの戦う姿を良く見ておけ」


「……え?」


「あいつらは、ハルモニカ王国から来た冒険者だ」


「ハルモニカの冒険者……? ――まさかっ?!」

「先生、もしかして彼女達は?!」

「嘘っ?!」


 先生の含みのある言い方に、私達はすぐに気づく。


「そうだ。あいつらが災害級と呼ばれる最悪の魔物、風竜ウィンドドラゴンを討伐した、風竜殺しの英雄だ」


 先生にそう言われて私達は、彼女の戦う姿を目に焼き付ける。


「ふざけんなっ! 風竜殺しが何でこんな所にいるんだよ?!」


 もう敵はワレンと護衛隊長と女の三人しか残っていない。


 氷漬けにされていたり、四肢のどこかを斬り飛ばされて行動不能にされていたり、十字に磔にされ拘束されていたり、突然白目をむいて倒れたりと、彼女達が圧倒していた。


 叫びながら逃げ惑う護衛隊長の左足の膝から下が、突然切り裂かれ、倒れ伏す。


「ぎゃああああああああ! 足がっ! 俺の足がっ!!」


「首を落とされないだけ、ありがたいと思え」


 リステルは冷たく言い放つと、剣を振るい、護衛隊長の右腕を斬り飛ばした。


「そんなっ! こんなはずではなかったのにっ! こうなったら! 一人でもいいから道連れにしてやる!!!」


 剣を構え、半狂乱になりながらこちらに駆け寄ってくるワレン。

 私の目前で、剣を大きく振りかぶる。


「死ねええ――うおあぁぁ?!」


 だが、とてつもないスピードで追いついたハルルが、ワレンの服をつかみ後方へ投げ飛ばし、床に叩きつけた。

 そしてハルルは片足を上げ、右腕を踏みつける。


 ズダンッ!


 重たい音が響いた瞬間、石材で出来た床にビシッと亀裂が走り、踏みつけられた腕は潰れて体から千切れ飛んでしまう。


 ワレンは、とうに意識を手放していた。


「――! あぶないっ!」


 女が自身の正面に氷の礫を作り出したのを見た私は、思わず叫んだ。

 氷の礫がいくつもメノウ達に向かって襲い掛かる。

 だがどういうわけか、氷の礫はメノウ達に届く前に、一瞬で白い霧となって消えてしまった。


「なっ?! 何をしたの?!」


 魔法を使った女が叫ぶ。


「どうしてあなたに言わなくちゃならないの? あなたも魔法使いの端くれなら、自分で考えてみたら?」


 メノウの威圧感のこもった声に、女はたじろぎ後ずさる。


「そ、それなら! 白銀の槍よ! 我が眼前に立ちはだかる敵を、凍てつかせ滅せよ! フリーズランス!」


 詠唱をし、自身の頭上にいくつもの氷の槍を浮かべた。

 だが、メノウが手を横に振り払った瞬間、


 ザバァ!


「――えっ?!」


 氷の槍がすべて一瞬で溶けて水となり、女をずぶ濡れにしてしまう。


「なっなんで?! 何が起きたの?!」


 女が混乱している間にも、少しずつ体が白く凍り付いていく。


「やだっ! やだやだやだ! 死にたくないっ! たす、助けて!」


「私達を殺そうとしたのに?」


 へたり込んだ女に、メノウは剣を水平に構え、ゆっくりと歩み寄る。

 ごうっと音を出し、剣から青い炎が噴き上がった。


「やめっ! くるなっ! くるなーっ!!」


 泣き叫ぶ女の目の前で剣を上段に構え、振り下ろそうとするが、直前で女は白目をむき泡を吹いて倒れてしまった。

 その瞬間、剣から噴き出ていた青い炎は掻き消えた。


「はあ。これで全員ね? サフィーア、気絶してる状態でコーマ・アパタイトって使える?」


「うむ。任せるのじゃ」


「とりあえず、止血だけはしておくね」


 ルーリとメノウは忙しそうに動き回っている。


「――へっくしょい」


 ホリングワース先生が大きなくしゃみをすると、


「ああ! ごめんなさい! サブリメイション!」


 メノウが慌ててパチンと指を鳴らすと、私達を守るように覆っていた氷が一瞬で、白い霧になって霧散してしまった。

 さらに、氷に触れていて冷え切ってしまった体が、お湯につかっているように暖かくなってくる。


「暑くなったら言ってね! 魔法を解くから!」


 そう言うメノウは、倒した敵に手をかざしている。

 その手から、青い光があふれていた。


「みんな、怪我はない? 先生、顔が……」


 ルーリが近寄って来て、私達を拘束している縄を切ってくれる。


「これぐらい気にすんな。それより助かった。ありがとな」


「いえ、それより先生じっとしてください。治癒魔法をかけますから」


「無理すんなって。お前ら男が苦手なんだろう?」


「それとこれとは別です! はい、じっとする!」


 ルーリは頬を両手で挟み、そっぽを向こうとしている先生の顔を、強引に抑え込む。


「いででで」


 先生の頬に触れている手から青い光が漏れ出ると、すぐに先生の腫れていた頬が元に戻っていく。

 それは、本当に治癒魔法をかけている、何よりの証拠だった。


 いや、今さっき散々彼女達が魔法を使っている所を見ている。

 きっと私は、彼女達が自分達とは遥かに違う存在なのだと、思いたくなかったのだろう……。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 嗚咽を漏らしながら、リステル達にお礼を言っている三人の女の子。


「怪我もなくて本当に良かった……」


 ああ、私は……なんて無力なのだろうか……。

 彼女達を見て、再び無力感に苛まれてしまった。


「みんな、本当にありがとう。あなた達にお礼をいくら言っても足りないくらいよ」


 無力感を振り払うように頭を振り、彼女達にお礼を言う。


 メノウが私の手を取り、


「怪我がなくてよかった……」


 笑顔でそう言った瞬間だった。


「――本当によかったよ……」


 彼女の眼から大粒の涙が流れ、私の手を両手で強く握りしめてきた。

 リステルもルーリも、ハルルにサフィーアも、ほっとしたような表情を見せている。


 その時、私は自分が大きな思い違いをしていたことに気づいた。


 実力は確かに遥か高みにいる。

 それは間違いないのだろう。

 でも、今彼女達が浮かべている表情は、私達と何ら変わりない、同い年の女の子の表情そのものだった……。

 それが分かって、私は少しほっとしたのだった……。


「さて、これからどうするんだ?」


 先生が周囲を見渡しながら言う。

 総勢五十名ほどが、呻き声をあげながら拘束されている。


「しばらくすれば、警備隊が来ると思います。ここに来る時に連絡をお願いしておいたんです」


 ルーリが言った通りしばらく待っていると、警備隊が完全武装でやって来た。


 私達は保護され、リステル達と一緒に今日の所は学園の寮へ戻ることになった。


 馬車に揺られ学園へと戻っている最中に、どうして冒険者である彼女達が騎士科へ入学したのか、事情を教えてもらった。


 驚いたことに、冒険者ギルドからの秘密の依頼だったそうだ。


「護衛任務としては失敗だけどね。ごめんなさい」


「特別休校の時に他の子が攫われて協力させられるのって、予想なんてできないよ」


 申し訳なさそうに謝るリステルに、チルは優しく言う。


「ねえ、本当に風竜殺しの英雄なの?」


 アンバーが聞くと、四人は緑色の宝石が輝く勲章を取り出し見せてくれた。


「妾はこの四人が勲章をもらった後に仲間になったからのう」


 苦笑してサフィーアが言う。


「サフィーアは何者なの?」


「うむ。まあここまで話してしもうたら、話しても構わんじゃろうて。妾は水を司る宝石族ジュエリーじゃ」


「ジュエ?! 本当なの?」


「うむ。齢は二百をとうに超えておる」


「ええ?! サフィーア、私が三十って言った時、容姿がどうのこうのって違うみたいな言い方してたじゃない!」


「はっはっは! うまく引っかかってくれて面白かったのじゃ。まあ妾の正体が知れたとて、何か変わったわけではないのじゃが、楽しませてもらったのじゃ!」


 色々と話している内に、学園に到着した。


 到着すると、私達が連れ去られる直前まで一緒にいた女子生徒が、必死の形相で駆け寄って来た。


「あんた達無事だったのね?! 良かった……。あのっ! それで、あの子達は?!」


「大丈夫、後ろの馬車に乗っているよ」


「――っ! ありがとう!」


 メノウが優しく話しかけると、女子生徒は後ろの馬車へ走っていた。


「それでは、また明日お昼ごろ迎えに参ります」


 そう言って、私達を送り届けてくれた警備隊の人たちは去って行った。


「ホリングワース先生! 皆さん! 無事でしたか!」


 少しふくよかな女性が数人の男女を引き連れて、慌てた様子でこちらへ走ってくる。


 一人は学園長先生、そしてホリングワース先生に駆け寄っていることから恐らく教師達。

 だが一人、リステル達の所へ行っている女性がいた。


「ご無事で何よりです」


「申し訳ありません。守り切れず、あまつさえ人質に取られてしまいました……」


「いえ、事情は聴いています。最悪の事態から、犠牲者を出さずに良くぞ生還してくださいました。ありがとうございます」


 リステル達が馬車の中で話してくれていたことを思い出す。

 恐らく、あれが冒険者ギルドのギルドマスターなのだろう。


「おい、お前ら」


 ホリングワース先生が、私達生徒全員に声をかける。


「お前らは明日……じゃねえな。今日一日は休みだ。ただ、昼から警備隊が迎えに来る。事情聴取が行われるから、出かけることは禁止する」


「先生、私達見回りがあるんですけど……」


 メノウが手を挙げて質問をする。


「メノウさん達もゆっくり休んでください。学園周辺は、警備隊が見回りをしてくださるそうです。だから安心してください」


「そうですか。ありがとうございます」


 それからすぐにその場は解散となり、私達はそれぞれの部屋へ戻った。


 戻るなりマリーに泣きながらお説教をされたりと、少し大変なことがあったのだけれど、事情を話し必死に謝って怒りを何とか収めてもらった。


 シャワーと着替えを済まし、私達は談話室にいる。

 マリーと、チルの使用人であるキュリーも一緒。


「みんな休んでなくて大丈夫なの?」


 ルーリが心配そうに聞く。


「さすがに目が冴えて眠れないわ」


「私もアンバーも一緒さ」


 チルがそう言うと、アンバーが照れくさそうに笑っている。


「ルーリ達こそ、休まなくて大丈夫なのかい?」


「私達は小腹がすいちゃって……」


「……え?!」


 私達と同じで気が張って眠れないのかと思っていたら、予想外の答えが返って来て、間抜けな声をあげてしまった。


「もしかしてここで何か作るつもり?! 火なんて熾しちゃだめだよ?」


「言われてみれば、私もお腹すいちゃった……」


「アンバーあなたねえ」


 私がそう言った瞬間だった。


 くうぅぅぅ。


 私のお腹が盛大になった。


「アハハハ! ヘリオもお腹すいているんじゃない!」


 チルが楽しそうに笑っている。


「くう! 恥ずかしいわ……」


 いつの間にかテーブルにお皿が並べられていて、そこにはお昼に作ったドーナツとチュロスがそれぞれ並べれらていた。


「それって空間収納ってやつ? 便利だね」


「いっぱいあるから、みんなも食べてね?」


「山ほど作ったものね」


 夜食と言うには遅い時間に、みんなでお菓子を食べる。


 その時に、五人のこれまでの旅の話を聞かせてもらった。


 風竜討伐をしたときの事、叙勲式で起きた事。


 華々しく語られている風竜殺しの英雄譚の事実を知り、彼女達がどれだけ辛く苦しい旅をしてきたのかを思い知った。


「あんまり聞いていて気分のいい話じゃないでしょう?」


 ルーリが自嘲気味に笑う。


「いいえ。私はあなた達に憧れて騎士科へ入学したの。だから本当の話を、本人達から直接聞くことが出来てすごく感動しているわ」


「やっぱり、魔法は使えないとだめなのかな……」


 アンバーが俯いて零す。


「言いたいことはわかるよ。実際、私達は魔法が使えるからね。でもね。ハルモニカには三人の守護騎士って呼ばれる人たちがいるの」


「……それって確か、ハルモニカ最強の三人って言われてる人たちの事だよね?」


 チルはどうやら知っているようだ。

 リステルは、チルの言葉に嬉しそうに頷いている。


「一人は魔法剣士。もう一人は魔法使い。もう一人は何だと思う?」


「魔法使いか魔法剣士じゃないの?」


「ううん。一人は魔法が一切使えない剣士だよ」


「……え? 嘘……」


「本当。魔法が使えなくても、魔法剣士と魔法使いと肩を並べることはできるんだよ。魔法が使えないからって卑屈にならないでね?」


 リステルが何か懐かしむように話している。


「そうね。リステルの言う通りだわ。私ももっと頑張らなくちゃ」


「そうそう、その意気だよ」


 どうやら私達の心根は見透かされていたようだ。


「ねえ、私はどうやったらあなた達のようになれるのかしら?」


 私は思い切って聞くことにした。


「私達のように?」


「魔法を使わなくてもあなた達はとても強かった。私は、あなた達みたいにもっと強くなりたい……」


「私も知りたい」

「私も!」


 私の話を聞いていたチルとアンバーも真剣な表情で、リステルに聞く。


「強くなりたいか。……私も、今よりもっと強くなりたいと思ってる」


 リステルは、少し目を伏せて言う。


「あんなに強いあなたでも、そう思うの?!」


「……私は自分が強いだなんて思ってないよ」


 そう自嘲気味に笑うリステルは、とても弱々しく見えた。


「でも、そうだね。教えられることはあるよ」


「本当?!」


「うん。とても簡単だけど、とても難しいこと。それは、はっきりとした目標を持ち続けること」


「……目標?」


 もっと修練の仕方とか、実戦の話を聞かせてもらえると思っていて、思わず聞き返してしまった。


「そう、目標。憧れだとか、そうなれたらなっていう漠然とした夢じゃなくて、絶対こうなるんだって言う、強い強いはっきりとした目標。まずはそれを持つこと。そしてそれを目指すこと。修練や実戦経験なんかは、ここに居ればあなた達は嫌でも経験を積むことになると思う。でも、漫然と日々を過ごすのと、強い目標をもって日々を過ごすのとでは、全くの別物だよ」


 リステルの言葉に、言い知れぬ覚悟を感じた。


 話しを聞いて少しわかった。

 きっと彼女も、私達のような無力感に苛まれたことがあるんだ。

 たぶんそれは、今まで私達が経験したことなんかより、遥かに辛いことだったのだろう……。


「目標って言っても、遠い遠い未来の事じゃないよ? いつまでにはそこに到達するって言う、期限を決めた目標を作るの。それを達成出来たらまた次へ。それを繰り返すんだよ」


「言われて気づいたわ。私は確かに憧れや夢はあった。でもリステルの言う通り、目標がなかった」


「もちろん、夢や憧れを持つことは悪くないよ。むしろ積極的に持つべきだと思う。でもね。夢や憧れを追い続けるのって、結構しんどいの。いつ叶うかなんてわからないものを一途に追い続けられるほど、人は強くないんだよ」


「全くその通りだね。ありがとうリステル」


「そうそう、もう一つあるよ」


 リステルは今度は笑顔で言う。


「仲間を頼る事。自分一人じゃ、できることなんてたかが知れているからね」


 そう話すリステルの視線の先は、メノウ達四人の姿があった。


 つられて私はチルとアンバーを見ると、二人も同じことを考えていたらしく視線が合う。


「これからもっと頑張っていきましょう」


「そうだね。まずは目標を考えなくちゃ」


「私達三人なら、きっとどんな厳しい目標だって達成できるよ!」


 三人頷き合って、気持ちを新たにする。


 真っ暗だった窓の外は、いつの間にか陽が差し始めていた。

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